表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/97

クロユリと役員達

 汚職事件に絡みそうな役員は、3人。純二郎と祥子を除くと、実働部隊は彼ら役員と秘書課の面々だったと考えていい。いや、秘書課の舵取りは上林が行っていたことを考えると、それぞれ担当していた相手は居ただろうが……上林以外の秘書達には事業にドップリと関われる裁量はないか。


(役員も曲者揃い……か。しかし、この中で……どれだけの相手が遺言書の中身と、機密文書の存在を知っていたのだろう?)


 役員・1人目……大神咲(おおがさき)(すぐる)、56歳。東家グループの取締役であり、会長である宗一郎の次に実権を握っている人物である。やや大柄な男で声も大きく、本人の気質は体育会系寄り。しかしながら、快活でさっぱりした性格もあり、なかなかに社員からは評判がいい。

 勢いに任せて物事を即断してしまう傾向があるが、彼の()()が業績に結びつく実例も多々あったため、社内では彼の判断を前向きに捉える者が多かった一方で……常々、宗一郎からは冷静になるようにと嗜められていた。


 役員・2人目……坂田(さかた)恭介(きょうすけ)、39歳。東家グループの会計参与で、企業内税理士を兼任している。取締役の大神咲とは共同で会計書類を作成する間柄ではあるが、財務を任せていると何かと()()()大神咲の監視役を兼ねる意味で宗一郎が推挙した人物であり、株主総会の決議でも満場一致で任命された、財務のエキスパート。

 役員就任の経緯から、宗一郎との関係は良好であったと目されるが……職務上、最も汚職に関わり易い人物とも言えるだろう。


 役員・3人目……(せき)豊華(とよか)、40歳。東家グループの顧問弁護士であり、厳密に言えば純粋な()()()()()ではなく、()()()()である。しかしながら、東家グループの経営に関して法的な観点からの的確なアドバイスをもたらしたとされており、宗一郎の信頼もそれなりに厚かった模様。

 社外役員であるため、東家グループのトップ争いには絡んでこない人物ではあるが、生前の宗一郎との関係性を鑑みても、彼女の一声の影響力は相当に大きいとするべきか。


(やっぱり、3人とも怪しい気がするな……。それぞれに立場も権限もあるから、色々と無茶を押し通せそうな気がするし……)


 そうして、ウンウンと連携された調査資料と睨めっこしてみても。このままでは埒が明かないと、犬塚は頭を掻く。汚職に関しては、真田の調査結果を待った方が確実な内容が分かるだろうし……ここで犬塚が悩む必要はあまりない。


(仕方ない、アプローチを変えるか。ここはやっぱり、不自然にクロユリを生かした犯人像を掘り下げるべき……だな)


 籠城を強いられている以上、情報を待っていればいいだけの話ではあるが。なにぶん、犬塚は根っからの刑事である。……どうにもこうにも、事件のことを考えずにはいられないのだった。


(クロユリを生かした、と言う点を考えると……1番怪しいのは、関だろうが……)


 おそらくだが、犯人は遺産相続に関して、クロユリ存命が条件であることを知っている人物だろう。彼女を敢えて生かしておくメリットがあるとすれば……遺産相続の()()としての存在価値以外は、あまりないように思える。

 その点、関であれば宗一郎の遺言書の中身を熟知しているのは、間違いない。宗一郎が残した「公正証書遺言」は顧問弁護士……つまり、関を通して作成されている。彼女が遺言書の中身を知らないはずがないのだ。しかも、実働部隊の役員の中で、唯一の女性でもある。……クロユリが女性の声に警戒するのが、仮に犯人を知っているからだとしたら。関が犯人である可能性も、一気に跳ね上がる。


(いやいや、それだけで犯人と決めつけるのは、早計だ。それに……彼女の立ち位置でクロユリの後見人になるのは、やや無理がある)


 しかし一方で、クロユリの預け先に上林がいる以上、おいそれと宗一郎が他の相手にクロユリを任せるとも思えない。それでなくても、宗一郎も上林も、東家グループの中では互いにビジネスライクを貫いていた節があり、宗一郎の上林を相続争いに巻き込むまいとした、配慮はしっかりと機能している。その上林も「仕事人間で何を考えているか分からない」と言われてもいたし……会長と秘書はまんまと、東家グループ内はきっちりと欺き切ったのだ。


(後見人になる以外で、クロユリを生かす理由があるとすれば……。クロユリは可愛いし、もしかしたら、犯人も犬好きで生かした可能性が……いや、ないか)


 満足のいく食事を得られて、当のクロユリは穏やかに寝息を立てていた。クロユリはいわゆる「タヌキ顔」の黒柴で、ちょっぴりコロンとしたフォルムと、くっきりと際立つ麻呂眉が愛らしい、かなりの美犬である。犬好きであったのなら、掛け値(遺言書)なしで引き取りたいと思う者もいるかも知れない。

 だが、それは日常生活で関わっていたら、の話だ。……誰かを殺そうとしている、非日常の最中で出会ったのなら。警戒心丸出しのクロユリを可愛いなんて、言っている余裕があるはずもない。


(……うん? 待てよ? だったら……クロユリに積極的に関わろうとした人物を、炙り出せばいいのか……?)


 宗一郎が殺された理由として真っ先に思い浮かぶのは「怨恨」であり、世間的には遺言書の存在は後付けの情報でしかない。しかしながら、ただ純粋に宗一郎を亡き者にすればいいだけであれば、クロユリを生かす必要は全くないと言っていい。だが、クロユリは()()()()()()()()()()()()()、生かされた。だからこそ、犬塚は考えてしまうのだ。

 犯人はきっと、クロユリを生かす旨味……遺言書の存在と、クロユリが相続の鍵である事を知っていた人物だろうと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ