第95話 月の夜
バーン・スワロー号は、丸1日走り続けていた。
しかし、どこまでノンストップで走り続けても、次の停車駅は見えてこない。東大陸の広さと、アークティク・ターン号がいかに早かったのかを嚙みしめながら、オレたちは列車に揺られていた。
そしてそのまま、オレたちは夜を迎えることとなった。
夜になると、空には満月が昇って月明かりを砂漠に降り注いでいた。
オレとライラは、明かりを消した個室の中でカーテンを明け、月光浴を楽しんでいた。
満月の夜は、オレたちは遅くまで起きていることが多い。
なんといっても、満月の夜はオレたちにとって特別な夜だ。
オレとライラが結ばれた、思い出深い夜。
それが満月の夜だ。
グレーザー孤児院に居た頃、満月の夜にライラがオレに夢を話してくれた。両親に会いたいという、ライラの夢。あの夜から、全ては始まったとも云える。そしてオレがライラの尻尾を触った、初めての夜でもある。あの夜から、オレはライラの尻尾に夢中になったとも云える。
「ビートくん、こうして月明かりを浴びていると、ビートくんがわたしに約束してくれた夜を思い出すよ」
月明かりの下で、ライラがオレに云う。
月明かりを浴びたライラは、いつもより美しく見えた。
「グレーザー孤児院での夜だね? オレも、あの夜を思い出すよ。だけど、同時にライラとの結婚式も思い出すなぁ」
「結婚式も?」
「あぁ。結婚式も満月の夜に行っただろ?」
オレが指摘すると、ライラは納得したらしく、頷いた。
「それに月明かりを浴びたライラの顔を見ると、ウェディングドレスを着たライラを思い出すんだ。あの夜の月明かりを浴びたライラは、とっても美しかったよ。ライラと結婚できて本当に良かったって、思ったよ」
「ビートくん……!」
ライラが、オレに抱き着いてきた。
オレがライラを受け止めると、ライラはそっと身体を預けてくる。頭に手を乗せると、ライラは尻尾を振った。
「それって、本当?」
「もちろん。月明かりを浴びたライラほど、美しい女性を他に見たことが無いよ。そんな女性のライラが、オレにべったりで一途。しかも、結婚してオレを生涯のパートナーに選んでくれた。今も時々、これって夢じゃないのかなって思うことがあるんだ。夢じゃないよね……?」
「もちろんよ、夢なんかじゃないわ。わたしのビートくんに対する気持ちは、本物。ビートくんとずっと一緒に生きていくことを、わたしは誓ったの。ビートくんのためなら、なんだってできるよ!」
「ありがとう、ライラ。ありがとう……」
そう云ってくれたライラに感謝しながら、オレはライラの頭を撫でる。
本当にライラは、どこまでオレのことを信頼してくれているのだろう? いくら結婚した相手だといっても、ここまで信頼を寄せてくれるものなのだろうか?
しかし、ライラはオレを信頼してくれている。
オレはそんなライラのことを、守る義務があるはずだ。
これからも、オレはライラと共に生きていく。
結婚式で、オレはそう誓ったのだから。
すると、ライラが顔を上げてオレを見た。
まぶたが半分ほど、閉じている。
「ビートくん……なんだか眠くなってきちゃったよぉ……」
「そういえば……オレも眠たいや……」
ライラから云われて、オレも眠気を感じてきた。
体温で温められたせいだろうか?
ベッドに行って眠ったほうがいいのは、分かっている。
だけどオレは、このまま月明かりを浴びながら眠っても、いいような気がした。
オレはライラから手を離し、そっと横になる。
ライラもそれに応じるかのように、オレの隣で横になると、オレに抱き着いてきた。
そしていつしか、オレたちは意識を失った。
「んっ……?」
オレが目を覚ました時、隣でオレに抱き着いていたはずのライラが、いなくなっていた。
「あれ? ライラ……?」
起き上がって辺りを見回すと、ライラはオレに背中を向けていた。
オレは立ち上がり、背中を向けているライラに近づいていく。
「ライラ、どうしたの?」
「ビートくん?」
ライラはオレに背中を向けたまま、オレの名前を呼ぶ。
「……驚かないって、約束してくれる?」
「えっ、どうして?」
「いいから、約束してくれる?」
これは約束しないと、進まないパターンだ。
オレはそう思い、驚かないと約束することにした。
「わかった、驚かないよ。約束する」
「うん……ありがとう」
そう云うと、ライラはオレの方に身体を向けた。
その直後、オレは目を見張った。
ライラの下腹部が、大きくなっていた。
食べすぎでも、ここまで膨らむことはない。これはどう見ても、妊娠した女性に特有の膨らみ方だ。
つまり、ライラのお腹には子供がいる!
「ビートくん……わたしたちの子よ」
ライラはいとおしそうに、自分の膨らんだお腹を撫でた。
わたしたちの子。
ライラと……オレの間にできた子供ということだ。
「お……オレとライラの……子供……!」
オレはゆっくりと、ライラに近づいていく。
ライラが、オレとの間にできた子供を、身ごもった。
新しい命を宿したライラに、オレは触れてみたくなった。
「ライラ、ちょっと……」
「うん、いいよ……」
ライラが許可してくれた。
オレはゆっくりと、ライラのお腹に手を伸ばしていく……。
「うーん、ライラぁ……んっ!?」
オレは、目を覚ました。
起き上がって辺りを見回す。ライラは、オレの隣で眠っていた。下腹部に目を移すが、大きくなってなどはいない。
「さっきのは……夢?」
どうやら、夢を見ていたようだ。
ライラとオレの間に子供ができるなんて、そんなこと……。
いや、きっといつかは――。
オレは月明かりを浴びながら、オレの隣で眠るライラを見た。
「そういえば、満月の夜は子供が生まれやすいって、聞いたことがあるな……」
もしかしたら、オレが見た夢は、未来の光景だったのかもしれない。
いつかきっと、迎える未来なのかもしれないな。
そんなことを考えていると、外から声が聞こえてきた。
「大変だ! 子供が生まれるぞ!!」
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