生け贄
これは私が二年前に体験した話だ……
私は現在二十二歳、田舎で実家の農業を手伝っている。昨年、地方のお金持ちと結婚した従兄弟のありさと最寄り駅で待ち合わせをし、ありさの旦那さんの秀介さんの実家に遊びに行く予定だ。ありさはというと容姿が端麗で、小さい頃からかなりもてていた。私の自慢の妹のような存在だ。
ありさ「ミナ〜!」
どうやらありさの方が早く集合場所に着いていたようだ。
私がありさのところへかけて行くと……
ありさ「危ない!」と大きな声を出してありさが私を止まらせた。
私「もう〜、びっくりした、どうしたの?ありさ」ありさは私の足元を指さした。思わず全身が氷のように冷たい外気に晒されたように、ゾゾゾッっとなった。どうやら私の足元にあったのは、そう、ネズミの死体だった。
私「キャー!何これ、気持ち悪っ!」よく見ると、ネズミと判断するのに容易なくらい、ネズミ特有の尻尾が死体の横に落ちていた。頭部には脳みそやらなんやら、ピンクくて白いものを首の切れ目から蟻がセコセコと運んでいた。カラスが体だけ持って行ってしまったのだろうか…
あまりの凄惨な光景に私とありさは逃げるようにその場を去った。
〜数分後〜
しばらく歩いた後、ようやくありさの旦那さんの実家に着いた。玄関先では旦那さんの秀介さんとお上品そうな、いかにもマダムという風貌の女性が出迎えてくれた。
?「あら〜、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。メロンでも食べるかしら?ちょっと待っててね。」そういうと、マダムは奥へ行ってしまった。
ありさ「あの人は、旦那のお母さんだよ。じゃあ、中、入ろっか。」
彼女と完全に二人きりになったことを確認し、
私「ところでさ、なんでありさは秀介さんが良かったの?」
秀介さんは頭はもちろんのこと、性格も良くて、相当な遺産も手に入れることになる。そう、ありさは玉の輿だ。しかし、正直見た目はどちらかというと、俳優とは真逆のお笑い芸人風の残念な顔だ。俳優やら、アイドルやら、なんやらをこよなく愛していたありさにしては、珍しいなぁとは思っていた。
ありさ「なんでかなぁ、実は分からないんだよねぇ、なんとなくかな?」
私「なんじゃそりゃ」
私はハハハと笑ってしまった。そんなことがありえるのかと、少し不思議だったけど、その後のありさの不安そうな顔が今でも忘れられない。
秀介の母「ミナさん、もう今日は遅いから泊まっていきなさいな」
いきなり襖の外から声が聞こえ、正直ビビってしまった。聞かれたかなと思ったが、まあ、大丈夫だろうと思うことにした。
私「いや、秀介さんやお母さんに悪いですよ」
秀介の母「大丈夫よ、ほら、うち部屋ならたくさん空いてるから。なんなら、ありささんと同じ部屋にでも泊まって行ったら?」
私「本当に大丈夫ですよ!ご心配なさらないでください。あっ!もうこんな時間。お母さん、私、そろそろ帰らないと…」
私がせかせかと帰り支度をしていると、
お母さんが手土産を持ってきてくれた。ちょっとお節介な所があるけど、良い姑さんだなぁ。と心の中で思った。
秀介の母「そうだ、ミナさん!近頃うちでちょっとした儀式があるんだけど、良かったら来てみない?」
私は少し身構えた。儀式と聞くと藁人形のやつとか、死者を呼び起こしたりとかを想像してしまったからだ。しかし、その内容はというと、この家の一番奥にある大きな広間で行われ、お腹の中にいる赤ん坊の未来と、一族の繁栄を祈願するんだそうだ。広間の中央にはベッドが二つあって、そこには妊婦と妊婦の親戚が一緒に寝る。
なぜ、この家の妊婦だけではなく、親戚も参加するのか疑問に思った。
私の心を見透かしたかのようにお母さんが話してくれた。
秀介の母「なんでも、妊婦と血が繋がった女性、しかも、若い女の人じゃないと効果が出ないのよ。」
なるほど、とも思ったがやはりよく意味がわからない儀式だなぁとも思った。
〜数分後〜
私「今日はありがとうございました。ありさのことよろしくお願いします。」私は丁寧にお辞儀をし、早々と自宅に帰った。
今日は遠出し、また、不思議な儀式の話を聞いたこともあり、疲れ切っていたためベットにつくと、体が沈むように眠りに入った。
だからかな、夢の中なのにとても頭が冴えていて鮮明だった。
?「ウエーン、ウエーン、オギャー、フグッ」
という声が聞こえた。
私「赤ちゃん?」
いや、赤ちゃんにしてはオッサンのような、喉がひしゃげているような声だった。
なんとも気味が悪く、気持ちの悪い声なんだろう。
?「ママー、マンマー」
私のことをお母さんだと勘違いしているのだろうか。
途端に暗闇の中からまん丸い二つの光の玉が出てきた。そして、なんと私の足を小さな、ちょっと湿った手が触れた。私は恐怖のあまり、思っいっきり蹴り飛ばしてしまった。
壁にはゴンッという音だけが響いた。
私「あんたのママは私じゃない!あり……もしかして、ありさの赤ちゃん?」
私は何を思ったのか、ありさの名前を口にしていた。すると、謎の赤ちゃんは
?「イダイヨー、あり……ちゃ?」
「ギャハハ、ギャハハ、クハハハハハハハハハ」
まるで、気味の悪い悪魔のように笑っていた……
その謎の赤ん坊の笑い声とともに私の夢の中での意識はしだいに薄くなっていった。
私「ハッ!」
自分の声に驚きながら起きた。
私は咄嗟に布団をひっぺがし、自分の足を確認した。幸いにも私の足には何も着いていなかった。
ただの夢だと、ほっと胸をなでおろした。
プルルルルー、プルルルルー
と家の電話の音が鳴った。
ミナの母「はーい、こちら後藤です。あ、ありさちゃん!元気?……」
どうやらありさからのようだった。
ミナの母「うん、分かった。ミナにも伝えておくね。」
母がやけに暗い調子だったので、尋ねた。
私「どうしたの?」
ミナの母「ありさちゃん、妊娠してたでしょう、赤ちゃん、昨夜流産しちゃったって」
私の頭の中は罪悪感がいっぱいで、黒い渦巻きがグルグルと回っていた。
〜数分後〜
私の足はありさのいる場所へと向かっていた。
その道中私は昨夜の夢のことを話そうか、いつ話そうかと考えていた。あれはただの夢で、今回のことと全く関係のないことだと思うようにした。
玄関のインターホンを鳴らすとありさが出てきた。まだ、別れてから数時間しか経っていないのに、昨日とは表情が驚くほど変わっていた。
ありさ「神社に行きたいの、ミナ、一緒に来て」
神社まで少しの慰めの言葉をかけた。罪悪感を押し殺して。
神社に着くと、白と赤が特徴的な服を着た巫女さんが落ち葉をはいていた。
巫女「あっ、ありさ様ですね。こちらへどうぞ。」
ハキハキとした声でそう話しかけられ。なぜ、名前を知っているんだろうと不思議だったが、言われた通り、神社の奥の部屋へと通された。
中には白髪のおじさんがいて、いかにもここの主という風貌の神主さんだった。
神主さんはしばらく黙ったまま、音が聞こえるくらい息を吸って話し始めた。
神主「あの家のことはどこまでご存知ですかな?」
ありさはフリフリと首を振った。
神主「そうですか、では、全て、隣の方にも話した方が良さそうですね。」
神主さんはそういうと、私とありさのことを交互に見て話し始めた。
神主「ありささんが嫁入りしたあの家には、昔から祀っている古い神様がおります。まぁ、といっても悲しいことに、赤ん坊の魂がたくさん集まって悪霊となったものなんです。」
そういうと悲しそうな顔をしていた。
たくさんの赤ちゃんを生け贄に……考えただけで気持ち悪くなった。
神主「あの家に関わった女性たちは皆、このように悲しい結末を迎えてしまいます。ですから、ありささんとあなたはどこか遠くに逃げた方が身のためです。特にまだ、あなたとは縁が切れていないようです。悪い神様が貴女方を追って来てしまうかも知れませんから。」
神主さんはそういうと二つのお守りを私たちにくれた。一つはごく一般の五角形のお守り。
もうひとつは丸い金色の縁をした鏡式の珍しいお守りだ。
鏡式の方は二年後の今も私の布団の横に置いてある。