第9話 ゴーストタウン
オレは列車が止まったのを、たまたま出ていたデッキで感じ取った。
次の停車駅はペジテのはずだ。
そこまではノンストップで走るはずなのに。
「どこで停まったんだ……?」
オレは開いた乗降口から身を乗り出して、駅名を確認する。
駅名表示板に記されていた駅名は、ディンだった。
ドンロ領の隣にあるコットス領のダボ地方にあるディン。
この駅に停車するなんて、聞いていない。
一体、どんな駅なのだろう?
気になったオレは乗降口から降りて、ホームをうろつく。
夜中に近い時間だからか、駅構内には駅員や乗客の姿は見えない。
ここはどんな街なのだろう?
少なくとも、治安くらいはある程度知っておいた方がよさそうだ。
オレは静まり返った夜の街に繰り出すため、ソードオフを取り出した。ショットシェルが装填済みであることを確認し、オレはホルスターに戻す。
よし、行こう。
駅を出て、メインストリートに立つと同時に、オレは言葉を失った。
「これは……!?」
目の前にあったのは、ゴーストタウンだった。
穴が開いた壁に、割れた窓。外れて倒れたドアに、放置された馬車。そしてあちこちに転がるゴミと、静まり返った空気。
人の姿など、どこにも見えない。
絵にかいたようなゴーストタウンが、そこには広がっていた。
しかし、オレが気になるのはディンがゴーストタウンだからということではない。
気になるのは、アークティク・ターン号がなぜゴーストタウンの駅に停車したのか、ということだ。
ゴーストタウンの駅を通過することは、珍しくない。
戦争、天災など様々な要因で、駅のある町がゴーストタウンになることはある。ゴーストタウンになった町の駅は、停車せずに通過する。流れ着いた犯罪者が根城にすることもあり、治安が保証されないためだ。
例外としては、列車に緊急事態が発生した場合に臨時停車することがある。しかし、アークティク・ターン号に緊急事態が発生したのなら、あんなに静かに停車することはあり得ない。
だが停車したのなら、一見するとただのゴーストタウンだが、このディンには何かあるのかもしれない。
まずはその理由を、調べてみてもいいかもしれない。
さて、どこから調べようか……。
オレが進もうとしたときだった。
「ビートくん!!」
ライラが、駅の中から駆けてきた。
「ライラ、個室にいたはずじゃ……!?」
「ビートくんが戻ってこないから、匂いを追いかけたの」
ライラの言葉に、オレは舌を巻いた。
オレがたとえどこかに捕らえられても、ライラなら見つけ出すだろうな。
「それにしても、このゴーストタウンは……?」
「コットス領のダボ地方ディンだ。アークティク・ターン号が停まったから、不思議に思って出てみたら、ゴーストタウンだったんだ……」
オレはチラリと、停車しているアークティク・ターン号を確認する。
動き出す様子はない。しばらくは停車しているだろう。
「ライラ、念のためにアークティク・ターン号で待機してて」
「えっ、どうして!?」
「ゴーストタウンなんて、何が起きるか全くわからない。ライラは万が一に備えて、残ってほしい。オレが2時間立っても戻ってこなかったら、その時は――」
「ビートくん!!」
ライラがオレの声を遮って、叫んだ。
「ビートくん、忘れたの? わたしはいつでも、ビートくんのそばに居たいの! 何があってもどこであっても、わたしはビートくんと一緒!」
「ライラ……」
やっぱり、ライラはブレないな。
オレはテコでも動きそうにないライラに、折れた。
「わかった。ライラ、オレのそばから離れないでね」
「うん!」
オレはライラと共に、ゴーストタウンに繰り出した。
常に武器を手にしながら、オレたちはゴーストタウンを進んでいく。
時折、建物の中も見回したが、人の姿は見えない。
一見すると、人は誰もいないようにしか見えない。
しかし、決して油断はできなかった。
息をひそめていて、どこからか狙っている強盗がいても全くおかしくない。物陰から襲ってくることだって、十分考えられる。オレがやられたら、ライラが危険にさらされる。それだけは、なんとしても避けたかった。
すると、ライラが立ち止まった。
「ビートくん、変な臭いがするの」
ライラが鼻をすんすんと鳴らし、臭いを嗅いで云った。
「なんだって!? どんな臭い!?」
「血の臭いよ。それも、たくさんの獣人族の血を浴びてきたような、すごく嫌な臭い。……どんどん濃くなってる。こっちに近づいてくるみたい!!」
ライラがそう云った直後。
オレの耳が、足音を捕らえた。
それも1人や2人ではない。最低でも10人以上はいそうな足音だ。
ひとまず、隠れたほうが良さそうだ。
オレは辺りを見回し、身を隠せそうな場所を探した。
その時、2階建ての建物が目に飛び込んできた。
酒場だった。
「ライラ、あの酒場に隠れよう!」
「うん!」
オレたちは酒場に駆け込んだ。スイングドアを開け、銃口を中に向けて誰もいないか確認する。誰もいないことが分かると、そのまま2階に駆け上がった。酒場の上にある部屋に入ると、そこは宿泊施設になっていて、ベッドと机が置かれていた。
オレとライラは窓の側に立ち、通りの様子を伺う。
しばらくして現れたのは、狩狼官だった。
狩狼官とは、かつて獣人族が人族から迫害を受けていた時代に、狼系の獣人を専門に狙って逮捕と処刑を行っていた役人だ。獣人族が迫害されなくなると、時代の流れと共に消えていった存在だ。今でも制度として狩狼官を定めている場所はある。しかしその仕事は、ほぼ騎士と同じと云ってもいい。
だが、オレたちの目の前に現れた狩狼官は、旧式ライフルや捕縛用の縄を手にしている。
「狼系の獣人がいることに、間違いはないな?」
「間違いない。この街に来ていることは、確かだ。それも白銀の髪を持つ珍しい獣人族らしい」
「よし、見つけ次第逮捕若しくは処刑だ」
狩狼官の会話は、オレたちのいる場所まで聞こえてきた。その内容は明らかに、獣人族迫害の時代に存在していた、狩狼官の会話そのものだった。
そして対象は間違いなく、ライラだ。白銀の髪を持つ珍しい獣人族といえば、銀狼族に間違いない。
アークティク・ターン号には様々な獣人族が乗り込んでいるが、銀狼族はライラしかいない。
オレは目を凝らして、狩狼官の人数を確認しようとした。
月明かりが少なくて正確な人数は分からないが、10人以上いることは確かだ。
もちろん、何人いたとしても、オレは戦う。
ライラを渡したりなんかするものか!
「ビートくん!」
すると、ライラがどこからか旧式ライフルと弾丸を持ってきた。
ライラはオレに、2挺ある旧式ライフルのうち1挺を、手渡してくれた。
「でかしたぞ、ライラ!」
「えへへ、後でいっぱい撫でてね!」
「あぁ。あの狩狼官を倒してアークティク・ターン号に戻ったら、ライラが眠るまで撫でるよ」
オレはそう云うと、旧式ライフルに弾丸を込めていく。銀狼族の村で、シャインさんから旧式ライフルの扱い方を学んでおいて、本当に良かった。おかげでこうして、狩狼官と戦える。
旧式ライフルに装填できる、最大数の弾丸を込めると、オレとライラは再び窓の横に立った。もちろん手に取れるところには、旧式ライフルの弾丸を箱ごと置いてある。
これで、戦闘準備は整った。
「情報によると、獣人族と共に行動している人族がいるようだが、どうする?」
「抵抗するようなら、そいつも逮捕するか殺害だ」
おう、殺せるものなら、殺してみせろ。
ノワールグラード決戦を生き抜いたオレには、もう怖いものなんか無いんだ。
オレは心の中で狩狼官たちにそう告げると、ライラと視線を合わせた。
「ライラ、準備はいい?」
「うん、いつでもいいよ」
ライラが頷くと、オレは微笑んだ。
「よし……全員、やっつけるぞ!」
オレたちは旧式ライフルで窓ガラスを割ると、狩狼官に銃口を向け、引き金を引いた。
「うわあっ!?」
「襲撃だっ、襲撃ーっ!」
「物陰に身を隠せっ! 急げっ!!」
オレとライラから弾丸の雨を浴びた狩狼官たちは、慌てふためく。
急いで物陰に隠れようとするが、何人かは弾丸を食らい、倒れていく。
運良く弾丸から逃れた狩狼官たちは、すぐに旧式ライフルで反撃を開始した。
弾丸が飛んでくると、オレとライラは窓の死角に身を隠し、そこで旧式ライフルにリロードしていく。旧式ライフルは新式ライフルに比べて素早い連射ができるが、その分弾丸の消費も早い。
同時にリロードすることにならないよう、オレとライラはタイミングをずらし、射撃とリロードを行っていく。
「ライラ、大丈夫!?」
弾丸が部屋に飛び込んでくる中、オレが叫ぶ。
「わたしは大丈夫よ。ビートくんは?」
「こっちも今のところは、大丈夫!」
すると、ライラの耳がピクピクと動いた。
ライラは窓から、部屋のドアへと視線を向ける。
「ビートくん、中に入り込んできたみたい!」
「わかった。表はオレが引き付ける。ライラはオレの後ろをお願い!」
「任せて!!」
ライラはオレの背後に回ると、ドアの方に銃口を向ける。
そしてドアが開いた瞬間に、立て続けに発砲した。
「ぎゃあっ!」
「ぐあっ!?」
断末魔の悲鳴が聞こえ、人が倒れていく音がする。
狩狼官たちめ、オレたちを狙ったのが、そもそもの間違いだとそろそろ気づいたほうがいい。
幼少期から共に育ってきた幼馴染みで、今では固い絆を結んだ夫婦となったオレとライラに、死角などない!
オレはリロードを終えた旧式ライフルのレバーを動かし、再び窓から銃口を通りに向け、発砲した。
月明かりの下で、狩狼官が次々に倒れていくのが、かすかに見えた。
少しずつ銃声が減り、オレの後ろにいるライラは、旧式ライフルからリボルバーに持ち替えていた。ライラが持っていた旧式ライフルの弾丸は無くなり、オレの手持ちも残り少なくなっていた。
「ビートくん、こっちはもういないみたい。表は?」
「表も、あと1人だ。だけど、ここまで生き残るだけあって、しぶといな」
オレはリロードを終えた旧式ライフルを手に、通りの様子を伺う。
「全く姿が見えない。一体、どこにいるのか……?」
月明かりの下で、オレは残っている狩狼官を探した。
通りに倒れているのは、もう死んでいるのか、ピクリとも動かない。
そのとき向かいの建物の屋根が、灯りが灯されたように明るくなった。
まるでランプに火が灯されたように、その場所だけが炎の灯りを発する。
「そこか!」
あそこに間違いない!
オレは銃口を向け、人影が出たら引き金を引けるよう、指に力を入れる。いつ襲ってくるのか分からず、オレの額に冷や汗が浮かんでは、流れていった。
その時間が、とても長く感じられた。
すると、男が何か燃えるものを手にして立ち上がった。
月明かりと炎の灯りから、すぐに狩狼官だと分かった。
「来た!!」
オレは迷うことなく、引き金を引いた。
ダァン!!
銃声が鳴り響き、狩狼官の動きが止まる。命中したとみて、間違いないだろう。
後はこのまま、崩れ落ちるだけだな。
これまでに倒した狩狼官の様子から、オレはそう信じて疑わなかった。
だがすぐに、それが誤りであったことを知ることとなる。
「ぐおおおおっ!」
狩狼官が叫び、こちらに燃えるものを投げてから、絶命した。
そして燃えながら飛んでくるものが、火炎瓶だと気づいたのは、その直後だった。
「しまった!!」
オレが叫んだ直後。
オレたちが身を潜めていた酒場に、火炎瓶が直撃した。割れた火炎瓶からは炎が広がり、あっという間に酒場全体を炎が包み込んでいく。酒場が木造かつ、ゴーストタウンで木が乾いてしまっていたためか、すぐに脱出口が塞がれてしまった。
「くそっ、ここまでかっ!!」
オレは旧式ライフルを捨て、ライラに駆け寄る。
「ビートくん!!」
ライラもリボルバーを手放し、オレに駆け寄った。
すぐそこまで、火が迫ってきている。もう逃げ場所は無い。
「ライラ、ごめんよ……こんなところで、最後を迎えることになって」
「ビートくん、いいの。わたしはビートくんと一緒なら、地獄だって怖くは無いよ……」
すぐ近くに燃えた柱が落ちてきて、バリバリという建物が崩れ落ちる音が聞こえてくる。
いよいよ、これで最後だ。
「ライラ!」
「ビートくん!」
オレはライラと抱き合う。
その直後、酒場が崩れ落ちていった。
「うわあっ!?」
オレは叫んで、辺りを見回す。
そこは燃える酒場などではなく、オレたちが過ごしているアークティク・ターン号の2等車の個室だった。
隣を見ると、ライラが眠っている。
枕元に置いた懐中時計を探して、手に取る。
時刻は夜明け頃を指し示していた。
今さっきまでのは……夢?
「……夢、かぁ」
オレはそっとため息をついた。
夢で良かった。オレもライラも、狩狼官に狙われたわけでもないし、燃え盛る酒場で命を落としたわけでもない。
安堵していると、ライラが目を覚ました。
「ビートくん……?」
「ライラ。ごめん、起こしちゃった?」
「ビートくんが目を覚ましたことくらい、すぐに分かるわよ」
ライラはそう云って、起き上がった。
「冷や汗をかいているみたいだけど、怖い夢でも見たの?」
「恐ろしい夢を見たよ……」
オレはライラに、夢の内容を話した。
ゴーストタウンでの狩狼官との銃撃戦。
そして火炎瓶で火を放たれ、ライラと向かえた最後……。
心底夢で良かったと、思える内容だ。
「そうだったの。怖い夢ね……」
「夢で良かったよ。まだまだ、オレたちは死ぬには早すぎる歳だ」
「でも、わたしはビートくんと一緒なら、どこで最後を迎えたとしても悔いは無いよ」
ライラはそう云うと、オレに抱き着く。
「ビートくん、もうちょっとだけ寝ようよ」
「いいけど、今から寝たら昼頃に起きちゃうよ?」
「何も予定は無いでしょ? だから、次の駅に着くまでゆっくりしようよ!」
「わあっ!?」
オレはライラの手によって、ベッドへと押し倒された。
オレとライラが再び目を覚ましたのは、昼前になった。
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