第99話 砂漠の踊り子
ポォーッ!
バーン・スワロー号を牽引する蒸気機関車が、汽笛を鳴らす。
その汽笛に反応して、オレは窓から前方を見た。
線路の先に、町が見えた。
ジーラだ。
オレは頭の中に描いた地図を確認して、町の名前を思い出す。
シェヘラ領サウド地方の町、ジーラ。
砂漠の中の町であり、砂漠を渡るキャラバン隊の補給地点ともなっている場所だ。キャラバン隊は鉄道が通っているジーラで仕入れを行い、鉄道が通っていない村や町に物資を届けている。
キャラバン隊にとって、ジーラは補給をするためにも、交流のためにも無くてはならない町だ。
そしてバーン・スワロー号も、ジーラでは長めの停車となる。
停車時間は、48時間だ。
「ビートくん、次の町?」
雑誌を読んでいたライラが、雑誌を置いて立ち上がり、オレに訊く。
「あぁ。次の停車駅がある町、ジーラだ」
オレが答えると、ライラがオレの隣にやってきて、同じように前方を見た。
太陽が傾きつつある中、町の方を眺めるライラは、どこか美しく見えた。
「ビートくん、ジーラに到着したら、何をするの?」
「とりあえず……食事かな」
オレの答えに、ライラはころころと笑う。
「うん、お腹空いちゃったわね」
「そういうこと!」
オレもライラも、長旅で腹ペコになっていた。
さすがはライラ。オレの考えていることは、ちゃんとお見通しなんだな。
頭を撫でると、ライラは嬉しそうに尻尾を振った。
バーン・スワロー号がホームに入り、ゆっくりと停車する。
蒸気機関車が溜まっていた蒸気を抜いた音を合図として、客車のドアが開いた。
その直後、乗客たちが一斉にホームへと飛び出した。
停車時間は48時間だ。列車を降りて羽を伸ばさない手はない。
オレとライラも、列車から降りた。
改札を抜けてジーラの町に出ると、もうすっかり夕暮れ時になっていた。道行く人々は家路を急ぎ、屋台やレストランからはいい匂いが漂ってきては、帰宅途中の人の足を止めている。
「ビートくん、どこで食事にする?」
「うーん、どこがいいかなぁ……?」
オレはライラと共に歩きながら、ジーラに立ち並ぶレストランを物色する。
どこも夕暮れの書き入れ時だからか、混みあっていた。人混みの中に入るのは、あまり好きではない。人が適度な数だったグレーザーで、幼少期を過ごしたためかもしれない。人混みの中に入ると、落ち着かない。
それはライラも同じだ。オレ以外の男性がたくさんいる場所は、可能な限り避けようとする。
ふと顔を上げると、オレたちの周りにはホロを張った馬車ばかりが並んでいた。
「あれ……?」
「ここは……?」
気がつくとオレたちは、空いているレストランを探しながら歩いているうちに、キャラバン隊の中に迷い込んでいた。
キャラバン隊は、砂漠を渡り歩く商人たちの馬車が集団になったものだ。集団になることで、砂漠の中でも道から外れて迷子になったり、盗賊団に襲われる危険を低くしている。そしてお互いに物資を融通し合うことで、仲間意識を高めることができる。そういう理由から、過酷な環境である砂漠では、商人たちはキャラバン隊を結成して行動している。
そしてジーラは、そんなキャラバン隊の補給地点となっている。
鉄道が通っていて、モノもカネも情報も集まってくるためだ。キャラバン隊の商人たちの中で、ジーラのことを知らない者はいないだろう。
そんなキャラバン隊も、今は商売を終えて夕食時に入ろうとしていた。
商人たちが広場の中心に集まって、そこで食事をしている。どうやら鍋でスープか何かを煮込んでいるらしく、いい匂いが漂ってきた。
その匂いにつられて、オレたちはフラフラと商人たちに近づいていった。
「んっ?」
オレたちがあと少しのところまできて、商人の1人がオレたちに気づいた。
「あんたらは……?」
「すいません、そのスープって、まだありますか?」
オレが鍋を指し示して問うと、商人は頷いた。
「2人分売ってもらうことって……できませんか?」
もしかしたらと思い、オレは尋ねた。
商人なら、売れるものなら何でも商売にしようとすることがある。もちろん、そんな人ばかりではないことは分かっている。だけどオレは、売ってくれるのではないかと思っていた。
「どうする?」
「どうしようか……?」
「いいんじゃない、量はたっぷりあるんだし」
商人たちが迷っていると、砂狐族の少女がそう云った。
砂漠の民の服を着た砂狐族の少女は、お玉を手にしている。どうやら、スープは砂狐族の少女が作ったらしい。
「旅の人かな? おいでよ。スープ一杯、銀貨5枚だよ」
砂狐族の少女が、鍋から皿にスープを入れ、値段を告げる。
一杯銀貨5枚とは、ずいぶんと安いな。
「ライラ、ご馳走になろうか」
「うん!」
オレとライラは、砂狐族の少女に銀貨5枚を支払い、スープを貰った。
スープには野菜と肉が入っていて、いい匂いが立ち上り、オレたちの食欲を刺激した。
「「いただきます!!」」
そう云って口に運んだスープは、本当に美味しかった。
一流レストランのスープにも負けない味が、オレたちの空腹の胃袋に染み渡った。食べる手は止まることが無く、あっという間にオレたちはスープを平らげた。
おかわりするかもしれないと思ったが、意外にもお腹に溜まり、満腹感も得られた。
「美味しかった!」
「とっても美味しいかったです!」
オレたちが空っぽになった皿を見せると、商人たちが笑顔になった。
「おっ! 君たちもこの美味しさが分かるのかい!?」
「はい、美味しかったです!」
「そうかそうか!」
商人たちが笑顔で、オレたちを取り囲んだ。
そしてそのまま、オレたちは商人たちと過ごすことになってしまった。
商人たちから、スープを作ったのは砂狐族の少女だということを教えられた。
そして砂狐族の少女の名前が、メイという名前であることも、同時に教えてもらった。
「メイはこのキャラバン隊で、ずっと俺達の食事を作ってくれているんだ」
「なるほど、コック長というわけですね」
「まぁ、そういうことだな」
オレの言葉に、商人のガルサがそう云った。
「だけど、メイは料理ができるだけじゃないんだ」
「料理だけじゃない? 経理とか商売もやるんですか?」
「いいや、経理とかは俺達の仕事だ。それは……おっ、ちょうど出てきたな」
ガルサの視線の先を追うと、そこにはメイがいた。
メイはいつの間にか、砂漠の民の服から踊り子の衣装に着替えていた。踊り子の衣装は、水着に近いデザインで、お腹は丸出しだ。よく見ると、お尻も半分ほど見えている。口元は薄いベールで被われていて、妖艶な雰囲気を醸し出している。
もしもあの衣装を、ライラが着たとしたら……。
いかん、いかん!!
そんなことを考えていたら、ライラから怒られる!
オレはそっと、視線をメイからフェードアウトした。
「メイは、踊り子でもあるんだよ」
ガルサがそう云って、メイに視線を向けた。
「メイの踊りを見ていると、みんな癒されるんだ。俺達のキャラバン隊にとって、メイは姫様なんだ」
メイが踊りを始めると、キャラバン隊の商人たちは声援を送り始めた。
いやらしい言葉などは、一切飛んでこない。純粋に商人たちは、メイの踊りを芸術鑑賞のように楽しんでいた。
オレもメイの踊りが始まると、それに見とれてしまった。
隣にライラがいることも忘れて、メイが踊りを終えるまで見続けていた。
メイが踊りを終えると、商人たちは惜しみない拍手をメイに贈る。
メイもそれが嬉しいらしく、笑顔でお辞儀をした。
「メイちゃん、すごい!」
ライラが拍手をしながら、メイに云った。
「ありがとう。よかったら、ライラちゃんもやってみる?」
メイがそう云うと、ライラは尻尾をピンと立てた。
「本当!? やってみたい!!」
「じゃあ、衣装に着替えて!」
メイの言葉で、ライラは立ち上がった。
「ライラ、本当に踊るの!?」
「うん! ビートくん、待っててね!」
ライラはメイと共に、馬車の中へと消えていった。
本当に、踊り子として踊りを披露するのだろうか?
ライラが自分で進んでやりたいと云ったから、オレに止める権限はない。
しかし、ライラが躍ったところを、オレは見たことが無い。これまでにも、歌をうたうことはあったとしても、踊りを踊ったことはほとんどない。どんな結果になるのか、オレにも予想できなかった。
だがオレは、同時に楽しみでもあった。
ライラがメイのような、踊り子の衣装を身にまとって、踊りを披露するのを見れる。
それだけでも、オレには十分だった。
わたしは馬車の中で、着替えることになりました。
メイちゃんのように踊るため、踊り子の衣装に着替るためです。
「えっ、これが踊り子の衣装!?」
「そうよ」
メイちゃんは当たり前のことを告げるように、頷きました。
わたしに手渡されたのは、メイちゃんが着ているものよりもきわどい衣装でした。
ほとんど水着といっても差し支えないもので、透けた腰布の下は下着そのものでした。お腹も丸出しで、遮るものは何もありません。メイちゃんと同じように、口元は布で覆いますが、その布も透けています。
こんな恥ずかしい恰好で、商人たちの前で踊ることになるなんて……!
「ここっ、こんな姿で男の人たちの前で踊るなんて、恥ずかしいよ!!」
「そうは云っても、ここまで来たらもう引き返せないよ?」
「そんなぁ!!」
「それに、ライラちゃんの旦那さん、楽しみにしているみたいよ?」
メイちゃんの言葉で、わたしはビートくんのことを思い出しました。
ビートくんが、わたしの踊りを楽しみにしている……。
ビートくんになら、いくら見られても構いません。むしろ見てほしいです。
だけど、他の男の人がいるのに……。
「……わかったわ!」
わたしは少し悩みましたが、踊ることに決めました。
恥ずかしい気持ちを抑えながら、わたしは馬車から出て、踊りを披露しました。
正直、ほとんど踊ったことはありません。
勢いだけで、わたしは踊ると決めてしまいました。それにこの衣装だと、いやらしい視線に耐え続けないといけません。でも、ビートくんも見てくれています。それを無視することはできません。
しかし、わたしの考えていたことは、踊りを始めるとすぐに消えてしまいました。
いやらしい視線など、どこからも感じません。
ビートくんも商人たちも、驚きの目でわたしを見ています。それはわたしにとって、意外そのものでした。わたしの踊りを見ている人たちは、みんな演劇を鑑賞しているようです。
わたしが歌以外でも、人を楽しませることができたなんて……!
嬉しくなってきたわたしは、そのまま踊り続けました。
ライラが踊りを終えると、オレは拍手を贈った。
周りにいる商人たちも、ライラに惜しみない拍手を贈っていく。
素晴らしかった。
ライラの踊りを初めて見たけど、あそこまで美しく踊れるなんて……!
オレはまだまだ、ライラの全てを知らなかったんだ!
すると、ライラが商人たちの間をすり抜け、オレの所まで戻ってきた。
踊り子の衣装を着たライラが、オレを間近で見つめる。
「ビートくん、わたしの踊り、どうだった!?」
「素晴らしかったよ、ライラ。まるで、砂漠の女神みたいだった」
オレは満面の笑みで、そう云った。
踊りは美しかったし、こんな近くで、踊り子の衣装を着たライラの姿も見れた。オレはもう、今日はこれ以上何も望まない。見たいものは、全て見れたのだから。
「本当!? 嬉しい!!」
ムギュッ。
ライラがそう云って、オレに抱き着いてきた。
「ありがとう、ビートくん!!」
「あうう……」
オレは、顔を真っ赤にした。
踊り子の衣装は、当然ながら布面積が少ない。つまり、地肌が露出している部分が多いということになる。
そんなライラに、大勢の前で抱き着かれた。顔を紅くしないほうが、無理だ。
「ライラちゃん、すごいじゃない!」
メイが、オレに抱き着いているライラに向かって云う。
「私と同じか、私以上よ! ライラちゃんの踊りなら、大金を稼ぐことだってできるわ!」
「そうなの!?」
ライラがオレから離れ、メイに身体を向けた。
「えぇ。もしライラちゃんさえ良ければ、私たちと旅をしない? ライラちゃんなら、あちこちで踊り子として引っ張りだこになれるわ!」
「ありがとう。でも、それはできないわ」
断ったライラに、メイは目を丸くしていた。
「だって、わたしはビートくんと一緒に居たいから!」
「そうなの、それじゃあ仕方ないわね」
メイは頷いた。
その後、ライラは馬車に戻って着替えた。踊り子の衣装を脱いで、いつものドレスに戻ったライラを見たオレは、どこか安心してしまった。
「それじゃあ、気を付けてね。砂漠には盗賊団も出るの。砂漠の盗賊団は、金品だけじゃなくて、女性を性奴隷として攫って行くこともあるわ」
キャラバン隊からバーン・スワロー号に帰ることになった時、メイがそう云った。
「私たちキャラバン隊も、砂漠の盗賊団はすごく恐れているの。フードがついたケープやマントは、特に夜には必須。寒さも防げるし、美貌を隠すこともできるわ。ライラちゃんは美人だから、砂漠を抜けるまでは常にフードを被っていたほうがいいと思うわ」
「うん、ありがとう。そうするわ!」
ライラはそう云って、ケープのフードを被った。
そして、オレの腕に抱き着いてくる。
「大好きなビートくんと、離れ離れになるのは嫌だから!」
「らっ、ライラ……!」
顔を紅くするオレを見て、メイはくすくすと笑う。
「それじゃあ、気を付けてね」
「うん! メイちゃん、ありがとう!」
「ありがとう! そしてごちそうさまでした!」
オレとライラは、メイとキャラバン隊の商人たちにお礼を云って、別れた。
バーン・スワロー号に戻ると、オレたちは服を着替えて、ベッドの中にもぐりこんだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は、5月11日の21時更新予定です!
そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!





