第83話 ライラのファッションショー
長距離列車『バーン・スワロー号』に乗り込んだオレたちは、切符を片手に列車の中を歩いていた。
「えーと、オレたちが使う部屋は……」
オレとライラは、まだ個室に辿り着いていなかった。
切符や個室は、ベルナとバロンが手配してくれた。そのため、オレとライラはまだどの個室を使うのか、分からなかった。頼りになるのは、ベルナとバロンから受け取った切符だけだ。オレたちはそれぞれ切符を持ち、切符に記された個室番号と実際の個室番号を確認しながら、車内を進んでいく。
そしてようやく、オレたちは個室に辿り着いた。
「ここだ、ここに間違いない!」
オレは切符と、ドアに記された番号を何度も確認する。
ライラも切符とドアを見て、頷いた。
「うん、間違いないよ!」
「よし、それじゃあ……」
オレがドアを開き、ライラを先に個室の中に入れてから、オレは入ってドアを閉めた。
個室は1等車で、部屋はアークティク・ターン号の2等車と同じくらいの広さだった。
しかし、ベッドはツインサイズだ。これなら広々と眠れる。小さいながらも机もあるし、イスもある。窓も景色を楽しむには、十分な大きさだ。ちなみに荷物は、ベッドの下に入れるようになっているらしい。アークティク・ターン号の2等車にはクローゼットがあったが、ここにはない。洗面台も無いが、そこはトイレの手洗い場でなんとかなるだろう。
いい部屋を手配してもらえたなぁ。
ベルナには、お礼の手紙を書かなくちゃな。
オレがベッドの下に旅行カバンを入れていると、ライラがベッドに寝転がった。
「ビートくん、なんだか眠くなってきちゃった……」
ベッドに寝転がったライラは、大きくあくびをする。
「部屋を探す前に、食堂車で昼食を食べたからかな?」
「もしかしたら、そうかも……」
少し前。
オレたちはお腹が空いていたこともあり、先に昼食を食べることにした。初めて乗るバーン・スワロー号で記念すべき初の食事ということもあって、奮発してサーロインステーキを食べた。もちろんライラは大喜びだったし、オレも美味しいサーロインステーキに満足した。
その後、オレは食後にコーヒーを飲んだのだが、ライラは甘い紅茶を飲んだ。甘いものが好きなライラは、コーヒーをあまり好んでは飲まない。
そして今、ライラは眠る寸前になっている。
対するオレは、多少の眠気はあっても、それに負けるほどではない。コーヒーが効いているのだろうか?
「ビートくん、ちょっとだけ寝てもいい?」
「眠りたいときには、寝るのが一番だと思うよ」
「そうね。ありがとう」
そう云うと、ライラはオレの後ろでドレスを脱ぎ始めた。オレは後ろを見ないように注意しながら、ライラが着替え終わるのを待った。
着替え終わったライラは、インナーワンピース姿になっていた。ライラがいつも寝る時の姿で、部屋着としてもよく着ているものだ。
「じゃあビートくん、何かあったら起こしてね」
「わかったよ。オレはトイレ以外では、この部屋から離れないから」
「うん。それと……寝ているのをいいことに、尻尾を触ったりしないでね。いやらしいことも、そういう気分じゃないから、ダメよ? ビートくんのことは大好きだし、何でも受け入れてあげたいけど……眠っているのをいいことにイタズラするのはダメだからね?」
「しないって!」
オレがそう云うと、ライラは笑顔になった。
そしてベッドに寝転がると、少しして寝息が聞こえてきた。
ライラが眠っている間、オレはイスに座って新聞を読んでいた。
気になる記事を読み終えた後は、相場などにも目を通したが、目が疲れてきてしまった。新聞を畳むと、オレはベッドに目を向けた。
ライラはまだ、すやすやと眠っている。当分の間、起きては来ないだろう。
オレもライラの隣で眠ろうかと思ったが、眠くならなかった。
コーヒーのカフェインが、まだ効果を発揮しているのだろうか?
新聞も読み終えてしまって、ライラも起きそうにないのでは、他にやることが見つからない。
さて、どうしようか……?
そのとき、ドアがノックされた。
オレは懐中時計を取り出して、時刻を確認する。まだ車掌が切符の拝見に来るには、早い時間だ。
もしかして……押し入り強盗か?
オレは念のため、リボルバーに手を添えながら、ドアをそっと開けた。
「はい……どちら様で……?」
ドアを開けると、そこには乗務員の制服を着た男性が立っていた。間違いなく、車掌だった。
しかし、手には大きめの荷物を手にしている。車掌が荷物を持ってくることなど、普通はあり得ない。
「すみません、ビート様とライラ様のお部屋で、お間違いございませんでしょうか?」
「そうですが……?」
「ホープの鉄道貨物組合から、こちらの荷物を預かっております。お受け取りのサインを、お願いできますでしょうか?」
オレは、思い出した。
ベルナの家に滞在していた時、オレたちは買い物に何度か出かけた。その時に、ベルナの機転で、バーン・スワロー号に荷物を届けて貰えるよう手配していた。
その荷物が、鉄道貨物組合を経由して、オレたちの元へと届けられたのだ!
それが分かったオレは、リボルバーに添えていた手を、そっと離した。
鉄道の個室への配送は、本来なら上流階級の人々が、利用するサービスではある。
しかし、出発の日の荷物をなるべく減らしたかったオレたちは、そのサービスを利用した。鉄道貨物組合でクエストを受けていたオレも、何度かこうしたクエストを請け負ったことはあった。だからサービスがどのようなものか知っていたし、安心して利用できた。
「どうも、ありがとうございます」
オレは万年筆を取り出すと、伝票に受け取りのサインを行った。
車掌はそれを確認すると、オレに持って来た荷物を手渡した。もちろんオレは、それを受け取る。
「切符の確認は、後ほど伺いますので、ご理解とご協力をお願いいたします。ありがとうございました」
「お疲れ様でした」
一礼した車掌に、オレは労いの言葉を掛けた。
車掌が去っていくと、そっとドアを閉じて、ロックを掛ける。そして荷物を、机の上に置いた。
荷物が何なのかは知っていたが、オレは開けずに、そのまま置いておくことにした。
ライラが目を覚ますと、オレは声をかけた。
「ライラ、荷物が届いたよ!」
「本当!?」
オレのその一言に、ライラは目をパッと開いた。
「もしかして、ホープで買ったもの!?」
「そうだよ。開けてみて」
「うん!」
ライラが包みを紐解いていくと、中から4着のドレスが出てきた。
全て、ライラに新しく購入したドレスだ。
以前着ていたドレスもあったが、それはもうボロボロになっていた。そろそろ買い替えを検討していたが、ライラはオレに気を遣って、買い替えを云い出さなかった。だが、モントでカントリルゲリラに遭遇した時に、カントリルゲリラの臭いがドレスについてしまった。
ボケンホー村で洗濯をして、ライラはなんとかして臭いを落とそうとしたが、完全に臭いを落とすことはできなかった。そのために、処分してしまったのだ。
ちょうどいい機会だと思ったオレは、ホープでライラのドレスを購入した。
好きなドレスをライラに選ばせ、代金は全てオレが支払った。もちろん、ライラはすごく喜んでくれた。
一緒に選んでいたベルナも楽しそうで、ライラは久しぶりに買い物を楽しんでくれたようだった。ちなみにドレスは、4着のうち3着をライラが選び、もう1着はベルナが選んでいた。
「わぁ、どれもかわいい!!」
ライラはドレスを手にして、尻尾をパタパタと振った。
「ライラって、ドレス好きだよね?」
「だってかわいいもん! それにドレスなら、上下で服を分けなくていいから、荷物が減るでしょ?」
なるほど。オレはライラの言葉に関心した。
確かにドレスなら、上下で別々の服を着ることは無い。1着で服を選ぶ手間を解決できる。ライラがそこまで考えて、ドレスを選んでいたとは知らなかった。
「それに……ビートくんの隣に居るためには、ちゃんとした服を着たいの」
「ライラ……」
少しだけ照れながらそう云ったライラに、オレも少し頬を紅くした。
「ビートくん、ちょっと着てみてもいい!?」
「あぁ、いいよ。それじゃあオレは、向こうを向いているから」
オレはそう云って、ライラに背中を向ける。ライラは着替えているところを見られるのが、好きではない。まぁ、好きだという人の方が少ないか。
着替えている音が聞こえてくる間、オレは振り向きたい気持ちを抑えながら、ライラの許可を待った。
「ビートくん、お待たせ」
ライラの声で振り返ったオレは、目を見張った。
白いドレスに身を包んだライラは、まるで上流階級の淑女そのものだった。
長いスカートと、肩が出たドレスに、白いオペラグローブ。夜会や舞踏会といったフォーマルな場でも、礼服として着用できるドレスだ。真っ白なドレスにオペラグローブをみにつけたライラを見て、オレは結婚式でウェディングドレスに身を包んだライラを思い出した。
「……ビートくん?」
「あっ、ごめんごめん。つい見とれちゃった。まるで、ウェディングドレスみたいだ。ライラって、ウェディングドレス似合うから、ちょっとドキッとしちゃったよ」
「ビートくん……!」
ライラは顔を真っ赤にして、喜んでいる。
「嬉しい!! ありがとう!!」
「他のドレスも、見てみたいな」
「じゃあ、さっそく着替えてみるね!」
ライラはその後、薄紫色のドレスと、青色のドレスにも着替えてくれた。
ライラの1人ファッションショーは、オレの目を楽しませてくれた。オレはライラが新しいドレスに着替えるたびに、褒める言葉を投げかけ、ライラはそのたびに大喜びした。
「ビートくん、本当にありがとう!」
ライラからお礼を云われ、オレは本当に買ってよかったと、心底から思った。
そして最後に残ったのは、ベルナが選んだ1着になった。
実はこれだけは、オレもライラも中身を見ていなかった。
ベルナから「絶対に似合うから」と強く勧められ、それにオレもライラも折れる形で、買ってしまった。一体どんなドレスが入っているのかは、オレもライラも分からない。
しかも、このドレスだけは別で、個包装になっていた。
「ビートくん、ベルナちゃんが贈ってくれたドレスも、着てみるね!」
「わかった!」
ライラの言葉に、オレは再び背中を向ける。
今度は一体、どんなドレスなんだろう?
ライラのファッションショーは、見ていて飽きることが無い。
オレはワクワクしながら、ライラが着替え終えるのを待った。
そして少しして、ライラの声が聞こえてきた。
「終わったけど……ちょっと待って!」
ライラの言葉に、オレは振り向きそうになったが、止まった。
「ライラ……どうかしたの?」
オレは背中を向けたまま、ライラに問う。
「着替え終わったんだけど……ビートくん、ビックリしない?」
「ビックリするかどうかは、ライラの衣服次第かなぁ……?」
「そ……そうだよね……じゃあビートくん、驚かないでね。見ていいよ」
ライラ、一体どうしたんだろう?
言葉に少し引っかかりを感じながら、オレはライラに向き直った。
その瞬間、オレはライラの言葉の意味を理解した。
「ライラ……そのドレス……」
オレは目を丸くしながら、云った。
ライラが着ていたのは、ピンク色のドレスだった。しかし、それはこれまで着てきたドレスとは、違っていた。
後ろが長くて、前がマイクロミニスカートくらいの長さになっている、フィッシュテールスカート。当然、オレが護身用にプレゼントしたデリンジャーのホルスターも、丸見えだ。
上はコルセットにより、ライラの細いウエストが協調されている。胸元は大きく開いていて、オレは自然と凝視してしまう。肩も出ていて、白い肌を強調していた。さらに足は、ニーハイソックスで覆われている。確か最初は履いていなかったから、これもセットになっているようだ。
そして、服にたくさんつけられた、フリル。
典型的な娼婦の恰好に、ライラはなっていた。
これが、ベルナがライラに贈ったドレスか……。
オレに凝視されて恥ずかしいのか、ライラは顔を紅くして、左手で胸の辺りを覆った。
「ビートくん、似合っている……?」
「似合ってはいるよ。うん、似合っている」
確かに似合っていたが、いつも淑女のような姿をしているライラが、娼婦そのものな姿をしている。
そのギャップに、オレは少しだけ戸惑っていた。
「そう……ありがとう。それにしてもベルナちゃん、どうしてこんなドレスを……?」
「多分、ベルナのファッションセンスで選んだんじゃないかな?」
「ねぇ……まさかいざという時には、娼婦になれば稼げるとか、そういう意味じゃあ無いよね?」
「いや、きっとそういうことは無いと思うけど……」
さすがにそんな考えで、このドレスを贈ったとしたら、いくらなんでも性格が悪すぎる。
ベルナはそんなことをする人ではないと、オレは確信しているが……。
そのとき、オレはドレスが入っていた袋に、何かが入っていることに気づいた。
オレはライラの横を通り、袋に入っていたものを取り出した。
領収書か何かかと思ったそれは、封筒に入った手紙だった。
「手紙……?」
「差出人は……ベルナだ!」
オレは封筒を開けると、中に入っている手紙を広げた。
そこには、次のような内容が書かれていた。
ビートさんとライラさんへ。
この度は、本当にお世話になりました。
わたしからのお礼として、ライラさんにドレスを贈ります。
ライラさんの趣味と合うかどうかはわかりませんが、気に入ってもらえると嬉しいです。きっと、ライラさんなら似合うと思います。
ビートさんも、ライラさんといつまでも仲良く暮らしてください。
最後の最後まで、本当にありがとうございました。
またお会いできる日を、楽しみにしています。
ベルナ。
「……ベルナちゃん、わたしのことを想って、これを贈ってくれたのね」
「そうみたいだな」
オレは手紙を畳んで、ライラに手渡した。
その後、ライラはベルナから贈られたドレスを脱ぎ、旅行カバンに手紙と共に大切にしまい込んだ。
「ビートくん、ベルナちゃんのドレスは、ビートくんと2人っきりのときだけに着ることにしたわ」
「オレと2人っきりのとき……?」
着替えを終えた後、そう云ったライラに、オレは首をかしげた。
「うん。だって、もしもこのドレスを着て出歩いて、娼婦と間違われたら困るじゃない」
「それは困るなぁ」
ライラの言葉に、オレは頷く。
ライラは美人だ。そんなライラが、典型的な娼婦の姿をしていたら、絶対に間違われてトラブルになりかねない。その言葉は、最もだった。
「それに……」
すると、ライラが顔を紅くした。
「わたしは、ビートくんだけの女。つまりは、ビートくんだけの娼婦だから!」
「あうっ……!」
ライラの言葉に、オレは悟った。
これからも、オレを求めてくるライラから逃れることは、できないと……!
そんなオレたちを乗せて、バーン・スワロー号は西大陸から東大陸の北側に掛けて広がる、開拓地へと向かって進んでいった。
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