第80話 アケド村と大男
オレたちを乗せたブルーホワイト・フライキャッチャー号は、アケド村に到着した。
アケド村では、オレたちは絶対にやらないといけないことが1つ、存在していた。
一晩の宿を提供してくれたゲンとドウの家に行き、ゲンとドウにトキオ国の跡地のことを話さなくてはならない。オレとライラが、ゲンとドウとの間にした約束だ。
そのために、オレたちは再びゲンとドウの家を訪ねることとなった。
「ビートくん! あそこ!」
「うん、間違いないな」
オレは以前手帳に書き込んだ地図を確認して、頷いた。
目の前にある家は、間違いなくゲンとドウの家だ。
ゲンとドウは、かつてトキオ国で暮らしていた。
トキオ国の崩壊後も生き残り、今はこのアケド村で生活している。
初めてオレたちがゲンとドウに会った後、旅の話を聞かせるという条件で一晩の宿と食事をご馳走になった。旅の話をする中で、オレの父さんと母さんがミーケッド国王とコーゴー女王であることを伝えた。それから、ゲンとドウがトキオ国で暮らしていたことを知った。
オレはそっと、ドアをノックした。
中から足音が聞こえて、ドアが開いた。
「まぁ! ビート王子にライラ王女!」
出てきたのは、ドウだった。
「お久しぶりです、ドウさん!」
「お久しぶりです!」
オレとライラが挨拶をすると、ドウは頷いた。
「よくz、お戻りになられまして……」
「ドウさん、ゲンさんもいますか? それと、今夜も旅の話をお聞かせしたいのですが……」
「えぇ、もちろんですとも」
ドウはそう云って、ドアを開いた。
「どうぞ、お入りください」
「お世話になります」
「またお願いします!」
オレとライラはドウに一礼してから、家の中に足を踏み入れた。
夕食後に、オレとライラはゲンとドウに、トキオ国の跡地での出来事を話した。
ミーケッド国王とコーゴー女王は、確かに亡くなっていたこと。
そこでオレが、ミーケッド国王とコーゴー女王の幻を見て、これからのことについて伺ったこと。
そしてこれから、銀狼族の村をトキオ国のような場所にしていくと誓ったこと。
これらのことを、ゲンとドウに話して聞かせた。
もちろん、そこに行くまでの間に起きた諸々の出来事も話した。
「ありがとうございます! ビート王子にライラ王女!」
オレたちの話が終わると、ゲンとドウは頭を下げた。
「トキオ国の跡地を引き取って、トキオ国を再建してほしいという気持ちが、無かったわけではありません。しかし、ミーケッド国王とコーゴー女王がそうビート王子にお伝えしたのでありましたら、納得します」
「私たちも、これで迷いが消えました。私たちは今後も、ミーケッド国王とコーゴー女王に敬意を抱きつつ、アケド村をトキオ国のような住みよい場所にしていきます」
「あっ、あの……!!」
ゲンとドウが納得したようにそれぞれ云ったことに、オレは声を上げた。
「僕がミーケッド国王とコーゴー女王に会った話、信じてくれるんですか!?」
オレは、念のために訊いた。
ライラ以外で信じてくれる人が居るなんて、思わなかったためだ。
絶対に変な奴と思われたり、頭がおかしくなったといわれると思っていた。むしろそう云われるのが当然だと、オレは考えていた。幽霊を見たことがあると、話しているようなものだ。話としては聞いたことがあっても、実際に見たことがある人はまずいない。
「もちろんですとも」
ゲンが頷き、続いてドウも頷いた。
ライラ以外で、初めて信じてくれる人に出会った。
「ミーケッド国王とコーゴー女王が、大切なことを伝えるために、ビート王子に会いに来たのは間違いありません。ミーケッド国王とコーゴー女王は、きっとビート王子のことを心配していたのだと思います」
「きっとそうですよ。子供のことを心配するのは、庶民でも王族でも共通のことでございます」
ゲンとドウからそう云われると、オレは温かい気持ちになってきた。
父さんと母さんが、オレのためにわざわざ天の国から来てくれたのかもしれない。もしかしたらこれが、もう一生涯受けることはないと思っていた、父母の愛というものなのだろうか?
父さん母さん、ありがとう。
オレは心の中で、父さんと母さんに感謝した。
その日の夜も、オレとライラはゲンとドウの家で一泊していくことになった。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号は、明日の昼前に出発する。それまでに列車に戻れば、大丈夫だ。
「ねぇ、ビートくん」
寝支度を整えていると、ライラが口を開いた。
「ん?」
「さっきゲンさんとドウさんが云っていた『今夜は外に出ないようにしてください』って、どういうことなんだろう?」
ライラの言葉に、オレは早くも忘れかけていたことを思い出した。
オレたちが寝室に来る少し前。
ゲンとドウの2人から、今夜は何があっても外出をしないようにと、云われた。お願いする口調ではあったが、目は真剣そのものだった。何があっても、この言い分だけは絶対に曲げないという、強い意志を感じた。
それに圧倒されたのもあるが、元々オレたちは外出する予定はない。だが、あそこまで強く云われてしまうと、少し気になってしまうのも確かだ。何があるというのだろう?
「分からないなぁ……でも、あれほど真剣な目で云うってことは、やっぱり何かあるんだと思う」
「ビートくん、それをわたしたちで確かめてみるのも、面白そうじゃない?」
「いや、止めておこう」
目をキラキラさせるライラに、オレは右手を挙げて答えた。
「もしかしたら、何か深いわけがあるかもしれない。君子危うきに近寄らず、って言葉もあるから」
オレは前に読んだ本に、そんな言葉が載っていたことを思い出していた。
賢明な人は、危険かもしれないと思ったところには、近づいたりしない。
オレはそれが正しいと、思っていた。
「でもビートくん、ちょっとだけなら、大丈夫じゃないかな……?」
「ライラ、オレと一緒のベッドで寝るのと、1人で夜に外をうろつくのとどっちがいい?」
「うっ……!」
オレが問うと、ライラの耳がピクンと動いた。
この選択肢なら、ライラは確実にどっちがいいか、すぐに決められるはずだ。
「うう……ビートくんと寝たい!!」
ライラはそう云って、オレに抱き着いてくる。
やっぱり、いつものライラだ。
「ビートくん、ずるいよぉ……! そんなこと云われたら、ビートくんを選ぶしかないじゃない!」
「ありがとうライラ。嬉しいよ」
オレが頭をなでなですると、ライラは尻尾を振りながら笑顔を見せてくれる。
「ビートくん、ベッドに行こうよ。尻尾も、モフモフしていいよ」
「よっしゃ! それじゃあ、こっちへ……」
オレは意気揚々として、ライラを連れてベッドへと向かった。
ドォン!
ワー!
キャー!!
外から聞こえてきた物音と叫び声で、オレは目を覚ました。
「ん……なんだぁ……?」
オレが目をこすりながら起きると、ライラも目を覚ました。
「ビートくぅん……どうしたの……?」
「外から大きな物音と、叫び声が聞こえたんだ。ライラも聞こえた?」
「ううん、わたしはビートくんが起きた気配がしたから、起きたの」
ライラの言葉に、オレは肩をすくめた。
「ライラって、ちゃんと眠れてるの?」
「大丈夫よ! わたしはビートくんと共に寝て、ビートくんと共に起きているだけだから!」
ライラはいつも通りの声で、そう云った。
どうやら、ちゃんと眠れているらしいから、良しとするか。
しかし、さっきの物音と叫び声は……?
ドゴォン!
ギャー!
助けてくれーっ!
今度は、もっとはっきり聞こえてきた。
さらに、助けを呼ぶ声も含まれていた!
これは何か、とんでもないことが起こっているに違いない。
そして、被害を受けている人が居る!
オレはベッドから抜け出し、ガンベルトを巻いた。
ランタンを手にして、灯りをつける。
「オレ、ちょっと見てくる!」
「ビートくん、待ってよ!!」
ベッドの上で叫ぶライラを残し、オレは外へと飛び出した。
一体、何が起こっているというんだ!?
「ぎゃああ!!」
「助けてーっ!」
悲鳴が上がり、大きな音がして、家に火がつく。
オレは悲鳴と人が逃げてくる方角を頼りにして、この騒動の中心へと向かっていく。
これは自然災害などではない。
明らかに、人の手によるものだ。
もしかして、戦争か?
どこかの軍勢が、アケド村に略奪に来ているのだろうか?
それにしては、銃声が聞こえてこないのは変だ。
そして燃える家々が、騒動の元凶となるものを照らし出した。
「なんだあいつは!?」
オレが見たのは、身の丈が2メートル以上はあろうかという、筋肉質な大男だった。
巨大なハンマーを片手に、家や馬車を破壊している。人々はそれから逃げ惑っていた。その様子は、大暴れするバケモノを彷彿とさせる。
「ビート王子!!」
ゲンが、オレの後ろから声をかけてきた。
「お逃げ下さい! ここは危険です!」
「ゲンさん! あいつは一体、何ですか!?」
「あいつは、ヘルハウンドです!」
ゲンはそう云うと、ヘルハウンドについて教えてくれた。
元々アケド村の近くには、ヘルハウンドと呼ばれる大男が昔から暮らしていたらしい。
このヘルハウンドは、月に1度、アケド村に訪れる嵐のような存在として恐れられていた。基本的に夜に訪れ、外に出なければ何も悪さをせずに、アケド村を去っていく。しかし、1人でも外に出てしまえば、手が付けられないほど暴れまわるという。そうなってしまうと、一晩中暴れて去っていくのを待つしかないのだという。
アケド村の住人は、そのことをよく知っている。そのため、月に1度やってくるその日には、決して夜に出歩いたりはしない。そして今日の夜が、その当たり日だった。
なるほど、だからゲンとドウは、オレたちに出歩かないように強く云ったのか。
オレはその時になって、ゲンとドウの言葉の意味を理解できた。
しかし、だとしたらなぜヘルハウンドは暴れているのだろう?
「きっと、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の乗客でしょう」
オレの疑問に、ゲンが答えを教えてくれた。
「おそらくですが、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の乗客の誰かが、外に出たのだと思います。そこを運悪く、ヘルハウンドに見つかってしまったのでしょう」
「それなら納得がいきます。しかし、どうしてヘルハウンドは夜に出歩いているだけで、ここまで暴れたりするのでしょうか?」
「分かりません。これまで誰も、ヘルハウンドの考えを理解した者など、居りません」
ゲンの答えに、それもそうだとオレは思った。
たかが夜に外に出ていたくらいで大暴れして、さらに関係の無い人まで巻き込んで破壊活動をしていく。そんな奴の考えることを理解しようとするのが、そもそもの間違いだ。
つまり、あいつは人族でも獣人族でもない。
人の形をした、バケモノということだ。
オレはソードオフを手にすると、駆け出した。
ゲンが止めようと声をかけるが、オレの耳には届かなかった。
オレはヘルハウンドにソードオフを向け、引き金を引いた。
「ぐおっ!?」
「!?」
ヘルハウンドが驚いた声を上げ、オレも驚きを隠せなかった。
対猛獣用のスラッグ弾を撃ち込んだのに、少しの差でハンマーで弾かれた!
命中していたら、即死は免れなかったはずなのに!
とんでもない反射神経を持っているのか?
それとも、運が良かっただけだろうか?
いや、あれこれ考えたところで、答えが出てくるわけではない。
考えるんじゃない、感じるんだ!
こいつの殺気を!!
「うおおおっ!!」
ヘルハウンドが駆け出し、ゲンが逃げ出した。
オレはハンマーが宙を裂こうとした瞬間に、地面を蹴って逃げた。ハンマーは、つい数秒前までオレが立っていた場所へと、振り下ろされた。予想通りの動きだ。こいつは、パターン化した動きをしている。
そうなると、まだチャンスはあるかもしれない!
今度こそ、対猛獣用の強力なスラッグ弾で、仕留めてやる!!
オレはソードオフを握り直すと、ヘルハウンドに立ち向かった。
どれくらい、時間が経っただろうか。
ヘルハウンドを相手に、オレはなかなかソードオフを撃てなかった。
ギャラリーが増えてしまい、ソードオフで狙おうとすると、必ず狙った先に村人がいた。
流れ弾が飛んでしまうような状況下では、オレは撃てない。
リボルバーに持ち替えるタイミングも、すっかり失った。
ただ、避けることしかできない時間が、ずっと続いていた。
「ビートくん!!」
オレを呼ぶ声がして、オレはそちらへと顔を向ける。
ライラが、オレを見つめていた。
「ライラ、危ないから戻ってて!!」
オレはライラに被害が及ぶとマズいと思って、叫んだ。
しかし、それがいけなかった。
「今だ!!」
「!?」
ヘルハウンドが叫び、オレのすぐ近くにハンマーが振り下ろされる。
「わあっ!?」
オレは寸前で避けたが、一瞬だけ手から力が抜けた。
そのときに、ソードオフが手から落ちて転がってしまった。
「しまった!」
ソードオフを拾おうとしたが、ソードオフはあっという間に転がっていく。
もう拾っている余裕はない。
リボルバーに持ち替えたが、そこをヘルハウンドは逃さなかった。
「無駄ナ抵抗ヲヤメロ! 小僧!!」
特徴的な声で、ヘルハウンドが警告する。
どうやら、言葉は喋れるらしい。
「小僧! ソノ銃デ、自分ノ頭ヲ打チ抜クノダ!! ソウスレバ、コレ以上暴レナイ!!」
「ビートくん!!」
ライラが叫ぶ。
「ダメ! そんなことしないで!!」
「ウルサイ!!」
ヘルハウンドが、ライラに向かって木片を投げる。
木片はライラの少し手前で、地面に落ちて散らばった。
「キャアッ!!」
「やめろ! ライラは関係ない!!」
オレはそう云って、ヘルハウンドの要求通り、頭にリボルバーの銃口を突きつけた。
そしてそっと、引き金に指を掛けた。
「ああ……ビートくん……!」
ライラが、悲痛な声でオレを呼ぶ。
それを見て、ヘルハウンドはいびつな笑みを浮かべた。
「イイゾ! 人ガ死ヌ瞬間ヲ見ルノハ、素晴ラシイ!! 最後ニ何カ、残ス言葉ハアルカ!?」
「……あぁ、あるとも」
オレは答える。
「ヨシ、聞コウ! 云イ終ワッタラ、引キ金ヲ引ケ!!」
「……誰が自殺するなんて、約束した?」
「……エッ?」
ヘルハウンドが訊くと同時に、オレは右手からリボルバーを落とした。
地面に落ちたリボルバーを、不思議そうな表情で見つめるヘルハウンド。
オレが何を考えているのか、まるで理解できていないようだ。
そうだろうなぁ。
理解できなくても、仕方がない。
そんな単純な頭じゃあな。
「死ぬのは、お前だ!」
オレは隠し持っていたデリンジャーを取り出し、ヘルハウンドに銃口を向け、そして引き金を引いた。
ダァン!!
乾いた音がして、ヘルハウンドの額に風穴が空いた。
デリンジャーで狙うには少し距離があったけど、弾丸は狙った通りに飛んでくれた。
「グアアッ!!」
断末魔の悲鳴を上げて、ヘルハウンドは仰向けに倒れた。
デリンジャーを持っていて、本当に良かった。
これは相手を油断させる、作戦だった。
敵の要求に従い、使う武器に敵の意識を集中させる作戦だ。オレがもう武器を出せないとしか思えない状況にまで持って行き、隠し持っていた武器で敵を撃つというものだ。
「……ふぅ」
オレはデリンジャーから立ち上る硝煙を、吹き消してからベルトに挿し込んだ。
そして落としたリボルバーを、そっと拾い上げる。
「ビートくん!!」
ライラが、オレに駆け寄ってきて、抱き着いた。
目に涙を浮かべていて、オレが無事だったことを喜んでいるみたいだ。
「良かった……本当に死んじゃうんじゃないかと思った……!」
「ごめんね、ライラ。こうするしか、無かったんだ」
ライラの頭を撫でると、ライラは落ち着きを取り戻していった。
すると、東の空が明るくなり、太陽が地平線から登ってきた。
辺りが明るくなり、太陽の光がオレたちを包み込んだ。
「ビートくん!」
ライラが指し示した先を見て、オレは目を見張った。
ヘルハウンドの死体が、太陽の光に当たると、溶けるように消えていく。
燃えて灰になるように消えていき、ヘルハウンドの死体は跡形もなく消えていった。
「ビートくん……ヘルハウンドって、何だったのかしら……?」
「分からない。でも、人じゃないことだけは、確かだと思う」
先ほどまでヘルハウンドの死体が転がっていた場所を見て、オレは云った。
「ビート王子、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ゲンとドウ、そしてアケド村の村人たちが、オレたちにお礼の言葉をかけてくる。
オレたちはこれから、アケド村をブルーホワイト・フライキャッチャー号で離れることになる。
すでにほとんどの乗客は乗り込んでいて、後はオレたちを含めた数人だけだ。
「これでもう、ヘルハウンドに怯えることなく過ごせます!」
「ビート王子は、アケド村にとって命の恩人です!」
「いやぁ、そんな……」
オレは手放しで称えられ、少し困ってしまう。
その横で、ライラは嬉しそうに尻尾を振っていた。オレが称賛されているのが、どうやら嬉しいようだ。
「壊れた建物などを撤去するお手伝いができないのが、残念です」
「いえいえ、ここからは私たちの役目です! アケド村を復興させ、必ずや素晴らしい村に戻して見せます!」
ゲンの言葉に、オレは頷いた。
きっと、元より素晴らしい村にしてくれるだろう。
ポォーッ!!
汽笛が鳴り響いた。
「ビート王子にライラ王女、出発でございます!」
「はい! それではみなさん、さようなら!」
「お世話になりましたー!」
オレとライラは別れの言葉を告げ、ブルーホワイト・フライキャッチャー号に乗り込む。
オレたちが乗り込むとドアが閉まり、ブルーホワイト・フライキャッチャー号はゆっくりと走り出した。
ゲンとドウ、そしてアケド村の村人たちは、オレたちが乗っている客車に向けて何度も手を振ってくれる。
オレたちもそれに返すように、手を振って別れを惜しんだ。
こうしてオレたちは、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の終点ホープへと向かっていった。
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