第97話 名付け親
コンコンッ。
「んっ……?」
ドアがノックされる音がして、オレは目を覚まして起き上がった。
オレとライラは、クリスが無事に出産を終えた後、個室に戻って眠っていた。
夜明けまでずっと起きていたのだから、全てが終わった頃には眠くて眠くてたまらなかった。オレもライラも、倒れ込むようにベッドに寝転がると、そのまま眠り続けた。ドアがノックされたりしなかったら、きっともっと眠っていたに違いない。
「ビートくん……?」
オレが目を覚ますと、ライラも目を覚ました。
起き上がると、大きく伸びをする。ライラが伸びをすると、大きな胸が強調されてしまい、オレは思わず視線を逸らす。ずっと見ていると、悶々としてしまうためだ。
「おはよう、ライラ。もしかして、聞こえた……?」
「ノックの音でしょ? うん、聞こえたわ」
ライラが答えると、再びドアがノックされた。
「誰かしら?」
「オレが出て、確かめてみるよ」
オレはベッドから出て、ドアへと向かった。
もちろん万が一に備えて、ガンベルトを腰に巻いておく。
「はーい、少々お待ちを……」
ガチャリ。
ドアを開けると、光が差し込んできて、オレは少しだけ目が痛くなる。
「ビートくんだね!?」
次に飛び込んできたのは、聞き覚えのある声。
ドアの外に立っていたのは、ダイトだった。
「ダイトさん!?」
「おはようございます、ビートくん! 昨日は、本当にありがとうございました!」
ダイトはオレにそう云って、再び頭を下げた。
オレが驚いていると、ライラがやってきた。
「ビートくん、誰が来たの……って、ダイトさん!」
「実は、お2人にお願いしたいことがあって、来たのです」
お願いって、一体何だろう?
「分かりました。ですが、寝起きなので身支度を整えてもいいですか?」
「これは失礼しました! 私は待っていますので、どうぞごゆっくり身支度をお済ませください!」
ダイトがそう云うと、オレはドアを閉めた。
オレたちは身支度を整えて、携帯食料で簡単な朝食を済ませると、廊下に出た。
「名付け親になってほしいですって!?」
ダイトの話を聞き終えたオレは、目を丸くした。
名付け親。それについては、オレも知っている。
グレーザー孤児院に居た頃。孤児院に引き取られる子供の中には、名前がつけられていなかったり、自分の名前を知らないという子供がいた。オレとライラについては、自分を包んでいた布に名前が縫い付けられていたから分かったと、ハズク先生から聞いていた。
そして様々な理由で名前が無かったり分からない子供は、ハズク先生が名前をつけていた。
ハズク先生は『子供の名前には、必ず素晴らしい意味が籠っています。なぜなら名前というものは、生まれてから最初に貰う贈り物だからです』と云っていた。
その言葉の意味が分かったのは、最近になってからだ。オレの名前は、父さんと母さんから貰ったもの。そして父さんと母さんとの繋がりを、確かに感じるものだ。それ以来オレは、自分の名前を誇りに思っている。父さんと母さんがくれた、オレがオレであることを証明するものだからだ。
そしてそんな大切な名前をつける存在の、名付け親。
ダイトはオレたちに、そんな大役をお願いしてきた。
「だ、ダイトさん、どうして僕たちに名付け親を!?」
「妻と話し合って、決めたんだ」
驚いて尋ねるオレに、ダイトさんはそう答える。
妻……クリスと名前を付けることについて話し合い、決めたということか。
「ビートくんとライラちゃんは、妻が出産すると知って、すぐにカリオストロ伯爵を呼んでくれた。もしもカリオストロ伯爵を呼んでくれなかったら、妻も子供も、無事だったかどうかわからない。2人は命の恩人なんだ。だからそんな2人に、我が子の名前を付けてもらおうって、決めたんだ」
「……ライラ、どうする?」
オレは隣に居るライラに、訊いた。
ライラが良ければ、オレはその依頼を受けようと、考えていた。
「うーん……」
ライラは、腕を組んで考え始める。
いつもすぐに決めることが多いライラには、珍しい光景だ。ライラもこういうことは、すぐに決断できないみたいだ。
しかし、10秒くらいしてから、ライラが口を開いた。
「はいっ! 引き受けます!」
「ライラっ!?」
オレは、驚いた。
「ライラ、本当に名付け親を引き受けるの!?」
「ビートくん、ここまで頼まれたら、断れないよ。わたしたちで、素敵な名前を考えよう。責任は重大だけど、一生のことだから」
そう云ったライラに、オレは頷いた。
ライラは覚悟を決めたんだ。オレも、名付け親になる覚悟を持たないと!
オレとライラは、ダイトに向き直った。
「「お引き受けいたします!」」
オレたちの言葉に、ダイトは再び頭を下げた。
「あら、あなた! それに、ビートくんにライラちゃん!」
個室に足を踏み入れると、ベッドの上でクリスが嬉しそうにオレたちの名前を呼んだ。
クリスはベッドの上で、生まれたばかりの赤ちゃんを自分の腕で抱いている。赤ちゃんはどうやら眠っているらしく、目を閉じて大人しくしていた。
「こんにちは」
「こんにちは~!」
挨拶をすると、ライラがベッドの側まで一直線に向かった。
「わぁ、可愛い!!」
クリスの腕の中で眠る赤ちゃんを見て、ライラが叫ぶ。
「昨夜は、本当にありがとう」
ライラを見て、クリスがそっと頭を下げた。
「ライラちゃんとビートくんのおかげで、私も赤ちゃんも元気よ。2人には、感謝してもしきれないわ」
「本当に、おめでとうございます!」
尻尾を左右にパタパタと振るライラ。
「クリス、嬉しい知らせだよ!」
ダイトが、ライラとは反対側からクリスに近づいていく。
「あなた、どうしたの?」
「ビートくんとライラちゃんが、名付け親になってくれることが決まったんだ!」
「まぁ、本当!?」
ダイトからの報告に、クリスは驚いてオレたちを見る。
オレたちは、頷いてそれに答えた。
「これから、わたしたちで名前を考えます!」
「ありがとう! 2人に名付け親になってもらえるなんて、夢みたいだわ!」
喜ぶクリスの隣で、ライラがオレに視線を送った。
よし、これから名前を考えるとするか。
オレは、ペンと手帳を取り出した。
昼頃になっても、まだ名前は決まらなかった。
オレとライラが手にしている手帳には、いくつもの候補の名前が挙がっては、消えていった。
最初は「これだ!」としか思えなかった名前でも、すぐにありきたりな感じがしたりして、候補から外れていく。書いては消してを繰り返していくうちに、手帳のページは真っ黒になっていった。
そしてそれは、ライラも同じらしかった。ライラも幾度となく書いては消してを繰り返したらしく、時折見える手帳のページには、名前の候補と打ち消し線が交差していた。
「ライラ……何か思いついた?」
「思いつくけど……なんか違うような気がして……」
「オレもだぁ……!」
名前を決めることが、ここまで大変だったなんて、思いもしなかった。
だけど、一度引き受けたことだから、なんとしてでも名前を決めないといけない!
オレたちは焦りつつも、どんな名前がいいか頭を回転させていく。
そんなオレたちとは対照的に、ダイトとクリスは生まれたばかりの我が子を可愛がっていた。
「もうすぐ、ビートくんとライラちゃんが、素晴らしい名前を考えてくれるからね」
「大人しく待っていれば、きっといい名前を考えてくれるわよ」
うぅ、プレッシャーをかけてくるなぁ。
本人たちに悪気は無いのだろうが、その言葉がオレたちを焦らせる。
「あら、寝ちゃったわ」
クリスの声が聞こえて、オレは振り返る。
ずっと眠っていたのかと思っていたが、どうやら赤ちゃんは起きていたようだ。
赤ちゃんは気楽でいいなぁ。
「夜に産まれてきたから、もしかしたら昼間に寝るようになっちゃったのかしら?」
「はは、大丈夫だよ」
心配そうなクリスに、ダイトが微笑みながら云った。
「赤ちゃんは寝て育つって、カリオストロ伯爵も云っていた。よく寝ているのは、大きく成長するために確実に歩んでいることの証拠さ」
「それなら、大丈夫ね。夜に産まれると、男の子なのに大きくならないんじゃないのかって、少し心配しちゃったわ」
そっか、あの赤ちゃんは男の子だったなぁ。
最初に性別は確認していただけど、すっかり忘れていたなぁ。
夜……男の子……。
……ん?
「――!!」
その瞬間、オレの頭の中にある単語が浮かんできた。
そしてオレは、その単語に意識が集中してしまった。
これだ!
赤ちゃんの名前は、これ以外に考えられない!!
「ねぇ、ライラ」
「どうしたの?」
「こんな名前を思いついたんだけど……」
オレは手帳を見せ、ライラにページを見せる。
ページを見たライラは、笑顔になった。
「うん! ビートくん、これだわ! とってもいい名前よ!!」
「よし、これで決まりだ!」
オレは頷くと、ライラと共にベッドに腰掛けるダイトとクリスの元へと向かった。
「名前が、決まりました!」
「おぉっ、本当ですか!?」
ダイトが叫ぶ。
「どっ、どんな名前に!?」
「名前は……ナイトです!」
オレが、名前を書いた手帳のページを見せて、赤ちゃんの名前を告げた。
「名前の決め手となったのは、男の子という性別と、夜に産まれたことです。男の子であることから、大きくなったら騎士のような、立派な男になってほしい。そんな意味を込めて、ナイトという名前に決めました!」
「……おぉ!!」
名前に込められた意味を説明すると、ダイトが再びオレに頭を下げた。
「こんなにも素晴らしい名前をつけてもらえるとは……ありがとうございます!!」
「本当ね……素晴らしい名前だわ。ありがとうございます!」
ダイトに続いてクリスも、オレに頭を下げた。
それを見たライラが、オレに向かってウインクを飛ばす。
「ビートくん、良かったね!」
「うん、そうだな」
オレたちが納得していると、クリスが腕の中で眠っている赤ちゃんに、微笑んだ。
「あなたの名前は、ナイトよ。よろしくね、ナイト」
すやすやと眠る赤ちゃんに、クリスは愛おしそうな顔で名前を告げる。
この瞬間、赤ちゃんの名前はナイトに決まった。
こうしてオレたちは、ダイトとクリスの息子、ナイトの名付け親となった。
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