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僕と姉  作者: 狐狗狸
2/6

第二話 峠の喫茶店

第二話です。

 家を出てから汗だくになるまで歩いたが、後ろを振り返ると未だに家が見えた。

 姉は僕の少し前を一心不乱に歩いていた。そう、ここまでの道程で会話を一切交わしていないのだ。それが少し――否、かなり寂しい。僕は深呼吸して気持ちを落ち着かしてから、汗もかかずただひたすら前に歩いている姉に、どこに向かっているのですか、と声をかけた。

 姉は振り向き、少し僕を見つめ、思い出し驚いたように目を見開いた。どうやら僕がいる事を忘れていたようだ。

 どこに向かっているのですか、と僕は再度同じ質問を繰り返した。

「あちらの方です」

 姉は指を遥か前方に向けながら言った。それだけを言った後、姉は鞄を背負い直し、前を向き歩き始めた。

 また沈黙が流れる。

 仕方なく、僕も前だけを見るようにした。前には山しかなかった。

 その山の麓に辿り着いた時、ようやく後ろに家がなくなった。だが、僕の体力はほぼ尽きかけていた。このままでは山を越えられないだろう。

 山に入って数分、予想通り僕に限界が来た。姉は相変わらず涼しそうな顔をして歩いている。

 どこかで休憩したい、そう思った時、日頃の行いが良かったのか、左に喫茶店があった。といっても、屋根に使われている瓦はいくつか地面に落ちて小石と化しており、外壁は使われているレンガは所々抜け落ちて間抜けな空間が出来ている。木板に大きく『喫茶店』と書かれている看板がなければただの廃墟に見えただろう。

 少し休んで行きませんか、僕は思い切って姉に話しかけた。

「わかりました。では、そうしましょう」

 姉は店の暖簾をくぐり、僕もその後に続いた。

 店内は外見とは対照的で綺麗だった。しかし歪だった。

 豪華絢爛なシャンデリアが床から生えており、天井にテーブルやイスが置いてあった。壁には様々な色で描かれた絵画が美術館と見紛うくらいに所狭しと並べられており、窓はすべて教会のような色鮮やかなステンドグラスだった。しかし、壁にかけられている絵、硝子に描かれた絵はすべて逆さまになっている。

 とりあえず僕と姉は一つしかないテーブルに着いた。しかしいくら待っても店員が現れない。それもそのはずでテーブルの上に置いてあるメニューには『当店はセルフサービスでごさいます』とだけ書かれていた。

 それを見た姉が席を立とうとしたが、僕が入れてきます、と言って座らせた。

 店の奥に入るとコーヒーと紅茶の匂いが入り交じった不思議な匂いがした。ポットで湯を沸かしコーヒーを作り始める。数分後、三つのカップにコーヒーを均等に注ぎ、姉に持って行こうとした時、白い箱が目に入った。その前面に青と紫の中間のような色で『料金はこちらに』と書かれていた。コーヒーの相場など知らないので、とりあえず財布の中身をすべてその箱に入れた。

 姉は大人しくイスに座っていた。隣りで見た時は何も思わなかったが、外から見ると、この部屋の様相も相俟ってどこかの国の王女に見えた。

「どうかしましたか」

『姉』に対しては正直者の僕だが、さすがに姉に見とれていました、などと言えるわけもなく、何もありませんよ、と誤魔化すようにカップをテーブルの上に置いた。

「そうですか」と、姉はカップに口を付けたが、一口飲んだところで「そういえば」と、また僕の方を向いた。

「今日はここに泊まらなければなりません」

 突然の提案に僕は自分のカップを床に落としてしまった。床上に広がった水溜まりは吸い込まれ跡形もなく消えた。

 姉は無感情に続ける。

「天気が悪くなりました。今から山を登れば事故の危険性が高いと思います」

 姉は窓の方を向く。僕もそれにつられて窓の方を向き、耳を澄ませた。しかし雨音らしきものは何も聞こえない。

「雨ならば傘を持ってきているので大丈夫だったのですが」

 僕の心を読んだのか、姉は鞄の方に目をやりながらぽつりと呟いた。

「残念ながら小雨ではなく、小針が降っています。さすがに鎧は持ってきていませんので今出て行きますと血だらけになるでしょう」

 理由はわかった。が、そんな事はどうでもよくなった。

 ここに泊まる。

 姉と一晩同じ屋根の下で過ごすという事。それがどういう意味か、一晩は眠れないという事。昨昼の疲れが抜けないかもしれない。これからどれ程の距離を歩き続けるかわからないが、身体を休めておいて損はないだろう。

 そんな僕のささやかな願望を知ってか知らずか、姉は鞄から布団を取り出し床に敷きながら、「お食事はいかがしましょう」と、言った。

 僕が作りますよ、と僕はまた店の奥に引っ込んだ。

 姉の手前、意気込んで台所に入ったのはいいが、冷蔵庫の中には大した食材が入っていなかった。しかし、唯一の救いとしてパンが五年費やしても食べ切れない程の量があった。とりあえずコンロに火を付け、フライパンをかざし、その上で卵とベーコンを焼いた。あとは何かの葉を手で千切り器に盛りサラダにした。パンをバスケットに入れ、テーブルへ運ぶ。

 姉は寝ていた。布団から顔だけを出し、穏やかな寝息を立てていた。テーブルの上には空になった二つのカップがあった。

 せっかくの料理が冷めるのも勿体ないので、仕方なく一人で食べることにした。

 ナイフとフォークを器用に使い分け、テーブルの上にある料理を平らげる。すっかり食器が空になった後、カラン、とドアが鳴った。

 久しぶりだ。席は空いているかね、と身体に黒いマントを巻き付けた男が入って来た。深々と帽子をかぶっているので顔は良く見えないが、低くしゃがれた声とそこから伸びている白い髭でかなりの年配者だと思われる。

 ああ、空いているか。とりあえずアイスコーヒーをいただけるかな、と男は続け様に言い、僕が先程座っていた対面の席に着いた。

 どうやら僕のことを店員か何かと勘違いをしているみたいだ。たしかに先程台所に入るときエプロンを身に着け、そのままの格好でいるわけだから間違えられても仕方がないが、断じて僕は店員ではない。

 あの、僕は、と言いかけたところで、男は椅子に座り、はやくしてくれないか。喉が渇いているんだ、と言った。

 僕は店員ではない、と言いたいのだが、相手は聞く耳持たずといった感じで、苛立つように指でコンコンとテーブルを叩いていた。

 僕は諦めの嘆息と空にした食器と共に台所に行く。

 奥に引っ込む間際、僕は姉を振り返り見た。すやすや、と呑気な寝顔だった。

 お待たせしました、と僕はカップをテーブルの上に置いた。中に入っているコーヒーは溶岩のようにぐつぐつと煮立っている。男はそれを火傷することなく瞬時に飲み干した。そしてカップを僕の方に突き出し、おかわり。それとトーストも、と言った。

 ジャムはどうしますか、と僕は尋ねた。

 いらない。コーヒーがあればいい、と男は愛想なく言った。

 僕は炭と化すまで焼いたトーストと凍る直前まで冷やしたコーヒーをテーブルの上に置いた。男は特に何ともない風にそれらを口に運んで行く。ものの数分でそれを食い尽くし、最後にコーヒーを一気に飲み干し、勢い良くカンッと音を立ててカップをテーブルに置いた。

 美味しかったよ。ごちそうさま、と男は笑い(見えたわけではないが、たしかに男は笑った)、ポケットから幾許かの見たことのない硬貨を出した。それを僕に手渡し、やはりここは良い。また来るよ、と言い残し去って行った。

 ありがとうございました、と僕は男に向け頭を下げ、声を上げていた。

 僕は何かわからないけど、たしかに嬉しさを感じていた。

 空いてるの、と格好は先程の男と同じだが、女性ともとれる程声が高い別の男が入ってきた。

 この人にも美味しい、と言ってもらえたら。

 もてなそう、そう思った。

 僕は姉を見た。まだ安らかに眠っていた。

 いつの間にか店内は客でいっぱいになっていた。テーブルは一つしかないので、テーブルに座れなかった客もいるが、その人達は勝手知ったるようで床に座っていた。

 姉が邪魔になると悪いので、姉を奥に運ぶことにした。姉の持っている鞄を背負う。ズッシリとかなりの重みを感じ、これで姉を抱えるのは無理だと判断し、仕方なく一度背負った鞄を床の上に置き、姉を両腕で抱えた。軽かった。

 姉と鞄を奥にしまい、僕は接客に追われた。目まぐるしく入れ替わる客。背丈や性別は様々な人がやってきたが、皆一様に同じ服装だった。何かの仮装パーティのように見える。

 楽しそうに歓談に勤しんでいた客は急に静かになった。僕も思わず食器を洗う手を止めてしまう。全員が心を亡くしたように惚けた表情を床に向けていた。すると、唐突に一人の客が店を出て行く。それにつられるように他の客も次々に出て行く。

 すっかり客が出て行った後に、ありがとうございました、と僕は惚けたように言うだけだった。

「おはようございます」

 いつの間にか後ろに姉が立っていた。姉は眠たそうに目を擦っていた。しかし、はっきりとした口調で「コーヒーをいただけますか」と、言った。

 あ、はい、と僕は少し間を開けて返事を返し、カップにコーヒーを注ぐ。

「■に△さん」

 姉は上手く発音できない僕の名を呼んだ。姉は僕の側に立ち、

「あなた、背が高くなっていませんか」

 と、言った。

 一夜にして背が伸びるなど聞いたことがなかったが、たしかに姉が僕を見る時の視線が見上げるようになっていた。

 どうやら、僕はいつの間にか一年の時を過ごしてしまったらしい。

「あんな夢を見たから」

 しかもその原因は、姉が見た夢らしい。

 どうやら、あの客はすべて姉の夢の登場人物らしい。僕はそこに紛れ込んでしまったのだ――否、紛れ込まされたのだ。やはり、姉と寝ると――

 姉を見ると、申し訳ないと思っているのか、不安そうな表情を覗かせていた。

 心配ないですよ、と僕はなんて事ない風に言った。

 いくら見た目が変わっても僕は僕です、はっきりそう言った。

 それを聞くと安心したのか、無表情なりに姉は笑った。

 空は微塵も雲が無いほどに晴れていた。


今日は七夕です。

織姫と彦星が唯一会える日という事らしいです。

そんな大事な日なのにわざわざ願い事を叶えてくれるなんてきっと良い人?逹なのでしょう。

短冊にはどんな願い事を書きましたか?

『織姫と彦星が幸せになりますように』

と、書くのも良いかもしれません。


無駄話が長くなりましだが、本日は読んでいただき誠にありがとうございます。

それでは来月にお会いしましょう。

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