最後のパレード
「明日、この町にパレードが来るんだって」
窓際のベッドで横になっていると、外からそんな声が聞こえてきた。
「パレード? 何のパレードなんだ?」
最初のとは別の男の子の声に、喋り出した女の子は答える。
「さあ。それはあたしも知らないけど、すっごくたくさんの人が行列してやってくるんだって。何かのお祝いなんだっておかーさんが言ってたよ。明日、一緒に観に行こう!」
「よし。じゃあ明日早起きして広場に集合な」
二人の声は遠くなり、やがて聞こえなくなった。
「パレードか……」
口の中だけで、私はボソッと呟いてみる。
この度何かお偉いさんが結婚したとかで、国中でパレードが行われているとは聞いていた。それが明日、この町にもやってくるのだろう。
「いいなあ」
私は生まれつき、体が病弱だった。
喘息気味で常に家にいなければならない。外に出たことなど、もうどれほどの間ないのだろう。
でも子供らの話を聞いて、私はふと思ってしまった。――パレードを見てみたい、と。
きっとたくさんの人々が集まっているのだろう。賑やかで、とても楽しいのだろうなと思うと、じっと寝ている気にはなれなかった。
起き上がる。途端に、激しい咳が出た。
「あぁ……」
こんなのじゃ、パレードには行けないな。
けれど私はまだ十歳。そう簡単に諦めのつく歳ではなかった。
「お母さん、明日パレードに行きたいよう」
お願いしてみるものの、お母さんはゆるゆるとかぶりを振って、
「外は寒いわ。病気がひどくなってはいけないから、大人しくしていなさい」
と言って聞いてくれない。
一方の外は賑やかしくて、おばさんたちや工事夫まで、色々な人がパレードの噂をしては盛り上がっていた。
「みんな、ずるい……」
こんな思いをしてきたことは、ザラにあった。
ずっと家でベッドに寝ているだけで、友達はいないし学校にも行けない。そんな人生だった。
だから今度こそは、外に出てパレードを見たい。いや、それは私にとっての自立心だったのかも知れない。
けれど全く体が言うことを聞かなくて、咳ばかり出て、それでも必死に四つん這いになって家から出ようとした。
頭のくらくらにも耐えて耐えて耐え続けて、なんとか進もうとしたのだが――、途中でどうしようもなく気分が悪くなり、失神してしまったらしい。
そして私は、夢を見た。
いつもベッドの上で昼寝をし、見ている夢とは全く別の、なんだか不思議な感じ。
真っ白な空間に私はいて、すぐそこに知らない女の人が立っていた。
「あなたは誰? ここはどこなの? 私、パレードに行きたいの」
そう言うとこちらに背を向けていた女性が振り返り、その表情を見せた。
どこまでも美しく、整いすぎたくらいの顔。肌が青白くてまるで妖精だ。
「――あえて名乗らないでおきます。ここはわたくしの住処。あなたの強い願いが届き、あなたは今わたくしの前にいるのです」
何を言っているのか、よくわからない。
けれど彼女の掴みどころのない雰囲気、言葉で私は理解した。――彼女はきっと、普通の人間ではないのだと。
「あなたの病気は、少しした手違いで起こってしまったものなのです。本来は、あなたに与えられるべきではなかった。だからわたくしは今、そのお詫びとしてあなたにの願いを一つだけ、叶えてあげましょう」
そう聞いて、私は目を輝かせずにはいられなかった。
「え、本当に? やったー! じゃあじゃあ……」
「あなたの願いは存じ上げております。……さあ、最後に楽しんでいらっしゃい」
女性が私へ、柔らかく微笑んだ。
ここで目が覚めた。
起きた途端、私はいつになく気持ちがよかった。
ベッドから降りて伸びをする。おかしい、ちっとも咳が出ない。
少し歩いてみたが、いつものような苦しみが襲ってこなかった。
「お母さん!」
お母さんを呼んでみると、彼女は本当に驚いた顔をしていた。
「すごい。熱もないし変なくらいに良くなってるわ」
これはきっと夢の女性のおかげだと私は思った。
こうなれば、やることは一つだ。
「ねえお母さん、パレード見に行きたい! 今日は体調がすっごくいいからお外行っても大丈夫よ」
「ダメよ。確かにすっかり良くなったけど、いつまた悪くなるかわからないわ」
「絶対の絶対に大丈夫。だから……お願いっ!」
困り顔のお母さんをなんとか押し切って、私はパレードを見てもいいことになった。
早速部屋に戻って、かわいい洋服を選ぶ。パレードにふさわしい、一番綺麗なお洋服を着込むと、ルンルンと家を出る。本当に今日は今までが嘘のように快調であった。
すると子供たちが寄ってきて、私を指差して言った。
「見かけない顔だけど、あなただあれ?」
「あの家に住んでるの。病気でずっと寝てたけど、今日はすっかり気分がいいからお外に出たの!」
男の子も女の子も、私を物珍しそうに眺めている。
「ふーん。洋服可愛いじゃん」
「いいなー」
「ねえ、あたしたちと一緒にパレード見ようよ!」
もちろん私は大歓迎。
その子供たちとすぐに仲良くなって、一緒にパレードを待ちながらお話をする。
普通のことなのに、私が今まで全然できていなかった体験。なんて楽しいんだろう。
そんな時、集まっていた周りの人たちが一気にざわめき出した。
彼らが指差す方を見て、私たちは思わず息を呑む。
赤や青、黄色の旗を掲げる人々。
その後に天井のない立派な馬車が引かれており、そこに二人の人物が座り手を振っていた。
片方が例のお偉いさん、もう一人がお嫁さんだろう。お嫁さんは白いパーティードレスを着込んでいて綺麗だった。
「きゃー」
「素敵!」
「すっごいね!」
「うわあ、万歳!」
群衆からの歓声に、中心の二人は笑顔だ。
私も他の子供たちと一緒に声を上げながら、手が痛くなるまで拍手をした。
そして、思う。
「ああ、幸せだ」と。
パレードはゆっくり、ゆっくり通り過ぎて行った。それに手を振った瞬間、私は――何やら突然、違和感を覚えた。
「――?」
おかしい。おかしいおかしいおかしい。
「どうしたの?」と子供たちが集まってくる。
「胸が」痛い。「あれ?」また発作を起こしたのだろうか。「うぅ」見えない手で掴まれてるみたいに。
「ごめんね。ちょっと家に戻らなくちゃ。……ぁ」
ドサ、と音がして、私の体が地面に倒れ込んだ。
わあとかきゃあとか言いながら、あたふたする子供たち。
やはり少し無理をしすぎたようだ。でもパレードを見られただけで、良かった。
そして私の意識は暗黒に沈んだ。
――白い、白い世界。
そこに一人佇むわたくしは、遠くの方を眺めてつぶやいた。
「可哀想に。でもこれがあの子の定めなのですからね。……せめて、来世は幸せに」
少女はずっと苦しんでいた。
元々苦しむべきではなかった人間。しかし手違いで、そうなってしまったのだ。
少女の命はもうすぐ尽きようとしていた。だから女神であるわたくしは、最期の一日に、少女を幸せにしてやろうと願いを叶えたのである。
少女が他の子供らと同じように、遊んで回れる体でありたいという、純粋な願いを。
はるか彼方を、たくさんの人々が塊になって歩いていく。
彼らは皆、少女と同じように命を散らした人間たち。
天への階段を昇る彼らはまさにパレードのようだ。その中にはきっと、あの少女もいることだろう。
わたくしはそれを、ただじっと見守り続けるのだった。
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