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クロユリとの別れ

「ところで……」


 犬塚は意を決して、いよいよ本題を切り出す。クロユリを上林に預け、彼女との生活にピリオドを打つ。そもそも、今日の本題は彩華の疑いを晴らすことではない。……クロユリとの()()()をまとめるためだ。それなのに……タイミング悪く、そんな犬塚の携帯電話がブルブルと震え出す。こんな時に誰だろう……と、携帯電話を見やれば。着信相手が真田ともなれば、出ないわけにもいかない。


「……こんな時に、すみません。ちょっと外しても、いいでしょうか?」

「えぇ、もちろん。さ、ユリちゃんは一旦、こちらにいらっしゃい」


 上林の隣に座る彩華に敵意を示しながらも、上林は嫌いではないと見えて、すんなりと彼女の腕の中へ鞍替えするクロユリ。だが、妙に不満げに麻呂眉を顰めているのを見ても、彼女はまだまだ不機嫌なようだ。


「……もしもし、犬塚です」

「あぁ、犬塚。済まないが、すぐに本庁に来てくれないか」


 上林に許可をもらい、廊下で電話に出るや否や。真田から急な指令が下るものだから、犬塚は不審そうな声を出してしまう。


「何か、あったのですか?」

「うむ……実は、な。結川を取り逃した」

「えっ……?」


 詳細は後で説明する……と、言い残し。とにかく、本庁へ出庁すべしと真田が電話を切る。


(あの状況で、取り逃す……だって? あんな派手なトラック、どうやったら見逃すって言うんだ……?)


 しかしながら、後で説明すると言われた以上、1人で考えたところで埒が明かない。それに……これは、覚悟を決めてしまうにもいい口実でもあるだろう。……すぐに戻らなければならないと上林に伝えるついでに、この場から離脱してしまえば、気分的にも状況的にも後腐れない。


「すみません、上林さんに彩華さん。……上司からすぐに戻るよう、指示がありました。ですので……」

「そうでしたか。でしたら、仕方ありませんね。そもそも、私が引き留めたのがいけなかったのですし……。残りのお話は、お電話でも大丈夫でしょうから」

「残りのお話……あぁ。もしかして、関さんを俺からも説得すればよかったんでしょうか? しかし、警察官が参考人の私情に踏み入るのは、ご法度でして……」

「いいえ、そうではありませんわ。もちろん、そうして頂きたいのは山々ですが……それが無理なお願いなのも、重々承知しております。ご相談は別ですの。……こちらは間違いなく、警察に相談するべき内容ですわ」

「……?」


 上林の表情からするに、彩華の相談事……と言うよりは、彼女自身の相談事、だろうか?

 そんなことを考えつつも、ここは勢いで出てしまった方がいいだろうと、犬塚は強引に割り切る。そうして、上林に抱っこされているクロユリの頭を撫でて……小さく、さようならと呟く。


「キュゥ……?」

「クロユリ、いい子にしてるんだぞ? それと……元気でな」

「ハフ……?」


 もしかして、お留守番? ご主人様、どこに行くの?

 上林の腕の中であれば、割合落ち着くと見えて……クロユリは不思議そうに、首を傾げるばかり。それでも、何かを感じ取ったのか……スンスンとか細く鼻を鳴らし始めた。


(そんな顔をされたら、苦しいじゃないか……)


 だが、ここは思い切ってお別れするべきだ。それが互いのため……そう、無理やり思い込んで。犬塚は上林に見送られ、重い足取りで玄関までたどり着く。


「では……俺はこれで失礼いたします。ご相談に関しては後ほど、お電話致しますので……その時にお伺いする、で良いでしょうか?」

「えぇ、構いません」

「……ありがとうございます。それと……」

「分かっておりますわ。……ユリちゃんは責任を持って、お預かりいたします。何かございましたら、こちらからもご連絡致しますので、よろしくお願い致します」


 上林の答えに、柔らかく微笑んで。犬塚はとうとう、クルリと背をむけて……クロユリを視界から切り離す。その瞬間、背後からいかにも悲しげな鼻声が聞こえてくるのだから、ますます切ない。こんな時くらい、「フス」といつもの鼻息を鳴らしてくれればいいのにと……犬塚は後ろ髪をグイグイと引かれながらも、上林宅をようやくの思いで後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 息もつかせぬ展開にのめり込んで拝読しました。 隙間時間を見つけては「ああ、続きが読みたい!」とウズウズして。 あー、続きがっ! 続きが気になります……! 主人公の犬塚さん、クロユリちゃん…
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