第78話 怒れ!白狐族(後編)
オレたちがテンの家で過ごしていると、ドアがノックされた。
「族長、報告です!」
「入れ!」
テンが云うと、ドアが開いて1人の白狐族が入ってきた。
「誰ですか!?」
「テラだ。神官アルバートの動向を探るために、スパイとして情報収集を頼んでいたんだ」
テンの説明に、テラと呼ばれた白狐族が入ってきて、一礼した。
どうやら女性らしく、胸のあたりにふくらみが見えたような気がした。
テラはテンの隣に座ると、見聞きしてきたことを話していく。
「……ふむ、ありがとう」
テラの報告が終わると、テンは頷いた。
「明日、我々白狐族の運命が決まるようだ。だが、そうはさせない。元々オリザ国は、我々白狐族が土地を切り開き、米を育てながら作り上げてきた。農業を行い、民のために祭祀をして神に祈る。それが白狐族の本来の役目であった。時代の移り変わりと共に、農業は民が行い、祭祀は神官が行うようになった。だが、我々白狐族は民からこれまで厚い信頼を寄せられてきた。それを、一時のそれもわずかな儲けに目がくらんだ神官によって壊されるなど、容認できない!」
テンは立ち上がると、家の外に出た。
外にはすでに、白狐族たちが集まっていた。
「明日のオリザ駅にて、神官アルバートが現れることが分かった。倉を開けろ!!」
テンの叫び声に、白狐族たちは鬨の声を上げた。
倉を開けろ。それが戦争の準備を意味していることが、オレには分かった。
これは、神官アルバートと白狐族の戦争だ。
どちらかが死ぬまで、続くかもしれない。
そしてオレは、白狐族の側について戦うことになるだろう。
正直な気持ちとして、戦いたくはない。
ノワールグラード決戦のことを、どうしても思い出してしまう。あれ以上の地獄は、まず無いだろう。死にかけたのだから、できることなら交戦は避けたかった。
だけど、このままでは悪徳神官によって、白狐族が流浪の民となってしまう。もしくは奴隷だ。
オレはそんなことは、嫌だ。
オリザ国は白狐族が作り上げた国だ。自分たちの国だというのに、どうして追い出されなくてはならないのか。
見過ごすことなど、できなかった。
倉が開けられ、中から次々と旧式ライフルが取り出されていく。
弾丸が入っている木箱も開けられ、旧式ライフルに弾丸が込められていった。
しかし、オレはその様子を見て、気になっていることがあった。
「銃の数が、思ったよりも少ないですね」
オレはテンに、そう云った。
そう、明らかに銃の数が少なかった。
旧式ライフルばかりで、それも20挺くらいしか見受けられない。
白狐族の数を考えると、やっぱり銃の数が少ない。
そういえば、白狐族の中にリボルバーを持っている人は見られない。オリザ山の中で隠居するように暮らしているから、必要ないためだろうか?
「うむ。他所の人から見れば、そう感じるのも無理はないな」
「どうして、武器が少ないんですか?」
「我々白狐族の本来の仕事は、戦うことではない。農業を行い、国民のために祭祀を行うことだった。だから、武器を手にするという発想が、ほとんど無かったんだ。トキオ国と同盟関係を結んでいたため、かつてはミーケッド国王の後ろ盾があったことも大きい」
テンの言葉に、オレは納得した。
そうか、トキオ国の存在があったのか。トキオ国の軍事力がどれほどだったのか、詳しいことは分からない。オレが知っている限りでは、シャインさんから聞いたことしか知らない。
アダムを倒すために国民と共に戦争に備えていたそうだから、それなりの軍事力はあったのだろう。
「わかりました。僕も戦います」
「ビートさん、本当に戦うのですか……?」
「はい……!」
オレは倉から出された、旧式ライフルを手にした。
これまでに、幾度となく使ってきたものだ。扱い方は、慣れている。
「そういえば、奥様は?」
「ライラなら、クウさんと共にポムパン作りをしています。安心してください。ライラのポムパンは、世界一美味しいものなんです!」
「そうか。それは、楽しみだな」
テンの表情が、少しだけ明るくなった。
翌日。
オリザ駅では、鉄道貨物組合に所属する労働者が、貨物用ホームで待機していた。
これから、米を輸出するための貨物列車がやってくる。
その労働者の中に、オレはいた。
「これからこの米俵を貨物列車に乗せるんですか?」
「そうだぜ。白狐族の襲撃には気を付けろよ」
「えっ? 白狐族が襲撃を!?」
「あくまでも噂だけどな。おっ、来たぞ!」
汽笛が聞こえてきた。
貨物車だけが連結された貨物列車が、貨客用の蒸気機関車に牽かれて走ってくる。蒸気機関車がオレの目の前を通り過ぎ、貨車がオレの目の前で停まった。
「よし、作業開始だ!」
誰かがそう云った直後だった。
「焼き払え!!」
男の声が聞こえた直後、火のついた矢が放たれた。
火矢は米俵に命中し、米俵が燃え始めた。
「だっ、誰だ!?」
「よくもこれまでないがしろにしてきたな、クズどもが!」
飛び出してきたのは、白狐族たちだった。
しかし、オレは知っている。
白狐族が隠れている場所を……。
「びゃっ、白狐族だ!」
「お前たちの米など、食べたい者などいるか! 全て燃やしてやる。米の時代は、もう終わったのだからな!!」
「ふっ、ふざけるな!!」
労働者が、怒りの声を上げた。
「俺たちは米を食べてきたんだ! そして米を育てている農家が、オリザ国にどれだけあるか、お前たちも知っているだろう!!」
「そうだ! 米を食べられなくなったら、俺達は何を食べていけばいいんだ!?」
「米を食べないと、仕事にならねぇんだよ! 元気が出ないじゃないか!」
「オリザ国だけの問題じゃないんだぞ!? 他の国や領地にだって、輸出して評価が高いんだ! 忘れたとはいわせないぞ!!」
「よくも米を焼いてくれたな! この罰当たり野郎!! ゴミ狐!!」
労働者たちが非難すると、次々に火矢が飛んできた。
火矢は貨物列車にも命中し、慌てた労働者たちは水を持ってきて、火消しに追われた。
「ははははっ! すべて燃えてしまえ!!」
白狐族の男が卑下た笑い声を放つ。
そのときだった。
ダァン!!
「うわぁっ!?」
1発の銃声が轟き、火矢を放った弓矢を破壊した。
「だっ、誰だ!?」
「ここだ!!」
オレが、旧式ライフルを手にして叫んだ。
旧式ライフルの銃口からは、硝煙が立ち上っていた。
「お……お前は誰だ!?」
オレの前に居る白狐族の男が、叫んだ。
目の前に居る白狐族は、白狐族じゃない!
本物の白狐族と接してきたオレは、すぐに分かった。
「ただの鉄道貨物組合の労働者じゃないな!?」
「その通り! ただの鉄道貨物組合の労働者じゃない!」
オレは自分の左胸を、指さした。
「全ての武器を捨てろ! オレはトキオ国防軍だ!」
「と、トキオ国防軍だと!?」
偽白狐族が、叫んだ。
「偽物が現れて国を荒らしまわる不届き者が現れたと、白狐族より救援要請を受けた。お前たちだな? トキオ国国王、ミーケッドの命により、お前たちを掃討に来た!!」
ちょっと、カッコつけすぎたかな?
云い切ってから、オレはそんなことを思った。だけど、オレはふざけてなどはいない。
大マジメだ!
「最終警告だ! 武器を捨てて投降しろ! 従わない場合は宣戦布告とみなし、発砲する!!」
「トキオ国は、とうの昔に滅び去った! 偽物は、貴様だろう!」
男が銃を取り出した。
「構うことねぇ! あのクソガキを撃て!!」
その一言で、偽白狐族が発砲した。
駅を舞台とした銃撃戦が始まり、労働者たちは逃げ出した。
オレはホームから線路に降り、ホームを塹壕の代わりとしながら、偽白狐族と銃撃戦を繰り広げた。
どうやら、偽白狐族たちも、旧式ライフルを持っているらしい。
弾丸は、白狐族から分けてもらった30発しか持っていない。
うち15発は、旧式ライフルの中に入っている。だから、残りは15発しかない!
この15発で、できる限りアルバートたちを倒さなくては!!
「ライラ……必ず生きて帰るからな! 尻尾をよく手入れして、待っててくれよ!」
オレはホームの端から飛び出し、旧式ライフルを乱射した。
「ぎゃあっ!」
「ぐわっ!」
アルバートの部下たちが、次々に倒れていく。
こまめに引っ込み、弾丸を込めながら銃を撃ち続ける。
「わあっ!」
「ぎえっ!」
弾丸を撃ち出すたびに、手持ちの弾丸は減っていった。
そしてついに、オレの旧式ライフルの弾丸が、底をついた。
「奴のライフルの弾丸は、無くなったぞ!!」
アルバートが叫んだ。
しまった、気づかれたか!
オレは旧式ライフルから、ソードオフに持ち替えていた。
こうなったら、もう接近戦しかない。
だが、敵にはまだライフルも弾丸もある。
「奴の命運も尽きた! 捕虜は取らない。行け!!」
男の声がして、次々にこちらに駆けてくる足音が聞こえる。
足音はどんどん、こちらへと近づいてくる。
ソードオフを撃てなくなったら、オレもいよいよ終わりだな。
オレは少しだけ覚悟を決めて、ホームから飛び出そうとした。
そのときだった。
「ぎゃっ!」
「がっ!」
「ぎえっ!」
断末魔の悲鳴が聞こえ、足音が消えた。
恐る恐るホームの上を見ると、男たちが倒れていた。
もちろんオレは、撃ってない。
「だっ、誰だ!?」
アルバートが叫ぶと同時に、次から次へと弾丸が飛んだ。
「ーー騎兵隊の登場だ」
オレは誰が来たか、すぐに理解した。
鬨の声を上げながら、旧式ライフルを手に駆けてくる白狐族。
偽物ではない。正真正銘の、本物の白狐族だ。
正面を走るのは、オレの妻ライラと、族長のテンだ。
「ビートくーん!!」
ライラがオレの名前を呼ぶ。
オレはホームから飛び出し、ライラと合流した。
「ビートくん、大丈夫!?」
「オレはこの通り、大丈夫さ!」
オレとライラが合流すると、白狐族の勢いはさらに増したような気がした。
驚くオリザ国の民を尻目に、白狐族は偽白狐族に次から次へと発砲していく。
そしてついに、偽白狐族の人数は半分以下にまで減っていった。
「ひっ……引けえーっ!!」
アルバートが叫び、逃げ出した。
それに気づいたオレは、テンに向かって叫んだ。
「あいつが逃げ出しました!!」
「野郎!!」
テンが駆け出し、オレは弾丸の切れた旧式ライフルを手渡した。
「てええええい!!!!」
テンは叫びながら、旧式ライフルをアルバートに向かって投げた。
旧式ライフルはブーメランのように回転しながら飛んでいき、アルバートの頭に命中した。
「ぐはっ……!」
アルバートが倒れ、そこにオレたちが駆けつける。
それでもなお逃げようとするアルバートに、オレはソードオフを突き付けた。
「動くな! 動くと撃つ!!」
「くっ……!」
観念したアルバートは、うなだれた。
そこに駆け付けたのは、白狐族だけではない。
オリザ国の民と、騎士団も駆け付けた。
「一体、これはどういうことだ……!?」
「今から、それを証明します」
オレがそう云うと、ライラに向き直った。
「ライラ、水を!」
「はいっ!」
ライラがバケツに入れた水を持ってきて、オレに手渡す。
オレはバケツの水を、押さえつけられたアルバートに、頭から掛けた。
つけ耳と、カツラが流れ落ちる。
「あっ!!」
「白狐族じゃない!?」
人々は驚いていたが、オレはそのまま、ボウイナイフを抜いた。
「これから、もっと驚きますよ」
オレはボウイナイフを、テンに渡した。
テンはオレから受け取ったボウイナイフを使って、アルバートが着ている衣服を切り裂いた。
白狐族の服の下から出てきたのは、神官の服だった。
「こいつは、異教徒殺しのアルバートだ! 我々白狐族に返送して、部下を使ってあちこちで水を汚していた、犯人だ!」
「そ……そのとおりだ……」
アルバートが、白状した。
その後、騎士団に逮捕されたアルバートによって、全てが明るみになった。
白狐族に変装し、各地で水を汚していたことが判明し、白狐族に濡れ衣を着せていたことを人々は知った。
アルバートの行動のきっかけは、テンが話していた内容の通りだった。
オレとライラも、証人として騎士団に証言した。
オレとライラは、白狐族とオリザ国の国民が和解した瞬間を、見届けた。
翌日。
オレたちは再び、ブルーホワイト・フライキャッチャー号に乗り込んだ。
「ビートさんにライラさん、あなたたちは我が白狐族の恩人です!」
「本当に、ありがとうございました!」
テンとクウ、そしてシロがオリザ駅に見送りに来てくれた。
「また美味しいお米を、作ってください」
「ありがとう!」
「ビートさん、ライラさん、さようなら!」
シロの別れの挨拶に、オレたちはシロの頭を撫でた。
「さようなら、シロちゃん」
「またいつか、きっと会おうね」
出発時刻が訪れ、ブルーホワイト・フライキャッチャー号を牽引する機関車が、汽笛を鳴らした。
ゆっくりと動き出すと、オレたちは手を振りながら、後ろへ去っていくオリザ駅を見送った。
オレたちの向かう先には、山脈が立ちはだかっていた。
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