第91話 三姉妹
「ご覧下さい。素晴らしい眺めでしょう?」
長老がそう云って、オレとライラに目の前の景色を指し示す。
「わぁ……!」
「すごい……!」
オレとライラは、息を呑んだ。
オレたちの目の前に広がっていたのは、広大な畑だった。
畑には、見渡す限りトウモロコシが植えられている。トウモロコシといえば、開拓地では重要な主食となる穀物でもあり、同時にナヴィ族にとっても主食の位置にある食べ物だ。オレとライラは、パンや米をよく食べるが、ナヴィ族はほとんどがトウモロコシを食べて生活している。
「こんな広大なトウモロコシ畑があったなんて……!」
オレが見とれていると、ティオが口を開いた。
「ビートにライラ、俺達ナヴィ族にとって、畑を見せることは信頼の証でもあるんだ」
「畑を見せることが? それはどうしてですか?」
オレの問いに、長老が答えてくれた。
「ビートよ、ワシらナヴィ族は農耕以外に、狩猟採集を行って食べ物を得てきた。そしてその中では、時に食料を巡って争いになることもあったのじゃ」
なるほど。確かに食料を巡って争いが起こることは、どこでもあることだ。時にはそれが、大規模な戦争に発展したことも、歴史の授業で習ったことがある。
だけど、それがどう畑を見せることと関係してくるのだろう?
「同じナヴィ族同士が争い、殺し合う。そんな状況は誰も望んでいなかったことじゃ。それで先祖は知恵を出し合い、争いを止める方法を思いついた。それがお互いの畑や狩猟採集しているものを、見せあうことなんじゃ。自分たちが持っている食料生産の手段をお互いに見せあうことで、共に食料を得るために苦労していることと、自分と相手に足りていないものを確認する。こうすることで、争い合うことを減らしていったのじゃ。今ではそれが、相手を信頼する意思表示として残ったのじゃ」
つまりは、自分の懐を相手に見せてしまうということか。
食料を作っている畑を襲ってしまえば、相手を全滅に追いやることもできる。畑はある意味、急所とも呼べる部分だ。そんな弱い部分をさらけ出してしまうことで、敵意がないことと、相手を信頼していることをアピールする。
それで争いを防ぐとは、よく考えたものだ。
オレはすっかり、感心してしまった。
「そういうことだったんですね」
「とても平和な方法ですね! ナヴィ族の皆さんって、すごいんですね!」
ライラがそう云うと、長老は少しだけ照れたようだった。
すると、再びティオが口を開いた。
「ビート、ここに植えられているのは、トウモロコシだけじゃないんだ」
「えっ!?」
ティオの言葉に驚き、オレは広大なトウモロコシ畑を見回す。
トウモロコシ以外にも、何か植えられて栽培されているというのか!?
だが、いくら目を凝らしても、トウモロコシ以外の作物は分からない。ティオが嘘を云っているわけではないことは、オレにも分かった。ティオは嘘をつくような性格じゃないし、たとえついたとしても表情に出てしまうだろう。
「ビートくん、確かにトウモロコシ以外の匂いがするわ」
ライラが、鼻をすんすんとさせて云う。
間違いなく、ここにはトウモロコシ以外の作物も植えられて、栽培されている!
「長老、ここにはトウモロコシ以外に、何が栽培されているんですか!?」
「近くで見たほうが、よく分かるはずじゃ。ついてきておくれ」
長老はそう云って、再び歩き出した。
もちろんオレとライラは、長老の後に続いて歩いていった。
畑のすぐ近くまでやってきて、オレたちはやっと何が栽培されているのか分かった。
「トウモロコシに……豆とカボチャ……?」
「その通りじゃ」
オレの言葉に、長老が頷いた。
「トウモロコシは、ワシらナヴィ族にとって、主食ともいうべき重要な作物じゃ。トウモロコシパンにしたり、そのまま食べても美味しい。長期保存もできるし、まさに無くてはならないものなのじゃ。しかし、かといってトウモロコシだけを食べていればいいかというと、そうではないのじゃ」
長老はそう云って、トウモロコシの根元を指し示した。
豆がツタを伸ばしてトウモロコシに巻き付き、カボチャのツルも広がっている。ツタにはさやに入った豆ができていて、カボチャは小さな実がついていた。カボチャはこれから大きくなるらしい。
「トウモロコシ、豆、カボチャ。この3種類を食べることで、ワシらナヴィ族は病気を予防し、長生きができるのじゃ」
「最初にトウモロコシができて、次に豆。そして最後に余った養分を吸って、カボチャができあがるんだ。この3種類の作物は、保存も効いて食べ方も様々。俺達ナヴィ族にとって、本当に重要な食べ物なんだ」
長老に続いて、ティオが説明する。
「そしてワシらの村では、三姉妹がこの畑を守っているのじゃ」
「三姉妹?」
三姉妹が、この畑を守っている?
どういうことなのか、首をかしげていると、長老が杖を頭上に挙げて軽く左右に振った。
すると畑の中から、ナヴィ族の少女が3人現れた。
それぞれ、トウモロコシと豆とカボチャを模ったアクセサリーを、首から下げている。少女たちは顔も背丈も服もそっくりで、首から下げたアクセサリーしか違いがないとオレは思った。
「あれ? あなたたちは確か、さっき昼食の時にもいた……」
「「「はい。私たちは、三姉妹です」」」
ライラの言葉に、3人の少女が同時に云った。
声までそっくりだ。ますます見分けがつかない。
「私たちが、この畑を守っています」
「えっ、君たちが!?」
オレは驚くが、少女たちは胸を張って頷いた。
オレたちよりも、ずっと年下だ。まだ10歳くらいじゃないか?
そんな小さな3人の少女が、この広大な畑を守っているなんて、信じられなかった。
「どうやって、こんな広い畑を3人で……?」
「お手伝いしてくれる大人の方が、たくさんいます」
トウモロコシのアクセサリーを下げた少女が、答えた。
「私たちは、種まきや成長の確認が、主な仕事なんです」
「私たちが種まきをしますと、不思議と作物がよく育つのです。そして作物が育っていることを確認して、最適な収穫のタイミングを決めています」
「なので、私たちがこの畑を守っているのです」
トウモロコシの少女に続き、豆の少女とカボチャの少女が、そう説明した。
不思議だが、この少女たちのおかげで、この村のナヴィ族は美味しい作物にありつけるわけか。
「長老様、お呼びですか?」
「この友人たちは、とても美味しいポムパンと、その作り方を教えてくれた。私たちからも、お礼をしなくてはならない」
「かしこまりました」
トウモロコシのアクセサリーを下げた少女が一礼し、他の2人と立ち去っていった。
そしてすぐに、3人の少女は何かを持って戻ってきた。
乾燥トウモロコシが入った袋。
乾燥豆が入った袋。
乾燥カボチャの種が入った袋。
その3つの袋を、少女たちはオレとライラに差し出した。
「これは、私たちからのお礼の気持ちです」
「この畑で採れた作物から、取り除いた種です」
「故郷でも、この3つの作物を育ててもらえると、嬉しいです」
こんな小さな少女を相手に、差し出されたものを断ることなど、オレたちにはできなかった。
少女たちから、種が入った3つの袋を、オレたちは受け取った。
「ありがとう!」
ライラが、1人ずつ少女たちの頭を順番に撫でていった。
撫でられた少女たちは、目を丸くしてから、パッと顔を紅くして喜ぶ。ライラから撫でられたことが、いたく気に入ったみたいだ。
まるでライラが、少女たちの姉に見えてくる。
「わたしも、これがすごく欲しかったの! 故郷に帰ったら、絶対に育てるからね!」
ライラがそう云うと、少女たちは満面の笑みになる。
「きっと、美味しい作物ができるはずです」
「ライラさんのポムパンも、とっても美味しいものでした。私たちの種から育った作物を使うと、きっともっと美味しくなるはずです!」
「これらの種から育った作物は、私たち3人の分身です。是非、故郷の皆さんで食べてくださいね」
少女たちはそう云い、オレとライラは頷いた。
畑を離れ、オレたちは長老とティオと共に、ナヴィ族の村へと向かっていた。
「本当にこんなに貰っちゃって、悪い気がします」
「いやいや、それはもう君たちのものだ」
ライラの言葉に、ティオが3つの袋を見て告げる。
「あの三姉妹から種を分けてもらえることは、ナヴィ族でも滅多にないことなんだ。君たちはすごく気に入ってもらえたらしい。あんなに美味しいポムパンを、作ってくれたからかもしれないな」
ティオがそう云い、ライラは嬉しそうな笑顔を見せる。
オレもライラが褒められて、嬉しくなった。
とても平和なひと時が、そこには確かに存在していた。
しかし、それは長くは続かなかった。
ドゴォン!!!!
突如として、シャイアンの方角で爆発が起こった。
「なっ、なんじゃ!? 今の爆発音は!?」
長老が驚いて叫ぶ。
「ビートくん……」
「うん、嫌な予感がする」
オレはそっと、ガンベルトのソードオフに、手を添えた。
「とっ、とにかく村へ戻るのじゃ! 何か分かるかもしれん!!」
「長老、急ぎましょう!」
ティオがそう云い、オレとライラも頷いた。
一体、何が起こったんだ!?
オレたちは急いで、ナヴィ族の村へと向かっていった。
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