第8話 銃を持つ覚悟
オレとライラは、東大陸を駆け抜けるアークティク・ターン号の2等車の個室で、銃の清掃をしていた。
銃の清掃は、毎日欠かさず行っている日課でもある。
たとえ使用していなくとも、銃は毎日清掃して清潔にしておく。そうすることで汚れがつきにくくなり、銃の寿命が延びるとともに、使用後の清掃も楽になる。
最初はライラのリボルバーも、オレが清掃していたが、ライラもやり方を覚えた。今は自分の銃は、自分で清掃ができるようになっている。
「よし、これで終わった」
「ビートくん、わたしも終わったよ」
オレがソードオフの清掃を終えると、ライラもリボルバーの清掃を終えた。磨き上げた銃は、光を反射してピカピカと輝いているように見える。
「それにしても、ビートくんって本当にすごいよ」
「えっ、オレが?」
ライラの言葉に、オレは首をかしげる。
ライラがオレのことをすごいすごいと褒めるのは、日常茶飯事だ。この前は3等車で重い荷物の積み込みを手伝っただけで、ライラは褒めてくれた。オレは鉄道貨物組合で働いていた時のことを、ごく自然と行っただけのつもりだったが、ライラには違うように映ったらしい。
今度は、オレのどこがすごいというのだろう?
「ビートくんって、昔から躊躇することなく、銃を撃てるでしょ?」
「まぁ……そうだけど?」
「わたしは最初、銃を撃つのがすごく怖かったの」
ライラはそう云って、リボルバーに視線を落とした。
「今はすっかり慣れちゃったけど、銃は武器。つまりは、人を殺めるための道具でしょ? だからこれで人を撃つのが、わたしは今でも時々すごく怖く感じられるの。女の人で銃を持っている人って、そんなに多くないでしょ? それが銃を持ってからよく分かったの。こんな危険なもの、使わないに越したことは無いって。でも、ビートくんはソードオフを手にした時から、ずっと躊躇せずに撃ってきた。ビートくんは、怖くないの?」
オレを見て、ライラは訊いてきた。
その問いかけで、オレは記憶の彼方にしまいこんでいた出来事を、思い出した。
確かに、ライラにはあのことを話していなかったな。
いい機会だ。ここでライラに話しておくのも、いいかもしれない。
「オレも、最初は怖かったよ」
そう告げると、ライラは目を丸くした。
無理もない。ライラには銃をためらうことなく撃つようになったオレしか、見せたことが無かった。
「最初に銃のことを知った時は、それはもう怖かった。それこそ、人殺しの道具だって信じて疑わなかったんだ。だけどすぐに、銃……いや、武器そのものに対する考え方が変わったんだ」
「ビートくん、何があったの? 教えて!」
「いいよ。オレたちがまだ、グレーザーで暮らしていて、旅に出る前のことだ……」
オレは過去の出来事を、ライラに話し始めた。
「銃の訓練……ですか?」
オレは昼食時に、エルビスから希望者参加型の銃の訓練があることを教えてもらった。
「あぁ、そうさ。この訓練を受けておくと、駅の中で銃の携帯が許されるようになるんだ。もちろん、銃は鉄道貨物組合からの貸し出しだから、クエストが終わったら返却しないといけないけどな」
「銃の携帯が許されると、何かいいことがあるんですか?」
「もちろんだ!」
エルビスが、そう云って親指を立てた。
「現金輸送貨車の護衛や、鉄道騎士団と共に駅や列車の警備もできる。つまりクエストを受けられる幅が大きく広がるんだ。危険なクエストになると、報酬も高いから稼げるぜ!」
受けられるクエストの幅が広がる。
報酬の高いクエストを受けられて、稼げる。
そう思うとオレは、興味が湧いてきた。
ライラの両親を見つける旅をするためには、北大陸まで行かなくてはならない。それにはアークティク・ターン号に乗って、グレーザーから北大陸の終着駅サンタグラードまで行くのが、最もいいルートだ。しかし長距離移動になるため、どうしても2等車以上の客車を使わないと過酷な旅になってしまう。
できれば、ライラと不自由なく過ごせる1等車がいい。ライラにとっても、広い部屋で過ごせるほうがいいはずだ。
そしてそれ以上に、オレはライラを守れるかもしれないと、考えていた。
グレーザー孤児院で強盗に襲われたときは、オレの石頭で何とかなった。しかし、あれは本当に偶然が重なったことと、運が良かったからこそあの結果になったのだとオレは思っている。
これから先、同じようなことが起きたら、今度は石頭でなんとかできるとは思えない。そう考えるほど、オレは楽観主義者じゃない!
旅に出たら、ライラを守れるのはオレだけだ!
そしてライラを守るためには、武器が必要になる!
銃を扱えるようになっておけば、ライラを守り抜くことができるかもしれない!!
「誰でも受けられるんですか!?」
「鉄道貨物組合に登録していてかつ、犯罪歴が無くて一定の年齢以上なら受けられる。どうだビート、受けてみるか?」
「……受けます!!」
ライラを守れるようになる。
そして、高い報酬を貰えるクエストが受けられるようになるなら、受けておいた方が得だ!
エルビスからいい情報を貰ったと思ったオレは、エルビスと共に希望者参加型の銃の訓練を受けることにした。
そして数日後、オレは訓練を受けた。
訓練が終わって出てきたオレは、恐怖で震えていた。
「……そんな……そんな……!」
オレは実際に銃を触り、扱い、そして撃った。
撃つといっても、もちろん人や生き物を実際に撃ったりするわけじゃない。空き瓶や空き缶、タルを的にして実弾を撃つ。そこで適正がないと判断されれば、受講中であったとしても中止決定が下される。扱えない人が銃を持っていても、危ないだけだからだ。
オレはなんと、効果測定において最高得点を獲得した。審査官からも「10年に1人いるかいないかの適任者」「銃を撃つために生まれてきたような存在」と絶賛され、鉄道騎士団に入ってもやっていけるほどだとお墨付きを貰えた。ここまでできる人は、軍人や猟師のような射撃のプロでもそうはいないという。
だがオレは、とても喜べなかった。
オレは何度も、自分が放った弾丸が、空き瓶や空き缶に穴を開けていく様子を頭の中で再生していた。
空き瓶や空き缶だから、そのまま地面に落ちるだけだが、あれが人だったとしたら……。
断末魔の悲鳴を上げて、命の灯が消えていく瞬間が見えた。何度想像しても、震えが身体の奥底から起こってくる。石頭とは訳が違う。あれは確実に、人を殺すことができる力を持っている。
そして銃を扱うということは、いつか自分が誰かの命を奪うかもしれないということだ!
この手で、オレは誰かの命を奪うことになるのか……!?
そして最初に見せられた、銃で命を失った人々の遺族が遺した、手記の数々。
悲痛と恨み、どこに向けていいのか分からない感情の数々。
それらがオレの目について、離れなかった。人を殺める力を持つ銃が、これほどまでの悲劇を生んできたなんて……。
ダメだ!!
人の命を奪うなんて、絶対にできない!!
オレはグレーザー孤児院で、ハズク先生から教えられてきた。
人の命を奪うことは、絶対にしてはいけないことだ! それがたとえどんな理由があったとしてもだ!!
どんな悪人であったとしても、命を奪っていい理由なんかない。
それを決めるのは、神様だけだ!
悪人とはいえ、オレは人を殺したくなんかない。
そんなことをしたら、オレの手は血で汚れてしまう。そんな手で、ライラに触れることなんかできない。
ライラの隣に居られなくなるくらいなら、死んだほうがマシなんだ!
オレは立ち止まると、空を見上げた。
「銃は人殺しの道具だ! オレは自分を守るためとはいえ、二度と銃を手にしたりはしない!! この手が血で染まることなんか、あってたまるか!!」
オレはそう誓い、物を投げる真似をする。
先ほどまで講習会で握っていた銃が、空の彼方へと消えていくのが、見えたような気がした。
少し散歩でもして、気分が落ち着いたら家に帰ろう。
今のまま帰ったら、ライラに心配をかけるだけだ。
グレーザーの街をしばらくうろついたが、オレの気持ちは落ち着いてこなかった。
どうしたら、いいんだろう?
誰かに話を聞いてもらえたら、落ち着くのかな?
ライラにこんな重いことを話すのは、嫌だ。
だけど、そうなれば誰に話をすればいいんだ?
そのときだった。
「あら、ビートくんですね!」
聞き覚えのある声が、オレの名前を呼んだ。
顔を上げると、そこには懐かしい人がいた。
「ハズク先生……!!」
獣人族白鳩族の女性で、グレーザー孤児院の先生であり経営者。
そしてオレとライラを育ててくれた、育ての親。
それが、ハズク先生だ。
「どうかしましたか? 何かあったみたいですね」
さすがは、ハズク先生だ。
オレが隠そうとしても、隠す前に見抜いてしまう。グレーザー孤児院でも、ライラへの気持ちを隠し切れず、ハズク先生には見抜かれてしまった。
「先生……!」
オレは泣きだしそうになる気持ちを抑えながら、ハズク先生にこれまでのことを話した。
「……そうだったんですね」
ハズク先生はオレの話を最後まで聞いてくれて、それからそう頷いた。
ハズク先生に全てを話し終えると、オレは不思議と落ち着きを取り戻していった。
やっぱり、誰かに話すと落ち着ける。
不思議なものだな。
「ビートくん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい……どんなことですか?」
「ビートくん、あなたは人を殺めるために、銃の取り扱いを学ぼうとしましたか?」
ハズク先生からの問いに、オレは首を横に振った。
「違います! ぼくは人を殺してはいけないって、ハズク先生から教わりました!」
「それではなぜ、銃を扱えるようになりたいと、思ったのですか?」
ハズク先生は、再びオレに問う。
その目は真剣そのものだ。ウソをつくつもりなどないが、ウソをついたり本心ではないことを云ったりすれば、すぐに見抜いてしまうはずだ。
「それは――」
オレがそこまで云いかけた時だった。
「助けてくれぇ!!」
1人の男が叫びながら、走ってきた。
その人に、オレは見覚えがあった。グレーザー孤児院で力仕事を手伝っていた用務員のナナカマドさんだ。
「こっ、子供たちが、人質に取られたんだ!!」
「「!?」」
オレとハズク先生は、耳を疑った。
「あなたはナナカマドさん! なっ、何があったのですか!?」
「ハズク先生、申し訳ございません! 突然強盗を名乗る男が現れて、子供たちに銃を向けて孤児院の売上金を要求してきたんです。売上金を代表者に持ってこさせないと、子供たちを撃ち殺すと……!」
「子供たちはどこにいますか!?」
「広場です! ちょうど市場が開かれていたところに、強盗がやってきたんです!」
ナナカマドさんは相当な責任を感じているようで、今にも泣きだしそうだった。
しかし、そんなナナカマドさんの肩を、ハズク先生は叩いた。
「わかりました。騎士団には知らせましたか?」
「はい!」
「ありがとうございます。ナナカマドさん、すぐに広場まで案内してくれますか?」
「……はいっ!!」
目に涙を浮かべながら、ナナカマドさんが頷く。
オレとハズク先生は、ナナカマドさんに案内されて、広場へと赴いた。
広場の真ん中では、騎士団と街の人に囲まれて、強盗が銃を手に子供たちを人質にしていた。
「ゲッヘッヘ!!」
ダァン! ダァン!!
銃声が空に向かって轟き、人々が少しだけ後ずさりする。子供たちは怯えていて、泣きわめく気力さえ奪われていた。
「グレーザー孤児院の代表者以外、オレに近づくんじゃねぇぞ!? 近づいたら、近づいた奴はもちろん、子供にもあの世に行ってもらう! これは脅しなんかじゃねぇ! オレは本当のことしか云わないんだ!! わかったか!?」
騎士団も街の人も、一切手が出せなかった。
平和なグレーザーでは、発砲事件なんてほとんど起こらない。だから銃を持っている人は少ないし、撃ったことがある人はさらに少なくなる。さらにその上で、相手は銃で武装していて、子供を人質に取られている。どう頑張っても、人質を救出するには強硬手段に出るか、強盗の要求を呑むしかない。
そんな中に、ハズク先生とオレが駆けつけた。
「あぁっ、ハズク先生!」
騎士の1人が、ハズク先生のことを呼んだ。
「状況は、どうなっていますか!?」
「子供たちは今のところ全員無事です。しかし、騎士の1人が凶弾に倒れました」
「そんな……!」
ハズク先生の横から、オレも様子を伺う。
騎士の云う通り、子供たちの中に倒れている子はいない。しかし、剣を手にした騎士が1人倒れていた。腹部辺りから血を流していて、ピクリとも動かない。おそらくきっと、もう死んでいるのだろう。
「相変わらず、強盗はグレーザー孤児院の売上金を要求しています。しかも近づいてもいいのは、グレーザー孤児院の代表者だけなんです。それ以外の者が近づいたら、近づいた者と子供を殺すそうです」
「じゃあ、どうしてあの騎士は撃たれたんですか?」
オレが尋ねると、騎士は驚いた様子を見せたが、すぐに冷静に説明してくれた。
「最初に、人質交換を申し出たんだ。そしたら、問答無用で発砲されたんだ」
「子供は殺されなかったんですか?」
「最初だから大目に見てやるが、次は容赦しないと主張してきたんだ」
騎士の答えに、ハズク先生は絶句していた。
「あの強盗は、過去にグレーザー孤児院に来た強盗とは全く違います。あれは人ではありません。悪魔です」
確かに、ハズク先生の云う通りかもしれないと、オレは思った。
あんなことが平然とできるのは、人じゃない。
姿かたちは人だが、中身は悪魔そのものだ。
すると、ハズク先生が歩み出た。
1人、強盗へとハズク先生は近づいていく。
「私が、グレーザー孤児院の代表者です!」
「おぉ、ようやく来たか。待ちくたびれたぜ!」
強盗は銃をちらつかせて、ハズク先生を威嚇する。
しかしハズク先生は、全く動じていなかった。
「子供たちを、放しなさい! あなたのやっていることは、無意味です!」
「無意味かどうかは、あんたが決めるんだ。さぁ、さっさと売上金をよこしな!」
「云ったではありませんか! あなたのやっていることは、無意味です! グレーザー孤児院に、売上金はありません!」
ハズク先生がそう告げると、強盗は目つきが険しくなった。
「グレーザー孤児院は、心ある方からの寄付と、私の私財によって運営されています。売上なんてありません。むしろ赤字なんです!」
オレは過去に、強盗と対峙したハズク先生の姿を思い出す。
同じような言葉を強盗にぶつけて、ハズク先生は戦っていた。
「たとえ売上があったとしても、それは孤児院の修繕費や子供たちの食費、教材を購入するために回されます。あなたがやっていることは、時間を無駄にしているだけです! 意味のないことです! 分かりましたら、子供たちを放しなさい!」
怯え切った子供たちを助けようとして、強盗に矢継ぎ早に言葉を浴びせるハズク先生。
母は強し、という言葉を聞いたことがあるが、ハズク先生はみんなのお母さんのような存在だ。だから、強盗相手でも、あそこまで強く云えるのだろうか。
しかし、その直後だった。
「うるせえ!!」
ゴツン!!
鈍い音がして、ハズク先生がよろけ、そしてしりもちをついた。
「キャアッ!」
ハズク先生が叫び、しりもちをつくと同時に、オレの前に小さな拳銃が転がってきた。ハズク先生が護身用に持ち歩いている、デリンジャーだとオレはすぐに気づいた。
1発か2発しか装填できないが、小さくて軽く、非力な女性でも撃てる拳銃だ。さっきの講習会で得た知識を、こんな時に思い出すなんて……。
しかしオレは、そのままでいることができなかった。
この男は、ハズク先生を殴った。
オレのような孤児院で育った者や、孤児院の子供にとってお母さんのようなハズク先生を、この男は殴った。
しかも、銃で。
その証拠に、ハズク先生の顔からは、血が流れている。
「ふざけたこと抜かしてるんじゃねぇ!! さっさと売上金を持ってこいって云ってるんだよ!!」
強盗のあまりにもなりふり構わずな横暴に、周りの人たちも声を上げ始めた。
「あ……悪魔だ……」
「あいつは、人じゃねぇ……!」
「人の形をした、悪魔に違いない……」
口々に云うが、誰も強盗に向かおうとはしない。
なぜなら、銃を持っている上に子供を人質にしている。そんな相手に立ち向かえば、自分が殺されるか子供が殺されるかのどちらかだ。もしかしたら、両方かもしれない。だからこそ、誰も相手が出せなかった。
「よし、このアマ! ガキどもと一緒にあの世へ送ってやる!!」
「……この野郎!」
ハズク先生と子供たちが、ピンチだ!
騎士団も大人も、手が出せない!
「……お前、何してるんだぁ?」
気がつくと、オレはデリンジャーを拾い上げ、ハズク先生と強盗の間に立っていた。
そしてデリンジャーの銃口を、強盗に向けていた。
二度と銃を手にしないと、誓ったはずなのに。
オレは銃を手に、強盗と対峙していた。
「じゅ……銃を捨てて、両手を上げろ!!」
オレは強盗に向かって叫ぶ。
強盗が手にしているのは、6連発のリボルバー。オレが手にしているのは、単発のデリンジャー。
あまりにも力の差がありすぎる。
「なんだ、このガキは?」
「ビートくん、逃げなさい!!」
ハズク先生が叫ぶが、オレは動かなかった。
この強盗は、ハズク先生と子供たちを、殺そうとした!
ハズク先生を手に掛けようとするなんて、オレにとって許せることではない!!
「じゅ……銃を捨てろ! 捨てろと云ってるんだ! 撃つぞ……ほ、本当に撃つぞ!!」
そう云ったオレだが、撃ちたくはなかった。
もしも子供たちに当たったら、取り返しがつかない。
だけど、単なる脅しにはしたくなかった。
「いい度胸してるじゃねぇか……ガキ」
強盗はそう云うが、少しだけ声が震えていた。
まさか自分より圧倒的に年下のオレから銃を向けられるなんて、思っていなかったんだろう。
そして、オレが手にしているデリンジャーがオモチャではないことも、理解しているようだ。
「よ……よぉし、お前から殺してやる!!」
強盗が、オレに銃口を向けてきた。
撃鉄が降ろされ、回転式弾倉がゆっくりと回った。
「地獄へ行けよ!!」
「ビートくん!!」
撃たれる!!
ハズク先生の声が聞こえた直後。
ダァン!!
銃声が、轟いた。
その瞬間、時が止まったようにオレは感じた。
「ぐ……ぐぐぐ……!!」
強盗が苦しそうに呻き、震えだす。
「こ……このガキ、オレよりも……早いなんて……!!」
オレの手にしているデリンジャーからは、硝煙が立ち上っている。
強盗よりも、オレが先に撃ったんだ。
「や……やるじゃねぇ……か……」
冷や汗をダラダラと垂らしながら、強盗がそう云った直後。
強盗は銃を落とし、倒れた。
そして目から、光が失われていく。
強盗が死んだことを、オレは悟った。
人の命を、オレは奪ってしまったんだ。
オレは、人の命を、奪ってしまった。
オレは今この瞬間、殺人者になってしまった。
銃を二度と手にしないと、誓ったのに。
人の命を奪ってはいけないと、教わったのに。
オレはそのどちらとも、破ってしまった。
「ハズク先生!!」
その直後、人質になっていた子供たちが駆け出した。
子供たちはまず、ハズク先生に駆け寄り、自分が助かったことを確認したようだ。
「ビート兄ちゃん!!」
すると、次にオレの名前を呼びながら、子供たちが駆けてくる。
「すごいよー!」
「良かったね!」
「ありがとう!」
子供たちから、オレに対する称賛の言葉が向けられる。
だがオレは、その言葉を受け止めることができなかった。
「何が嬉しいんだ!!」
オレは子供たちに向かって、怒鳴った。
驚いた子供たちは立ち止まり、オレを見つめる。
その視線が、今のオレには辛かった。
「人が1人死んだんだぞ……それにオレは……人を、殺してしまったんだ……。二度と銃を手にしないと、誓ったばかりなのに……ハズク先生から人を殺してはいけないと……教わったのに!!」
オレはその場に膝を落とし、デリンジャーを手放す。
「オレは、人を殺してしまったんだ!! オレの手は、もう血まみれなんだ!!」
自分の手が、真っ赤な血で染まっているように見えた。
オレの手はもう、血まみれになってしまった。
洗ったところで、落ちたりはしないだろう。
こんな血で汚れた手で、ライラに触れたくはない。
これからは、あまりライラに触れないようにしよう。
婚約のネックレスを贈ったのだから、婚約破棄はできない。だけど、ライラの身体をオレの血で汚れた手で汚さないために、距離を置いて接することはできるはずだ。
「ビートくん」
オレがそんなことを考えていると、ハズク先生の声がした。
振り返ると、ハズク先生がオレを見下ろしていた。
ハズク先生から怒られる。しかし、それもごもっともだ。
オレは、人を殺してしまったのだから。
「ハズク先生……」
「ビートくん、正直に答えてください。あなたは人を殺すために銃を手にしたのですか?」
怒られると思っていたオレは、当惑した。
しかし、オレは人を殺すために銃を手にしたのではない。
「違います!」
オレは叫んだ。
「ハズク先生が殴られて、子供たちは怯えていて……銃を手にしたんです。あれは、仕方がなかったんだ……」
「それなら、ビートくんの手は血で汚れてなんかいません」
ハズク先生はそう云ってくれるが、オレはそうは思えなかった。
仕方がなかったとはいえ、オレは人を殺してしまったんだ。
「でも、ぼくは人を殺してしまいました! ぼくは、人殺しになってしまったんです!」
「いいえ、それは違います」
ハズク先生は、オレが落としたデリンジャーを拾い上げる。
「ビートくん、あなたが殺した相手は人ではありません。あの人はビートくんより先に子供たちを助けようとした騎士を、すでに殺していました。冷酷な殺人鬼です。ビートくんが殺さなければ、さらに多くの罪のない人々の命が奪われていました。ビートくんは私と、子供たち、そして周りにいる人々の命を救ったのです」
オレは予想外のことを云われて、驚きつつもハズク先生の言葉に耳を傾けた。
「ビートくん、もう1つ聞かせてください。あなたはなぜ、銃を扱えるようになりたいと思ったのですか?」
「……あの強盗事件です」
オレの頭の中に、グレーザー孤児院で起きた強盗事件のことが浮かんでくる。
あと少しで、ライラが奴隷として売り飛ばされるかもしれなかった事件。
そしてライラがオレに、べったりになるきっかけとなった事件だ。
「もしもまた同じようなことになったら、今度は石頭で戦うことなんてできません。無謀すぎるからです。ライラを守るためには、ぼくも武器を手にしないといけないと、考えたからです」
その直後、オレは自分の云った言葉に驚いた。
今、オレはなんて云った?
ライラを守るために、武器を手にしないといけない?
……もしかして!!
オレが目を見張りながらハズク先生を見ると、ハズク先生は微笑んで頷く。
「ビートくん、剣や銃といった武器は、確かにとても恐ろしいものです。強盗や殺人鬼のような心無い人が使えば、それはまさに悪魔の力でしょう。しかし、ビートくんのように誰かを守るために使うのであれば、同じ武器でもそれは違います。悪魔に立ち向かう武器の力は、悪魔を恐れる人々にとっては、神の力なのです」
悪魔の力と、神の力。
オレは心の中で、繰り返す。
「武器は使う人の心次第で、人の命を奪う悪魔の力にもなれば、人の命を守る神の力にもなるのです。そしてビートくんは今、殺人鬼に立ち向かう力を持たない人々の命を守るために、神の力を使ったのです。だから、ビートくんの手は血で汚れてなんか、いないのですよ」
「使う人の心で、悪魔の力も、神の力になる……!」
オレは心の中で、曇っていた空から雲が消え、晴れた青い空が広がっていく景色が見えた。
武器は使う人の心次第で、悪魔の力にも、神の力にもなる。
それならオレがやることは、ただ1つ!
腕前を評価された銃を、ライラや人々を守るために使うだけだ!
人々の命を脅かす無法や非情な悪魔の力があるなら、オレは戦おう。
そして守るための力で無法な力を跳ね飛ばし、非情な悪魔を葬り、黙らせよう。
そのために、オレは銃を手に取ろう!!
オレは新しい誓いを立て、ハズク先生に向き直った。
「先生! ぼく、人々の命を守るために銃を使うことを誓います!」
「ビートくん、偉いわ。ライラちゃんを守るためにも、是非そうしてくださいね」
「はい!!」
ハズク先生の言葉に、オレは強くうなずいた。
オレはその後、すぐに銃の取り扱い訓練を再度申し込んだ。
今度はより真剣に、かつ徹底的に銃の扱い方を身体に叩き込んでおきたい!
悪魔の力から、ライラと人々を守るため、オレは銃を手にしよう!
「だから、オレは誰かを守るために、銃を使うと誓ったんだ」
オレは話し終えると、手入れを終えたばかりのソードオフを手にした。
水平二連式のソードオフショットガンは、オレが初めて手にした銃だ。凶悪な銃のため、犯罪者が使うことも多いためあまりいい目で見られることはない。だけど、オレはこの銃をライラを守るために手にした。だからオレがどう見られたとしても、それはどうでもいいことだ。
「最初にこのソードオフを手にしたのも、ライラを守るためだったんだ。もちろん銃だけじゃない。たとえナイフを使うとしても、オレはライラや人々を、悪魔の力から守るためにしか使わない」
「ビートくん……」
オレがソードオフを置くと、ライラが抱き着いてきた。
柔らかいライラの肌が食い込み、いい匂いがオレの鼻孔をくすぐる。
「ビートくん、すごくカッコイイよ! わたしを守るためだけじゃなくて、他の人も守るために戦うなんて、簡単にできることじゃないから!」
「そ、そう……?」
「そうだよ! わたし、ビートくんの奥さんになれたこと、誇りに思うわ!」
ライラからそう云われ、オレは体温が上昇していくのを感じた。
「……ありがとう、ライラ。ライラからそう云われると、すごく嬉しいよ」
「えへへ……ビートくん、わたしもビートくんの力になれるよう、頑張るね!!」
そう云うと、ライラはオレから離れて、自分のリボルバーを手にした。
手入れを終えたリボルバーを、ホルスターに戻すのだろう。
オレはそっと、ライラに背中を向ける。
ライラの生足が拝めないのが、ちょっと残念だけど、致し方ない。
背後で布が動く音を耳にしながら、オレは待つ。
「ビートくん、もういいよ」
ライラのその一言で、オレは向き直った。
西の空に、夕陽が見えていた。
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