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きゅーぴっど  作者: 諫山菜穂子
3/7

川田和人と小津恵子

それから、小津恵子は堂々と宣言した通りに、男達と交際をはじめた。

火坂敦、知花志季、風原春、それに桑瀬陽太郎。主にこの四人と、川田和人だ。

川田和人は、ほぼ放置して仲の良い男友達と話していた。

何だか、恵子を巡る男達の間では、色々と取り決めがあるようだった。

朝は近所の火坂敦が一緒に登校し、昼は風原春が一緒に食事し、夕方は桑瀬陽太郎が一緒に下校をし、帰宅後、知花志季が一緒に宿題をする。

恵子は男女共に友達が多く、たくさんの友達と一緒にいるのが好きなので、それらに混じって、ということだった。

恵子は初めは、たくさんの人の前に口付けされたりして不快そうだった。

だが、元来、男女含め友人がたくさんいて、一緒に遊ぶのが大好きな恵子だ。

やがては、火坂、知花、風原や桑瀬陽太郎とも馴染み、日々を楽しむようになった。

火坂はスポーツが得意で恵子とも気が合った。

たくさんの友達と一緒に、スポーツで遊んだ。

頭のいい知花には勉強を教えて貰い、ゲーム好きの風原とはゲームセンターで一緒に遊んだ、

休日のデートは、火坂、知花、風原、陽太郎とで日にちが被らないように決めた。

おしゃれが大好きな恵子は、ちゃんとネイルアートの店に通い、ばっちりネイルアートする。

髪型もおしゃれも、雑誌のモデルみたいにちゃんと決まっている。

恵子は良く、四人の誰かに自転車を漕いで貰い、後ろの席に乗った。

恵子の笑顔は、誰よりも魅力的だった。

恵子は堂々と五人の男と付き合っているわけだが、多くは、恵子を悪く思わなかった。

恵子が、文句なしに美しくおしゃれで魅力的で、どんな男も恵子と付き合いたいと思うような、そんな娘だからだ。

恵子が複数の男達と付き合うことになったと聞いて、ムカつくと思う者もいた。

だが、多分、自分も恵子と付き合わせて欲しいと思う男の方がずっと多かった。

つまり、男はみんな、とびきりの美人が大好きで、とびきりの美人を巡って争い合い、強さを誇示し、美人を勝ち取るのが大好きなのである。

進葉は、自分の部屋に入ると制服姿のまま、ベッドの上でぐったりした。

「もうやだ……」

おしゃぶりをくわえたオムツ姿で、金髪の小さい男の子エロスは、ブレスレットに触れ、宙に青白い光を帯びて浮かび上がる恋愛指示帳を見ながら、呟いた。

「ヘレネみたいだ」

「……ヘレネ?」

「トロイア戦争の発端となる程の美しさを持ったヘレネ。小津恵子とは、また少し違うかもしれないがな」

ベッドの上で寝転がりながら、進葉は呟く。

「……小津恵子さんは、誰が好きなんだろう」

「……そういう問題っつーか、そういう状況なのかなあ」

「何で?」

「男共が一方的に小津恵子を好き好き言って、小津恵子は流されてる感じだな。まあ、元来、男でも友人が多いし、小津恵子は男慣れしてる方だからな」

進葉は、小津恵子のスラッとしたスタイル抜群の身体や、焦茶色の長い髪や、ぱっちりした目……その美しい顔を思い浮かべた。

クラスでも中心で騒いでいて、明るく気が強くて、友達がたくさんいて、いつも友人達の中で笑っている。

たくさんの男が、小津恵子を憧れの目で見る。

「小津さんって、いかにも男が好きな、女のタイプだよね。誰と付き合うんだろう」

「お前、恋愛指示が与えられたって言ったな。どんなのが与えられたんだ」

進葉は溜め息を吐いた。

「小津恵子さんが好きな相手と、小津恵子さんをキスさせる」

進葉は寝転がりながら、宙に浮かぶ青白い光の指示を、エロスに見せた。

「小津恵子さんは、誰が好きなんだろう」

青白く光る情報には、小津恵子が誰が好きかに対しては、ハテナの文字が浮かんでいた。

「……ねえ、恋愛指示表の指示は、誰が出しているの?」

進葉の質問に、羽根をパタパタ動かしながらエロスは答えた。

「ゼウスや俺の母さん。母さんは、どこにいるかわからないけど、どこかから出してる。そういや進葉。お前は、ちょっと俺の母さんに似てるな」

「エロスのお母さん?」

「女神アフロディーテ。ゼウスに嫌われて、パンテオンが滅びたときに、逃げられずにどこかに消えた。ゼウスは、神々や人々の恋愛事に文句が凄いんだ。特に自分にまつわることに関しては。だから、俺も嫌われて石の中に封じられちまった。パンテオンが滅んで、たくさんの神は散り散りに逃げた。けど、母さんの魂は、どこかわからない」

進葉は寝転がりながら振り向いた。

「私、エルのお母さんにちょっと似てるの?」

「ちょっとだけな……ん?」

エロスは自分の恋愛指示表を見つめながら呟いた。

「知花志季の、小津恵子への恋愛感情が薄れた。ああ、桑瀬菖蒲がやったんだな。ふうん。明日、ちょっと知花志季と話してみようか」

「え?何で?」

すっとんきょうな声を上げる進葉に、エロスは恋愛指示表を見せた。

そこには進葉自身の情報が映っていた。

「ああ……。知花志季が好きって出てる。……それも十段階で六」

顔を真っ赤にして恥ずかしがる進葉に、エロスはケラケラ笑った。

「……ううー。これ、嫌。すっごく嫌

翌朝、進葉は次雄や伊緒里とは一緒に行かず、少し早めに家を出た。

二年三組の教室に入ると、人はまだ少なく、廊下側の前の方で、知花志季が鞄から教科書やノートを出していた。

「……あ、知花くん。おはよう」

「おはよう」

「……えっと、あの。小津さんは」

「ああ、もう少し後から来るんじゃないかな」

知花志季はそう言うと、何だか複雑そうな顔をした。

「小津さんはいい子だよね。僕は小津さんが好きだ。……でも、うーん」

ちょっと考えながら、志季は進葉に言った。

「でも、僕、山河さんも好きだ」

「えっ?」

進葉がポカーンとしていると、知花志季は自分の席に戻って、何やら教科書とノートを出して予習を始めた。

進葉の近くでパタパタ、小さな羽根を動かして飛んでいたオムツ姿のエロスが言った。

「良かったな進葉。好きって言って貰えて」

エロスはブレスレットに触れて恋愛指示表を宙に浮かべた。

「ああ、恋愛感情が十段階中、三だぞ進葉」

「あ……そう」

進葉は、何だか顔を染めて立っていた。

戸の隙間から、チラッとキューピッド姿の桑瀬菖蒲が見えて、彼女は何だか無表情でピースをしていた。

そして、変身を解いて教室に入ってきた。

(ああ、桑瀬さんがやったんだ)

何となく、進葉はがっくりした。

「……何か、こうやって人を好きになったり、人を好きにさせたり。どうなんだろう」

「まあな。本当は自然のままが一番だと思う。もっと、知花志季に話し掛けたらどうだ」

「……う、うん」

エロスも溜め息を吐きながら、恋愛指示表を眺めていた。

やがて小津恵子が、火坂や風原と教室に入ってきた。

長瀬克美、宮園乙女が教室に入ってきて、進葉は漫画やアニメやゲームやテレビの話をした。

その日、進葉は恋愛指示表の通りに、小津恵子に『キスの矢』を放たなければならない。

誰を好きになるのも小津恵子の自由だから、進葉は悩んだ。

だが、やらなければならない。

エロスからキューピッドの仕事を承諾したのだから。

放課後。

校門の側、火坂敦や風原春、桑瀬陽太郎、それに友人に囲まれて、小津恵子は笑いながら歩いていた。

進葉は、長瀬克美と宮園乙女には、用事があるから先に帰ると言って、女子トイレに入った。

そして、ピンクのハート石のヘアゴムに触れてキューピッドモードに変身した。

進葉の髪は長く伸び、金色に変わり、白い布を(まと)い、胸には矢筒を背負っている。

進葉は、エロスから渡された『キスの矢』を弓につがえた。

小津恵子の傍には、彼女の恋心……赤い石が浮かんでいた。

傍には、おしゃぶりをくわえ、よだれ掛けを掛け、オムツを履いた金髪の小さな男の子……エロスが羽根をパタパタ動かしていた。

「あんまり深く考えるなよ。桑瀬菖蒲みたいにポンポン射ってやれ。小津恵子は、ちょっとやそっとモテても大丈夫だから」

「……わ、わかった。でも、私はやっぱり、小津恵子さんは川田和人くんと、戻って貰いたい。だから、そう願うよ」

進葉はそう言うと、キリキリと矢を引き、川田和人と小津恵子が上手く行くように願って、小津恵子の石に向けて矢を放った。

だが、矢は全然違う方向に飛んでいった。

「……えええ!」

狙いが外れた矢は、通学路で日谷冬や、隣のクラスの東山要と話していた川田和人に当たった。

矢は川田和人に触れると、弾けて、ピンク色の花弁が舞った。

「え、ど、どうしよう!」

「え? 何だ、外したのかよ?まあ、たまにこういうことがある。気にするな。また射てばいいし」

慌てる進葉にエロスは落ち着いて言う。

だが、川田和人は表情を変えて、踵を返して走り出した。

「……ん? いや、進葉。ちょっと待て」

慌てふためく進葉を、エロスは押し止めた。

日が暮れ始めた街の中、すぐ近くに小津恵子は、火坂や風原や、桑瀬陽太郎や、友人達と歩いていた。

川田和人は小津恵子を見つけると、小津恵子の手を掴み、そのまま抱き寄せて小津恵子に口付けをした。

そして、川田和人は涙を浮かべながら叫んだ。

「こいつは……小津恵子は俺の彼女だ! 他の誰にもやらねえ!」

周囲の通行人が、ポカーンとそれを見ていた。

進葉も、呆然として二人を見つめる。

川田和人は、火坂や風原や桑瀬陽太郎を睨むと、吃驚した顔の小津恵子の手を取って走り出した。

近くの公園で、川田和人も小津恵子も膝に手を置き、息を切らせていた。

川田和人は涙をボロボロ流している。

恵子は焦げ茶色の髪を掻き上げながら、和を睨んだ。

「……和くん、馬鹿じゃないの。もう、どいつもこいつも信じらんない。何で、あんな大勢の前でさあ」

「うるせえな!」

和は、目に涙を滲ませながら恵子を抱き寄せて叫んだ。

「馬鹿はお前だからな!男の間をフラフラフラフラ、馬鹿じゃねえの!」

和の声は大きく響き渡り、恵子はとても恥ずかしそうに頬を染めていた。

だが、恵子はやがて「ぷっ」と吹き出し、腹を抱えて笑い出した。

「和くん、もっと私を構ってよ。もっとデートとかしてよ。休日に休み入れてよ」

「ああ、もう、わかったよ」

二人は公園の自動販売機でジュースを買うと、ベンチに座って、公園の池を見つめながら色々なことを話した。

池には親子の水鳥がプカプカ泳いでいて、夕陽が水面を照らしていた。

公園の上空、夕暮れの空にキューピッド姿の進葉とエロスは背中の羽根を羽ばたかせ、恵子と和の二人を見ながら話していた。


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