超無音
〈超無音〉
動いても音が出なくなる。
「おう。そう硬くなんねえで座れや。」
厳つい男にそう勧められ、僕たちは男の向かいのソファに座る。
「そんな緊張すんなって、俺がそんなに怖いか?」
正直、めちゃくちゃ恐い。なんかヤバいオーラを感じる。
僕と木立は縮こまっていた。すがるように先ほどのギルド職員の方を見ると、すでに退室したのか、その姿はなかった。
「俺はここのギルド長だ。吉田っていう。よろしく!」
雷のような声にからだが震える。
「〈鑑定〉のスキル持ちでもいたら良かったんだが、こんな辺境の支部にいるわけがねえ。だから、取り敢えずの報告のために、スキルの効果だけ見せてくれや。」
僕は頷いた。
能動的スキルは使おうと考えるだけで使えるらしいが、スキルの名は唱えれば必ず発動することが分かっている。
「〈超無音〉」
僕は唱えるが、何が変わっているのか分からない。
木立と吉田も首を傾げている。
「何が起きているのか分からない。」
そう呟くと、彼らは軽く歓声を上げた。
「声が全く聞こえん。」
吉田は言った。
「本当に?」
「ああ、本当だ。」
木立は答えた。
「へえ、てことは何を言っても聞こえないのかな?」
「そうじゃないか?」
「「……」」
「明らかに聞こえてるよね。会話してるからね。」
「まあ俺には風読みがあるからな。音は聞こえないけど、口元の風の動きで何を言っているか分かる。」
なるほど。なら吉田には聞こえてないのか。
その場で跳ねてみたり、スキップしてみたり、近くの物を持って引きずってみたりもするが、ことごとく音が出ない。
僕が干渉するだけで音が出なくなるのか。
木立に触ると、木立の声も消えた。
「なるほど、これは“超”だ。」
ギルド長も驚いて言う。
しばらく実験をしたが、効果が途切れる様子は全く無かった。
「これはどうやって解除すれば良いんだ?」
「無音の解除だから、音を出そうとすれば良いんじゃないかな。」
僕は手を思い切り叩く。
パンという音が部屋に反響するのが聞こえた。
「解除されたね。」
僕はほっとする。いつの間にか、なにかに不安を感じていたらしい。
「動いても物を動かしても音を出さないスキル、と本部に伝えておく。」
吉田は言った。
僕らはギルドを出る。
「そういえば、家を借りれるんだから、結構なお金は持ってるよね。それなら慰謝料は払えると思わないか?」
交渉によっては今よりもずっと得する気がして、僕がそう言うと
「慰謝料の話はもう過ぎたことだよ。」
と木立は笑った。騙された気分だったが、そこまで嫌な感じはしなかった。
いざとなれば引きこもって、全ての生活費を負担して貰おうかな。
話し続けていて、振り向くと木立がいなかった。遠くを見ると笑いながら立っている。家の場所だった。
同じ家が連立していると自分の家がどこか分からなくなる。しばらくは覚えられそうになかった。
食事は木立が作ってくれた。ゆで卵の入ったハンバーグだった。いつの間に食糧を買ったのかと思うと、食料は週末に一週間分を買い貯めるタイプらしい。
冒険者ギルドの裏の通りが商店街になっていて、生活に必要なものはそこで買えるとか。
生活感のある話の流れから、家事の分担の話になってしまった。そのままの流れで、家にいる人が家事をやることになる。
引きこもりにはなれそうにないな。家事は得意じゃないから、できるだけ外にいようと思う。
夜、ベッドが一つしかないので、異性と寝るのに躊躇は無いのかとか、ベッドが小さいとか色々と非難されて、僕はリビングで寝ることになった。
次の朝。美味しそうな匂いと音で目を覚ます。リビングから見えるキッチンでは、木立が何かを焼いている。
「起きた?」
声を掛けられる。
少し昔のことを思い出して懐かしい気分になった。
━━━
夜中までゲームをしていて、リビングで寝落ちしてしまった次の朝。
料理をしている音で目が覚めて、
「起きたの?」
と母親が僕に声を掛ける。
━━━
みたいな。
そんなことがあったような無かったような。
朝食を済ませ、一緒に家を出る。依頼を達成しなければならないので、木立はまた山に上るらしい。
僕は職業を決めたり装備や武器を買わなきゃいけないので、いくらかのお金を貰い、商店街に行く。
道に迷うとまずいので、商店街へはギルドを経由して行った。
商店街にもやはり、品揃えと看板以外は全く同じデザインの建物が連立していた。
取り敢えず、目についた剣と盾の看板の店に行く。おそらく武器屋だろう。現実世界で武器を持つことになるとは、人生分からないものだ。
店に入ると、壁にずらりと剣が並んでいる。盾はショーケースに並んでいる。
僕が想像する武器屋そのもので、ワクワクする。
店員の一人に話しかける。
「すいません。冒険者を始めたばかりなんですけど、初心者向けの武器とかって有りますかね。」
「予算はどのくらいですか?」
店員は言う。
「武器や防具、全部で三百クレくらいですかね。」
店員は渋そうな顔をする。
「ここは価格帯が五百クレからなので、申し訳ない。予算的に難しいと思います。」
「いえいえこちらこそ。」
と言いつつ店を出る。
武器って案外高い物なんだな。
武器屋でどこか良い場所はないかと探すと、二軒目の武器屋はちょうど良い価格帯だった。
ただ、剣や長物が置いていなかった。
「なんだい、その顔は。」
気の強そうなおばあさんが奥から声を掛ける。
「ここは剣とかは売ってないんですか?」
「売ってるが、ひどいもんばっかりだから、置いてないよ。」
そうなのか。じゃあ何の店なのか。
「どういう武器を売ってるんですか?」
「うちは仕込み武器の店だね。」
仕込み武器?
「じいさんが凝り性で、変に凝った武器しか作ろうとしないんだ。」
一つ見せてもらう。
柄の付いたペットボトルのような形をした金属製の武器だ。
「どうやって使うんですかね。」
おばあさんに訊くと、店の裏手に案内してくれた。
「振ってみな。」
と言われたので、柄の部分を握って軽く振る。
ペットボトルの部分が八つくらいに割れ、中から刃が飛び出して伸び、剣の形になった。
「おお。」
思わず声が出る。これは格好いい。是非欲しい。
「そういう反応をしてくれると嬉しいね。もっと見せたくなっちまうよ。最近は客足も少し減ってねえ。暇なのさ。」
おばあさんは店に戻って、いくつか武器を持ってくる。
ペン型、盾型や傘、扇子など、どれも剣や槍に変形できたり弾を発射するなど、ロマンの塊だった。
「こういうのは、ベテランになればなるほど買わなくなるのさ。」
おばあさんは言う。
「ここは初心者が多いから、他の町に比べればよく売れるんだね。」
「初心者が多い……へえ、初耳です。」
「なんだ。てっきりそれを知ってここに来てたのかと思ってたよ。」
実は、と自分の事情を話す。おばあさんは半分くらい納得してくれた。
「世間知らずって顔してるからねえ。」
そう言って笑われた。
武器を買うという約束で、おばあさんはこの世界の変化について話してくれた。
〈鑑定〉
ものの名を見るとそのものの有りようが分かる。