木立
今日は木立と二人で依頼を受けることになった。パーティーも組むらしい。
パーティーを組むというのは一緒に活動する冒険者同士であるとギルドで正式に見なされることだという。知ってるかもしれんが。
同棲している異性二人が、一緒に活動すると正式に認められる。つまり、
「遠き一つの訃に似たり。」
「違う。というかよくそんな古いネタ知ってるな。」
僕からすれば、まだ産まれてから三年しか経っていない木立が知ってることが驚きだ。そう言うと、
「生まれつき知ってることもあるんだ。精霊だからな。」
とのこと。
「良いなあ精霊とか。勉強せずにも知識があるんだ。それに太ったりもしない。」
「おじさんだって……というかおじさんの名前って何て言うんだ?」
まだ伝えていなかったか。しかし、名前も知らないやつを二日も自分の家に住まわすとか、一歩間違えたら犯罪に巻き込まれそうだな。
「僕は宮崎。宮崎丈っていう。改めてよろしく。」
「よろしく。」
木立は言った。
窓口に行って、田中を呼ぶ。
奥の方でのんびりしていた田中は僕の顔を見てげんなりするが、すぐに木立に気付き、駆け寄ってくる。
「木立くん、久しぶりだね。」
「昨日も会いましたよ。」
「宮崎さんに変なことされなかった?」
変なことってなんだ。
「実は少し……」
木立が恥ずかしそうな素振りをすると、田中は僕を睨み付ける。
なんも悪いことしてないのに。
「今日はパーティーを組もうと思いまして。」
「誰と?」
そう言いつつも田中は僕のことを睨む。
誰とだろうね。
「木立くん。たぶんこの人と組んだら、死んじゃうよ?」
何でだよ。
「遠き一つの訃に似たり?」
「木立くん、凄い。博識だね。」
この教養の無さそうな田中がなぜ知っているんだ。そんなに有名な句なのか?
「死んじゃうっていうのは、流れ矢とかの話。宮崎さんはまだほとんど弓を撃ったことがないから心配で。」
木立は不思議そうな顔をする。
「弓?丈は盗賊じゃないのか。」
僕はギルドカードを見せる。木立は納得したように頷き、言う。
「俺の職業が遠距離だって知ってるよね。」
そういえば、木立の職業は魔法使いだった。完全に失念していた。しかし僕はあの武器を使わなきゃいけないから、職業を変えるわけにはいかない。
「大丈夫。僕は超長距離職になろう。」
「近付かれたら死ぬじゃん。」
まあね。
「風の刃もあるし、大丈夫だとは思うけど、とりあえず短距離の武器を買おう。」
木立は言った。
例の武器屋に行き、鉄扇を買った。謂うまでもなくただの鉄扇ではない。
「変な武器ばっかり使ってると、動きが変になるよ。」
と木立は僕に助言し、おばあさんに睨まれていた。これだからロマンの分からん奴は……
依頼は一日で終わりそうなものを選んだ。ゴブリンと猪と鹿の討伐である。
野草や薬草を取る依頼もあったが、僕も木立も区別を付けられないので受けなかった。
自然のなかで生まれたからといって自然の知識があるわけではないらしい。
猪と鹿とはひどく適当な名前の魔物だと思ったら、ただの野性動物らしい。この山はマナが薄いから、野性動物もたくさんいるという。
ノルマは各一匹ごと。ゴブリンも含めて全身をもって帰らなければいけないらしい ゴブリンの内臓は薬、肉は食用、骨は武器になる。ゴブリンの骨は全魔物のなかで一番硬いんだってさ。
山道に入ると、木立が言い出す。
「俺が何で木立っていうか知ってる?」
それは名前だからだろう。
「僕がどうして丈っていうのか知ってる?」
と訊くのと同じことだ。
「親か誰かが付けたんだろ。」
そう言うと、木立が溜め息を吐く。
「そうだった。丈は精霊がどうやって生まれるのか知らないんだった。」
当然、知らない。
「俺は、というか精霊は、マナの集まる場所に発生するんだ。」
発生か。つまり親がいない。名前を付けてくれる存在がいない訳だ。
「なるほど、分かった。でも名前の由来は分からない。」
「名前の由来は、僕の生まれた場所だよ。僕は木立で生まれた。だから木立と名乗ってる。」
へえ、名前被りとかよくしそうだな。
「自分の知識から言葉を引っ張ってくるから、名前は人それぞれだよ。例えば、俺が生まれた同じ場所でも、茂とか山とか躑躅とか、色んな名前を付けられる。」
「なぜその話を?」
有意義な情報ではあったが、今話す理由が分からない。
「自分の能力のことは伝えておかないと、連携に問題が出るかもしれない。」
木立は僕の左隣に立っていた。数瞬前までは右隣に立っていたのだが。
「いつの間に?」
「これが俺の能力。〈精霊の力〉だ。世界中の木立のどこにでも行ける。」
「チートだ。」
「人間から見るとそうかも。でもそんなに便利じゃない。」
聞いた感じでは便利に思えるが。
「まずこの力は、木立じゃないと使えない。例えば、今はまだ木立だけど、もう少し行くと俺にとっては林だ。それに、行く場所は正確には決められない。ここみたいな小さな木立なら今みたいな小さな誤差で出現できるけど、広大な木立だったら、その中のどこに出現するのか分からない。」
「広大な木立?」
僕は聞き返す。
「木立だったらそんなに大きな誤差はないんだけど、それでも半径五百メートルくらいだったら木立だし、山とか川とかの精霊だと、どこに飛ぶかは全く想定できない。まあ便利なのは木とかさっき言った躑躅とか、そういう精霊だね。ああいうのは多分、一本とか一株単位で飛べる。でも一番融通が効くのは風だって言われてるね。」
名前によって能力が決まるとは面白い。
「名前を変えたりとかって出来るの?」
「それは、出来なくは無いんだけど、生まれついた場所と同じくらい馴染みがある名前じゃないと無理。あとよく聞くのは、人の名前の精霊だね。すぐに愛するあの人の場所に飛べるようにって。」
「僕だったらウロの精霊になれるな。」
「多分ね。」
木立は笑った。
「僕の名前を木立にしたら、木立は僕に飛べるのか?」
「無理だね。重要なのは名前じゃなくて、その性質だよ。」
あまり都合よくはいかないようだった。
「ゴブリン。左の二百メートル。」
木立は声を押さえて言う。
見ると、ゴブリンが三匹ほど集まって何かを話している。
「僕が射とう。」
そう言って弓を構える。
木立が横からつつく。
「それ、どこから出した?」
「ロマンから。」
意味の分からない返事を呟きつつ、射つ。
一匹の頭に当たった。ゴブリンは逃げていく。
「いい弓じゃん。」
「しかもロマン武器だからな。」
そう言って木立に弓を渡す。
木立は興味深そうに弓を見て、つがえ、驚いている。
「照準付き。しかも収納機能あり。これが昨日渡した三百クレで買えるとは思えないけど。」
「木立がバカにしてたあの店で、二割引の端数を切った三百クレで買った。」
「なるほど。ロマンと経済は相容れないね。」
理解してくれたようで嬉しい。
僕はゴブリンの死体を担ぐ。小さいのに結構重い。ゴブリンでこれなら、猪や鹿はどうやって運べばいいのか。