【ホラー】夢からの帰り道
「夏のホラー2023」参加作品です。テーマは「帰り道」。
■登場キャラクタ
主人公:「私」。子供の頃、同じ夢を何度も見た。
白い子供:夢の中に出てくる子供。
黒い子供:夢の中に出てくる子供。
■注意書き
・自作の「ホラー」作品です。
・不穏な雰囲気を楽しんで頂けたら幸いです。
子供の頃、同じ夢を何度も見た。
夢の中で、私は大岩のある広場にいる。
真昼の白い日差しが覆う、時が止まったような広場だ。
広場には私と同じくらいか幼い子供たちがいる。
白い子供が一人と、それ以外の黒い子供たちだ。
白や黒というのは印象の話で、本当に白かったり黒かったりしている訳ではないのだが、説明しようとすると、そういう言い方になってしまう。
顔はどの子も思い出せない。
私はその子供たちと昔ながらの遊びをする。鬼ごっこ、かけっこ、すもう、だるまさんがころんだ、かごめかごめ、とおりゃんせ…。
遊んでいると、突然、周りの木々からカラスの群れが一斉に飛び立ち、夕方の空を旋回する。
それは帰る時を知らせるものだ。
私はトンネルを通って帰る。
暗い中、ただ真っ直ぐ歩く。
すると後ろから音が聞こえてくる。
どんな音なのかは思い出せないが、その音が怖くて怖くて仕方が無い。
しかし振り返ってはいけないという事を、夢の中の私は知っているので、我慢して歩く。
歩けば歩くだけ、その音は後ろから段々と迫ってくる。
そして、とうとう恐怖に負けて振り返ろうとする瞬間、私は目を覚ますのだ。
「はあ、はあ、はあ…。」
振り返った後に、何か恐ろしい事が起こった気がするが憶えていない。
この夢から覚めた時は、いつも心臓が早鐘のように打ち、変な汗を大量にかいている。そして命を吸い取られたのではないかというくらい疲労していた。
他の人にとっては分からないが、私には怖い夢だった。
子供の頃に良く見たその夢は、成長してから見なくなり、いつしか忘れていた。
ある日、またあの夢を見た。
私は大岩の広場に立っている。
但し、いつもと違う事があった。私は夢の中で、自分の意思で動けるのだ。
それが分かった私は、巨岩に近付いてみた。
近くで見ると、岩にはしめ縄が何重にも巻かれて封印され、祀られているようである。
何の気も無しに、手を岩の方へ伸ばす。
「触っちゃダメだよ。」
声ではなく頭に直接語りかける言葉に驚いて振り返ると、白い子供が立っていた。
「遊ぼう。」
私は誘われるまま広場で子供たちと遊んだ。
(この年で子供とかけっこするとは思わなかった。)
そういえば、初めて夢を見た時より、黒い子供が増えている。
カーカーカー!
大量のカラスが鳴き喚き、黒い群れが茜色の空を旋回し始めた。
帰る時間だ。
「後ろを振り返ったら君の負けだよ。負けたら帰れなくなるからね。」
トンネルの前で白い子供が言う。
(振り返ってはいけないというのは、この子の言った事だったのか。)
私は頷いてトンネルに入った。
トンネルの中は広場側にある入り口の光以外は真っ暗である。自分がどちらを向いているのか分からなくなる程だ。だから歩き出した時の方向にただただ進むしかなかった。
入り口の光が見えなくなるまで進むと、あの音が聞こえてきた。
海中で小さな泡が発生する時のような、震える葉が出すような、微かなものなのに決して無視する事はできない音である。その音は、時々消えて、また聞こえた時には私に近付いていた。
後ろが気になって仕方が無いが、無理矢理に足を前へ出す。しかし音が近付いたのが分かると恐怖で体が震えた。
(振り返ってはいけない…振り返ってはいけない…)
私は呪文のように唱えながら歩を進める。
音は背中のすぐ後ろまで迫ってきて、今にも私を覆い包んでしまいそうである。
私は振り向きたくなる気持ちを抑えて、遂に走りだした。少しでも音から遠ざかるために。
しかし、いくら走っても出口が見えない。しかも音は遠ざかるどころか、私の背後からずっと聞こえている。
時間の感覚は無いのに、何時間も経ったように感じた。
(もうダメだ…。)
私の心はもう持たなかった。これ以上の恐怖に耐える事ができない。恐怖に耐えるより、終わらせたいと思った。
だから…私は振り向いてしまった。
「あ…」
振り向くと、白い巨大なヘビがいた。
闇の中でもはっきりとその姿が見える。トンネルの内側を埋め尽くす白い巨体、金色の瞳、出し入れしている真っ赤な舌。
逃げなければいけないのに体が動かない。
ヘビに睨まれたカエルとはこういう事なのだろう。
私は白い巨大なヘビが大きな口を開け、赤い口内が迫り、鋭い牙から滴る液体が目の前に落ちる様子を、ただ見ている事しかできなかった。
ヘビはその大きな口で私の上半身を咥え、その後、上を向いて、私を足の先まで奥へと呑み込んだ。
私は声にならない悲鳴を上げた。
目の覚めた私は、心臓が早鐘のように打ち、変な汗を大量にかいていた。
「はあ、はあ、はあ…。」
振り返った後に、何か恐ろしい事が起こった気がするが覚えていない。
しばらく放心していたが、怖い夢を見ただけだと自分に言い聞かせ、命を吸い取られたかのように疲労していたが、無理やり起きてシャワーを浴び、コーヒーを飲んだ。
目の覚めた私は、いつもの生活に戻っていった。
しかし…
振り向いてしまった私は…
"まだ夢の中にいる。"
白いヘビに呑み込まれた私は、あの大岩を祀っている広場にいた。
その時、気が付いた。
広場にいる黒い子供たちは、全員「私」だったのだ。
振り向いて帰れなくなった「私」だ。
帰り道で振り向く度に、広場の「私」は増えていく。
そして二度と帰る事はできないのだ。
「また僕の勝ちだね。」
絶望している私に、白い子供がそう言って笑った。
おしまい。
お読み頂きありがとうございます!
一時でも夏の暑さをお忘れになって頂けたなら幸いです。