第2話 ガハハ、ガキの母親は病気だってのかよ!?
狼狽するドルファ。
「お、おい……いきなり金を貸せって……」
「ボクのお母さん、病気なんです!」
「!」
驚くドルファ。同時にカイが大会に出場した理由を察する。
「お前が大会に出た理由は……ひょっとして、母ちゃんのため……」
「そう……です」
ドルファはカイから話を聞いた。
カイの母は一ヶ月ほど前に体調を崩してしまったらしい。その後、親切な医者に診てもらい、薬を処方してもらうも、その薬が非常に高価だという。なんとか薬を買い続けてきたが、それも難しくなり、賞金目当てに大会出場を決意したという。
カイはシュンとしている。大会ではドルファを挑発してきたが、あれは自らを鼓舞するための虚勢。今の彼こそが本当の姿なのだろう。
「悪いが、俺にだって生活がある。ポンと金を貸してやるわけにはいかねえ」
「ですよね……」
「だがよ、お前の母ちゃんを診てみることはできる!」
「え……!」
「もちろん、俺は医者じゃねえけどよ。これでもそれなりの経験はしてきてるし、顔も広い。もしかしたら、何かいい解決方法を思いつけるかもしれねえ」
「ありがとうございます!」
礼を言われ、照れるドルファ。
「よせやい。あと、敬語なんか使わないでいいぜ。俺らはあの闘技場でやり合ったダチ同士なんだからよ!」
一度戦ったら友達――これはドルファの信念でもあった。
だからこそ闘技場で負かした戦士たちに、復讐のおそれもあるのに自分の住所を教えたのだ。
「うん、分かった! ありがとう、ドルファさん!」
「よっしゃ、母ちゃんのところに連れてってくれ!」
***
カイの家もドルファの自宅とさほど変わらない大きさだった。裕福な家でないというのは一目で分かる。
剣士だった父はカイが幼い頃病気で亡くなり、今は二人暮らしだという。カイの剣技はその亡き父から習ったものだった。
「お母さん、ただいまー」
「お邪魔します」
カイの母マリアはベッドで寝込んでいた。
「お帰り。あと……あらま、ずいぶん大きなお客様だこと」
「初めまして。ドルファと言います」
頭を下げるドルファ。
「ボク、今日闘技大会に出たんだけど、このドルファさんに負けちゃったんだ」
「まあ、そうなの? 大丈夫だったの?」
我が子を心配するマリア。どうやら、カイは母に黙って出場してしまったらしい。
「うん、ドルファさん、優しく倒してくれたから」
「いやいや、お前もなかなか強かったぜ」
これはお世辞でなく、ドルファの目から見てもカイには剣の才能があると感じていた。経験と体格が備われば、一流の剣士になれる器だと判断した。
「とにかく……無事でよかったわ。ドルファさんもゆっくりして……ゴホッ、ゴホッ!」
急に咳き込み出すマリア。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「お母さん!」
駆け寄ろうとするカイを制止するドルファ。
「待て! 俺に診させてくれ!」
巨体を屈めて咳き込むマリアを凝視する。そして、すぐに神妙な顔つきになる。
「ドルファさん……?」
「なあカイ。母ちゃんに薬を処方してくれてる医者ってのとは会えるか?」
「会えるよ。もうすぐ来ると思うし」
「そうか。だったら俺もここで待たせてもらうぜ」
なにやら機嫌悪そうに椅子に座るドルファ。
カイはその迫力に話しかけることはできず、マリアも体調を崩してしまったため、しばらく家の中には誰も喋らない気まずい沈黙が訪れた。
そして――
「やあやあ、こんにちは」
白衣を着た男が現れた。全体的に細長い体つきをしており、鼻は尖っており、目つきも鋭い。
「グレイさん!」
カイからグレイと呼ばれたこの白衣男がマリアの主治医のようだ。
グレイはドルファにはほとんど興味を示さず、マリアの診察を始めた。
「う~む、薬のおかげで体調は保てているが、やはりまだ薬が必要だね」
「そ、そうですか……」
「で、坊や。今日も薬を処方したいんだが、お金は?」
「それが……もうないんです」
グレイの目がギラリと光る。
「それは困ったねえ……。あの薬がないとお母さんは命を保つことも難しい……」
脅しとも取れる言葉に震えるカイ。それを見て、グレイはニコリと笑う。
「しかし、安心したまえ。薬代はツケにしておいてあげよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「いいんだよ。医者というのは困った人のための味方だからねえ。じゃあ、さっそくお母さんに薬を飲ませるとしよう」
グレイが持ってきた粉薬をマリアに飲ませようとする。
ここでドルファが動いた。
「待ちな」
「ん? さっきから気になってたが、なんだねこの男は?」
「この人はドルファさんといって――」
カイの紹介をさえぎるようにドルファが続ける。
「おい医者……その薬、自分で飲んでみろや」
ギクリとするグレイ。
「な、なにを言い出すんだ、あんた。なぜそんなことせねばならん」
「飲めねえのかよ。安全な薬なんだろ?」
「いや、この薬は健康な人が飲むと……副作用が……」
「あ~、もういいや。はっきり言ってやろうか。てめえ、その薬……“毒”だろ」
驚くカイ。
「ど、どういうこと!?」
「簡単なことだ。こいつは医者でもなんでもねえ。体調悪い人間に毒を盛って、さらに体調を悪くする詐欺師ってことだ」マリアの方を向く。「俺は医者じゃねえが、病気の人間と毒でやられた人間の区別ぐらいはつく。一目で分かったぜ。母ちゃんは毒で苦しんでるってな」
己の所業を看破され、グレイの顔が歪む。
「どうしてこの人はそんなことを!? お母さんを殺すため!?」
「いいや、違うな。目的はお前の方だろ、カイ」
「ボ……ボク!?」
「剣を使える10代の少年……見た目も悪くねえ。お前みたいなのを借金漬けにすれば、使いどころはいくらでもある。闘技場で剣闘士にするもよし、力仕事させるもよし、ド変態に売るもよし、だ」
唖然とするカイ。グレイの方を向くドルファ。
「なあ、そうだろ? お医者さん? いや……詐欺師さん、か」
グレイはしばらく黙っていたが――
「ク、ククク……」
「急に笑い出しやがって。どうした。俺はジョークを言ったつもりはねえんだがよ」
「いやいや、まさかお前のようなウドの大木に、私の企みを暴かれるとは思わなくてね……」
「大人しく逮捕されるってか?」
「その逆さァ!」
グレイは指と指の間から刃を出した。仕込み刃だ。
素早く踏み込み、ドルファの脇腹に刃物を突き刺す。
「ドルファさん!」叫ぶカイ。
「決まった! この刃にはビッグベアーをも一瞬で昏倒させる猛毒が仕込んである!」
勝利を確信するグレイ。
「ふーん」
ドルファは平然としている。
グレイの暗器はドルファの筋肉を傷つけることすら敵わなかった。
「な!?」
「ビッグベアー? あんなもん、素手で倒せるぜ」
「ドルファさん、大丈夫!?」
「心配すんな、カイ。こんな奴は……すぐブチのめしてやるからよ!」
「くそっ……キエエエエエッ!」
間合いを取り、再び襲いかかるグレイに、カウンター気味に張り手を浴びせるドルファ。
破裂音が響き渡る。
この一撃で全て決まった。
グレイは壁に穴をあけ、外まで吹き飛び、ピクピクと痙攣したまま動かなくなった。
「いっちょあがり、と」
「す、すごい……たった一発で……」
驚愕しているカイに、ドルファが声をかける。
「こいつは兵隊に突き出す。どうせ今までもこんなことやって、金を稼いできたんだろう」
「うん……」
グレイの企みは粉砕できたが、カイの表情は暗いままだ。母マリアは毒を盛られていたのだから。
「それと母ちゃんは心配すんな!」
「え」
「奴が盛ってた毒は金をふんだくるため、命を脅かす毒じゃねえはずだ。俺の知り合いの医者に診せれば、きっと大丈夫だ」
「う、うん!」
その後、詐欺師グレイを兵に引き渡すと、ドルファは知り合いの医者を呼び寄せた。
薄汚れた白衣を着て、爬虫類のような眼光をした、はっきりいってグレイよりも怪しい風貌の男だったが――
「ヒ~ッヒッヒ、大した毒ではないねえ。しょせん詐欺師の処方した毒よ。これぐらいなら私の解毒剤ですぐ治せる」
ほっとすると同時にお金の心配をするカイ。
「でもボク、お金が……」
「お代などいらんよ。私はこのドルファという男には借りがあるからな」
見た目にそぐわない適切な治療を施し、怪しい医者は去っていった。
詐欺師は逮捕され、カイの母マリアも救われた。
これにて一件落着。
「ありがとう、ドルファさん!」
照れ臭そうに手を振るドルファ。
「別に礼を言われるほどのことじゃねえさ。ああ、そうそう。これやるよ」
カイに、ドルファは大会で得た100万ベルを全て手渡した。
「え」
「毒が抜けてもしばらく体は弱ってるはずだ。これで母ちゃんにうまいもん食わせてやれ」
「いや……もらえないよ、こんなの! ボク一回戦負けだったし!」
「なーに、さっきの詐欺師野郎をブッ飛ばした時、家をちょいと壊しちまったからな。その修理費だと思ってくれ」
「でも……」
「それに、タダで渡すわけじゃねえ。もしいつか俺みたいなビッグな戦士になったら……この100万ベルを倍、いや三倍ぐらいにして返してくれや。俺の取り立ては厳しいからな。覚悟しておけよ」
これを聞いて、カイは勇ましく笑う。
「分かったよ。ボク、ドルファさんみたいな強い男になってみせる!」
「おう!」
立ち去るドルファ。その背中にカイの声が届いた。
「ドルファさーん、ありがとう!」
ドルファは振り向くことなく、手を挙げて答える。
そして、独りごちた。
「全額渡したのは……ちょっとかっこつけすぎたかもしれねえな」