表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

ヒョウアザラシ作戦3

1943年 9月に登場した瞬間資源移送機によって南極開発の一つ目の課題である輸送問題を解決したボルマン達は本格的に二つ目の課題に本腰入れて取り組めるようになった。その課題とは入植地や資源開発拠点、ノイハンブルク港までの輸送路を襲撃してくる恐竜である。



1939年にノイシュバーベンラントに到着したドイツ人達は本国の方針変更に文句を言う暇もなく、現地に拠点を何箇所か建設し、その地の開拓・調査に打ち込んでいた。ヨーロッパでバトルオブブリテンが行われていた40年の8月には拠点近辺の資源開発はある程度進んでいた。特に油田開発は急ピッチで作業され、前述のアドミラル=グラーフ=シュペーに燃料を供給できるほど生産された。それ以外の資源も順調に開発が進み、独ソ戦開戦時にはノイシュバーベンラントで生産された資源がドイツ本国に供給され始め、計画より幾らかマシな程度の燃料や弾薬などのタシにすることができた。


またノイシュバーベンラントの東部にて複数の村が発見された。当時村の一部を発見した開拓団と支隊はその村の規模や住民が自分達と同じ白人であることに驚いた。支隊に同行していたアーネンエルベの調査隊もこの地をアーリア民族の故郷であると信じ、それを立証しようと息巻いていたもののまさかこんな恐竜天国に同じ白人種が居住しているとは思っても見なかった。


乗っていたキューベルワーゲンから飛び降りたアーネンエルベ隊員はすぐさま目の前で偵察重装甲車に驚いている村人に話しかけた。すると驚きながらも村人が発した言語はよく聞き慣れたものであった。


「What is this huge black hornworm?」  


そう英語である。


そこからは早かった。ドイツ人にとっては、最初に触れる言葉のひとつが英語であり、英語を母語として話す人も少なくなくその後の情報収集は順調に進んだ。



この地はニューブリテンという17〜18世紀間にイギリスの南部植民地群に向かっていた入植者達の子孫達が作った国だという。入植者達はのちに魔の三角海域と呼ばれることになるフロリダ半島の先端と、大西洋にあるプエルトリコ、バミューダ諸島を結んだ海域を西に向けて航行している途中、突然コンパスや計器の異常等の兆候が現れ、その直後船は白い光に包まれて気づくと見知らぬ海域に飛ばされ、とりあえず自分達の目的地である南部植民地群に向けて航行し、近くの海岸に上陸した。


しかし夜間突然現れたラプトルと思われる恐竜達に襲われ、一旦は撃退したものの、死傷者も出し、これ以上の被害は出せないと判断した彼らはとりあえず西へと移動していった。


その後各地を転々としながらラプトルやそれ以外の肉食恐竜の襲撃を恐れて、西へ西へと逃げのびて、肉食恐竜達の縄張りの外であるこの広い草原に定住するようになり、ひとつの村へと発展していった。また船から持ってきた種や豚で農耕や牧畜といった典型的な生産活動も行うようになった。


その村はその後も同様の理由でやってきた人々を取り込み、大きな街を複数形成するようになり、食料の確保のため肉食恐竜の縄張りの外と思われる土地に食料の確保のための開拓村が複数建設されていき、国の体制を支えているらしかった。


これら情報から自分達のいる村が複数ある食料確保のための村の一つであり、どうやら他の村や中心となる大きな街が存在することやドイツ側の認識の北へ向かうと海が存在することなどが判明した。その後の動きは早かった。


支隊指揮官であるギュンター少佐は現地住民の保護を大義名分に行動を開始した。開拓団は護衛する部隊とともに村に残し、残りの足の速い戦車・装甲車・トラックを中心とする3つの部隊を電撃的に各村に進出させた。農村の警備をしていた兵士は見たこともない鉄の塊の軍団に対してほとんど抵抗できず、ドイツ軍は大した戦いもせずに一気に農村全域や大きめの街を占領した。


開戦から一週間後にはコミュニティの中心であり、首都の役割を持つ街を包囲したギュンター少佐はニューブリテン首脳部に対して降伏勧告を出した。食料供給地である農村を失い、継戦能力を失ったニューブリテン首脳部は軍の司令官と協議したのちに1939年9月14日ドイツ軍に対して正式に降伏した。のちのドイツ国歴史学者からは祖国建国の始まりであり、歴史を動かした戦争として『始まりの7日戦争』と呼ばれている。


間もなくドイツ軍によるニューブリテン地域統治が始まった。その後ニューブリテン地域はドイツ軍部隊の働きで恐竜との闘争に巻き込まれることもなかったため、軍政は大きな支障もなく進められ、ニューブリテンは「ノイエ・ドイッチュラント」と改名され、首都ノイエ・ドイッチュラント市にはドイツ軍の駐屯地や小規模な航空基地などの軍事施設が作られ、周辺地域の開拓・調査の拠点として利用された。


ノイエ・ドイッチュラントにおける軍事拠点化が進んだドイツ軍は次に北部の資源地帯にその目を向けた。40年の8月までには資源開発特に石油やドイツにはないアジア原産の原材料関係の施設建設は建設部隊によってキューピッチで進められ完成した。現地で採掘・精製された石油や原材料は簡易道路を通り、ノイハンブルク港で封鎖突破船やUボートに載せられ、ドイツ本国へ届けられた。


しかし届けられる戦略物資は現地のドイツ軍の被害を引き換えに届けられているものであった。


本格的に設備が稼働してきた40年の10月頃から資源地帯から中継点であるノイエ・ドイッチュラントへの夜間の物資輸送任務に従事していた輸送隊がゲリラ的にラプトルの群れに襲撃されたことを皮切りに軍はラプトルの存在を大きな脅威と捉え、生息しているブッシュごとラプトルの殲滅を試みた。ノイエ・ドイッチュラントに駐屯していた砲兵部隊から分遣された10.5cm leFH18は巣を徹底的に砲撃した。しかしそれが彼らの逆鱗に触れてしまった。


砲撃開始から10分後のことだった。近辺に進出していた砲兵観測車や後方の砲兵陣地から連絡が途絶えた。司令部はすぐさま戦車を中心とした増援を砲兵陣地に向かわせた。その道中、砲兵陣地の守備をしていた小隊の一部が撤退してくるのが見えた。前衛に展開していたサイドカーが彼らの元に向かい、ぼろぼろの小隊員が手をふった時だった。突然小隊の両側面からラプトルが突然現れ、小隊員を暗い森の中へ引きずり込んでいった。サイドカーも逃げようとした瞬間に襲われてしまった。本隊の兵士達が森の奥から聞こえくるラプトルの甲高い鳴き声に急いで戦闘準備をすすめた。


その後の戦闘は酷いものだった。ラプトル達はハンティングの時と同様に群れで対象を包囲して追い詰めていき、キルゾーン(有効射程圏)に達した段階で一気に襲い掛かってきた。時速64~100kmという機動力でドイツ軍を翻弄した。歩兵火力の要であるmg34による制圧射撃は有効だったが、威力と射程に問題があるmp40と速射性能で劣っていたkar98kを装備していた一般兵士は次々に森の中へ引きずり込まれていった。また兵員室の上面がオープントップなハーフトラックは逃げ込んできた兵士や操縦士を襲われ、操縦不能に陥った。


全周に装甲が施された戦車や装輪装甲車の活躍でなんとか撃退したものの、歩兵部隊は壊滅状態だった。その後もラプトル達やその他の肉食恐竜との闘争で部隊は消耗し、ギュンター少佐も41年に戦死した。1943年からゲシュタム =スプリンゲンにより戦力が補充・拡張されていなければ、部隊壊滅によってノイエ・ドイッチュラントそのものが崩壊してドイツ国は21世紀に存続できていない可能性もあった。


現地ドイツ軍は戦死したギュンター少佐の副官を新たな指揮官として1943年9月まで現有戦力で肉食恐竜の北部地域への南下を食い止めた功績からのちに建国の英雄として現在でも讃えられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ