第一話
始まります。
「少しばかり付き合っていただけませんか」
部屋で読書をしていると二番目の姉が入ってきて、開口一番、そんな事を言った。
何をですか、と僕は訊いた。
「買い物です。そろそろ姉がお亡くなりになるので姉を買いに行こうかと思いまして」
二番目の姉は長女になる事を決して許さなかった。一体、何故そこまで長女になることを良しとしないのか、理由は知らないが、誰にだって譲れないものくらいある。だから姉は、一番目のお姉様がお亡くなりになる直前に一番目のお姉様を買いに行くのだ。
しかし、今までその買い物に僕が同行した事はなかった。姉に頼み事をされた事は数多くあるが、共に買い物に行こうなどと、おそらく前世から言われた事はないだろう。
だから、僕は少し浮かれていた。
しかし、そんな事を姉に察せられてからかわれるのも癪なので、なるべく平静を装って、すぐに用意しますので玄関で待っていてください、と言った。
「それではお待ちしています」
そう言い残して、姉は颯爽と窓から飛び下りて行った。
僕はそれを見送り急いで身支度をする。
しかし……、と僕はクローゼットの前で悩んでしまう。
これから買い物に行くのだ。きっちりとした服装でなければ店で売ってくれないかもしれない。下手をすれば、店内にすら入れてもらえない。僕は意を決して、クローゼットに手を入れた。真っ暗な闇から取り出したそれは、真っ青なスーツだった。
これでいいだろう。姉だって真紅のシルクのドレスだったじゃないか。おまけに頭にはティアラまで乗っていた。
あれではまるでどこかのお姫様だ。
僕は姉の姿を思いだし、笑ってしまった。
その格好があまりにも似合っていたから。
青いシャツに青いズボン、青いネクタイに青いスーツ、ついでに髪まで青く染めて、これで準備は整った。鏡を見て最終確認をしたいところだが、これ以上姉を待たすのも悪いだろう。
僕は螺旋階段を上って行った。
くるくると螺旋階段を歩いている最中、なぜ姉は僕を誘ったのか、ということを考えていた。
僕の好みでも反映してくれるのだろうか。だとしたら根本的に姉は勘違いしている。僕は『姉』ではなく『妹』が欲しいのだ。かれこれ『姉』は三十三人(その内、二十九人はお姉様だ)いたのだが、『妹』という者には遭遇したことがなかった。
『姉』がいるならば『妹』もいる。
それがこの世の理だ。
正直に言えば、言葉は悪いが『姉』に飽きたのだ。末弟として身を粉にして『姉』逹を支えてきたが、そろそろこの立場に疲れてきたのかもしれない(言い訳のように追記しておくが、僕は『姉』逹が大好きだ。他の何を犠牲にしても『姉』を選べる自信がある)。
そんな自分の都合などどうでもよいが、とにかく僕は『妹』が欲しかった。
姉にねだってみようか。
しかし、今の生活に不満があるわけではない。『妹』が欲しいなどと口走れば、優しい姉はきっと僕を心配する。何かあったのか、と。
そんな下らない自分の望みで姉にいらぬ心配をかけるくらいなら、『妹』などいらない。
結局、僕の結論はいらないに至った。
結論が出たところで、僕は玄関に辿り着いた。
しかし、そこに姉はいなかった。
代わりに軽くウェーブのかかった赤い髪、その上にティアラを乗せ、真紅のシルクのドレスを着た人がいた。
誰だろう、と思った瞬間、
「あら、お早いのですね」
と、声をかけられた。
その声を聞いて、なるほど、と思った。
彼女は姉だった。
よく見れば、彼女が着ているドレスも頭に乗せているティアラも、今朝姉が身に着けていたものと一緒だったし、今朝は黒かった髪が赤くなっているのは服の色が移っているからにすぎなかった。
姉を眺めていると、真っ赤な口紅が塗られた唇が動いた。
「早く行きましょう。今日は天気が悪いのです」
姉は傍に置いていた、今の格好とは不釣り合いな、山籠もりにでも行くのかというくらいの大きな鞄を背負った。その鞄は大きさの割にそれほど重くないのか、姉は軽い足取りで僕のところまで来て「ネクタイが歪んでいます」と、僕のネクタイを直してくれた。
やはり――『姉』がいなくちゃ生けないな、と少なくとも僕はそう思った。