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保護対象・クロユリ

 殺人事件。しかも……()()()は大富豪。

 そんなニュースを聞いた時、大抵の人間は犯人が誰かという憶測と一緒に、「遺産もあったんだろうな」と下世話な事を連想するかと思う。かく言う、俺……犬塚(いぬづか)拓巳(たくみ)も漠然とそう思っていた。

 ……この事件に関わるまでは、本当に漠然と……そして、曖昧に下世話な事を考えていたんだ。


***

「えっ? 俺に犬を預かれと?」

「急な話で、申し訳ない。ウチの署には、犬に詳しい奴が他にいなくてさ。……一時的にだろうし、頼めるか?」


 ちょっと薄くなり始めた頭を摩りながら、犬塚に話を持ちかけたのは……彼が勤める警察本部の部長である、警視長の真田(さなだ)斗磨(とうま)だった。

 警視長ともなれば、もう少し威張っても良さそうなものだが。温和で物腰も柔らかな人柄のせいか、真田は部下に対しても居丈高に振る舞うことはない。


「そりゃ、俺も犬は大好きだし、別に構いませんが……」


 そんな真田に頼まれれば、普段から「よくしてもらっている」手前、犬塚も無碍にはできない。正直なところ、()()()()()もあり、犬に関わる機会は極力減らしたかったのだが。真田経由の話ともなれば、捜査の一環でもあるのだろう。


「そう言ってもらえると、助かるよ。()()も傷心のようだし、しばらくつきっきりで様子を見てやってくれないか」

「彼女に……傷心? あ、なるほど。……そいつはもしかして、仏さんの愛犬とやらですか?」


 犬に対しても「彼女」だなんて言葉を使う時点で、真田も相当の犬好きと見える。しかしながら、犬の飼育経験がないこともあって、ここは敢えて()()()()()()()犬塚を頼ったのだろう。……さも心配そうな顔をしているのを見るに、できることなら自分が引き取りたいと言った風情だ。


「その通り。これがその愛犬の情報だ」

「名前はクロユリ……黒毛の柴犬、性別はメス。年齢は3歳、と……」


 やはり、渦中の犬は事件の()()()だったか。

 普通であれば親戚に引き取ってもらうか、或いは、保護施設に相談して里親を募るか……という選択も取れるだろう。だが、「彼女」に関してはそうもいかなかった。何せ……彼女、クロユリこそが被害者の大富豪・東家(あずまや)宗一郎(そういちろう)の遺産相続の鍵を握っていたのだから。


***

 被害者・東家宗一郎は日本経済を牛耳る財閥のうちの1つ、東家グループの総会長だった男だ。享年は55歳、死因は失血死。根本的な原因は包丁などによる、滅多刺し……要するに、刺殺と見られる。計34箇所にも及ぶ激しい裂傷・刺し傷に、そのうちの4箇所が15センチ以上の深さに達していたことから、相当の恨みによる犯行というのが、現状の警察の見立てである。


 だが、困ったことに……宗一郎は財閥トップのご多聞に漏れず、敵が非常に多い男でもあった。関係者に恨みを抱えていない人間の方が少ないのではと思える程に、典型的なワンマン経営者だった上に、部下に対しても厳しい人物だったらしい。それでも、日本の経済を牽引できる程の影響力を保っていられたのは、他でもない。宗一郎自身が非常に頭脳明晰で、()()()()()()()飛び切り優秀だったからである。

 自分にも厳しく、他人にも厳しい。それが東家宗一郎という男の人と為り(ひととなり)であった。


 しかし、そんな宗一郎も愛犬には相当に甘かった。人間相手には冷徹を貫く一方で、かなりの愛犬家で通っており……一目惚れをしてブリーダーから直接譲り受けたというクロユリへの溺愛ぶりは、冷淡なはずの同一人物とは思えない程だったとか。

 宗一郎自身が独身で配偶者も子供もなければ、愛人がいたなんていう浮いた話1つ、上がってこない事を鑑みても……彼はただただ、人間嫌いだったのではないかとさえ、思える。


()()()()に肩入れする訳じゃないが……犬が好きな人間に、悪い奴はそうそういないよな)


 しかしながら、愛犬への愛情を爆発させた結果、宗一郎は自分の遺産相続相手に「クロユリ」を指定していた上に、直接的な受け取りは「クロユリの後見人」と定めていた。

 無論、遺産相続対象が犬だなんて、突飛すぎるにも程があるが。普段から用意周到で、用心深かった宗一郎のこと。顧問弁護士にも話を通し、法的手続きに則った「公正証書遺言」をしっかりと作成しており、親戚衆が異議申し立てしてもその有効性が崩れることはなかった。だからこそ……遺産相続人ならぬ、遺産相続犬のクロユリは一気に「保護対象」になってしまったため、おいそれと親戚に引き取ってもらうこともできない。そのため、彼女の身辺警護とケアも兼ねて、犬塚に白羽の矢が立ったのだった。


(犬は人に付くって言うしなぁ……。飼い主がいなくなっちまったら、心細いに違いない)


 犬塚は表面通りの情報を飲み込みつつ、クロユリの現状に思いを馳せていたが。とうとう目的地……直轄警察犬訓練所に着いてしまい、仕方なしに駐車場に車を停めた。


(ここに来るのも、3年ぶりか……。そうか。あれからもう、3年も経つのか)


 犬塚はかつて鑑識課に勤めていたが……バディでもあった警察犬を()()()()()で失ってからは、刑事部へと配属されていた。ある種、異例の異動ではあったが。鑑識課での成果や経歴もあり、波風が立つこともなく、今は一刑事として警察本部に馴染んでいる。とは言え……真田の人柄と配慮による助けも大きかったのは、言うまでもないが。


(さて……と。感傷に浸っている場合じゃないな。ここは1つ、面会と行こうじゃないか)


 噂のクロユリは今、例外措置としてこの訓練所に身を寄せている。柴犬は非常に頑固で独立心が強い犬種だと、聞き及んでいた手前……犬塚にはクロユリの精神状態が、何よりも気がかりだった。

【登場人物紹介】

・犬塚拓巳

刑事部に所属する刑事、26歳。身長178センチ、体重77キロ。

階級は巡査部長。刑事部に異動する前には鑑識課に所属していた。

その際にはジャーマン・シェパードのリッツ号とバディを組んでおり、相当数の現場検証に参加してきた実績がある。

全体的にスマートな印象だが、意外と押しに弱く、後に出会う「クロユリ」には振り回されっぱなしである。


・真田斗磨

警視庁本部本部長、58歳。身長172センチ、体重81キロ。

温厚で部下思いな好人物。優れた判断力と統率力を持ち、数々の殺人事件を担当してきた敏腕刑事でもある。

なお、無類の犬好きでもあるのだが、娘に動物アレルギーがあったため「クロユリ」の保護役を泣く泣く断念した模様。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミステリー、好きなので早速読ませて頂きました。 犬塚さんの過去など、これからすこしずつ明かされていくのでしょうか。 クロユリちゃんと犬塚さんの初対面はどうなっていくのかなど、今後楽しみです(…
[良い点] クロネ姉様❤ 新連載お疲れ様(*^-^)ノ 一話、早速拝読させて頂きましたm(__)m 続きの気になるプロローグ。 完結なさるまで、応援致します故に、頑張ってくださいm(__)m \(^_…
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