第6話 ガハハ、俺も一緒に魔王んとこに行ってやるよ!
穏やかな昼下がり、ドルファとパメラは少年剣士カイの家を訪れ、稽古をつけていた。
パメラが剣の先輩として厳しく指導する。
「もっとだ! もっと気合を込めて打ち込め!」
「でやぁぁぁっ!」
木剣同士がぶつかり合う。
「よし、いい一撃だ。今日はここまでにしよう」
「ありがとう、パメラさん!」
パメラに褒められ、笑顔を見せるカイ。
二人の稽古を見ていたドルファも「こりゃあビッグな戦士になりそうだ」とカイの成長を喜んだ。
カイの家を出た二人。
気まぐれで、たまには普段通らない道を通ろうか、という話になる。
しばらく歩いていると、ドルファが一軒の食堂を発見する。
「あんなところに食堂があるぜ。入ってみねえか?」
「そうだな」
その食堂は小さいが中は清潔感が漂っており、いかにも穴場という雰囲気を醸し出していた。
席に座ると、店員が注文を取りにきた。
「いらっしゃいまセ」
尖った耳で紫色の肌、頭にバンダナを巻いた男だった。
異様な外見ではあるが、モーガン王国には亜人種も少数暮らしているので、ドルファもパメラもその類だろうとあまり気にしない。現に他の常連とおぼしき客は誰も気に留めていない。
ところが――
「お前ハ……!」
「ん?」妙な反応をされ、首を傾げるドルファ。
しかし、ドルファもこの声に聞き覚えがあった。そして目の前のパメラを見て、彼女と出会った闘技大会のことを思い出し、なにもかもが鮮明によみがえった。
「この声……あの時の! 俺と決勝でぶつかった……! 確か名前は……ベルギス!」
「そうダ……よく覚えててくれたナ」
「どんな姿か分からなかったが、お前、亜人だったのか……」
パメラも会話に加わる。
「亜人か。どうりで強いわけだ。決勝こそドルファに一撃で倒されていたが、それまでの試合は全て圧勝していた覚えがある」
うつむくベルギス。
「ん、どうした?」
ドルファが尋ねると、ベルギスは重い口を開いた。
「私ハ……亜人ではなイ……」
「え、違うのか?」
「私ハ……魔族ダ」
ベルギスがバンダナを外すと、頭には角が生えていた。
目を見開くドルファとパメラ。
「魔族って……魔界の住民だろ!?」
「なぜこんなところに!?」
「元々私は魔王軍の尖兵としてあの大会に出場したのダ」
「尖兵? 尖兵って敵を探るみたいな兵だよな」
「そうダ……私に与えられた使命は武術の盛んなモーガン王国の闘技大会に出場シ、人間のレベルを探リ、優勝することだっタ。優勝して正体を明かシ、魔族の強さを知らしめて宣戦布告するはずだったのダ……」
ところが結果は、決勝戦でドルファに完敗。正体は晒せず、もちろんこんな状況で「我々魔族はこんなにも強い。今こそ貴様らを攻め滅ぼす」なんて宣言をできるはずもなかった。
「任務を失敗した私は魔界には戻れズ、人間界で途方に暮れるはめになっタ……」
戻れば魔王からどんな目にあわされるか、火を見るよりも明らかである。
思わずドルファも同情してしまう。
「俺のせいで……なんか悪いな」
「別にお前が悪いわけではなイ。負けた私が悪いのダ」
ここでパメラが疑問を口にする。
「事情は分かった。しかしなぜ、食堂で働いているのだ?」
「行くあてもなク、うなだれている私をここのおやっさんが拾ってくれたのダ……」
ドルファとパメラが厨房にいる店主を見る。店主こと“おやっさん”は気づき、ニヤリと笑う。一目で頑固親父と分かる禿頭の中年男である。
「私は全てを話したガ、それでもおやっさんは受け入れてくれタ。常連たちもそうダ。それからというもの私はここで働かせてもらっていル。おやっさんがいなければ私はどうなっていたカ……」
ため息をつくベルギスをドルファは厳しい目つきで見つめる。
「単刀直入に聞くぜ」
「な、なんダ?」
「お前は今、人間界をどうしたいんだ? ずっと宙ぶらりんのままいるわけにもいかねえだろ」
ドルファの言う通りで、今の彼は魔王からの命令を果たさないまま、魔界にも帰れない状態になっている。ずっとこのままでいるわけにはいかない。いずれ魔界の方からベルギスに働きかけてくるだろう。刺客が差し向けられる可能性すらある。
「私ハ……もう人間とは戦えなイ。できれば魔王様にもそう進言して二度と人間界に野心を持たぬようにしてもらいたイ。だがどうしてもその決心がつかんのダ」
ドルファはベルギスの両肩に手を置いた。
「よく言ったぜ」
「エ?」
「だったら俺が魔王んとこまで付き添ってやる! 今言ったことを伝えてやるんだ!」
「!」
ドルファはベルギスの目をまっすぐ見つめる。
「このままにしておいたら、いずれ魔王は人間界に攻め込むだろう。命令を破ったお前だってあぶねえ。どこかで決着はつけなきゃならねえだろ」
「……そうだナ、その通りダ」
決心したようにうなずくベルギス。
「おやっさン、私ハ……」
「ああ、聞いてたよ。きちんとケジメつけてきな。でかい兄ちゃん、ベルの奴を頼むぜ」
「おう!」
ベルギスは店主からは「ベル」と呼ばれているようだ。
話がまとまったところで、ドルファの腹が音を鳴らす。
「おっと、そういや注文の真っ最中だった。今日は食いまくるぜ! えーと、まずステーキだろ、それからピラフにビーフシチュー、パスタも欲しいな。あと……」
「ずいぶん食べるんだナ……」ベルギスは目を丸くする。
「ドルファはいつもこんな感じだ」慣れたもののパメラ。
穴場ムードを漂わせているだけあってこの店の料理はおいしく、ドルファとパメラはすっかり満足して店を出るのだった。
「よっしゃ、明日は魔界だ!」
***
次の日、ドルファとパメラはベルギスの先導で魔界まで来ていた。
魔界は人間界とは別次元にあり、ごつごつとした岩肌に覆われ、闇の瘴気が漂う魔の領域である。
「魔界に帰ってくるのは数ヶ月ぶりダ……」
緊張の面持ちのベルギス。
「魔王城ってのはあれか」
とりわけ異常な邪気を発している巨大な城を指さすドルファ。
「そうダ」
「よーし、魔王に話つけにいこうぜ」
ベルギスは一緒についてきたパメラに振り返る。
「ここからはお前は危険ダ。やめておいた方ガ……」
「心配するな。私もドルファと共に腕を上げた。自分の身は自分で守れる」
彼女の言う通り、パメラは闘技大会時に比べ格段に腕を上げている。
「分かっタ。では行こウ」
……
魔王城に入ると、意外にも魔族達はベルギスに対し頭を下げる。
それもそのはず、ベルギスも「魔族の力を人間に思い知らせるため」に送り出された男。魔王軍の中では実力者であり、相応の地位にいるのである。
しかし、奥に控える幹部連中はそうはいかない。
「ベルギスじゃねーか。なにしにきやがった?」
「なんだ、生きてやがったのか」
「人間如きにやられたらしいじゃねーか、ギャハハハハ!」
闘技大会準優勝者であるベルギスと同等、もしくはそれ以上の魔族らが彼を笑う。今は構っている場合ではない。ベルギスらはさらに奥に控える魔王の元に急ぐ。
いざ魔王の間へ。
「ただいま戻りましタ……魔王様」
魔王はベルギス以上の巨大な角を持ち、眼光は鋭利、茶褐色の肌に巨体、漆黒のマントを身に纏い、「魔王」の名に恥じぬ迫力で玉座に腰を据えていた。
連れてきたドルファとパメラは眼中にないといわんばかりの態度で、戻ってきたベルギスに話しかける。
「ベルギス……よくおめおめと顔を出せたな」
「はっ……」
「一応聞いておこう。貴様に命じた『人間の闘技大会で優勝し、魔族の強さを知らしめる』任務はどうなった?」
「私は決勝で敗レ、失敗に終わりましタ……」
「それでなかなか戻ってこなかったというわけか。しかし、こうして戻ってきたということは、何らかの手土産はあるのだろうな?」
ベルギスは汗をかき、震えながら、ゆっくりと語り出した。
「私は敗れた後、ある人間の世話になりましタ。そこで私は接客や雑用などの仕事をシ、大勢の人間と知り合いましタ。そこでの日々はとても楽しいものでしタ」
突然、人間を擁護するような発言を始めたベルギスに魔王が顔をしかめる。
「人間は確かに我ら魔族に比べると肉体的には弱ク、魔王様にとっては取るに足らない存在かもしれませン。しかシ、私はいつしか人間を好きになってしまいましタ」
魔王の顔がさらに歪む。
「私にはもう“人間を滅ぼす”という魔王様の思想に賛同することはできませン。お願いしまス。どうカ……どうカ、思い直して頂けないでしょうカ。人間と共存する道を歩んでもらえないでしょうカ……!」
魔王は無言で立ち上がると、冷酷に言い放つ。
「もうよい、ベルギス。貴様は……今ここで死ね!」
魔王が手をかざすと、ベルギスの全身が強大な魔力で縛られた。
「グアアアアアアアアアアアアッ!!!」
あとほんの少し魔力を込めれば、ベルギスの全身はひしゃげ、潰れてしまうだろう。
しかし――
ドルファは棍棒の一振りで、その呪縛を解き放った。
「む!?」驚く魔王。
「こっからは俺が請け負うぜ、ベルギス」ニヤリと笑うドルファ。
「やめロ……お前の強さは知っているが魔王様にハ……」
「心配すんな。俺に任せろ!」
魔王を睨みつけるドルファ。
「なんだ貴様は? 見たところ人間だが、なぜベルギスを助ける」
「決まってんだろ……友達だからだよ!」
「しかし私とお前は一度戦っただけデ……」
「悪いな、俺は一度戦った相手はダチだと勝手に決めてるんだ」
ドルファらしい言葉にパメラも微笑む。
棍棒を手に、魔王の前に立ちはだかるドルファ。
「魔王さんよォ、俺と勝負しな。俺が勝ったら……人間界は諦めてもらうぜ」
これを聞いた魔王、高笑いする。
「フハハハハハ! 私に勝てるつもりか!」直後、顔を怒りに染める。「この愚か者がァァァァァッ!!!」
巨体からは考えられぬ速度でドルファを爪で引き裂きにかかる。
――が。
「むんっ!!!」
ドルファの棍棒で、魔王は壁まで吹き飛ばされた。
「が、がはっ……!?」
しかも一撃で大ダメージを負っている。血を吐きながらよろよろと起き上がる。
「さすが魔王、一撃じゃ無理か」
「な、なんだ……今のは? こんなパワーを持っている奴は魔族にも……」
「もう一発いくぞぉ!」殴りかかるドルファ。
「調子に乗るなよ、人間風情が!」
魔王が呪文を唱えると、暗黒の炎や、毒々しい色の雷、禍々しい閃光がドルファを集中砲火する。
並みの人間、いや魔族でも骨も残らない猛攻だったが――
「なかなか効いたぜ……」
少し焦げただけの体でポージングを決めるドルファ。
「なにぃ!?」
目を丸くする魔王、唖然とするベルギス、こうなると分かっていたパメラ。
「おのれぇ!」
抜け目なく使い魔の集団を召喚するが、これはパメラが斬り捨てる。
「ドルファ、ザコは任せて魔王に集中しろ!」
「助かるぜパメラ!」
近づいてくるドルファに恐れをなし、魔王は強力な結界を張る。
「うおっ、なんだこりゃ!?」
「フハハハハ、この結界は絶対破壊できんぞ! しかし私の術は素通りできる! この中でじっくり魔力を練り、貴様を滅ぼせる魔法を味わわせてくれよう!」
絶対防御で時間を稼ぎ、大破壊魔法を撃つ算段である。
ドルファが棍棒で結界を殴るが、さすがに容易に壊せる代物ではないようだ。
「無駄だ! さぁ、貴様らまとめて消し飛ばしてくれる!」
魔王の魔力がどんどん溜まっていく。しかし、ドルファは落ち着いた表情をしている。
「よかったぜ、ジイさんに修行つけてもらってよ」
「え?」
「あいにく俺は“スイカの皮に傷つけず中身をジュースにする技”ってのを身につけててな!」
ドルファが棍棒で結界を殴る。すると、中にまで衝撃が伝わり、魔王は再び大きな一撃を喰らった。
「な、なんだ……今の……はァ……!?」
「一回殴ってみて分かったぜ。ああ、これはジイさんの技なら通用するって」
ドルファは自身の気を棍棒の衝撃とともに流し込み、魔王を攻撃したのである。
ダメージで結界が解け、もはや魔王は丸裸も同然となった。
「ま、待……!」
「どぉりゃああああっ!!!」
ドルファ渾身の一撃が、魔王を壁にうずめる勢いで吹き飛ばした。
むろん、魔王が立ち上がることはなかった。
……
気絶から回復した魔王は、うなだれながら宣言した。
「私の負けだ……人間界侵攻は諦めよう」
「ほ、本当ですカ……!?」
「うむ、こうまで完敗したのだ。私とて引き際はわきまえている」
魔王は「強者が弱者を支配するのは当然のこと」という思想を持っているが、同時に「敗北した時は素直に認める」といういさぎよさも持ち合わせていた。
「ガハハ、ありがとうよ魔王!」ドルファが笑う。
「別に礼を言うことはあるまい。それと……ベルギスよ」
「なんでしょウ!?」
「貴様は人間界にもう少し残れ」
「!」
「残って……人間界の知識を色々学び、持ち帰ってくるのだ。それを次の貴様の任務としよう」
今の店主の元でもう少し働け、という魔王なりの計らいであった。
「……ありがとうございまス!」
ベルギスも人間界に残ることができ、ドルファとパメラは顔を見合わせて笑った。
ふとした寄り道から、ドルファは魔界の脅威から人間界を救うことになったのだった。
***
帰り道、ドルファとパメラは並んで歩く。
分かれ道に差し掛かり、住所が違う二人はここで別れることになるのだが――
「パメラ」
ドルファがパメラを呼び止める。
「今日はよぉ……俺んち来ねえか」
「ああ、一緒に夕食というのも悪くない」
ドルファはごくりと唾を飲み込む。
「いや……出来ればずっと俺んちに来て欲しい」
「えっ、それは……」
パメラも彼の言いたいことを察する。
「ああ……俺は体はでけえけど、肝っ玉は案外小さくてよ。なかなか言えなかった……」
二人とも胸の高鳴りが止まらない。
「俺と……結婚してくれ!」
息を荒げるドルファ。
これを聞いたパメラは一瞬目を見開くと、すぐに穏やかな微笑みを浮かべ――
「私でよければ喜んで」
二人は共にドルファの家へと歩く。
心の内からあふれ出るような幸せを存分に噛み締めながら。