表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/97

クロユリのご主人様達は、鼻が利く

「実はこの店には薬機法違反の疑いがあると、報告が上がっておりまして」


 差し出されたコーヒーを啜ることもなく。真田が開口一発、本題を切り出す。そんな彼の思い切った切り口に、犬塚は面食らってしまうが。……真田はいくつもの場数を踏んだ、プロ中のプロ。おそらく、犬塚と()()()()を藤井に持ったからこそ、()()()を使わずに真っ向勝負を仕掛けたのだろう。


「あら……それはまた、どうして?」


 しかし、真田の直球にも動じず、余裕の笑みを見せる藤井。後ろ暗いことはないと言わんばかりに、自然な様子でコーヒーを口に含む。


(さて……どう出る? こちらの手札はUSBの報告書だけだ。調査した人間も不明なら、裏も取れていない。いや……待てよ?)


 沈黙がどんよりと広がるオフィスで、犬塚は真田の動向を見守ると同時に……彼がここまで大胆な策に出た理由を考える。カマをかけるのならともかく、最初からこちらの目的を明かしたのだから、証拠品の信頼性を補填できる何かを真田は持っているのだ。そして、証拠品を預かってからの僅かな時間で調べられるとすれば……。


(そう言うこと、か。警視総監に相談している時点で、こちら側の容疑者は()()()()()んだな)


 犬塚はまだ、USBの中身は直接確認できていない。だが、先程の真田の話からしても、警視総監がスケープゴート(生贄)を仕立てても良いと判断するくらいの材料は、揃っていることになる。それはつまり……警察側の癒着相手は判明しているということであるし、この真田の強気加減からしても、身内からはそれなりの証拠を絞り上げたのだろう。


「ふぅむ……そのご様子ですと、何もご存知ないか……或いは何かを知っていて、隠しているか。まぁ、いいでしょう。この際ですから、オーナーの方に直接聞くとしましょうか。もし差し支えなければ、東家祥子氏のご住所をお伺いしても?」

「申し訳ございませんが、オーナーは療養中でして。あまり騒ぎ立てるようなことは、なさらないでいただきたいのですが」

「これは失敬。確か、祥子氏の体調不良は昨年の夏からでしたな。多田見さんも、そうおっしゃっていましたね」

「そうなのです。ですから、できればオーナーの負担になるようなことは、ご遠慮いただければと……」

「おや? これは……少しばかり、おかしいですね。実は……祥子氏は宗一郎氏の事件の際に、既に警察の聴取には応じておるのですよ。昨年の夏から療養中のはずの祥子氏は、こちら側の呼び出しにも応じて下さいましてね。()()()()()()()()()でしたが……気のせいですかね?」

「……」


 にこやかに、そして、朗らかに。実に無害そうな笑顔で、真田が藤井に詰め寄る。そうして、隣でジワジワと藤井を追い詰めていく真田の舌鋒に、犬塚は内心で舌を巻いていた。

 祥子が昨年の夏から体調が悪い、という情報は何の気なしに多田見から得た情報だ。先程のあっけらかんとした様子からしても、彼女がこの店の深淵を知り得ているとは思えない。祥子の体調が悪いというのは、従業員の共通認識でもあるのだろう。

 しかし……それも()()()()()()で作り上げられた、偽物の共通認識だったとしたら。藤井にしてみれば、祥子の体調不良が()()()()()()()()()()()()()()という虚構を崩されるのは、何よりも都合が悪いに違いない。


(互いにダンマリでは、話が発展しそうにない……。このまま真田部長に任せるか、或いは……)


 ここは1つ、先程の廊下で気付いた違和感の正体について、()()()()()をしてみるか。そうして別方向からアプローチをしてみようと、犬塚が口を挟む。


「それはそうと、こちらのお店の床は随分とフカフカしていますね。低反発素材か何かでしょうか?」

「えっ? えぇ、そうですわ。こちらの店舗は女性専用ということもあり、ヒールでご来店いただくお客様も多いものですから。それに、従業員も立ち仕事ということもあり……足への負担を軽減できるよう、低反発ウレタンのカーペットを用いています」

「左様でしたか。いやー……色味がオシャレなのも、気にはなっていたのですが。確かに、歩き心地も最高ですね。しかし……こうも()()()()()()()()()のでは、掃除が大変なのでは?」

「ある程度は確かに掃除しますが……基本的には取り替えで対応していますね。尚、当店ではいつ来てもフレッシュな気分になっていただけるよう、色味も定期的に変更しております」

「そうだったのですか。どのくらいの頻度で変えられるのですか?」

「概ね、2週間程度ですね。ふふ……刑事さんは床にご興味を持たれたのですか?」

「えぇ、まぁ。そうか……取り替えられるタイプなら、汚しても平気ですものね。しかもこの柔らかさなら、犬の足にも良さそうです」


 今度、検討してみようかな……等と、関係ないと思われる話題も挟みつつ。犬塚は藤井の緊張感を削ると同時に、お口も滑らかにしようと試みる。しかしながら、もちろん……犬塚が床について質問した意図は、クロユリの足に優しいかどうかを考えたから、ではない。バックヤードの廊下に、不自然な大きさの足跡があったことに気付いたからだ。


(踏み込んだら、なかなか戻ってこないな……。1時間、2時間位は残っていそうだ)


 しかも、カーペットは2週間で交換されると言うのだから、犬塚が今まさに踏みしめているカーペットは今月に入ってから交換されたものだろう。そんなカーペットの上に、男性のものとしか思えない()()()()()()()()()()()()()()()()()()が残っていた。藤井も含め従業員は皆、お揃いのパンプスを履いている。彼女達の足元では、ソールまで一体型の足跡は残らないはずだ。だとすれば……。


(やはり、数時間以内に男性の来客があったようだな。しかも、多田見さんが俺達を初めての男性客かもしれないと、言った時点で……彼女達は、その客には会っていないんだろう)


 そのことからしても、男性と思しき客は受付を通らずに、バックヤードの廊下に入り込んだ事になる。それはつまり……。


(エステではなく、このオフィスに男性の来客があったと言うことだ。そして、店長が頑なに祥子に俺達を合わせたがらない理由は……)


 きっと、その男性客も祥子の居場所を聞きに来たのだろう。そして、藤井は警察官相手には祥子との面会を渋っているが、彼相手にはあっさりと教えたのだと、犬塚は予想する。

 数時間前であれば、当然ながら店は稼働中である。そんな中で揉め事が起これば、確実に別の意味で警察が呼ばれているに違いない。それなのに、受付にいただろう多田見が気づいていないともなれば。……おそらく彼らの話し合いは殊の外、穏便に済んだのだ。いわゆる、知り合いのよしみで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 店長、なかなか一筋縄ではいかなさそうな相手ですね。 ヒアリングも真田さんと犬塚さんのキャラクターがそれぞれ出ていておもしろいなと思いました。 こうやって違う方面から色々と訊かれたら、自分だっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ