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きゅーぴっど  作者: 諫山菜穂子
7/7

キューピッド

七月の期末テストが終わり、夏休みが近付いていた。

進葉の部屋ではエアコンを付けながら、妖怪猫のブチに頭を乗せたエロスが恋愛指示表を宙に浮かべた。

「えーっと。今日のターゲットはこいつらだ」

進葉は半袖のパジャマ姿で、映し出された画面を見つめる。

眼鏡を掛けた男と、茶色い髪の女が映し出される。

それは見知った二人だったので、進葉は目を開いた。

谷村(たにむら)(こう)()松田(まつだ)満佐子(まさこ)……って、私のクラスの担任の谷村先生と、保健の松田先生じゃない!」

「先生同士をくっつけろ」

「先生同士?」

進葉は恋愛指示表に表示された見慣れた顔を眺めた。

「せ、先生同士か……」

 進葉は画面を見つめながら唸った。

「こ、この二人か……」

「この二人」

「この二人?」

「この二人」

翌日。

四時間目の授業は数学だった。

谷村耕太は、進葉のクラスの担任で、数学教師だ。

彼が淡々と説明しながら、チョークで黒板に数式を書くのを、進葉はぼんやり見つめていた。

(谷村先生と……保健の松田先生?)

余り話しているところを見たことがないので、進葉はうーんと唸った。

谷村耕太は真面目そうな顔つきで眼鏡を掛けている。

養護教諭の松田満佐子は、茶色っぽい髪に白衣姿の明るい美人で、男にも女にも人気がある。

それが、進葉の中の二人のイメージだった。

 隣でエロスが説明する。

「馴れ初めは良くわからんが、いつの間にか仲良くなったらしい」

「……そ、そうなんだ」

谷村が黒板から振り返って、半目で進葉を睨んだ。

「おい。聞いてんのか、山河」

「……えっ」

 進葉はびくっとして口を閉じた。

「前に出てこの式を解いてみろ」

「はい……」

進葉はがっくりしながら黒板の前に出て、図式と睨めっこする羽目になった。

(えーっと……。サイン、コサイン、タンジェント。サイン、コサイン、タンジェント)

 昼食の時間、進葉は屋上で、いつも通りに乙女や克美と一緒に弁当を食べた。

 最近は桑瀬菖蒲も一緒で、可愛い柄もののランチマットや弁当箱を開いていた。

 七月も半ばで、太陽が強く照っている。

「ねえ、谷村先生と松田先生って話してるところ見たことがある?」

 突然の進葉の質問に、乙女と克美は小首を傾げた。

「うちの担任の谷村先生と、保健の松田先生? どうだったかなあ」

「私は話してるところ、見たことある」

「どっちかというと、谷村先生は眼鏡で頭が良さそうで、松田先生は気が強い美人って感じだよね」

「いや、えーっと……」

進葉が言葉に詰まると、菖蒲が口を開いた。

「……私は色々データがある」

 進葉は、少しドキリとして菖蒲を見つめた。

 キューピッドの仕事に関することだと、恐らく菖蒲は察している。

乙女や克美が傍にいるから、その話をしていいものかどうか、進葉はわからない。

「……話していいかしら?」

「うん」

「何々」

菖蒲の言葉に、乙女と克美が勝手に次々に聞くものだから、進葉が何か言う前に、菖蒲が口を開いた。

「恋人。内緒で付き合ってる」

 乙女と克美が吃驚して騒ぎ立てる。

「えっ、マジで?」

「本当? えっ、付き合ってるんだ!」

「付き合ってる」

 進葉は内心で(それ、言っちゃっていいのかな)と悩んだが、突っ込むべきかわからなかった。

傍で、オムツ姿のエロスがパタパタ、小さな羽根で飛んでいる。

進葉は小さな声で、エロスに聞いた。

「……具体的にどうすればいいの?」

「普通に『愛の矢』を撃てばいいだろ」

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、進葉達は慌てて屋上から教室に向かった。

途中の廊下で、白衣を着た松田満佐子が通りかかる。

「廊下を走っちゃ駄目よ」

「あ、はーい」

 進葉は返事をしながら、松田満佐子を見つめた。

「松田先生って美人ですね」

「褒めても何も出ないわよ」

そう言って笑いながら去っていく松田満佐子の後ろ姿を、進葉は見つめた。

(……谷村先生と松田先生か)

五時間目、六時間目の授業が終わって、担任の谷村耕太が入ってきた。

スーツ姿で眼鏡を掛けている。

谷村耕太は淡々と今月の予定の説明をして、その日の授業を終わりにした。

「はい。以上。皆、好きに帰ってよろしい」

 クラスの皆、鞄を手に次々と教室を去ってゆく。

 進葉は乙女と克美に声を掛けられるが「用事があるから」と、教室に残った。

「ここのところ、用事があるって教室に残るのが多いよね。用事って?」

克美に痛いところを突かれて、進葉はうーんと唸った。

「と、図書館に寄ろうかなって」

「私達も一緒に寄ろうか?」

「い、いや。いいよ」

「遠慮することないよー。私も図書館で本でも借りるしさ」

「……え、えーっと」

進葉はどうしようかなあと頭を抱えた。

「用事があるって言うんだから帰ろうよ」

乙女が克美に言って、克美は渋々、一緒に帰ることにした。

「そうだね。無理言っちゃってごめん」

「ううん。いいよ」

笑う進葉を残して、克美と乙女は一緒に帰宅の途に付いた。

二人が校門を通り過ぎるのを教室の窓から眺めて、進葉は溜息を吐いた。

「……なんだか、付き合いが悪くなってるかなあ。私」

「知らね。もうちょっと気を使った方がいいかも知れないな」

 傍でパタパタ羽根を動かしながらエロスが言う。

「……『友情の矢』ってないの?」

「あるけど」

「……あの。それ、後で撃っていい?」

進葉は、女子トイレでキューピッド姿に変身すると、早速、職員室に向かった。

職員室では、谷村耕太は他の職員に混じり、机上で期末試験の成績結果を見つめていた。

「えっと。出でよ、恋心」

 進葉は、谷村耕太の恋心を出して『愛の矢』を撃った。

「……あと、保健の松田先生は……」

 松田満佐子は職員室内にいなかった。

「あれ、松田先生どこだろう」

「あそこだろ」

 エロスの指差す方に進葉が行ってみると、松田満佐子は職員室近くの冷蔵庫で、こっそりお菓子を隠していた。

「……ま、松田先生。そういえば、保健室に行くたびに何か瓶詰のお菓子があって、飴とかう○い棒とかくれたな」

お茶類が並べられた棚を見ると、何だかコーヒーやらココアやら色んな飲み物が並んでいる。

進葉は、松田満佐子の恋心を出して、『愛の矢』を放った。

エロスはぼんやりその様子を見つめていて、桑瀬菖蒲がひょっこり顔を出した。

「あの二人、くっつけたんですね」

「うん。なんか、そういう指示がおりたから」

「最近、山河さん頑張ってますね」

「まあな」

 影から妖怪猫のブチが「にゃーん」と出てきたので、エロスはブチを枕にして寝転んだ。

 松田満佐子は、カップを手に谷村耕太に話し掛けていた。

「谷村先生。今日、一緒に帰って下さいよ。同じ電車通勤でしょう」

谷村耕太はプリント類を眺めていた。

「いや、そういうことは職員室で言われても」

「……」

「い、一緒に帰ります」

谷村耕太は顔をピンクに染め、松田満佐子はニコニコ嬉しそうに笑っていた。

部活が終わり、殆どの生徒が帰宅した頃に、谷村耕太と松田満佐子が、駅に向かう道を共に歩いた。

「私達。高校時代、この愛ヶ丘学園が母校で。同じクラスだったね」

「……ああ。そうだな」

「中学も同じだった。私、あの時代からあなたのことが好きだった」

「俺も」

「本当に?」

「……えっと。どうだったかな」

耕太は眼鏡を外した。

駅へ続くまでの田んぼの道はすっかり暗くなって、虫が鳴いている。

殆どの人間が帰宅した学校の校舎は、非常灯だけが薄暗く灯っている。

所々に置かれた街灯や、通り過ぎる自動車の明かりが道を照らしていた。

「俺は、部活に熱中してたしなあ」

「青春燃やしてたよね」

「恋愛のことは、余り頭になかったかも知れない。どうだったろ」

「私は、高校時代ってどうしてたっけ」

「勉強ばっかりしてたんじゃないか」

「そうだったかも知れない」

暫く歩いて、満佐子が口を開いた。

「駅前の居酒屋でちょっと飲まない?」

「そうしようかな」

二人は駅前近くの居酒屋チェーン店に入ると、枝豆や焼き鳥などのつまみ類や、アルコール類を注文した。

松田満佐子は、カクテルの注がれたグラスを手にしながらだべる。

「だからあ、本当に最近の若い子達って、もう、やってらんないんだってば!」

「……はあ」

「ちょっと、あんた達それでいいのっていう」

「何かあったのか?」

「何でもないけど。いや、偶然に生徒同士のキスシーンを見てしまって」

 満佐子の愚痴を聞きながら、耕太は笑った。

「見ちゃったんだ」

「ちょっとね」

「でも。俺らの時代から比べると、随分、茶髪とか減ったよな」

「昔より、今の方が大人し目な気がする。アイドルも黒髪率高いしね」

「俺らの時代ってちょっと凄くなかったか。何か、色々乱れていたというか。今より」」

「今って、比較的、落ち着いてる気がする」

「そうだね。多分、時代なんだろうね」

 満佐子は店員を呼び止めて、新たにジントニックを注文した。

「谷村くんは何か注文しないの」

「じゃあ、俺はウーロンハイでも頼むわ」

 その頃、進葉は、宮園乙女と長瀬克美を追い掛けていた。

 二人は、何やら駅前のファーストフード店で話していた。

「うう、最近一緒に帰れてないからなあ。何か二人とも仲いい気がする」

「……えーっと、友情の矢。友情の矢。って私、こんなの駄目でしょ」

 進葉は溜息を吐いた。

 その晩、進葉は自室でエロスに怒られていた。

 エロスの近くで妖怪お化けのブチがあくびをしている。

「あのなあ。何でもキューピッドの力で解決しようとするなよ。あくまでも恋愛指示帳に指示された任務を行うのが、キューピッドの仕事なんだからな」

「す、すみません」

 進葉は謝りながら、ふと、思ったことを尋ねてみた。

「ねえ。こういう人とこういう人をくっつけろって、恋愛の指示しかないの? こういう人達を友達同士にしろ、みたいなのはないの?」

「友達同士?」

「そう。友達同士」

 エロスはぽりぽり頬を掻きながら言った。

「あるぞ。何だって仲悪いよりは、いいに越したことはないしな」

 エロスは恋愛指示帳を宙に表示させると、左に並んだタブの一つに触れた。

すると、何だかパスワード入力画面に出た。

エロスがパスワードを打ち込むと、画面は恋愛指示表から友情指示表に切り替わった。

「あ、恋愛以外もあるんだ」

「そう。友情指示帳だ」

 エロスが色々と指示を眺めていく。

「極端な話だと、日本や韓国や中国とかの極東周辺とか。アラブとアメリカとか。韓国と北朝鮮とか。白人と黒人とか」

「な、なんか、そういう風に並べられると吃驚するなあ」

「撃ってみるか?」

「そ、そうだね」

 進葉はキューピッドに変身すると、早速、羽根を広げて、エロスと共に空へ羽ばたいた。

 外の世界は夜の帳がおりて、空は月と星だけが明るく、地上もまた星のように街灯りが灯っていた。

 夏の気だるい暑さも、風が吹いて爽やかだった。

「何だか、空より地上の方が明るい気がする」

「……そうだな」

 エロスは夜空を眺めながら言った。

「昔は、空に浮かぶ星も、もっと、はっきりと見えて明るかったんだけどな」

 そう言って溜息を吐くと、エロスは背中に背負った矢筒から、綺麗に装飾された大きな矢を数本取り出した。

「じゃ、『友情の矢』でも撃っとくか」

「うん。何だか、恋愛の矢ばかりで疲れてたし」

「じゃ、まずはアジアの友情を願って」

「うん」

「向こうの方に目掛けて撃ちな」

進葉はエロスに言われた方向に目掛けて、友情の矢を撃った。

 友情の矢は花火のように撃ちあがると、弾けて、沢山の眩い流星が空中に広がり、流れた。

 それから進葉は、日本や韓国や中国などの極東周辺とか、アラブとアメリカとか、韓国と北朝鮮とか、白人と黒人などの友情を願って『友情の矢』を放った。

 夜空は、光り輝く沢山の流れ星に包まれていた。

街中を歩く人々が空を見上げて呟く。

「あ、流れ星」

家やマンションに住む人達も、沢山の流星群が走る夜空を見上げて、感嘆の声を上げた。

「すごーい」

「流星群だね」

 流れ星が降り注ぐ夜空の中で、エロスが言う。

「多分、地上では何かしらの星座の流星群だとか、言われてるだろうな」

「そうだね」

 進葉は、空中に流れて行く流星達を眺めて嬉しそうに呟いた。

「あ、そうだ。……あと」

「あと?」

「イジメが無くなるように撃っておこう」

 そう言うと、進葉は、再び『友情の矢』を番えて、思い切り夜空に撃ち放した。

真っ暗だった空は、沢山の降り注ぐ流星群が咲き乱れ、光り輝き、沢山の人が見上げていた。

瞳に流星を映した人々の、その心の一つ一つに『友情の矢』は溶けて、染み込んでいった。

 

 翌朝、進葉の傍に田村伊緒里がいた。

 彼女は本当は女の筈なのに、少年の姿でそこにいた。

「知花志季はふったよ。君には僕の妻になって貰いたい」

「伊緒里さん……?」

 何を言われているのか、進葉にはわからない。

 だが、エロスが少年の姿で「駄目」と言った。

「俺と付き合ってるの。昔からね」

 風が吹き抜けた。

                                   END


ちなみに私が自己投影してるのは

普通に主人公である進葉です

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