第73話 パイラタウン
ポォーッ!
ポォーッ!!
ポォーッ!!!
複数回の汽笛が鳴り響いた。
朝食を食べていたオレとライラは、窓から列車の前方を見た。
少し離れた場所に、町が見える。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号の最終目的地、パイラタウンに間違いなかった。
懐中時計を見ると、朝の8時を指し示している。
「ビートくん、あそこがパイラタウンね!」
「あぁ。ここまで来たら、もうトキオ国は目と鼻の先だ」
オレはそう云って、食べかけのサンドイッチを口に入れた。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号は、オレたちを乗せたまま、パイラタウンへと走り抜けていった。
パイラタウンは、オーレ領ノウンラブ地方にある町だ。
鉄道の終点でもあることから、昔から鉄道の整備や修理などが行われ、西大陸では比較的工業が発展した町だ。鉄道が通っていない近隣の村に物資を運ぶために、鉄道だけでなく馬車も乗り込んでいる。白狐族のテンによると、トキオ国に持って行く米などの食料は、このパイラタウンを経由して馬車で運ばれていたらしい。
つまるところパイラタウンは、トキオ国への玄関口ともいえる町だ。シャインさんとシルヴィさんも、この町を通ってトキオ国に保護され、父さんと母さんの部下になったのだろう。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号がパイラタウン駅に到着すると、オレたちは荷物をまとめた。
「ビートくん、準備できたよ!」
「よし、行こう!」
オレとライラは、ブルーホワイト・フライキャッチャー号からホームへと、足を踏み出した。
駅を出ると、駅の近くにある宿屋に向かい、そこでチェックインを済ませた。
今夜の宿を確保すると、オレとライラは宿の部屋に旅行カバンを置いた。旅行カバンに入っているのは、着替えの衣服や保存食だ。これからトキオ国に向かうのに、大荷物は必要ない。少しの携帯食料と武器弾薬などで十分だ。
そしてオレは万が一に備え、ライラにフード付きケープを被らせた。
もしも強盗や盗賊団が現れた時に、ライラが銀狼族だと知られるのを防ぐためだった。
準備を終えると、オレたちは宿屋を出てパイラタウンを南へ進んでいく。
「ビートくん、パイラタウンってなんだか、ギアボックスと似たような臭いがする」
町中を歩いていると、ライラがそう云った。
オレには、パイラタウンの臭いというものがどういうものなのか、全く分からなかった。空気中の臭いを嗅いでみても、特に変わった臭いはしない。オレの鼻がキャッチしたのは、ライラのいい匂いだけだった。
「ギアボックスと似たような臭い? どんな臭いなの?」
「一言でいえば……鉄と油と汗の臭いが混ざり合った臭いね。鉄道の終点や始点でも多少は同じ匂いがしたけど、町全体に漂っているのは、ギアボックスだけだったわ。パイラタウンは、ギアボックスとすごくよく似ている臭いが、あちこちから漂ってくるの」
「へぇ、そんな臭いがライラには分かるんだ。オレには、ライラのいい匂いしか分からなかったよ」
オレがそう云うと、ライラは顔を真っ赤に染めた。
「ビートくんってば……!」
尻尾をブンブンと振りながら、ライラは喜びを露わにする。
こんなことで喜んでくれるのだから、ライラはどこまでオレのことが好きなんだろう?
そんなやり取りをしていると、辺りが騒がしくなってきた。
「……?」
オレたちは足を止め、前方を見た。
そこには広場があり、中心部に人だかりができていた。
「ビートくん、何かしら?」
「行ってみよう!」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
そのままオレたちは、広場の人だかりに向かっていった。
「すみません、何があったのですか?」
「旅のお方か? あれを見てごらんよ」
近くで見ていた人に問いかけると、その人はそう云って、広場の中心部を指し示した。
そこに目を向けたオレは、目を見張った。
「なんだあれ!?」
予想外の光景が、そこにはあった。
少し遅れてきたライラも、オレと同じように目を丸くした。
広場の真ん中に、大きな穴が空いていた。
陥没したのかと思ったが、違う。広場に描かれたタイル絵の中心部がごっそり無くなったように、そこが穴となっていた。どうやら自然にできたものではないらしい。
穴は人が2人並んで入ってもいける大きなもので、横にはタイル絵の中心部と思われる絵が描かれたフタが置かれている。穴の周りには騎士団が集まっていて、中を覗き込んだり、カンテラを使って中を照らそうとしている。
しかし、誰も穴の中に入っていこうとは、していないらしい。
「ビートくん、一体あの穴は何!?」
「全く分からない。人が作ったものであることは確かだけど、一体何なのか……?」
オレは群衆の中から抜け出て、騎士団に近づいていった。
「すみません、何があったんですか?」
「遺跡が見つかったんだよ」
騎士はそう云って、穴の中を覗き込む。
オレも覗いてみると、穴の中に続く螺旋階段が見えた。かなり長い間放置されていたみたいで、階段も手すりもホコリを被っていた。
「町長がこの広場を改修する計画を立てて、その調査をしていたら見つかったのさ。この遺跡は、町の記録にも残されていない。だからいつ造られて、何の目的で使われていたのかも、全く分からないんだ。町長が、これから冒険者を手配しようとしているそうなんだが……」
騎士はそこまで云うと、穴の近くに建っているスーツ姿の男性を見た。
どうやら、あの男が町長らしい。
「何か、問題でも……?」
「うむ。クエストを受けたいという冒険者が、いないんだ。無理もない。地下の遺跡はどうなっているのか全く分からないことが多い。有毒ガスが充満していることも、考えられるからな。盗賊団や強盗、魔物とは全く違った恐ろしさが潜んでいる。そんな中に入って調べて、報酬が大金貨3枚となると、受けるような奴はいないよな」
「なるほど……」
報酬が、大金貨3枚となると、確かに安い。命の危険があるのにその金額だと、名だたる冒険者はおろか、駆け出しの冒険者でさえやらないだろう。オレが冒険者でも、受けたいと思わない。
「わかりました。ありがとうございます!」
オレは騎士にお礼を述べると、町長のところに向かった。
「あなたが、町長さんですね?」
「いかにもそうだが、君は誰かね?」
「僕が、この遺跡を調べます!」
オレがそう云うと、町長は目の色を変えた。
「ほっ、本当かい!?」
「はい。僕は東大陸のギアボックスにある、エンジン鉱山に入ったこともあります。それに武器も持っていますから、何かあったとしても対処できます!」
「おぉ、これは渡りに船と来た!!」
町長は意気揚々として、オレの前に躍り出る。
「ぜ、是非! 頼むよ!!」
「ただし、条件があります。それ次第ですが、いいですか?」
「もちろんだとも! どんな条件でも構わないぞ!」
よし、その言葉、忘れるんじゃないぞ。
オレは心の中でニヤリと笑いながらそう云うと、口を開いた。
「報酬は大金貨10枚!」
「……えっ!?」
オレがそう云った直後。
町長の表情が、固まった。
「だ、大金貨10枚……!?」
「はい、大金貨10枚です。それ以上はビタ一文たりとも負けません!」
「そ、そんな!!」
町長が慌ててオレに駆け寄った。
「報酬があまりにも、高すぎないかい!?」
「それでは、冒険者を呼びますか? 真っ暗で、何が潜んでいるかも分からない遺跡に、入っていく冒険者を? いつ来るか分からないまま、待ち続けますか?」
「そ……それは……」
「それに……」
オレは町長に、歩み寄った。
町長はオレよりも身長が低く、オレが見下ろす形になってしまった。見下ろすと、町長はさらに小さくなったように見えた。
「先ほど僕は、条件次第と云って、それに対してどんな条件でも構わないと云いましたよね?」
「うっ……!」
「周りにいる人たちは、もちろん聞いていますよ? それを断ったら、今後の町長としての活動に影響が出たりするのではないでしょうか?」
「うぎぐっ……!!」
しまったと、町長の表情が云っていた。
さて、あと一押しといったところか。
オレは半歩だけ、町長に向けて足を踏み出した。
「僕は別にいいですよ? 報酬が支払えないのなら、やりません。しかし、町の人々の前で一度結んだ約束を反故にしてしまいます。本当に、それでいいですか?」
「わ……わかった」
町長は今にも泣きそうな表情で、オレの条件を受け入れた。
オレに大金貨10枚が入ることが、確定した瞬間だった。
「それじゃあライラ、見張りを頼むよ」
「まかせて!」
オレはライラにそう云うと、ライラは頷いた。
その手には、リボルバーを握り締めている。
「じゃ、行ってくるよ!」
穴の中に造られた螺旋階段を踏みながら、オレはカンテラを手に地下へと降りていく。万が一のためにソードオフを手に持ち、いつ螺旋階段が踏み抜けても大丈夫なように、片足ずつ降りていく。万が一踏み抜いても、もう片方の足は違う段にある。これだけでも、生存率は高まる。
遺跡の中は何があるか分からないし、危険だと思ったからだ。それに大金貨10枚の報酬を要求したオレを、町長がこのまま入り口を閉じて、遺跡の中に閉じ込める可能性もある。そうなったら、オレに脱出する手立てはない。それを防ぐためにも、ライラに見張りをお願いしておいて正解だった。
そして万が一に備えて、町長に閉じ込めたりした時のことを云っておいた。
もしも万が一、遺跡の入り口を閉じたりしたら、違約金として大金貨300枚を要求する。ライラに手を出したりした場合は、大金貨500枚と命を差し出してもらう。
そう伝えると、町長は怯え切った表情になっていた。あれで変なことはできなくなったはずだ。
さて、さっさと調査を終えて地上に戻ろう。
一刻も早くトキオ国の跡地に行きたいし、ライラの尻尾をモフりたい!!
螺旋階段を降りていくと、小部屋に辿り着いた。
小部屋から上を見上げると、入ってきた穴がとても小さく見えた。
微かに、ライラの声が聞こえてくる。
「あの、やっぱり大金貨10枚は厳しいのですが……」
「ビートくんの云うことは絶対に守らなくちゃダメ!!」
ライラの言葉に、オレは安心した。
小部屋の中を見回すと、ドアがあった。
押すと簡単に開き、その先に別の空間が現れた。
オレはランタンをかざしながら、その中に入っていった。
「ここは……!?」
ドアを通った先に現れたのは、古い駅だった。
いくつかのホームが並んでいて、そこには列車が停まっていた。暗くて奥までは見えないが、どうやら別の入り口もあるらしい。
停まっている列車に近づいて、オレは列車の中を伺った。当然ながら、誰も乗っていない。
ホームにはホコリが溜まっていて、かなり古い新聞も落ちていた。新聞の字を目で追ってみたが、全く分からない言語で書かれていて、何が書かれているのかは分からなかった。
耳を澄ませてみても、音は聞こえてこなかった。
静かすぎて、キーンという耳鳴りしか聞こえてこない。
ホームに溜まったホコリといい、この静けさといい、強盗や盗賊団が潜んでいる可能性はなさそうだ。
ソードオフをホルスターに戻すと、オレはライティングボードに挟んだ紙に、ペンを走らせていく。
ここで見たことを、町長に報告するためだ。
なるべく詳しく書いていき、簡単なスケッチも描いた。
「もう少し奥も、調べておいた方がよさそうだな」
オレはランタンを手に、ホームの奥へと進んでいった。
まるで、サンタグラードの地下にあった、銀狼族の秘密の通路みたいだとオレは思った。あそこも、古い駅だった。もしかしたら、ここもそれと同じような場所なのかもしれないな。
あちこち調べて記録に残し、オレは引き上げることにした。
オレは足を踏み入れた穴から、地上に戻ってきた。
地上に顔を出すと、少しの間だけ、太陽の光が目に痛かった。暗闇に入っていたせいで、すっかり目が暗闇に慣れてしまっていたためだろう。
「ただいま、ライラ」
「ビートくん!!」
穴から完全に出てきて、ランタンの火を消すと、ライラが抱き着いてきた。
「ビートくん、無事で良かった!」
「ライラ、気持ちは分かったから、ここでは止めて……!」
周りに人が居る中で抱き着かれ、人々から生温かい視線を浴びてしまう。
せめて抱き着くのは、2人っきりのときだけにしてほしい。
ライラが離れると、オレは地下でまとめた報告書を、町長に渡した。
穴を出る前に、オレは報告書を簡潔にまとめて作成した。用紙1枚に収まる程度に書き、最後にオレのサインを入れる。これで誰が作成したか分かり、公的な書類としても効力を発揮する。もちろん、報酬の支払い金額も報告書にしっかりと記載しておいた。
これで、町長が支払いを渋ったとしても、問題ない。
「ありがとう……」
町長は恐る恐る、報告書を受け取った。
しかし、オレの報告書に目を通すと、顔色が変わった。
「こっ、こんなに詳しくまとめてくれたのかい!?」
「えぇ、そうですが……?」
「そうか……ありがとう!」
町長はもう一度報告書に目を通すと、オレたちに向き直った。
「実は……もう1つ、調べてほしいものがあるんだ」
「もう1つ……?」
「このパイラタウンのすぐ近くにある、トキオ国の跡地についてだ」
町長の言葉に、オレとライラは、目を見張った。
オレの心臓は高鳴り、手が震える。
トキオ国の跡地。
オレたちの目的地。
まさか、ここで調査の依頼をされるなんて……!!
オレは時間が止まったような錯覚に、陥りそうになった。
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