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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第7章 開拓地横断旅行
87/140

第87話 ゴールドラッシュで大儲け!?

 パァン!

 パァン!


 オレが目を覚ましたのは、蒸気機関車の汽笛の音……ではなかった。


「ん……あれは花火か」


 銃声ではないことで安心し、オレはゆっくりと起き上がった。

 何度も銃声を耳にして、弾丸の中を生き延びてきたためか、オレはいつしか銃声とそうじゃない音を聴き分けられるようになっていた。


 どうやら、いつの間にか列車は停まっているらしい。

 そして花火の音がしたということは、駅に到着したとみて間違いなさそうだ。荒野のど真ん中に停車しておいて、そこで花火を打ち上げるような奴はいない。


「ビートくぅん……」


 ライラがオレの名を呼び、起き上がった。

 インナーワンピースの肩ひもが、片方だけ落ちていた。ライラはすぐにそれに気づくと、落ちた肩ひもを元の位置まで戻した。


「さっきの音は……?」

「花火らしい。銃声ではないよ」


 オレがそう云った直後。またしても2回ほど、花火の音が聞こえてきた。

 ライラが狼耳をピクピクと動かし、目を輝かせた。どうやら、オレには聞こえなかった音を、ライラの耳はキャッチしたらしい。


「ビートくん! これはきっとカーニバルよ!!」

「そうなの?」

「間違いないわ! とても楽しそうな人たちの声と、楽器の音が聞こえてくるわ!」


 オレは耳を澄ませてみた。

 楽器の音は微かに聞こえてきたが、人の声は聞こえない。


 すると、ライラはベッドから抜け出した。


「ビートくん、すぐに着替えて出かけようよ! きっと、いいことがあるから!」

「わかった。それじゃあ着替えて、朝食を食べてから出かけるか」


 オレはライラの提案に、頷いた。

 カーニバルが行われているのなら、出かけない手はない。その中にいるだけでも、楽しいことは間違いないのだから。


 服を着替えてから、オレたちは列車から降りた。




 バーン・スワロー号は、開拓地の町、トゥームストーンに到着していた。

 駅員に停車時間を確認すると、開拓地としては長めの12時間停車すると教えてくれた。カーニバルを楽しむには、十分すぎる時間だ。


 カーニバルは、駅前にある広場で行われていた。開拓地らしく、カーニバルに来ている人は男が圧倒的に多い。女性もいないわけではないが、男に比べると数は少なかった。

 屋台があちこちに出ていて、そこでは開拓地では珍しい新鮮な果物や野菜、様々な料理が売られていた。食べ物の屋台だけではなく、ダーツや射撃などのゲームも行われている。道化師による手品や、大道芸人が大道芸を披露している。見世物小屋まであり、醜悪なものや奇抜なものが見世物として注目を集めている。


 オレたちはそんな中を、歩いていく。

 すると、どこからか美味しそうな匂いが漂ってきた。


「ビートくん、なんだかいい匂いが……」

「そうだな。そういえば、まだ朝食を食べていなかったな」


 オレはその時になって、お腹の中が空っぽになっていることに気づいた。

 ここで何か、買い食いしていくのも悪くない。カーニバルでの買い食いは、お腹も満たせてカーニバルも楽しめる、大きな娯楽だ。


「あそこから、匂ってくる!!」


 ライラが指し示した先には、ソーセージとジャガイモを売っている屋台があった。

 ソーセージと切り分けられたジャガイモが、じっくりと焼かれて串に刺して、売られている。お腹を満たすには、2~3本も食べれば腹いっぱいになりそうだ。

 朝から食べるには、少し重そうなものだが、串にさしてあるのはありがたい。


「あれを朝食代わりにしようか」

「うん!」


 ライラが頷くと、オレはそれを4本購入した。


「はいよ! お待ちどうさま!」


 店主が、オレたちに串を4本渡してくれ、オレは2本をライラに手渡した。

 歩きながら、オレとライラはその串を朝食代わりに食べていく。

 食べ終えると、串は設置されたゴミ箱に投げ入れた。




 カーニバルの中を進んでいくと、拳銃の銃声が聞こえてきた。


 事件かと思って一瞬緊張したが、銃声がした場所では、射撃大会が開かれていた。

 そこでは拳銃を手にした人たちが、的に向かって拳銃を撃っている。事件ではなく、カーニバルのイベントであることを知ったオレたちは、心底安心した。

 カーニバルにまで来て、事件に巻き込まれたのでは、たまったものではない。


「さぁさぁ、次の挑戦者はどなたかな!?」


 黒いシルクハットに燕尾服の太った男性が、声を上げた。

 どうやら、射撃大会の主催者のようだ。


「賞金は大金貨10枚! しかし失敗したら、1発の弾丸につき金貨1枚を納めてもらうよ! 一攫千金のゴールドラッシュ! その夢を掴むのは誰かな!?」


 賞金は大金貨10枚。

 オレは自分の腰に吊り下げている、リボルバーに目を向けた。幸い、弾丸の手持ちには余裕がある。

 もしもこれで、賞金を手にすることができたら……!


「ちょっと、やってみようかな……?」


 賞金の大金貨10枚を手に入れたら、ライラに何か好きなものを奢ってもいいだろう。

 そう思いながら動き出そうとしたが、オレの手が誰かに掴まれた。

 振り返ると、ライラがオレの手をしっかりと掴んでいた。


「ビートくん、射撃大会に挑戦する気でしょ?」

「そうだけど……」

「ビートくん、もう1回よく考えて」


 ライラが真剣な表情で、オレを見据える。

 尻尾はピンと立っていて、動いたりはしていない。それが何を意味しているのか、オレは知っている。


「ビートくん、失敗したら1発の弾丸に金貨1枚なのよ!? 手持ちに余裕があったとしても、お金は大切にしなくちゃダメ!」


 ライラの云うことは、最もだった。

 だけど、オレはどうしても、賞金の大金貨10枚を諦めきれない。指名手配されている犯罪者でも、懸賞金として大金貨10枚以上が懸けられるのは、稀だ。相当な極悪人で指名手配されないと、そういうことは起こらない。だが、目の前にあるのはいくつかの試練をクリアすれば、手に入る大金貨10枚だ。

 これを目の前で逃すのは、あまりにも惜しく感じられた。


 諦めきれないオレは、ライラに提案をしてみることにした。


「ライラ、もしもオレが成功して賞金の大金貨10枚を受け取ったら……ライラにサーロインステーキを奢るっていうのはどう?」

「うっ……!」


 サーロインステーキ。

 その言葉を聞いて、ライラは生唾を飲み下した。きっとライラの頭の中には今、焼きたての美味しそうなサーロインステーキが浮かんでいるのだろう。

 サーロインステーキは、ライラの大好物だ。グリルチキンとサーロインステーキを並べると、ライラはサーロインステーキを選ぶ。グレーザー孤児院では、グリルチキンとは違って、まず食べられなかったものだ。だから今でも、ライラのサーロインステーキに対する思いは、かなり強い。


「焼きたてのサーロインステーキなんて、ここ最近食べていなかったよね? オレも久々に食べたいと思っていたんだ。音を立てて滴る肉汁と、肉厚なお肉。そこにステーキソースをかけてから切り分けて、口いっぱいに頬張るんだ。もちろん、ライラと一緒にね。ライラと一緒に食べるサーロインステーキは、本当に格別なものだとオレは思っているんだ」

「うう……!!」


 オレがそう話すと、ライラの口元から唾液が流れ始め、尻尾が左右に振られる。

 もうこれは、ほぼ決まったと云ってもいいな。


「……オレ、ライラとサーロインステーキが食べたいんだ」


 これが、オレの最後のひと押しだ。

 そう思いながら云うと、ライラは口元を拭った。


「わ……わかったわ! じゃあ、1回だけね!!」


 ライラが頷くと、オレはすぐに射撃大会に立候補した。




 最初に射撃大会の主催者から、オレはルールについて説明を受けた。

 使う銃は、拳銃のみ。弾丸は手持ちのものを使っても、主催者が用意したものを使っても良い。試練は3つあり、試練全てに成功したら、大金貨10枚の賞金だけでなく、弾丸の代金である金貨1枚もチャラになる。失敗したら1発の弾丸につき、金貨1枚を主催者に支払う。


 全てのルールを確認したオレは、リボルバーを手にした。


「ようし、では最初の試練だ!」


 主催者は、会場の奥にある、6つの空き缶を指し示した。

 距離としては、5メートルといったところだろうか。


「あの空き缶全てを、撃ち抜く! 成功したら、次の試練に進めるぞ! それでは、準備はいいかね?」

「はい。いつでも大丈夫です」


 主催者が訊き、オレは頷く。

 主催者が横にずれると、オレは正面に誰も居ないことを確認して、リボルバーを構えた。


 慎重に狙いを定め、オレは撃鉄を下ろし、引き金を引いた。


 ダァン!!


 銃口から弾丸が飛び出し、空き缶を弾き飛ばす。

 オレは連続してリボルバーを撃ち、次々に空き缶を撃ち抜いていく。最終的には、6つの空き缶全てに弾丸が貫いた証拠である、風穴が空いた。


「わぁ! ビートくんすごーい!!」


 後ろで見ていたライラが云い、あちこちから拍手も沸き起こった。

 これまで挑戦してきた人の中でも、全ての空き缶に弾丸を撃ち込んだ人は、ほんのわずからしい。ギャラリーの人たちの話を聞き流して、それが分かった。


「やるねぇ……では、次の試練だ!」


 主催者はそう云って、すぐに次の準備を始めた。

 主催者が準備を進める間に、オレはリボルバーの回転式弾倉を交換して、リロードを済ませた。


「それでは、次の試練だ! あれを見よ!」


 主催者に云われて見ると、先ほどまで空き缶が並んでいた場所には、犯罪者の手配書が貼られていた。しかし、犯罪者の手配書はただ貼られているわけではなく、窓枠のようなものの中に貼られていた。そして手配書は回転して出たり消えたりを繰り返している。どうやら仕掛けが施してあるらしく、ランダムに出現したり消えたりするようになっているみたいだ。

 意外と手が込んでいるな……。


「酒場の中に犯罪者が6人いて君を狙っている! 30秒以内に全ての犯罪者の手配書を撃てば、君の勝ちだ! 30秒を過ぎても全員を撃てなかったら、君の負け。やるかね?」

「もちろんです!」


 オレは頷くと、所定の位置に立った。


「ようし、ではいくぞ……スタート!!」


 主催者が叫ぶと、仕掛けが動き出した。

 犯罪者の手配書がいくつも現れてたり、消えたりを繰り返す。


 オレは現れた瞬間を狙い、次から次へとリボルバーを撃った。

 手配書に書かれた犯罪者の額に穴が空いていき、オレは20秒と掛からずに全ての弾丸を撃ち、犯罪者の額に風穴を空けた。

 全ての手配書に風穴が空くと、それを証明するかのように手配書が全て出現したままで動きを止めた。


「おぉ!」

「すごいぞ、あの少年!」

「これまで誰も突破できなかった試練を、たったの20秒で!!」


 歓声と拍手が、ギャラリーから上がった。

 いつしかギャラリーも増えていて、射撃大会の会場の周りは人で埋め尽くされていた。近くにあるはずの他の屋台が見えないどころか、屋台で商売をしている人までもが、見物に来ている。


「ぐぬぬ……」


 予想外の出来事であったらしく、主催者が苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。


「よ……よろしい! それでは、最後の試練だ!」


 主催者はそう云うと、懐から10枚の金貨を取り出した。賞金となる大金貨10枚ではなく、普通の金貨だった。

 あの金貨で、これから何をするというのだろう?


「それでは最後の試練として、この金貨10枚を空に投げ上げるから、それを拳銃で撃ち抜いてもらおう!!」


 主催者が高々と宣言すると、ライラが叫んだ。


「インチキよ! 6発の弾丸で10枚の金貨を撃ち抜くなんて不可能じゃない!!」


 ライラの声に続いて、ギャラリーからも声が上がった。


「そうだ! 卑怯だぞ!」

「そんなに賞金を支払いたくないのか!」

「この腰抜け野郎がー!」


 ギャラリーからの罵倒にも動じず、主催者はフンと鼻で笑った。


「どうだい? やってみるかい? それとも、ここでリタイアするかい?」

「いえ、最後の試練もやります」


 オレがそう答えると、ギャラリーも主催者も、目を丸くした。


「わ……わかった! それでは、最後の試練だ!」


 主催者が宣言し、オレはリボルバーを持ち直した。

 いよいよこの試練をクリアできるかどうかで、大金貨10枚の行方が決まる。もう後には引けないし、そもそも最初から引こうとする考えはない。

 丁と出るか、半と出るか。


「いくぞ……それぇっ!!」


 主催者が叫んで金貨を投げ上げた。

 空高くに舞い上がった金貨が、キラキラと光る。


 オレはリボルバーの銃口を空に向け、引き金を引いた。


 ダァン! ダァン!! ダァン!!! ダァン!!!! ダァン!!!!!


 5回の銃声の後、会場に金貨が落ちてきた。

 銃声を数えていた主催者は、金貨が落ちてくると笑みを見せた。


「フフフフ……さすがにこれは難しかったみたいだな!!」


 主催者は、撃ち終えたオレに嫌味たっぷりに云った。


「金貨は10枚だ。それに対して、銃声は5回。つまり、全ての金貨を撃ち抜くことはできなかったということだ! さぁて、君が撃った弾丸の分、金貨を支払ってもらおうかな」


 ニヤニヤする主催者。ギャラリーからは、主催者に対して射殺すような視線が注がれている。

 だが、オレには確固たる自信があった。

 オレは顔色を変えたりせず、静かに主催者に告げた。


「その前に、金貨を調べてみて下さい」

「えっ……?」


 主催者は驚きと戸惑いに満ちた表情を見せてから、落ちた金貨を1枚ずつ拾い上げていった。

 金貨が1枚増えていくたびに、主催者の額には大粒の冷や汗が浮かんでいく。

 そして最後の1枚を拾い上げて10枚の金貨が揃う頃には、主催者の手はガチガチと震えていた。


「す……全ての金貨に……あ、穴が……空いている!?」


 主催者が声を震わせて云い、オレは確信した。

 これでもう、賞金は全てオレのものだ。そして、ライラに約束通りサーロインステーキを奢れる。


「銃声は5回だった……と、ということは!!」


 どうやら、主催者はその意味に気がついたようだ。


「ま……まさか君は……1発の弾丸で、2枚の金貨を撃ち抜いたのか……!?」


 主催者の問いに頷き、オレはリボルバーをホルスターに戻した。

 それと同時に、主催者は穴の穴いた金貨を落とし、オレの前で帽子を脱いで地面に手をついた。


「……まいった! 賞金の大金貨10枚は、君のものだ……!」


 その言葉に、ギャラリーが湧きたった。


「ビートくん!!」

「わあっ!?」


 ライラが走ってきて、オレに思いっきり抱き着いた。

 オレはライラを受け止め、ブンブンと尻尾を振るライラに微笑む。


「ライラ、やったよ!」

「ビートくん、すごいよ! おめでとう!!」


 すると、ギャラリーで見ていた人々が、次々にオレたちを取り囲んだ。


「すごいよ、君は!」

「あんなすごい射撃の腕前、初めて見たよ!!」

「是非、握手してくれないか!? 君の力に、是非ともあやかりたい!!」


 突然大勢の知らない人から褒めたたえられて、オレは戸惑うが感謝しながらその気持ちを受け止めた。

 握手を求めてきた人には応じ、サインを求めてきた人には、サインにも応じた。


 そして主催者から、オレは賞金の大金貨10枚を受け取った。




「ビートくん、本当にすごいよ!!」


 射撃大会が終わってからカーニバルの中を歩いているときも、ライラはオレを褒めてくれる。


「1発の弾丸で2枚の金貨を撃ち抜くなんて、そんなすごいことができるなんて!」

「強盗と戦う中で、身につけたんだ。弾丸1発が時には2発分の働きをすることに気づいてから、弾丸を節約するためにも、練習してできるようになったんだ。もちろん、ソードオフではできないけどね」

「ビートくん、カッコいい!!」


 ライラから褒められ、オレは体温が高くなっていくのを感じた。

 見知らぬ人から褒められても嬉しいが、ライラから褒められると、もっと嬉しい。そう感じるのは、ライラがオレにとって最愛の女性だからだろうか?


「ありがとう、ライラ」

「わたしもビートくんみたいに、何かすごい力を持っていたらなぁ……」

「いやいや、ライラもオレにはない力を持っているよ」


 オレがそう云うと、ライラは目を丸くした。


「本当!? それって、もしかして師匠から伝授されたこと!?」

「いや、それもある意味正解だけど――」


 ライラからの問いにどう返そうか困っていると、突然叫び声が上がった。


「大変だ! スリが出た!!」

「保安官を呼んでくれ!!」


 オレとライラはその声に、顔を見合わせた。

 スリが出ただって!?


「ビートくん!」

「行ってみよう!」


 オレは頷くと、受け取った大金貨10枚が入った袋を、服の中にしまい込んだ。

 スリがまだ近くに居るかもしれない。せっかく受け取った賞金を、スリに取られたくは無い。


 オレたちは、叫び声が上がった方へと、駆け出した。




 人だかりができている場所に辿り着くと、そこでは1人の貴婦人が泣いていた。その両側には、2人の紳士が立っている。貴婦人が着ているドレスと、2人の紳士が着ている黒いスーツ姿から、オレは貴族か爵位持ちに違いないと判断した。


「あの、スリが出たと聞いたんですが……」

「おや君は……さっき射撃大会で優勝した少年じゃないか」


 白手袋の紳士が、そう云った。

 オレの射撃を、ギャラリーで見ていたようだ。


「実は、財布が盗まれたんだ。だけど、ご婦人も犯人の顔を見ていない上に、手掛かりはたったのこれだけなんだ」


 白手袋の紳士は、緑色のハンカチを差し出した。


「名前などは、書かれていませんか?」

「さすがに無かったよ。毛でもついていれば良かったんだが、それもない。しかも洗いたてのようで、何の臭いもしないんだ。これだけじゃあ、犯人を割り出すのは不可能だな」


 紳士は早くも、諦めモードに入っていた。

 確かに手掛かりがこれだけでは、保安官でも犯人の目星を付けるのは難しいだろう。

 だけど、泣いている貴婦人を見ると、簡単に諦めていいとは思えなかった。


 例えハンカチだけだったとしても、何かしら解決の糸口にはなるはずだ……。


 オレは考えながら、ライラに視線を向けた。

 もしかしたら、ライラに相談したら、いい知恵を貸してくれるかもしれない。


「ねぇ、ライラ――」

「ビートくん、何?」


 オレに向き直ったライラを見て、オレの頭の中に一筋の光が走った。


 そうだ!

 この方法が、あったじゃないか!!


「ライラ! ちょっと力を貸して!」

「ビートくん、どうしたの?」

「実は……」


 オレはライラに、頭の中でひらめいたことを、耳元で話して聞かせる。

 近くにまだスリがいるかもしれないため、用心して内緒話として話した。


「ライラ、できそう?」

「ビートくん、そういうことなら任せて!!」


 ライラが頷き、オレは目を細めた。

 この方法には、ライラの力が必要不可欠だ。


 ライラは、白手袋の紳士に近づいた。


「すみません、さっきのハンカチを、もう一度見せてくれますか?」

「お嬢さん……? いいですが……?」


 紳士が再びハンカチを取り出すと、ライラはハンカチに鼻を近づけて、臭いを嗅いだ。

 何度もハンカチの臭いを嗅ぐライラに、紳士は首をかしげる。


 少しして、ライラはハンカチから顔を上げた。


「臭いは覚えたわ! ビートくん、来て!!」

「合点承知!」


 走り出したライラに続いて、オレも走り出す。

 その様子を、紳士と貴婦人が不思議そうな顔をして見ていた。




「ライラ、こっちから臭いがするの?」

「間違いないわ! どんどん臭いが強くなってるもの!」


 ライラはそう云いながら、駅の方へ向かっていく。

 オレは臭いが分からなかったが、ライラの云うことに間違いは無いと思った。ライラは鼻が利く。それはこれまでに何度も証明されてきたことだ。あの薬草の魔女ラベンダーも、その実力を高く評価していたのだから。さらに銀狼族だから、他の犬系の獣人や、狼系の獣人よりも鼻が利く。


 すると、ライラが立ち止まった。


「ビートくん、あの人!」


 ライラは叫んで、駅の前に立つ1人の紳士を指し示した。

 ソフト帽を目深に被っていて、顔は分からない。


「あの人から、ハンカチの臭いと同じ臭いがする!」

「よしっ!」


 オレはライラと共に、その紳士に声をかけた。


「ちょっと、いいですか?」

「なんだね?」


 紳士が振り向く。

 そのとき、オレは紳士の袖口がおかしいことに気がついた。


 この紳士は、武器を隠し持っている。


「すみません、先ほどこの近くでスリがありまして、何かご存知ですか?」

「あぁ……知っているよ。このオレがそうだ!」


 すると、紳士は袖口から細身のナイフを取り出して、オレに振りかざした。


「わっ!」


 オレはライラを連れ、間一髪のところで避ける。


「どうして分かった!?」

「ハンカチを落としていったでしょ!? そのハンカチから、あなたと同じ臭いがしたのよ!!」


 ライラが指摘すると、紳士はしまったという顔になった。


「そうか……まさかハンカチから足が着くとは、不覚だ。だけど、ここで終わるわけにはいかない!」


 紳士はそう云って、ナイフを構え直した。

 どうやら、ナイフの扱いについては長けているようだ。


 しかし、そんなことで驚くようなオレじゃない。


「大人しくしろっ!」


 ガチャリ。


「!!」


 ナイフをオレに向けようとした紳士は、目を見開いて立ち止まった。

 オレが、ソードオフを真正面から突きつけたからだ。


 2つの銃口は、紳士をしっかりと捉えていた。

 このままオレが引き金を引いたら、この紳士は最後だ。至近距離なら、ソードオフは絶対に対象を外さない。それに引き金を引けば、すぐに散弾が飛び出す。ソードオフを構えるところからなら間に合わないが、この状態なら話は別だ。ナイフをオレに突き刺すよりも、散弾が紳士の命を奪うほうが早い。


「……」

「……!!」


 オレと紳士は、お互いにソードオフとナイフを突きつけたまま、動かない。

 下手に動くと、どちらかが死ぬ。

 そのことは、お互いによく分かっていた。


 そして、紳士がゆっくりとナイフを下ろし、そして捨てた。


「……参った。降参だ!」


 紳士はそう云うと、財布をオレたちの前に放り投げた。


「盗んだものは、これだけか?」

「そうだ! それ以外は盗んでいない!」


 紳士が白状すると同時に、星形の銀色バッヂを左胸につけた男が現れた。

 保安官だった。


「スリが出たとの通報があって駆けつけた!」

「保安官、この人です!」


 ライラが紳士を指し示して云い、オレは頷いた。


「この男は……!」


 保安官は紳士を見て目を見張ると、左胸のポケットから何枚かの手配書を取り出した。

 その中から1枚ずつ慎重に見て行き、やがて1枚で目を止めた。


「……さすらいのスリ、ギャラコだな?」

「その通りです」


 保安官が確認を取ると、保安官助手がギャラコに手錠を掛けた。

 やれやれ、これでなんとか一件落着だな。


 オレがそう思いながら見ていると、保安官がオレたちに向き直った。


「そうだ、これから保安官事務所まで来てもらいたい。状況説明をお願いしたいからね」

「あ……はい」


 どうやらもう少しだけ、お付き合いしないといけないみたいだ。

 オレとライラは視線を交わして、保安官たちに同行して保安官事務所へと向かった。




 保安官事務所から出てきたオレたちは、駅に向かって進み出した。


「ビートくん、まさか賞金が出るなんて思わなかったね!」

「そうだな。それも大金貨20枚だとは驚いたよ!」


 オレたちは、ギャラコを捕まえたことで、賞金を受け取った。

 ギャラコはあちこちでスリを繰り返してきた上に、なかなか逮捕されなかったらしい。それで賞金額が跳ね上がり、大金貨20枚というスリでは破格ともいえる賞金額を懸けられる賞金首になっていた。だが、オレたちはそれとは知らないままにギャラコを捕まえてしまった。オレが持っていた手配書には、ギャラコは無かったからだ。


「これなら、サーロインステーキが何枚でも食べられるね!」

「だけど、無駄遣いはできないよ。オレたちは旅をしているから、定職には就いていないんだ。おカネは大切にしなくちゃね」

「分かっているよ。それに、サーロインステーキは今夜、ビートくんがご馳走してくれるんでしょ?」

「そういうこと!」


 サーロインステーキのことは、ちゃんと忘れていない。

 ライラとの約束だからだ。


 駅の近くまで辿り着くと、そこに先ほどの貴婦人が2人の紳士を連れて立っていた。

 貴婦人はオレたちに気がつくと、声をかけてきた。


「あの、あなた方!」


 貴婦人が駆け寄ってきて、オレたちは足を止めた。


「財布を盗んだスリを捕まえてくれて、本当にありがとうございました!」


 貴婦人はそう云って、頭を下げた。


「あなたたちには、なんとお礼を云っていいものか……!」

「わたしたちはただスリを捕まえただけだから……ねぇ、ビートくん?」

「そうだね。無事に財布が戻ってきて、本当に良かったです。僕たちはそれが、1番嬉しいです」


 オレたちがそう云うと、貴婦人は頭を上げた。


「優しいのね……そうだわ!」


 貴婦人は白手袋の紳士に、視線を送る。

 白手袋の紳士は頷くと、オレたちに大金貨を2枚ずつ、手渡してきた。


「これは、私たちからのお礼の気持ちです。どうぞ受け取ってください」

「そ、そんな!!」

「こんな大金、受け取れません!」


 オレたちは大金貨を返そうとする。

 しかし、貴婦人は首を横に振った。


「いいえ、どうぞ受け取ってください。私はおカネが戻ってきたことよりも、この財布が戻ってきたことが、何よりも嬉しいのです。この財布は、亡くなった主人の遺品なの。私にとってこの財布は、中のおカネよりも大切なもの。それが戻ってきたのだから、あなたたちにはどうしてもお礼をしたいの。これは私と、亡き主人からの気持ちです」


 貴婦人の言葉に、オレたちは無理に返そうとする気持ちが弱まっていった。

 オレとライラは視線を交わし、大金貨を受け取ることに決めた。


「「ありがとうございました!!」」


 オレたちはお礼を云って、貴婦人と別れた。




「まるで、ゴールドラッシュな1日だったなぁ!」


 オレは個室に戻って来てから、そう云った。

 今日だけで射撃大会の賞金、スリに懸けられた賞金、貴婦人からのお礼を受け取った。

 オレの手持ちだけで、大金貨が一気に32枚にまで増えた。ここまで一気に稼いだことは、これまでに一度もない。まさにゴールドラッシュだ。


「本当ね! わたしも大金貨を2枚も貰っちゃった!」

「……そうだ!」


 オレは、スリに懸けられた賞金の大金貨20枚のうち、10枚を取り分けた。

 そしてそれを、ライラの手の中に落としていく。


「ビートくん、これは……?」

「ライラの取り分」

「わっ、わたしの!?」


 驚くライラに、オレは頷いた。


「スリを見つけることができたのは、ライラの力があってこそだから。だから、賞金の半分はライラに受け取る権利がある」

「ビートくん……!」


 ライラは尻尾を振りながら、オレに抱き着いてきた。


「嬉しい! ありがとう!!」

「そして……これはオレからの賞金」


 オレはそう云って、ライラの頭を撫でた。

 ライラがとても喜んでいることは、強く抱き着いてきたから、よく分かった。


「くぅ~ん……」


 ライラが嬉しそうな声を出し、尻尾を振る速度が速くなっていった。




 その日の夜、オレたちは食堂車でサーロインステーキを堪能した。

 食べ終えるころには、バーン・スワロー号は、次の町へ向けて出発した。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、4月29日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!

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