第89話 ナヴィ族の青年
「いてて……」
ララミーを出発したバーン・スワロー号の個室で、オレはライラから手当てを受けていた。
ライラはドレスを汚さないよう、メイド服に着替えて、オレの傷に消毒液を塗り付けていく。その消毒液がしみて、オレは痛みを感じていた。
「痛い! しみる……!」
「ビートくん、もうちょっと我慢してね!」
ライラはオレにそう云って、包帯を巻きつけていく。わずかとはいえ、ライラが救急セットを持っていて、本当に助かった。
「いてて……あいつら、人をサンドバッグのように扱ってくれたな……!」
「……できたわ! ビートくん、もう大丈夫よ」
ライラがそう云って、オレは立ち上がって自分の身体を見た。
あちこちに包帯がまかれていて、半ばミイラ男のようになっている。とりあえず派手に出血しているところはないから、完治するまではこのままで大丈夫だ。少し動きにくくなってしまったが、しばらくはあんな出来事に遭遇しないように注意しよう。
服を着たオレは、ライラに頭を下げた。
「ありがとう、ライラ」
「ううん、お礼を云うのは、わたしの方よ」
お礼を云うと、ライラがそう云った。
「ビートくんは、わたしを助けるために身体を張ってくれたんだから。ビートくん、わたしのために、ありがとう」
「そりゃあ、当然のことをしたまでだよ。大切な最愛の女性をさらわれて、黙っている男はいないさ。でもまさか、ライラのことを飼いならした奴隷だとみなしてきたのには、驚いたよ」
「わたしも、ビックリしたわ。わたしのことを、洗脳されていると決めつけてきたのよ! わたしの洗脳を解くなんてことまで云ってきて、どこまでもビートくんのことを否定してきたの!」
「でも、ライラに何事も無くて本当に良かったよ」
オレがそう云うと、ライラがオレの身体にできた傷を、包帯の上からそっと撫でてくる。
痛みを感じることは無いが、少しくすぐったい。
「ビートくん、わたしにできることなら、何でも遠慮しないで云ってね? わたし、どんなことでもするから!」
「本当!?」
「もちろんよ。だって、わたしのために戦ってくれたんだから!」
「それじゃあ……」
オレがライラにお願いすることといえば、1つしかない。
遠慮しなくていいのなら、もうこれを選ぶ以外のことを、オレは考えていなかった。
「尻尾をモフらせて!」
「うん、わかっ――また尻尾!?」
ライラが驚くが、オレはライラの尻尾を手に取った。
腕は痛みを訴えてくるが、そんなの関係ない。ライラの尻尾が触れるのなら、多少の痛みなど問題にならない!
「ひゃんっ!」
ライラが短く叫ぶが、オレの手を振り払おうとはしない。
オレは大胆かつ慎重に、ライラの尻尾を触って楽しむ。
「あっ……ビートくん……んうっ!」
「ふはぁ……モフモフだぁ……!」
「んあ……気持ちい……あっ!」
ライラが時折声を上げながら、オレに尻尾を差し出してくれる。
オレはライラに感謝しつつ、尻尾のモフモフを堪能した。
その夜、オレは眠くなるまでライラの尻尾を堪能した。
翌日、オレたちを乗せたバーン・スワロー号は、シャイアンに到着した。
シャイアンは、ララミーからひと駅離れた場所にある町だ。
そしてここはララミーと違い、近くにナヴィ族という種族の人々が暮らしている。ナヴィ族は、西大陸で暮らす少数民族だ。かつてオレたちも、アークティク・ターン号に乗っていた頃に、荒野牛のジャーキーを貰ったことがある。そのため、オレたちにとってナヴィ族への印象は良い。
そしてシャイアンは、開拓地のオアシスと表現するにふさわしい、緑あふれる場所だ。地下水が湧き水となって地上に出てきているため、水には困らない。フルーツの栽培も行われていて、ララミーが砦だったころは兵士たちの食料を供給していたこともある。不足しやすい野菜やフルーツを作っていることから、兵士たちからはありがたがられたという。
24時間の停車となり、オレとライラは町に出ることにした。
「ビートくん、本当に大丈夫?」
ライラが、身体中に包帯を巻いたオレを見て、心配そうに云う。
「大丈夫。まだ痛みは残っているけど、せっかく12時間も停車するんだから、シャイアンを見て行こうよ!」
オレは、シャイアンを見て回る気でいた。長い停車時間をずっと個室で過ごすのは退屈だし、もしもオレがそうしたら、ライラまで同じように過ごしてしまう。病気になったのならまだしも、これくらいのケガで動けなくなるほど、オレはヤワな男ではない。
それにずっと個室にいると、外に出られないライラが気の毒だ。
「ビートくんがそう云うなら、行くわ!」
ライラがベッドから立ち上がり、オレたちは列車からホームへと降り立った。
シャイアンは、開拓地の町とは思えないほど、美しかった。
建物は白で統一され、土肌の道はどこにもなく、全て白いレンガで舗装されていた。太陽の光を反射して眩しく感じられるかと思いきや、意外とそうでもなかった。何か特殊な塗装がされているのだろうか?
「きれいな町ね!」
「あぁ。とても開拓地とは思えないきれいさだ……!」
どうして1つ隣のララミーと、このシャイアンはこんなにも違うのだろう?
道行く人々も、人族も獣人族もいて、治安は安定している。
ララミーで降りたりしなければ、良かったなぁ。
「ライラ、ここも交易の拠点らしいよ」
「そうなの? 交易の重要拠点は、前のララミーじゃなかったの?」
「かつてはそうだったんだけど、ここシャイアンはララミーに食料を供給していたんだ。だから、ララミーよりも多くの交易品が集まってくる場所なんだよ。もしかしたら、何かいいものが見つかるかもしれない」
「じゃあ、ビートくんの傷をすぐに治してくれる薬とかも、あるかしら!?」
ライラがそう問うが、オレはそっと首を横に振った。
「あればいいけど、そんな都合の良いものは無いと思うな……」
オレの答えに、ライラはガッカリして耳と尻尾が垂れ下がった。
ライラの気持ちは嬉しい。だけど、そんな便利なものがあったら、大ヒット商品になっているはずだ。王侯貴族はもちろんのこと、オレたちのような庶民まで大金をはたいてでも欲しがるに違いない。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
突然、オレたちの前で声がする。
声がした方を見ると、そこでは交易会が行われていた。
「色々と揃っているよ! さぁさぁ、どなたも大歓迎だよー!」
「ビートくん、行ってみようよ!!」
「うん、面白そうだな。行こうか!」
オレはライラと共に、交易会に行ってみることにした。
交易会の会場では、あちこちに馬車が停まっていて、そこで行商人たちが商売を行っていた。
売られているものは、水が豊富なシャイアンだけあって、果物や野菜が多い。開拓地では、ただでさえ不足しやすいものだ。高値であっても、飛ぶように売れていく。
「ビートくんの傷を治してくれる薬は、ないかしら……?」
「ライラ、その気持ちだけで嬉しいよ」
オレはライラの頭を撫でそうになったが、手を引っ込めた。
また傷口が痛みを訴えた。それに、人前でライラを撫でるのは、ちょっと恥ずかしい。
「よぉ、そこの人族の兄ちゃんと獣人族の姉ちゃん!」
突然、オレたちは1人の青年から声をかけられた。
青年は浅黒い肌をしていて、つばの広い麦わら帽子を被っていた。首からは羽のついた首飾りを下げていて、革製の衣服に身を包んでいる。背中には旧式ライフルも背負っていた。マウンテンマンのようだが、マウンテンマンは麦わら帽子を被ったりはしない。
青年は、ナヴィ族だった。
「傷薬を探しているんだって?」
「そ、そうです!」
青年からの問いに、ライラが答えた。
「いい傷薬を売っている場所を、ご存じないですか!?」
「あぁ、知っているとも。いい傷薬を売っている場所は、ここさ!」
青年はそう云って、自分の行商スペースを指し示した。
そこにはトウモロコシや豆といった食料、アクセサリーなどが並んでいた。
「俺はナヴィ族のティオだ」
「僕は、ビートです」
「わたしは、ライラです! ビートくんの奥さんです!」
オレとライラがティオと名乗った青年に名乗ると、ティオは頷く。
「ようし、ビートにライラ。こっちへ来てくれ!」
ティオが自分の行商スペースに入ると、袋からいくつかの壺を取り出した。
陶器製の壺を開けて、中身を見せてくれる。壺の中には、白い軟膏のようなものが入っていた。
「これはナヴィ族に伝わる傷薬さ。効果は折り紙付きで、小さな傷から大きな傷まで、まるで魔法のように治ってしまうんだ。それも、つけてからすぐに効果が出る」
「ほ、本当ですか?」
オレはちょっと、信じられなかった。
傷薬とはいっても、その効果が出るには1日や2日と時間が掛かる。つけてすぐに治ってしまう傷薬など、聞いたことが無い。誇張しているのではないだろうか?
「疑うのも無理はない。だから、ちょっと試して効果を確認してみないか?」
ティオはそう云って、オレの前に傷薬を差し出した。
「百聞は一見に如かず、だぜ? もちろん、買うかどうかを決めるのは、効果を確かめてからでいい」
「そ、それでは……」
オレは少量を指につけると、片腕に巻かれた包帯を外した。
まだ傷口は、完全に閉じていない。それどころか、血が滲んでいて、痛々しい様相を呈している。
本当にこんな傷が、すぐに治るのだろうか?
「こりゃ相当だな……。傷口をなぞるように、そっとつけてみてくれ」
「はい」
ティオから云われた通りに、オレは傷薬を傷口に塗り付けていった。
「……!?」
効果は、なんとすぐに現れた。
先ほどまで広がっていた傷口が、どんどん閉じていく。それも1秒ごとに1センチずつ、まるで縫われるように閉じていった。
あっという間に、オレの片腕の傷は無くなり、元の腕に戻っていく。
オレは驚いた。
まるで、魔法だ。
こんなすぐに効果が現れる傷薬が、この世に存在していたなんて!
そして驚いているのは、ライラも同じだった。
目を真ん丸にして、オレの腕の傷口が閉じていくのを、見ている。
「どうだい? ナヴィ族に伝わる傷薬の効果は?」
「す、すごいです! 予想以上でした!」
オレはすぐに、財布を取り出した。
「この傷薬、売ってください! いくらですか!?」
「まいどありっ!」
オレたちは傷薬を、6つほど購入した。
少し高かったが、それでも良心的な値段だった。それに高くても、この傷薬の効果はそれに見合うものに、間違いなかった。
「ティオさん、ありがとうございます!」
ライラは頭を下げて、小包を差し出した。
「これは……?」
「わたしが作ったポムパンです。わたしからの、お礼です!」
「お礼なら、代金として頂いたよ」
ティオはそう云って、オレたちが渡した銀貨と金貨を手のひらで転がした。金貨と銀貨が、ジャラジャラと音を立てる。
「たとえそうだとしても、受け取ってほしいんです!」
ライラの答えに、ティオは目を丸くした。
「わたしにとって、ビートくんを助けてくれることは、わたしを助けてくれることと同じなんです! そんなビートくんを助けてくれたのですから、おカネ以外でもお礼をしたいんです! どうか、受け取ってくれませんか!?」
「そ……そこまで云うなら……」
ティオは若干引きつつも、ライラから小包を受け取った。
小包を開けると、中から3本のポムパンが出てきた。
「1本、味見してみてもいいかな?」
「どうぞ!」
「では、いただきます!」
ライラの言葉に、ティオは一礼してから、ポムパンを手に取ってかじった。
「!」
ティオの表情が明るくなり、夢中になってポムパンにかじりついた。
とても幸せそうな表情で、ティオはポムパンを食べていく。食べている間、ティオはオレたちのことも忘れて、ただひたすらポムパンを食べ進めた。
食べ終えると、ティオは残ったポムパンを、包んだ。
「ありがとう、とっても美味しいポムパンだったよ!」
すると、ティオは立ち上がった。
「良かったら、俺の村に来てみないか?」
「えっ、でも行商はいいんですか!?」
オレが尋ねると、ティオはウインクした。
「そろそろ、交代の時間なんだ。……おっ、来たな!」
「ティオ、待たせたな!!」
すると、ティオと同じくらいのナヴィ族の青年がやってきて、ティオに声をかけた。
「おう、待ちくたびれたぜ!」
「悪い悪い! さぁ、ここからは任せておくれ!」
「あぁ、頼んだぞ!」
ティオは、やってきたナヴィ族の青年と、場所を入れ替えた。
先ほどまでティオが座っていた場所に、ナヴィ族の青年が腰掛ける。
「さ、これでもう大丈夫だ。それでどうする?」
「それじゃあ、お願いします!」
オレがそう云うと、ティオは頷いた。
「わかった。それじゃあ、ついてきてくれ!」
ティオが歩き出し、オレとライラは手をつないで、ティオの後に続いた。
こうしてオレたちは、生まれて初めてナヴィ族の村に足を踏み入れることとなった。
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