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第3話 鵺と白澤と阿吽の呼吸

「あれ、真備まきび、変な帰りかた」

「真備!真備!おかえり!おかえり!」


 ぬえに連れられて自宅でもある神社の敷地に着くと同時に出迎えてくれたのは、ぴょんぴょんと飛び跳ねる2匹の真っ白な犬。


「真備、臭い!」

「真備、匂う!」


 くるくると俺の周りを騒ぎながら駆け回る2匹の犬に、「うるさい」と小さく答えれば「怒ったぁ!」「真備、不機嫌ー!」と悪びる様子もなく、2匹はまたぴょんぴょんと跳ね回り、その度に首についた鈴と2匹の尻尾が楽しそうに揺れる。



「真備、何食べたの?」


 ふいに俺に近づいてクンクンと匂いを嗅いでいた金色の鈴をつけた1匹が、俺を見上げて首を傾げる。


「俺? 別に何も食べてないけど」


 何か匂うのか?と首を傾げたまま金色の鈴をつけた犬『』と同じように首を傾ければ、阿がジ、と何かを言いたそうな目をしてコチラを見上げている。


「饅頭の匂いじゃん?」

「違う! 違うよ真備! それじゃないの!」


 手のひらに乗ったままの饅頭を見せながら言えば、ペシペシペシッ、と尻尾を当てる阿の頬が、プクーッ! と膨れていく。

 そんな阿の様子を見ていた銀色の鈴をつけた犬『うん』が、少しだけ離れた場所から口を開く。


「違う、阿。真備、食べたんじゃない。真備、食べられた」

「そうなの? 真備! 食べられた! 真備! 食べられた! バクンされたの?」

「食われてないわ!」

「食べられた! 食べられた! バクン! バックン!」

「ちょ、待て阿! 何デカくなってんの?!」

「だって真備! 良い匂いする! でも臭い!」


 キャッキャッと楽しそうな声を出しながら、ポンッ、と先ほどよりも一回り以上大きくなった阿が、足に纏わりつきながらクルクルと俺の足の周りを回り始める。

 その大きさと勢いに、纏わりつかれる足元はバランスを崩して倒れそうになる。


「ねぇ、鵺。真備、怪我した?」

「正解です。正解ついでに、坊ちゃんについてるアレもお願いしますね。阿吽あうん


 俺を神社に降ろしてから姿が見えずにいた鵺が、いつの間にか戻ってきていて、傍にいた吽の頭をひと撫でする。

 そして「分かった!」と吽の楽しそうな声と同時に尻尾が揺れる。


「いいって! 阿!」

「いいの! 吽!」

「うわ! 待てっ! ちょ、鵺っ?!」

「坊ちゃん、さっさと終わらせないと白澤はくたくが五月蝿いですからねー」


 テンションの上がった阿に押し潰されそうになりながら、視界の端に居る鵺に文句を言えば、にこやかに笑いながら、ヒラヒラ、と軽く手を振って母屋に向かって歩き出している。


「お前らちょっと待てッ?!」


 ボフッと大きな音を立てながら、先ほどよりもさらに大きくなった阿が、ジリジリと近づいてくる。


「落ち着け! 阿!」


 そう言った俺の言葉など、まるで聞こえていないらしい。

 大きな瞳をキラキラとさせながら近づいてくる様子は、まるで、大きな子犬のようにしか見えない。

 だが、しかし。


「白澤が待ってる! 諦めて、真備」

「ボク、待ったなぁいっ!!」

「じゃあ! ボクも! いっただきまぁッす!」

「うわぁぁぁ!」


 吽の言った言葉をきっかけに、大きくなっていた阿の身体が宙を舞い、俺の身体は、べしゃ、と音が立てて、地面へと沈んだ。



「それで、真備様は何でこんなにボロボロになってるんです! 阿吽!」

「あ! 白澤はくたくだ!」

「白澤だ! また怒ってる!」


 わーわーと俺をもみくちゃにしながら、ついていた妖気を食べ終わった阿吽は、初めに姿を顕した頃より倍くらいの大きさになっている。

 重さは殆ど無いものの、かなり大きくなった身体で、そのまま俺の背中でキャッキャッと遊び暴れる2匹は、怒りながら現れた白澤を見て楽しそうな声をあげる。


「分かってるなら早く降りなさい!」

「真備、美味しいんだもん!」

「そう、真備、美味しかった!」

「だからって真備様を潰すんじゃありません!! いつも言ってるでしょう!!」


 スタスタスタッ、ともはや走っているかのような速さの早歩きで近づいてきたのは、この神社にいる白澤だ。



 中国の神獣で人語を理解し、万物に通暁すると云われる。


 病魔を防ぐと言われ、江戸時代には、その絵を描いた刷物を旅先の病難除けとして旅人が携帯していたらしい。また、徳の高い治世者の世に顕れるとされている。

 それが、白澤だ。

 どの文献を読んでも、知識の神獣、知の聖獣などと言われている。

 実際、白澤は膨大な知識を持っていることは我が家にいる人では無い彼等からたくさん聞かされているけれど。


 だがしかし、今、ここにいる白澤は、まるで幼稚園生を相手にする先生のようだ。

 しかも、若干の苦戦をしているようにも見える。


「でも」「でも」

「ちゃんと食べたよ!」「僕たち偉いでしょ!」


『えっへん!』と妖気を残さず食べきった! と阿吽の2匹は白澤に対して誇らしげに大きく胸を張っている。

 そんな2匹の「褒めて!」という期待の眼差しを受けて、白澤は小さくため息を吐いてから、眉間に寄せていた皺を少し緩めて、阿吽の頭を撫でる。


「分かりました。分かりましたから早く真備様から」

「あと! いつもいつも白澤煩いから真備のほっぺも舐めた!」

「美味しかったね! 吽!」

「そうだね!阿!」


 ねー! と褒められたことを純粋に喜んで阿吽の頭を撫でていた白澤の手と言葉が、ピタリと止まる。


「………真備まきび様?」


 地を這うような白澤の低い声に、やっと阿吽が背中から動いたことを良いことに逃げ出そうとしていた俺の足が、ピタリと止まる。


「また怪我されたんですか…………?」

「………白澤の聞き違いだと思う」

「この子達にそんな上等な嘘がつけるわけありません!」

「くっ……!!」


 ジリジリ、と近づいてくる目尻を釣り上げた白澤から、同じようにジリジリと距離を取ろうと足を動かせば、ふと、後ろ足にふわ、と柔らかな毛並みの感覚が伝わる。


「おや、まぁ………」

「……おや?」


 キョトン、とした表情の白澤の視線につられ後ろを振り向く。


「て、何だぁぁぁぁあ??!!」


 そこに居たのは、見たことのない大きな大きな狐の姿だった。







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