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クロユリにエステは無縁

 一等地に佇む、商業ビルのワンフロア。それが、エステティック・ショーコの本店……つまり、東家祥子の城である。エステティック・ショーコの内装は、三佳プロデュースのレストランよりは遥かに洗練された印象を受ける。しかしながら、訪問した時間が非常によくないのだろう。夕刻の時間ともなっては仕事帰りのオフィスレディ達で、店内はひしめき合っていた。

 そんな中……当然ながら、男2人は悪目立ちもいいところ。非常に居心地が悪いと、犬塚は居た堪れない気分になってしまう。


(しかし……この様子だと、結川はいないようだな……)


 結川は真田&犬塚の組み合わせよりは、明らかにこの場に馴染む空気感を持っている。だが、彼が祥子の元に訪れる理由はエステの利用ではなく、恐喝目的の可能性が高い。そんな犯罪行為にオーナーが巻き込まれたとあらば、ここまでの平常な空気はあり得ないだろう。


「お待たせしました。えぇと、すみません。こちらでは何ですから、奥へどうぞ」


 犬塚がどこもかしこも煌めいている空間で、元同僚に思いを馳せていると。受け付けで2人の要件を聞いてくれた担当者が、やや慌てた様子でやってくる。事前に一報を入れていたとは言え、予約も取りづらいらしいこの店にとっては……明らかに迷惑な来客だろう。しかも、異様に目立つ男2人連れともなれば。営業妨害にもなり得るかもしれない。


「あぁ、すみませんね。……こんな綺麗な場所に、男2人で居座ってしまって」

「いえ、大丈夫です。あいにくと、オーナーは不在ですが……ある程度の話は、店長の方でお伺いいたします」

「オーナーが不在……?」


 案内の道すがら、多田見と名乗った担当者によれば。普段は銀座本店(エステティック・ショーコのオフィスも兼ねている)にいると思われていた祥子は体調不良により療養中とのことで、しばらく姿を見せていないのだと言う。だが、オーナーがそんな有様でも実働部隊がしっかりしていれば、会社はきちんと立ち行くものらしい。


「残念ながら、オーナーのお姿はしばらく見ておりませんが……幸いにも、店長がしっかりと対応してくれていますので。エステ自体は今まで通り……いえ、店長が経営をされるようになってからは、評判も利益も上向いています。って、あっ! ……今の話、内緒にしてくださいね。オーナーの耳に入ったら、機嫌を損ねてしまいます」

「……」


 どうやら、多田見は陽気で人懐っこい性格の様子。ちょっぴり茶目っ気のある語り口で、犬塚達に他言無用をお願いしてくる。しかし……そんな彼女の何気ない世間話に、思わず顔を見合わせる真田と犬塚。


「ところで、多田見さん」

「はいっ、何でしょうか?」

「店長さんがこの店を仕切るようになったのって、いつ頃からですか?」

「えぇと……確か、去年の夏だったかしら? 最初はオーナーが夏バテになってしまって、そこから体調が戻らなくて……」

「あぁ、昨年の夏はとびきり暑かったですからね。そりゃぁ、無理もない。なるほど、なるほど……」


 そう言いつつ……チラリと予断なく視線を送る真田に、コクリと頷く犬塚。例のUSBメモリの報告書も、一番日付が古かったものはおおよそ、昨年の晩夏だったはず。この時期の一致をタダの偶然だと切り捨てるのは、余程の間抜けに違いない。


「そう言えば……ここに来るのは、やはり女性だけなのでしょうか? 男性が来ることはありますか?」


 そんな中、犬塚が明らかに捜査に関係のない質問を多田見にぶつけ始めた。今までの流れからして、利用客に男性がいないかどうかは、気にするべきことではない気がするが……と、真田は少しばかり訝しがるものの。すぐさま()()()()()()()()、何かに気づいたのに違いないと思い直し。ただただ、多田見の答えを待つ。


「いえいえ、ありませんよ〜。ここは女性専用のエステですから。それこそ、男性のお客様は刑事さん達が初めてかもしれませんね」

「まぁ、そうですよね……」


 あっけらかんと、普遍的な返事を寄越す多田見。その当然の答えに対し、犬塚が微かに片眉を上げたのを……真田は見逃さなかった。


(ふむ……犬塚は何かに気づいたようだな。この状況では、答え合わせは後になりそうだが……)


 いずれにしても、いよいよ店長とご対面である。多田見がちょっと待っていてくださいねと、これまた愛想良く微笑む。


「藤井店長〜。お客様がお見えです。お通ししても、いいですか?」

「大丈夫よ。入ってもらってちょうだい」


 多田見が「藤井店長」と呼んだ女性が、涼やかな視線を向けてくる。年齢は30代後半から、40代前半……と言ったところか。派手でけばけばしい祥子と比較すると、遥かに常識的なセンスを感じられる。例の証拠品がなければ、エステティック・ショーコの黒字回復は、店長が変わったことによる順当な好転だと受け流されていたことだろう。


「多田見ちゃん、ご案内ありがとう。受付に戻っていいわよ」

「かしこまりました。お茶とかのご用意は大丈夫ですか?」

「結構よ。私が準備するわ」

「いえ……お構いなく。私達もそこまで長居するつもりはありませんから」

「あら、そうですか?」


 そう言いつつ……既に、すぐ近くにあったコーヒーマシンのスイッチを入れ、藤井はカップを3客用意し始めている。自分も丁度、飲むつもりだったから……と、抜かりなく警察官2人にソファ席を勧めてくるが。


「ご遠慮なさらずに、どうぞ。それで……お話とは?」


 口元に微笑みはあるものの、目元は冷たいまま。そんな彼女の様子に、警戒を募らせる犬塚。


(……こいつは叩いても、埃は出さないタイプだろうな。……普通は警察が突然押しかけてきたら、もう少し怯えるだろうに)


 相手が()()()()()()()()()()の祥子であれば、もっとそれらしい反応が見られたのだろうが。目の前の「藤井店長」はまるでこうなることを知っていたかのように、落ち着き払っている。……やはり、エステティック・ショーコは見えない所に、()()()()を溜め込んでいそうだ。だが、そんな埃を容赦なく叩き出すのも警察官の仕事というもので。犬塚は上林とは異なる方面で、敏腕であろう店長を前に……気を引き締め直していた。

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