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anti-sound   作者: :
東京へ
9/16

長良

「唐突に申し訳ないけど、僕、この町を出ることにした。」


 僕がそう言うと、木立は少しほっとしたような様子を見せた。


「そうか。俺もどこかで切り出さなきゃと思っていたんだ。もちろん一緒に行くよ。パーティーとして。」


「ここは初心者向けの町だから……」

 そう言うと、木立も頷く。


「田中さんにも今日、言われたんだ。もうそろそろ少し難易度の高い町に行った方がいいかもって。」


 なるほど。先ほど田中と木立が何か話し合っていたのはそういうことか。


「じゃあ移動は決まりということでいいか。次はどこにいく?」

 そう言うと、驚かれる。


「ずいぶん、切り替えが早いね。」

 そういう性格なのかも。


 仕込み武器の店で挨拶ついでにもう一本予備の武器を買い、慰霊碑にも行った。案の定、覚えている名前は無かった。なぜか僕の名前が混じっていたが。

 町でやろうと思っていたことを一通り済ませ、二日後の朝、町を発つ。


 鉄道が通っているような町でもないし、移動は普通のバスでしようと思ったが、バスには素のままの刃物、銃、冒険者は乗れないらしかった。

 残念。換わりにギルドの運営する冒険者用のバスがあったのでそれに乗る。


 バスは割高で、隣町に行くだけで十クレ以上もした。



 次の町にはいくつか候補があったが、結局、最も難易度が高いといわれる町に行くことにした。冒険者向けのサイトには町ごとの難易度が載っていてありがたい。それに、冒険者を受け入れていない町も確認できたりする。ありがたい。


 町の名は「長良(ながら)」。聞いたことのあるような無いような名前だったが、菅原より山奥の方の町なので多分、行ったことはなかった。


 その町には妖怪がいるとか。怖い話はあまり好きではなかったが、木立によると精霊の一種だというので安心した。しかし、場合によっては襲ってくる奴もいるらしい。


 妖怪と呼ばれる精霊には各妖怪の名前のスキルがあって、それぞれ妖怪の特性に合った能力が使えるとか。例えば〈火取り魔〉なら、視界にある全ての明かりを消すことが出来る。


「そういう、種族特有のスキルってずるいよね。」


と言うと木立も


「分かる。」


 と返すが、木立の〈精霊の力〉も僕には使えるものじゃないから、僕にとってはずるいスキルのひとつだ。


 バスは長良に着いた。



 長良は菅原と違い、昔からの乱雑な家の並びをしている。冒険者ギルドも菅原ほど大きくはない。せいぜい町の銭湯くらいである。一階建てだ。


 ギルドはバス停を降りた真ん前で、真っ直ぐ中に入れる。


 中もこじんまりとした山小屋のようで、ほんのり生活感すらある。中心に灯油ストーブがあり、周りの壁に沿って長椅子が並んでいる。

 菅原のものとは全く違う印象。


 冒険者はソロっぽい人が二人、離れて椅子に座っている。

 強そうな男性と女性。女性には少し既視感を覚えるが、じっと見ていると目が合って、少し怪訝な顔をされる。どうやら向こうには面識がなかったらしい。


 窓口に行き、ギルドの職員にカードを渡す。

 冒険者は町を移動するたびにギルドに寄って記録をつけなければならない。

 すぐにカードは返ってくる。


「宿泊する場所は決まっていますか?」


と職員に訊かれたので首を振る。

 職員によると、この町には冒険者ギルドの所有するアパートがあるらしい。

 長時間住み込む予定があるわけではないが、宿に泊まるよりずっと安かったのでそこに入居することにする。



 アパートに向かうついでに観光をする。たぶんこの町の観光をするのは今日が最初で最後だろう。


 ギルドの外のラックに掛かっていた観光案内を一枚取って木立に見せる。


「どこに行きたい?」


「昼食かな。」


 確かにいつのまにか腹の空く時間になっていた。

 この町では獣肉の料理が有名らしい。

 ジビエって言うんだって。おしゃれな呼び方だ。


「このゴブリンのジビエとか、面白いんじゃない?」

僕が地図の一端を指しつつ言うと、木立はうえっという顔をする。

「ゴブリンってマナを吸った猿だよ?丈は猿の肉を食べるのか?」

 そうなのか。猿を食べるのには少し抵抗がある。

 案内を見ながら歩いていたが、結局、偶然見つけたジビエ料理の店に入った。


 店員に席を案内される。あまり大きな店ではなく、人は少ないが込み合っている。


 案内されたテーブル席の中心には丸いコンロがあり、店員はその上に石を置く。


「石?」

「当店のこだわりは石焼きなんですよ。」


 石焼きとは。かなりの高級店に入ってしまったかな。

 急いでメニューを確認すると、一部の料理は確かに高かったが、手頃な値段のものもあり、安心する。


「何にしよう」

とメニューを見つつ、ふと横の座席を見ると、先ほどの女性と目が合った。会釈して視点をメニューに戻す。

 偶然とは恐ろしい。どこかで見たことありそうな感じなんだが、年齢的にも学校の同級生か?

 僕は二十年間、変化の少ない生活を送ってきたから高校時代の記憶も多少は残っているが、高校一年生で行方不明になった親しくもない同級生の顔なんて、普通だったら高校を卒業するより前に忘れる。


 木立は何を注文するか決まったらしいので、僕も素早く注文を決めた。


「俺はこのビビンバと鰹のタタキ。」

「僕はツノウサギとモリノクマサンの肩肉で」

注文する。


 店員が去ったあと、木立が声を落として話しかけてくる。


「やたらと隣の席の人を見てるけど、知り合い?」


 そんなにやたらと見ていたつもりはなかった。確かに意識はしていたが。


「どこかで会ったことがある気がするんだけどどこで会ったのか思い出せない。」


なるほど。と木立は頷く。


「視姦じゃなくて良かった。」


僕はそんなことをする人間ではない。


 もう一度隣の席を見ると、また目が合う。女性は驚いたような顔をしている。


 料理が来て、食べる。

 木立の皿を見て

「ジビエが嫌いなのか?」

と訊くと、

「生肉が怖い。」

 と返ってきた。精霊も腹を壊すのだろうか。訊こうと思ったが、食事中にする話ではないと思って止めた。



 店を出ると先ほどの女性がいた。

「丈?」

そう声をかけられる。


「会ったことがある気はするんですが、名前が思い当たらず。」

そう返すと、少しがっかりしたような顔をされる。


「何?昔の女?」

 木立がからかって言うと、女性は笑いながら木立のことを軽く睨む。


「丈のパートナー?まさか丈にそんな甲斐性があったなんて。驚きね。」


 誰だ。僕のことを名前呼びするくらいだからまあ親しい交流はあったのだとは思うが、こちらは名前を思い出せない。


「私よ。高橋桐花(とうか)よ。」


 申し訳ないが、記憶になかった。


「よく一緒に山登りしてた。丈がいなくなったときはたまたま用事があっていなかったんだけど。」


 そう言われてやっと思い当たる。


「いつも殿(しんがり)にいて、僕が変なことをしようとすると邪魔をする。」

「そう。というか変なことしてるっていう自覚はあったのね。」

 当時は無かったが、二十年のうちに気づいた。


「丈と呼ばれていた記憶がない。それで分からなかった。」


 二十年ぶりに会ったわりにはあまり懐かしさは感じない。

 長い歳月で色々忘れているらしい。

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