クロユリと激戦の地
犬塚が現地入りする頃には、目的地だったはずのコンセプト・カフェは酷い有様に荒れ狂った後。犬塚が聞いた銃声を皮切りに、閑静な住宅街の空気は一変しており、まるでアクション映画かと言いたくなるような、激しい銃撃戦の舞台となっていた。
「クソッ、これ以上は進めないか……!」
騒然とする裏道に居座るのは、不穏さと好奇心。既に犬塚の行手には、黒山の人集りで見事なバリケードが出来上がっている。ナビが示す目的地の手前までしか侵入できず、警察官であるはずの犬塚でさえ、仕方なしに外野から参戦を余儀なくされつつある。
「す、すみません! 警察です! 通して下さい!」
「キャフっ! クァっ!」
だが、この程度で諦めたらば、警察官の名が廃る。犬塚は仕方なしに左小脇にクロユリを抱え、右手で警察手帳を示しながら、進軍を敢行する。そうして妙な出立ちながらも人山をかき分け、野次馬達の群れを脱出した犬塚だったが……次に彼の目に飛び込んできたのは、防弾盾を携えた警察官達の壁であった。
(こんな所に、特殊部隊だって? これは何が起こっているんだ……?)
あまりに物々しい雰囲気は、何度経験しても慣れないものである。しかして、後方に見慣れた背中をようやく見つけて、犬塚はほんの少し安心すると同時に、事と次第を聞こうと走り寄る。
「真田部長! 一体、何があったのですか⁉︎」
「犬塚か。どうやらここに地東會が潜伏していると、松陽組に垂れ込んだヤツがいたようでな。その結果、白昼堂々の銃撃戦開幕という訳なんだが。……早々に特殊部隊が到着したこともあり、ほぼほぼ制圧も済んでいる」
どうやら、この事態は真田も予想外だったらしい。彼の話では、真田達がコンセプト・カフェの周辺で張り込んでいた最中に、物々しい一団も現地入りをしたそうな。だが、彼らには様子を窺うなんて、生ぬるさはなかったようで……到着したとなったら、挨拶代わりと言わんばかりに鉛玉をカフェに打ち込み始めたというのだから、驚くやら、呆れるやら。
「これは……相当の逮捕者を出しそうですね……」
「だろうな。銃刀法違反だけでも、何人該当することやら。……それに地東會側にしてみれば、これは不意打ちでしかない。そっちはおそらく、怪我人……いや、死者も出る可能性が高い」
幸いと近隣住民及び、警察側の負傷者はないものの。蜂の巣になっている店の様子からしても、中にいる人間は無傷では済まないだろう。そうして、こんな時に聞くべきではないと分かっているものの……犬塚は、肝心のターゲットの行方について、真田に聞いてみる。
「ところで、結川と多田見さんは? 彼らもここにいるはずとのことでしたが……」
「結川の身柄は確保した。と言っても……あいにくと、本人は意識不明の重体だが」
「……!」
真田の重々しい口ぶりに、犬塚も驚きで言葉が出ない。続く真田の話によれば、既に制圧も完了しかかっている状況で、怪我人の確認・救護も同時進行で行っているそうだが。店の有様から窺い知れる通り、店内の人間……おそらく、地東會関係者と思われる……の負傷者は少数でも、負傷度合いはかなり厳しいらしい。肝心の結川はまだ息こそあれど、大量の出血もあり、意識が混濁している状態だと言う。
「一方、多田見さんの姿は確認できていない。結川と行動を共にしていたのは、間違いなさそうだが……まるで、松陽組の到着を見計らったかのように、彼女の姿だけ忽然と消えている」
「では……」
「うむ。……松陽組に地東會の拠点をタレ込んだのは、多田見さんと踏んで間違いなかろう」
そのココロは、復讐心であろうか? それとも、記憶の精算であろうか?
かつて、彼女の両親が営んでいたジャズバーは面影さえも穴だらけにさせられて、瓦解しつつある。地東會の隠れ蓑になっていた手前、ここを潜伏先に選んだのは結川であろうが。本人に話を聞けない以上、結川がこの店が因縁の場所である事を知っていたかどうかは定かではない。だが、いずれにしても……この場所を選んだ事は、結川にとって痛恨の判断ミスであった事は間違いなさそうだ。
(多田見さんは最初からこうするつもりだったのか、或いは……松陽組を呼び寄せたのは、ただの思いつきだったのか。それは分からないが、選択ミスの代償は高くついたな……結川)
生き延びた所で結川は指名手配犯である以上、しばらくはシャバの空気を吸うことはないだろう。いや、その前に……存命すらも危ぶまれる結川は、苦し紛れの呼吸が精一杯とするべきか。




