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anti-sound   作者: :
プロローグ
2/16

気付かれた日

 良くて三日だろうと思ったが、二十年間が経った。忍耐に欠けた人間だと思っていたが、案外僕は我慢強い人間であったらしい。


 唐突に何を言い出すかと思っただろう。

 何かと言えば修行の話である。

 二十年前。山道で大きな木のうろを見つけて思い付いた修行の話である。


 木のうろに潜り込んで修行しようと思ったのだ。

 己に課した決まりはひとつだけ。人に気付かれないこと。


 誰かに気付かれたら冗談めかしてうろから出てこようと思っていた。

 二十年間誰も僕に気付かなかった。


 せいぜい三日で気付かれるだろうと思ったが、何事も得意な僕は動かないことにも秀でていたらしい。

 いつもの仲間との登山だったが、仲間は振り向くことすらなく先に進んでいった。


 僕が二、三日で帰るのだと思ったのだろう。仲間が僕を探しに来ることはなかった。

 一時期は自分が死んでしまったのではないかと本気で思った。

 今日まで誰もうろを見なかった。

 普通、こんな大きなウロがあるなら一ヶ月に一人くらいは覗き込みそうなものだが。


 飢えはうろの内側をかじったり、人気(ひとけ)が無い時間帯に山道を通るネズミなどの小さい生き物を生で食べたりしてしのいだ。体調も崩した。



 二十年が経ったある日──つまり今日の事だが──登山するには明らかに軽装な少年が僕に気付いた。


「おじさん。そんなところで何してんの?」


と訊かれた。

他に人もいなかったが、僕に言っているとは思ってもみなかった。


 少年は僕の方を見ながら同じ言葉を三回ほど繰り返し、僕はやっと自分のことだと認識した。


「やあ、今出ようと思ってたんだ。」


 そう言って起き上がろうとしたが、膝がうまく曲がらず、突っ伏す。

 朝早くから動くべきではなかった。


「手を貸そうか?」


 そう声をかけてくれるが、断る。二十年間も閉じ籠り続けたここから出る勇気はすぐには湧きそうに無かった。


「おじさん。ここに住んでるのか?」


 ウロを覗き込んで少年が言う。


「分かる?」

「何日も風呂に入ってない人の匂いがする。」


当然だ。


「二十年間、一度も風呂に入ってないからね」


「うわ、汚い。」


少年はウロから顔を出す。


「しかもマナが濃い。おじさん。もしかして魔物?」


 魔物?現代日本ではついぞ聞かない言葉であった。フィクションでは別だが。


「違うか。」


 僕の表情から魔物でないと悟ったらしい。納得したようにうなずき、少年は僕をウロから引っ張り出した。


久しぶりの日向だ。


「太陽の光が辛い。」


 皮膚が急激に乾燥してヒリヒリする。積み重なった垢がひび割れて弾けるような音を立て、服や皮膚から汚い何かが煙のように立ち上る。


 僕はホラへ戻ろうとするが、少年は僕を押さえつける。


「なぜ騙した。」


僕は、よく分からないという顔をする。


「吸血鬼だろ、あんた。ここまで日光に強いならかなり高位か?騙された。人間かと思って引っ張り出したのは大間違いだった。」


 少年は腰に挿した剣を抜いた。なぜ剣なんて持っている。


 僕の様子が一見、燃えているようだったから勘違いされたのだろう。吸血鬼とは日の光で燃えるものだ。今まで一度も見たことはないが。


「いや、儲けを考えれば大正解かな。」


全く抵抗できない僕を見て少年が笑う。


 どうしよう。このままでは死ぬ。なんとか誤解をとかなくては。


「待て待て、僕は吸血鬼じゃない。」


「死にたくなければなんとでも言うだろうな。」


聞く耳をもて。


「いやマジで。腕とか切っても超再生とかしないし、全然吸血鬼じゃないから。」


 そう言ったとたんに剣で腕を切られた。全く躊躇がない。

 久しぶりの鋭い痛みに体がびっくりして、僕は意識を失った。


━━━━━━━━━


 起きると木のうろの中だった。なんだはじめから夢だったのかと僕は認識しようとするが出来ない。左腕には痛みがある。

 そして、目の前には確かに誰かの足元がある。

 おおよそ先ほどの少年のものだろう。


「おーい。」


 見上げつつ、声を掛けてみる。

少年はこちらを向いた。


目の前に座るので、僕も体を起こして姿勢を正す。


「済まなかった。本当に吸血鬼だと思ったんだ。」


 そう言われた。普通に考えればイタい奴にしか見えないが、こうも深刻なトーンで言われると、本当に吸血鬼がいるような気がしてくる。


「別に気にしてないよ。慰謝料さえ貰えれば。」


 返すと、少し困った顔をされた。


「今はほとんど金がないんだ。」


いくらかと訊くと、


「五クレ」


 大黄銅貨一枚分であった。なるほどこれではもらっても大した得にはなるまい。

 そもそもここを出てからの生活のために欲しかったのだ。しばらくはこの少年のヒモにでもなって過ごさせてもらえば良い。


「それじゃあ、町に連れてってもらっても良いかな。麓に菅原って町があるだろ?」


「いいよ。」


少年は言う。


「それと、見れば分かるだろうけどお金が無いんだ。少しの間、養ってくれないかな。」


そう言うと、少年は少し嫌そうな顔をしたが、頷いた。



 人の事をしっかり見たのは久しぶりだが、皆が皆、何かしらの武装をしている。

 この二十年で日本に何があったのか。

 それと、人を見るたびにその人と目が合うから気まずい。


「僕がいない間に何かあったのかな?」


僕が訊くと、少年がこちらを振り向く。


「二十年前はまだ生まれてないから分からん。」


なるほど困った。


「じゃあ何で皆、ファンタジーみたいな剣とか杖とか持ってるんだ?」


「そりゃ、魔物がいたら危ないだろ。」


 魔物。その魔物とやらがいるのなら全ての疑問に答えが出るのだが、そもそも魔物というものがイメージできない。


「もしかして魔物を知らない?」


僕は頷く。


「まあこの山はマナも薄いし、魔物はあんまり多くはないけどね。菅原の公民館には剥製とか置いてあるかもしれない。行ったことないから知らんけど。」


 容姿が気になる訳じゃなくて、魔物とはなにかという説明を聞きたかったんだけど、まあ良いや。


「あと十分くらいで町に着くよ。」


 少年が教えてくれるが、町まではそんなに近かったかな。二十年前だからよく覚えてない。

 また人と目が合った。


「何でよく目が合うのかな。」

「そりゃ人のことじろじろ見てるからだろ。」


 そんなもんかな。


「ほら、着いたぞ。」


 そう言われて前を見ると、木の隙間から僕の知らない町が見えた。

 ほとんどの家が新築で、山道から続く広い道を中心として綺麗な直線の区画整理がなされている。


 一階か二階建ての建物の中に少し大きめの体育館のようなものが見える。


「僕の知ってる菅原と違う。」


「ここは初期の魔物の被害が大きかったから、街全体を作り直したんだ。住民も……沢山死んだらしい。もしかしたら、おじさんの知り合いも…」


「それは悲しい話だけど……僕はただの登山客としてここに来ただけだから、特に知り合いはいないかな。」


 そうは言っても、この町でしばらく宿泊したのだから、覚えていないだけで関わったことのある人もいただろう。

 少し悲しい気分になった。


「慰霊碑もあるから、後で行くか。」


少年が言った言葉に頷く。


 


・通過の単位について。


 通貨は世界連合によって、世界中で一元化されています。


 単位はクレジット(credit)、通称クレです。補助の単位としてセント(=百分の一クレ)もあります。


 日本円にして一クレ=百円。日本は日本でクレ硬貨や紙幣を発行し、諸外国も各国の通貨を発行しているため、為替のレートと同じで、国によって一クレの価値は違います。

 例えばアメリカでは一クレ=一ドルになっています。

 ちなみにネット内ではクレのレートが均一でした。(日本円にすると約百二十円、クレ制定時のUSドルを基準に、年ごとの調整をしていた。)


 以前まで、クレ硬貨や紙幣は国ごとに○○クレ(日本なら日本クレ)というかたちで区別され、日ごとのレートで会計時に自動的に外貨の換算をしていましたが、四小大陸によって世界が分断されたことによってレートを把握できなくなり、外貨は各国政府によって回収、交換されました。

 その後は、基本的に自国クレを用い、外貨への交換はレートの把握できた最終日のレートで行うことになっています。


 日本のクレ紙幣、硬貨は円の時代のものをほとんど引き継ぎ、


一セント   小アルミニウム貨

五セント   穴開き黄銅貨

十セント   大青銅貨

五十セント  穴開き白銅貨

一クレ    大白銅貨

五クレ    大黄銅貨(正確にはニッケル黄銅)

十クレ、五十クレ、百クレは紙幣


 というふうになっています。

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