第5話 ガハハ、魔法協会をクビになってホームレスかよ!
ロン老師の道場の件から一週間ほど経ったある日、ドルファはパメラを連れて街中を歩いていた。
道中話すのは剣術や武術に関することばかりであるが、幸せなひと時である。
「お恵みを……お恵みを……」
器を持ち、物乞いをする、ボロを着た青年がいた。
困った人は放っておけないドルファ、決して金に余裕があるわけではないが、小銭を与えようとする。
しかしドルファ、この青年をどこかで見たことがあった。
「……ん? お前、どこかで……」
青年もドルファを見たことがあるようだ。
「あ、あなたは……」
「お前は――」ドルファの中に映像が鮮明に浮かんだ。「俺と戦った賢者!」
「そういうあなたは……私に勝った大男……」
ボロを着た青年の正体は、闘技大会準決勝でドルファに敗れた賢者アレンだった。
あれだけ自信満々だった美青年が、絵に描いたように落ちぶれてしまっている。
「信じられん……!」パメラも驚く。
「お前……どうしたんだよ!? 何があった!?」
「実は……」
自嘲気味に笑みをこぼすと、アレンは事情を話し始めた。
モーガン王国の魔法使いは全員「魔法協会」という組織に所属することになっており、協会からあてがわれた仕事をこなして生活をすることになる。
しかし、今の魔法協会は頂点に立つ長老に牛耳られ、すっかり腐敗していた。
長老は特定の貴族らと結びつき、彼らの利益になるような仕事ばかりを魔法使いにさせるようになったのだ。この癒着で協会は潤ったが、魔法使いたちは権力者の道具と化した。
さらには自分の地位が脅かされるのを恐れ、若く才能のある者は閑職に回し、出る杭を叩くことを徹底した。
アレンは長老のやり方に反発し、反旗を翻した。
若い魔法使いたちに働きかけ、魔法協会の改革に奔走した。
長老も実力者であるアレンを無視できなくなり、「闘技大会で優勝すればこの地位を譲ってやろう」という条件を出さざるを得なくなった。
アレンは自信満々で闘技大会に臨んだのだが――
結果は準決勝敗退。これにより改革の勢いは衰え、アレンもまた除名処分に追い込まれた。「魔法協会に混乱を招いた」と難癖をつけられ、全財産を没収されるオマケつきで。
現状、魔法協会に所属していない魔法使いに仕事などない。魔法一本で生きてきたアレンは、ホームレスになるしか道は残されていなかったのである。
「ひでえ話だ……」
「いや、自業自得ですよ。中途半端な力しかなかったのに、長老に楯突いた私が愚かだったのです」
ドルファがパメラを見る。パメラも「お前が決めたのなら」とうなずく。
「決めたぜ、アレン」
「え……?」
「俺が魔法協会に殴り込んで、長老って奴を説得してやる!」
***
首都中心部にある魔法協会の本部ビル。
螺旋状のデザインで、天まで届かんとするその造形は、魔法使いたちの総本部に相応しい迫力を帯びている。
その最上階に陣取るは魔法協会会長である“長老”ムーア。
ドルファ、パメラ、そしてアレンの三人は長老との謁見を申し込み、彼の目の前に立っていた。
「長老さんよぉ、アレンを協会に復帰させてやってくれよ。このままじゃこいつ、餓死しちまうよ」
ドルファが進言するも、ムーアはしわだらけの顔を意地悪く歪め、首を振る。
「無理だ。そやつは私に歯向かい、闘技大会で優勝することもできんかったのだからな。もはや協会員でないそやつがどうなろうと、私の知ったところではない。好きに野垂れ死にするといい」
この冷酷な言葉に憤るドルファ。
「ジジイ……だったら力ずくで……!」
「よ、よせ!」慌ててアレンが止める。
「この私に向かって脅迫まがいの発言……捨て置けんな」
長老ムーアは指をパチンと鳴らした。するとそれを合図に五人の魔法使いが部屋に出現した。
五人はいずれもアレンに肉薄するほどの腕前を持つ。
「我が魔法協会の精鋭たちだ。君には死んでもらうとしよう」
五人の魔法使いが一斉に魔法を唱える。火、水、土、雷、風の五属性魔法がドルファを直撃する。
燃えるような弾けるような、凄まじい音が響いた。
「魔法協会の長老である私に逆らうとどうなるか、分かったであろう」
ニタリと笑うムーア。彼があっさりドルファらの謁見を許したのはこれが目的だった。アレンらの台頭で揺らぎつつあった自身の権威を盤石にすべく、「見せしめ」を欲していたのだ。
目論見通りドルファはムーアに食ってかかり、精鋭によって処刑されるはめになってしまった。
これでムーアの恐怖政治はまだまだ続くことに――
「いってぇ……」
精鋭らの魔法は、ドルファの頑強な体にはほとんど通じていなかった。
ムーアとアレンは驚いているが、パメラは当然といった表情。
「なにぃ!? 五人の魔法は直撃したはず――」
「とりあえず、お前ら邪魔だ!」
ドルファが棍棒を振るうと、精鋭たちはその風圧だけで壁まで吹き飛ばされ、失神してしまった。
「な、なんだとぉ!?」
ドルファがムーアに近づく。
「さてお話の続きをしましょうか……長老さん」
精鋭を倒されてしまっては、もはやムーアにすがれるものはない。
「ひいい……!」
「だらしねえな。闘技大会に出場したアレンの方がよっぽど根性あるぜ。今こそアレンみたいな奴に道を譲ってやるべきなんじゃねえか?」
ムーアとてかつては偉大な魔法使いだった。しかし今やその魔力は衰え、そのくせ権力にはしがみつく。自身の醜さをぴしゃりと指摘され、ムーアはうなだれる。
「しかし……私のような老人が、権力の座から降りてしまったら……もはや朽ち果てるしかないではないか……」
「そんなことはないぞよ」
「誰だ!?」
部屋の入り口にはロン老師が立っていた。ドルファが前もって呼んでいたのだ。
「ワシは拳法家のロンという者。ワシも自分の衰えを痛感し、一時期は打ちひしがれていたが、ドルファ君たちのおかげで青春を取り戻せた。どうじゃ、おぬしもワシと一緒に青春せんか?」
「青春を……!」
「そうじゃ、気功を学べば心身ともに鍛えられて、豊かな老後を暮らせる!」
この言葉に希望を見出したムーアは、ロン老師の弟子になることを決意する。
そして、かつて自ら陥れたアレンに告げる。
「アレンよ……」
「は、はいっ!」
「すまなかった……。私はお前の若さ、強さ、人望、そして志に嫉妬していた……」
「長老……」
「私のような老人は今こそ後進に道を譲るべきなのだろう。魔法協会は……お前に委ねたい。全ての権限を譲り渡そう」
「私に……!」
突然魔法協会のトップに任命され驚くも、アレンは背筋を正す。
「分かりました、長老。私が新たな会長となり、協会を立て直します!」
ホームレスから魔法協会会長となった賢者アレン、恩人であるドルファに礼を言う。
「全てあなたのおかげです。ありがとう、ドルファさん」
「なーに、魔法協会を追い出されても諦めず、ホームレスになってでも生き続けたお前の勝利だよ」
握手を交わす二人。
この後、アレンは長年の悲願だった魔法協会の改革に着手。悪しき貴族らとの縁を断ち、協会をかつての誇り高き組織に戻すことに成功するのである。