第75話 決断
オレはミーケッド国王とコーゴー女王の墓標の前で、跪いた。
「父さん、母さん。オレはこれから、妻のライラと共に銀狼族の村に帰ります。トキオ国の跡地に来れて、本当によかったと思います」
オレの横で、ライラも跪いた。
「ミーケッド国王様、コーゴー女王様。わたしは銀狼族のシャインとシルヴィの娘、ライラと申します。今は、結婚してビートくんの妻として一緒になりました! ビートくんのことは、生涯添い遂げることを誓いました!」
「結婚した報告が後になってしまって、ごめんなさい。だけど、オレはライラと結婚できて、すごく幸せです。これからはライラと共に、帰る場所を作っていきます。父さん、母さん、本当にありがとうございました」
オレはライラと共に、ミーケッド国王とコーゴー女王の墓標に頭を下げた。
それから、オレたちはトキオ国の跡地を離れることになった。
「ねぇビートくん」
トキオ国の跡地を出てから、ライラが口を開いた。
「どうしたの?」
「……本当に、いいの?」
ライラが、真剣な表情でオレに訊いた。
どういうことなのか、オレには分からなかった。
「ライラ……?」
オレが首を傾げていると、ライラがオレの前に立って、オレを正面から見据えた。
正面から見ると、ライラの胸は本当に大きいな……。
「ビートくん、本当に銀狼族の村に帰るの!?」
「そっ、そうだけど……?」
「ビートくん、生まれ故郷でお父さんとお母さんが居る場所に、帰ってきたのよ!?」
ライラ、何を云っているんだ!?
オレはライラの云うことが、分からなかった。ずっと一緒に過ごしてきて、結婚までしたのに、ライラの考えていることが全く分からない。
トキオ国が生まれ故郷であることは、確かだ。それは間違いない。
父さんと母さんが居る場所というのも、間違いではない。
だけど、ここは帰る場所ではない。
「ビートくん、ここに居たいのなら、わたしも残るよ!!」
「えっ、ここに残る!?」
予想外の言葉だった。
「ここは、ビートくんの生まれ故郷。もしもだけど、ビートくんがここに残ってトキオ国を再建したいと思っていたら、わたしも残るよ! だって、ビートくんの居る場所が、わたしの居る場所だから!」
「ライラ、何を云っているんだ?」
オレがトキオ国を再建するために、ここに残る?
そんなこと、オレは考えていない。
「ライラ、信じてもらえないかもしれないけど……オレはさっき墓標の前で、父さんと母さんに会ったんだ! そこでオレは、こう云われたんだ!!」
オレは父さんと母さんから云われたことを、ライラに話した。
『ビートとライラは、トキオ国で生まれた。それは紛れもない事実だ。しかし、ここはもうお前たちの帰ってくる場所ではない。トキオ国は、滅ぼされてしまって、もうないのだからな。それに、私たちもここにはいないんだ』
『心配することはないわ。これからは、あなたたちが、自分の力で自分の帰るべき場所を作っていくのよ』
『母さんの云う通りだ。ビートよ、お前はもう1人前の男だ。帰るべき場所を、自分で作っていくことができる。ライラちゃんとそこで、いつまでも仲良く暮らすんだ』
『グレーザーでも、銀狼族の村でもいいわ。そしてそこを、トキオ国より素晴らしい場所にしていくのよ。ライラちゃんと、いつまでも仲良く暮らしてね』
「これが、父さんと母さん……ミーケッド国王とコーゴー女王から、云われた言葉だ」
死者の声が聞こえるなんてことは、普通あり得ないことだ。
だけど、オレは確かに父さんと母さんの姿を見たし、声も聴いた。
幻覚を見たのかもしれない。
でも、幻覚でも構わない。
確かに父さんと母さんは、オレにそう云ったのだから。
「それに、オレはシャインさんとシルヴィさんに約束した。銀狼族の村に帰ると」
「ビートくん、いいの? 本当に、いいの!?」
「……そうだ!」
オレは、あることを思い出した。
ついこの前、白狐族から教わった、王族の決意表明のやり方だ。
ライラの手を、オレは掴んだ。
「ライラ、行こう!」
「えっ!? ビートくん!?」
オレはライラの手を掴んだまま、来た道を戻り始めた。
そのままトキオ国の跡地に戻ると、王宮に向かった。
王宮に戻ったオレたちは、集合写真を拾った玉座の間に、やってきた。
かつて父さんと母さんが座ったイスがあり、その上には色褪せた大きなトキオ国の国旗が掲げられている。
オレはそこで拾った、写真を取り出した。
ミーケッド国王とコーゴー女王、そしてシャインさんとシルヴィさんが写された写真。その中には、赤ん坊のオレとライラも写っている。
その写真を、オレはイスに立てかけるように置いた。
「ビートくん、何をするの?」
「決意表明さ」
ライラにそう云って、オレは腰に差したボウイナイフを引き抜いた。
オレは写真を置いたイスと、トキオ国の国旗と向き合った。そしてその場で、オレはボウイナイフの刃を、首元にあてがう。
「ビートくん!?」
ライラが叫ぶが、オレは左手でライラに合図を出した。
何もしなくていい。その場で待っていてくれ。
オレの合図を感じ取ったのか、ライラの足音は、途中で止まる。
よし、これで準備は整った。
オレは深呼吸をしてから、口を開いた。
「トキオ国国王ミーケッドの王子、ビートはここに宣誓する! 我は最愛の妻ライラと共に、銀狼族の村を第二の故郷と定める! 銀狼族の村をかつてのトキオ国のような、良い場所にすることを、誓う!!」
これは、王族たちの間で行われている決意表明を真似たものだ。
白狐族のテンはかつて、白狐族の族長としてトキオ国の儀式に参列したことがあった。そしてそこで、国王に対する決意表明の場で、このようなことが行われたのを見てきたという。オレはその内容を、テンから聞いていた。それをそのまま、オレはこの場で真似してみせた。
もちろん、真似だとしてもオレは本気だった。
今は無くなってしまった生まれ故郷のトキオ国と、天国にいる父さんと母さん。その2つに向けて、オレは誓いを立てたつもりだ。
父さんと母さんは、ここが戻ってくる場所ではないし、もうここにはいないと云っていた。
そしてこれからは、オレが帰る場所を作っていくべきだとも、云っていた。
それならば、それに応えるのがオレにできる父さんと母さんへの、親孝行ではないだろうか。
父さんと母さんは、これからもオレのことを天国から見守ってくれるはずだ。
そしてライラは、両親であるシャインさんとシルヴィさんに、銀狼族の村で再会できた。両親に再会できたのだから、もう離れ離れになってほしくない。それにシャインさんとシルヴィさんは、オレも実の息子のように接してくれている。
オレがやるべきことは、決まった。
銀狼族の村を帰る場所と定め、そこをトキオ国のような場所にしていくことだ!
オレにはもう、迷いは無かった。
ボウイナイフを鞘に戻して振り向くと、ライラがキョトンとした表情で、オレを見ていた。
「ビートくん……?」
「オレは、一生涯ライラと共に生きていくと誓って、ライラと結婚した。そしてライラには、同族と両親がいる銀狼族の村で、いつまでも幸せに暮らしてほしいと思っている」
オレはそう話しながら、ライラに近づいていく。
ライラの前に立つと、ライラと視線を合わせた。
「オレが帰るべきトキオ国は、滅ぼされて無くなった。だけど、父さんと母さんはオレに云ったんだ。1人前の男になったのだから、これからは自分で自分の帰るべき場所を作っていける、と。そしてそこを、トキオ国よりも素晴らしい場所にしていくべきだ、とも云った」
そっとオレは、ライラの手を取った。
「だから、オレは銀狼族の村で生きていくと、父さんと母さん、そしてトキオ国の国旗に誓ったんだ。これは、オレの決断なんだ」
「ビートくん……!」
「だからライラ、これから銀狼族の村に帰ろう! 父さんと母さんも、ライラといつまでも仲良く暮らしていくことを、願っていた。オレもいつまでも、ライラと一緒に居たいんだ!」
オレがそう云うと、ライラが抱き着いてきた。
尻尾をブンブンと降りながら、ライラはオレの胸に頭を埋める。
「ビートくん、わたし……嬉しい……!」
「ライラ……」
オレはそれに応えて、ライラを強く抱きしめた。
しばらくの間、オレたちは玉座の間で抱き合っていた。
「さて、そろそろ行こうか」
「うん!」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
イスに置いた写真を手にすると、オレはそれを手帳に挟んで、カバンに入れた。
最後にトキオ国の国旗に敬礼してから、オレたちは玉座の間と王宮を後にした。
トキオ国の跡地を出たオレたちは、パイラタウンへ向けて足を進めた。
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