第77話 怒れ!白狐族(前編)
ブルーホワイト・フライキャッチャー号は、昼前にオリザ国に到着した。
ここで今、白狐族と神官の間に対立が起こっている。具体的にどんな対立が起きているのかは、分からない。だけど、もしも白狐族に何かあったりしたら、オレは黙って見過ごすなんてできない。
オレは早速、武器の手入れを始めた。
「ビートくん、本当に降りるの?」
ソードオフとリボルバーの手入れをしていると、ライラが訊いてきた。
「もちろん。オレは白狐族から、お守りを貰った」
オレはポケットから、以前テンからもらったお守りを出した。
このお守りは、オレにとって白狐族との絆の証だ。
「それに白狐族はかつて、トキオ国に食料を供給してくれた。オレが今、ライラと共にここに居るのも、白狐族のおかげでもあるんだ。そんな白狐族が今、助けを求めているような気がする。だから、オレは何が起きているのか、その真相を確かめなくちゃいけない」
「ビートくん……」
ライラが心配そうな目で見てくる中、オレはソードオフとリボルバーの手入れを終えた。そして弾丸を込め、ガンベルトにソードオフとリボルバーを戻した。
ふと、AK47に目を向けた。持ち出そうという気持ちがよぎったが、やめておくことにした。
AK47は、ここに置いておこう。駅の中は、鉄道騎士団の管轄だ。オリザ国の騎士団は手出しできないから、ここに置いておけば奪われることはない。それに、AK47は破壊力が高すぎる。これを持ち出すのは、最終手段だ。
オレは、ライラに向き直った。
「ライラ、オレは行ってくるよ」
「待って!!」
ライラは叫ぶと、立ち上がった。
「わたしも行く! ビートくんだけ、危険にさらされるのは嫌! それに、わたしはどんなときもずっと、ビートくんと一緒に居たい!」
「……そう云うと、思ったよ」
オレは微笑み、ライラと共にブルーホワイト・フライキャッチャー号から降りた。
オリザ駅を出ると、オレたちはオリザ山へと向かった。
「白狐族が水を汚すなんて……」
「水源地を管理しているからとはいえ、ちょっと無いんじゃないか?」
「水は農業に必要不可欠なものってことは、知っているはずなのに」
「所詮、白狐族も畜生だったってことだろ……」
歩いているだけで、あちこちから白狐族に対する発言が飛んでくる。
そのほとんどが、ネガティブな内容だ。いい内容のものなど、まず飛んでこない。
どうやら、水を汚したことが原因のようだ。
しかし、オレはとても信じられなかった。
白狐族は、かつて農業をしていた。
水が農業にとっていかに重要なものか、知らないなんてことはあり得ないことだ。
そんな白狐族が水を汚すことなど、考えられなかった。
「一体、何があったのかしら?」
「分からない。だけど、オリザ山に行って白狐族と会わないことには、判断できないな……」
オレがライラにそう云った直後。
オレは視線を感じた。
誰かに、見られている!!
敵か味方か分からないが、監視されていることは間違いない!!
オレはライラを抱き寄せ、ボウイナイフに手をあてがった。
人ごみの中では、リボルバーやソードオフは使えない。流れ弾が、無関係の人に当たることもある。それに、至近距離なら、銃よりもナイフのほうが圧倒的に早い。
「ビートくん……?」
「ライラ、静かに……」
神経を集中させて、どこから見られているのか探った。
意外にもそれは、すぐに見つかった。
後ろだ!!
オレが振り返ると、そこにはフードを被った男が居た。
上から下まで、全身が修道服のような長い衣服に覆われている。獣人族に間違いないが、表情はフードの下で分からない。
ひったくりか?
それとも、人さらいか?
オレはボウイナイフの柄に手をかけ、口を開いた。
「あなたは――」
「ビートくん!」
ライラが突然、叫んだ。
「どっ、どうしたの!?
「この人、嗅ぎ覚えのある臭いがする!」
ライラの言葉に、フードの下の獣耳が動いた。
「あんたは……銀狼族か!」
「!?」
オレが警戒していると、フードの男は近くの路地裏を指し示した。
「こっちに来い」
オレたちは警戒を緩めず、男に続いて路地裏へと入っていった。
人気のない路地裏に入ると、男はフードを取り、表情を見せてくれた。
「テンさん!!」
「久しぶりですね、ビートさんにライラさん」
白狐族のテンだった。
「テンさん、訊きたいことがあるんです!」
「分かっている。白狐族が水を汚したという話だろう?」
「そうです! そのことで、オリザ山に向かう途中だったんです!」
「わかった。だけど私は、今ある男を追っている。それが終わってからでも、大丈夫か?」
テンの言葉に、オレたちは頷いた。
「わかりました。それで、その男っていうのは……?」
「見れば分かる。こっちへ」
歩き出したテンの後に、オレたちは続いていった。
1人の獣人族の男の後ろを、オレたちは一定の距離を保ちながら歩いていく。
探偵が行うような尾行を、今はオレたちが行っていた。テンによると、あの男の行動を仲間と共に記録しているとのことだった。
男はどう見ても、白狐族だった。
白狐族の男は井戸に近づくと、その井戸の中に生ゴミを投げ入れた。
そして何事もなかったかのように、男はその場から去っていく。
オレとライラは、それが信じられなかった。
白狐族が水を汚すようなことをするなんて……!
「あの男は、白狐族では?」
「見れば、分かる」
テンはそう云って、そのまま白狐族の男の後を追いかけていく。
白狐族の男が路地裏に消えると、オレたちは壁際まで駆け寄り、路地裏の中を見た。
そこには数人の男がいた。
「また2つの井戸を、台無しにしたぜ」
白狐族の男はそう云って、頭にある狐耳に手を掛けた。
なんと、狐耳が取れるという、信じられないことが起こった。そして取れた狐耳の下から出てきたのは、ライラのものと似た獣耳だった。だが、ライラのものよりも小さく、そして垂れている。着ていた白狐族の服も脱ぐと、服と共に尻尾まで離れた。その下からは、白くて丸みを帯びた尻尾が現れる。
あれは、白狐族ではない!
垂れた耳と、丸みを帯びた尻尾。間違いなく、あの男は白犬族だ!
「よぉし、そろそろ十分だろう」
「オリザ国の住人の、白狐族への怒りは限界に来ている」
「これで後は、神官に報告を入れるだけだ」
「白狐族がオリザ国を追われるのが、楽しみだな」
男たちは笑いながら、脱いだ衣服やつけ耳を片付けて、その場を去っていく。
その場に捨てていったりしないところを見ると、計画的な行動に間違いなかった。
男たちが去った後に、オレたちは男たちがいた場所を調べた。
証拠になりそうなものは、何も残っていない。
「見ただろう? あの男たちが、白狐族になりすまして、大切な水を汚しているんだ!」
「どうして、あいつらは白狐族に変装して、白狐族に罪をなすりつけるようなことをしているんでしょうか? それに、神官に報告を入れるとも云っていましたが……?」
「心当たりは、あるんだ」
オレの問いに、テンはそう云った。
「この前、神官のアルバートという男が、ある提案をしてきたんだ。米の生産を打ち切って、麦やもっとお金になる穀物へ切り替えて輸出を進めようという提案だったんだ。しかし、我々白狐族はそれを拒否した。白狐族とオリザ国にとって、米はただの穀物ではない。国ができた頃より以前から作られ、お祭りでも欠かさず神へのお供え物として使われてきた神聖な食べ物だ。そして主要な輸出品でもある。他のもので代替できるようなものじゃない。だから、拒否したんだ」
「それで、どうなったんですか?」
「実は、我々白狐族は政治的な力は何も持っていない。だけど、オリザ国で最も偉いといわれているだけあって、白狐族の意見は国民の意見を左右することが多いんだ。白狐族が反対したことにより、国民も大多数が反対した。そのため、アルバートの提案は、否決された」
「アルバートは、なぜそんな提案をしたのでしょうか?」
「それにも、心当たりがある」
テンは一呼吸置いてから、再び口を開いた。
「アルバートは、他国との貿易で米よりも麦やトウモロコシの方がおカネになることを知ったんだ。だからこそ、より大きな儲けを得られると踏んだのだろう。他の神官たちの意見も、同じだった。だけど、白狐族と国民は、それを拒否した。米の輸出でも十分に収益を出せていたし、何より米が食べられなくなることの方が、嫌だった。それが神官たちは気に入らなかったのかもしれない」
そこまで云うと、テンはオレたちに向き直った。
「これは、ビートさんとライラさんには、関係の無いことだ。だから、我々のことはどうか気にせず、早めにオリザ国を離れたほうがいいでしょう。我々のことは、できることなら我々白狐族で解決したい」
「いいえ、それはできません!」
オレは云った。
「僕は、お守りを貰いました。そしてその時に、永遠に仲間とも云われました。仲間が目の前で苦しんでいるのに、黙って見捨てるようなこと、僕にはできません! それに、白狐族の皆さんは、トキオ国に穀物を輸出してくれました。父さんや母さんが僕を産むことができたのは、白狐族がお得意様としてトキオ国に穀物を売ってくれたことと、無関係ではありません。だから、僕は戦います!」
「わたしも、同じです!」
オレの隣に居たライラが、叫んだ。
「少し迷いましたけど、わたしの両親もトキオ国でミーケッド国王とコーゴー女王に仕えていました! 間接的に、白狐族にお世話になったのは間違いありませんから!」
「……ありがとうございます!」
テンが、オレたちに頭を下げた。
「では、これからあいつらを捕まえましょう!」
「いいや、それはできない」
オレの提案に、テンは首を横に振った。
「あいつらは白犬族。犬系の獣人とあって、鼻が効く。近づくと、臭いですぐに気がつかれてしまう。それに、奴らは神官アルバートの部下だ。下手なことはしないだろう。証拠を見つけたとしても、揉み消されてしまう」
「じゃあ、どうすれば……?」
「焦ることは無い。現行犯で取り押さたら、さすがに奴らも言い逃れできないだろう」
テンの方針に、オレは頷いた。
確かに現行犯で取り押さえることができれば、最も良い。オレたちは証人になれるから、裁判でも間違いなく勝てるはずだ。
「でも、なぜさっき取り押さえなかったのですか?」
「仲間の数が足りないんだ。だから実行できない。一度オリザ山に戻って、作戦を立てなければいけない。それに今回は、情報を集めるために尾行した。でも、おかげで十分な情報を手に入れることができた!」
「ビートくん、わたしもあいつらの臭いを、覚えたわ!」
ライラが、自信ありげに云った。
「いつでも、あいつらの臭いを辿っていけるわよ!」
「さすがはライラ!」
「えへへ、ありがとう」
「では、とりあえず一度オリザ山に戻ろう」
テンの言葉に、オレたちは頷き、共に路地裏から出た。
しかし、予想だにしていないことが、起こってしまった。
「白狐族がいるぞ!」
運が悪いことに、自警団と鉢合わせしてしまった。
自警団の目は怒りに燃えていて、オレたちを睨みつけてくる。
「捕まえろ!!」
「まずい! 速く逃げるんだ!!」
テンが叫んだ直後、テンは自警団に捕まってしまった。
「ゴミ狐!!」
「水を汚しやがって!」
「お前らみたいなやつは、オリザ国にいらねぇ!!」
抵抗することもできずに、テンは両手を縛られてしまう。そして1人の男が、輪になったロープ持ってきて、高いところにある看板に向かってロープを投げた。
男たちがテンを拘束したまま、輪になったロープを、テンの首にかける。
マズい!!
このままテンを絞首刑にする気だ!!
「いいぞ、引き揚げろー!」
「よぉし! せーのっ!!」
男がロープを引いてテンを引き上げようとした。
ダァン!!
その直後、銃声が轟いた。
ロープが切れ、テンの首に掛けられていたロープが、男たちの上に落ちてくる。
オレがリボルバーを撃ち、弾丸でロープを切ったからだ。
「ライラ!!」
「まかせてっ!」
ライラがテンに駆け寄り、そのままテンを連れて逃げ出した。
「てっ……テメェら!」
「よくも邪魔をしたな!!」
「ゴミ狐の仲間め! ぶっ殺せ!!」
自警団が動き出そうとした。
ダァン! ダァン! ダァン!!
オレは連続して、自警団に向けてリボルバーを撃った。
自警団が持っていたこん棒や鉄パイプを落とし、連続して轟いた銃声により、辺りに居た人が悲鳴を上げながら逃げ出す。
オレは空になった回転式弾倉を取り外し、新しい回転式弾倉に変えると、ライラと共にテンを連れて逃げ出した。
「逃げろっ!」
「待ちやがれ!!」
逃げてもまた、自警団は追いかけてきた。さらに応援を読んだらしく、人数が増えてきた。
このままだと、いつ追いつかれるか分からない!
リボルバーからソードオフに持ち帰ると、オレは振り返りながら、後ろに向けてソードオフを撃った。
「わああっ!?」
「奴ら、ショットガンを持ってるぞ!!」
「ダメだ! 退けーっ!」
よし、これでもうオレたちに手出しはできないはずだ!
オレたちは、オリザ山へと逃げ込み、そのまま白狐族の村を目指した。
白狐族の村に入ると、クウが駆け寄ってきた。
「あなた!! それにビートさんにライラさん!」
「クウ……ひどい目にあったよ」
テンが自分の身に起こったことを話すと、クウがオレたちに頭を下げた。
「危ないところを、ありがとうございました!!」
「テンさんから話は聞きました。僕たちも白狐族のために、戦います。幸い、ブルーホワイト・フライキャッチャー号は明後日出発します。それまでに、できる限りのことはします!」
オレがそう話していると、シロがやってきた。
「お父さま! それに、ビートさんにライラさん!」
「シロちゃん、お久しぶりね!」
シロが狐耳をピコピコと動かし、オレたちに駆け寄る。そしてライラがしゃがんで、シロを抱きしめた。
このままでは、シロの身にも危険が及ぶ簡素入れない。
オレたちはテンの家に案内され、そこでこれからについて話し合うことになった。
その日の夕方。
オリザ国にある神官たちが多く暮らすエリアにある、大邸宅に灯りがともっていた。
その大邸宅の大広間では、神官のアルバートとその部下たちが集まっていた。
「よぉし、ついに時が来たぞ!!」
アルバートの言葉に、部下たちが沸き上がった。
「大した権力もない白狐族を、ついにオリザ国から追い出す準備が整った! ワシは白狐族が神官よりも上と国民から見なされ、敬われてきたことが気に食わなかった! なぜ国民は白狐族を敬う!? オリザ国で最も偉いのは、王族も支配している、我々神官なのだ! いかがか!?」
アルバートがそう云うと、部下たちは同意した。
「その通りです! 大神官殿!!」
「白狐族なんて、ただ水源地を管理しているだけの目障りな奴らだ!」
「奴隷として売り払えばいい!」
部下たちの言葉に満足したアルバートは、部下が用意した酒を飲んだ。
「ふぅ、酒がうまい……。さて、白狐族を根絶やしにするためには、なんとしても国民との間に分断を引き起こすことだ。そのために今日まで、井戸にゴミを投げ入れて、水を汚染してきた! 国民の怒りは白狐族に向かい、頂点に達しようとしている! ここらで、最後の仕上げにかかりたいものだな」
「神官殿、それでしたら良い情報がございます」
1人の部下が、アルバートの前に出た。
「ほう、良い情報とは?」
「明日、輸出する米を運ぶための貨物列車が、オリザ駅に到着します。その列車に火を放ち、米を台無しにするのです。白狐族は米を神聖なものとして扱ってきました。その米を台無しにすれば、もう誰も白狐族を助けることはないでしょう。誰しもが、白狐族をオリザ国から追放することに同意するはずです」
「なるほど、いい考えだ!」
アルバートは頷き、酒を手にしたまま立ち上がった。
「その最後の仕上げともいえる貨物列車襲撃は、私も久々に出向くとしよう。白狐族に、最後の餞別をくれてやるのも、一興だ」
「さすがです神官アルバート様。かつては異教徒殺しと呼ばれただけはありますな」
部下の1人がそう云った直後、アルバートの顔色が変わった。
「バカ! 今はその名前で呼ぶな! 今は異教徒殺しではなく、神官アルバートだ!」
そんなアルバートと部下たちのやり取りを、窓の外から見ている1人の白狐族がいた。
白狐族は会話内容をメモに落とし込むと、メモを懐に入れて、駆け出した。
塀を乗り越え、夜の闇が近づきつつある夕焼けの中を、オリザ山へ向かって駆け出した。
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