第72話 白狐族との別れ
翌朝。
オレとライラは、昨夜行われた白狐族たちのお祭りの後片付けを手伝っていた。
オレはシュラインの前に設置されていた、木のテーブルを運び、倉庫の中に入れていく。ライラは白狐族の女性たちに混じって、洗い物の片づけを行っていた。
昨日のお祭りといい、さすがにこれで何もしなくていいとなると、あまりにも世話になりすぎているように感じられた。
「人族の兄ちゃん、手慣れているねぇ」
白狐族の男が、オレを見て云った。
「もしかして、運送業とかに勤めていた経験があるんじゃないか?」
「鉄道貨物組合で、クエストを請け負っていたことがあります」
「やっぱり!」
そう云って白狐族の男は、五色の色で彩られた旗を抱える。旗は2本あり、それぞれに鏡と勾玉、そして剣が取り付けられていた。
「俺も、オリザ国の鉄道貨物組合で、クエストを受けていたことがあるんだ。懐かしいなぁ」
「今はやらないんですか?」
オレは昨日クウが使っていた、酒を入れる壺を持ち上げる。壺からはほのかに、酒の匂いがした。
「今は行きたくても行けないんだ」
「どうしてですか?」
「それは、知らないほうがいい。さ、仕事だ仕事!」
白狐族の男は、そう云って、旗を抱えて倉庫に向かっていく。
知らないほうがいいって、どういうことなんだろう?
何か、オレが知ってしまうとマズい理由でもあるのだろうか?
とはいえ、無理に聞き出すのも気が引ける。
オレも、仕事を片付けることを優先しよう。
壺を手に、オレは倉庫に向かって進んでいった。
10時ごろになると、オレたちは荷物をまとめた。
すっかりシロの家にお世話になってしまった。そろそろ、ブルーホワイト・フライキャッチャー号に戻らないといけない。
オレたちはテンとクウにそのことを告げ、お礼の言葉を述べた。
テンとクウはすぐに納得してくれたが、1人だけ納得しなかった者がいた。
オレたちを白狐族の村に連れてきた張本人の、シロだった。
「私も一緒に、旅をしたい!!」
シロはそう云って、ライラに抱き着いた。
「シロ、ダメですよ」
クウがたしなめるが、シロはライラから離れようとしなかった。
「ビートさんとライラさんは、これから行くべき場所に行かなくてはならないのです」
「私も列車に乗って、広い世界を旅してみたい! もっと多くの人に、会ってみたい!」
「シロ、ビートさんとライラさんを困らせてはいけないじゃないか!」
テンが叱るが、シロは動かなかった。
なかなか強情なところがあるなと、オレはシロを見て思った。
「ねぇ、ライラさんにビートさん、私を一緒に連れていって!」
シロがオレたちを見上げて、懇願する。
「絶対に迷惑は掛けません! 好き嫌いも云いません! ビートさんとライラさんと一緒に、世界を見てみたいのです! どうか、お願いします!!」
「ビートくん、どうする?」
「うーん……」
オレはライラから聞かれて、困った。
シロを旅に連れていくことは、できないことはない。話し相手が増えてくれるし、シロほどテキパキと動けるのなら、働き手としても使えるのは間違いない。
しかし、それには両親のテンとクウの承諾がないといけない。それに、シロは白狐族だ。ライラのような銀狼族ほどではないにしても、奴隷商人や奴隷狩りに狙われる可能性がゼロとはいえない。身の安全が保障できない中で、シロを旅に連れていくべきかどうかなんて、考えなくても判断できる。
だけど、このままじゃシロは納得しないだろう。
そう思ったオレは、シロと同じ目線までしゃがみ込んだ。
「なぁ、シロちゃん」
「?」
オレの声に、シロは首をかしげる。
オレはそっとホルスターから、リボルバーを抜き取った。
そして銃身を持ち、グリップをシロに向ける。
「これを、撃てるか?」
「!?」
オレの言葉に、ライラとテンとクウが、目を見張って驚くのが分かった。
自分より10歳近く離れた歳の女の子に、リボルバーを握らせようとしているのだ。それもオモチャなどではなく、実銃。撃てば弾丸が発射され、それが命中すると、相手は最悪の場合死に至る。立派な武器だ。危険なものだからこそ、実銃を子供に積極的に持たせようとする者は、まずいない。
「こ……これをですか……?」
「そうだ。旅をするとなると、自分の身は自分で守らないといけない。これを持って、狙いを定めて、撃つんだ。できるか? できたら、旅に同行してもいいぞ」
「で、でもこれって……」
戸惑うシロに、オレは云った。
「やめておくか?」
「い、いえっ! やります!!」
シロはそう云って、オレの手からリボルバーを手に取った。
手にした直後、シロは予想以上の重さに驚いたらしく、落としかける。しかし、すぐに持ち直した。リボルバーを握り締めた手は、震えていた。
「よし、それじゃ……あの木を撃ってみるんだ」
オレは近くにある、比較的大きな気を指し示した。
「あの木を、人だと思って撃つんだ」
「えっ!? ひ、人だと思って!?」
「そうだ。木じゃなくて、人だと思って引き金を引くんだ」
「は……はいっ!」
シロは震える手で、リボルバーの銃口を木に向ける。
「ビートくん!」
ライラが声を上げるが、オレは人差し指を自分の唇に当てた。
「いいから、いいから」
オレがそう云うと、ライラは何も云わなくなった。そしてオレと共に、リボルバーを構えるシロをじっと見守る。テンとクウも、息を呑んでその様子を見守っていた。
30分くらい時間が流れた頃。
シロはゆっくりと、リボルバーを下ろした。
1発の弾丸も発射することなく、シロはリボルバーを下ろすと、オレの前に戻ってきた。
「これを……お返しします」
シロは両手でリボルバーを持ち、オレに差し出した。
オレは頷いて、リボルバーを受け取る。
「シロちゃん、なぜ撃たなかったんだ? 撃てば、一緒に旅に出られたのに」
「……怖く、なっちゃいました」
シロは震える声で、そうオレに打ち明けた。
「目の前にある木が人だと思うと……その人が悪い人なのか良い人なのか、家族がいるのかいないとか、どうしても考えちゃったんです。それで何度も、撃っていいのか悪いのか悩みました。でも、やっぱり撃てませんでした……」
今にも泣きそうな声で、シロは云った。
「わたし、怖いです!! 銃で人を撃つなんてこと、わたしにはできません!!」
「じゃあ、旅には一緒に行けなくなるけど、それでもいいの?」
「私は、お父さまとお母さまと、一緒に暮らしていたいです!!」
シロがそう叫ぶと、目から大粒の涙がポロポロと零れだした。
オレはリボルバーをホルスターに戻すと、シロの肩にそっと手を置いた。
「うん、よくぞ云った」
「……?」
首をかしげるシロに、オレは口を開いた。
「シロちゃんには、世の中のことを教えてくれる、テンさんとクウさんという両親がいる。世界のことを知る手段は、旅だけじゃない。まずは両親から教えてもらうんだ。それから旅に出ても、決して遅くは無いよ」
オレはハズク先生の授業を、思い出していた。
ハズク先生はこの世界のことと、生きるための方法を教えてくれた。オレやライラにとっての親代わりとなってくれた、ハズク先生。オレもハズク先生から世の中のことを学んでから、旅に出たと今でも思っている。
「だから、今はテンさんとクウさんと一緒に過ごしたほうがいい。わかった?」
「……はい!」
シロは頷くと、テンとクウのところに戻っていった。
「お父さま! お母さま!!」
「シロ!」
テンとクウが、シロを抱きしめる。
「お父さま、お母さま! ワガママ云ってごめんなさい!!」
「いいんだ、シロ……!」
「シロ、あなたは偉いわ。ちゃんと、分かってくれたのだから……!」
一家が元通りに戻ったところを見届けていると、ライラがオレの手を握ってきた。
「ビートくん、すごいよ! シロちゃんが、納得してお父さんとお母さんの所に戻っちゃうなんて!」
「いや、あれはシロちゃんが自分で決めたことだ。オレはちょっとだけ、シロの背中を後押ししただけだよ」
オレはそう云うと、両親と抱き合うシロを見た。
これでなんとか、一件落着だ。
シロにはまだまだ、旅に出るのは早い。
そう思いながら、抱き合うシロと両親を眺めた。
「本当に、お世話になりました!」
「ありがとうございました!」
テンとクウから、オレたちは改めてお礼の言葉を述べられる。
「いえ、こちらこそお世話になりました。白狐族のお祭りまで見せていただいて、とても楽しい時間を過ごせました」
「一生の思い出ができました。ありがとうございます!」
オレとライラは、昨晩のことを思い出した。
大きな焚き火を中心にして、営まれた白狐族たちのお祭り。とても神聖な空気の中で行われたお祭りは、オレたちの知っているお祭りとは一線を画していた。あの夜のことは、今後忘れることはあり得ないだろう。
「ねぇ、あなた……!」
「ん……そうだな!」
クウが何か云い、それにテンが頷いた。
一体、何のことだろう?
「ビートさんにライラさん、ちょっと待っていてください。シロ!」
「はいっ、お父さま!」
シロが駆け出し、家の中へと戻っていく。
少しして、シロが戻ってくると、テンに何かを手渡した。
「ビートさんにライラさん、これをどうぞ」
テンがオレたちに、鍵と宝珠が刺繍された小袋を手渡してきた。
小袋はカリオストロ伯爵から貰ったものと似ていたが、中には米が入っているわけではないようだ。触った感じでは、紙か何かが入っているらしい。
「テンさん、これは何ですか?」
「それはお守りだよ」
オレの問いかけに、テンは答えた。
「シロを助けてくれたことへのお礼、そしてお2人の幸せを願って、これを贈ろうと思う。中にはお札というものが入っていて、それは神様の力を宿している。受け取ってほしい。これで我々銀狼族とお2人は、永遠に仲間だ」
「ありがとうございます!」
そういうことなら、遠慮なく受け取っておこう。
オレは受け取ったお守りを、ポケットに入れた。
その後、オレたちは白狐族に見送られて、オリザ山を下りて行った。
オリザ山からオリザ国の街中に戻ってくると、オレたちはすぐにブルーホワイト・フライキャッチャー号へ向かった。
オリザ山にずっといたせいか、人混みの中に入ると、埃っぽさで息が詰まるような気がした。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号の2等車にまで戻ってくると、オレたちはベッドに寝転がった。
「ふぅ、疲れたなぁ……」
「うん。わたしも疲れちゃったぁ……」
靴を脱いで、オレたちはベッドに寝転がる。セミツインサイズのベッドだから、寝転がっても狭さは感じなかった。
ベッドに寝転がると、ポケットからお守りが転がり落ちた。それを拾い上げ、オレは見つめる。
小袋だが、中に入っているお札という紙には、神様の力が宿っている。
オレは不思議に思いつつも、それを自分のカバンに取り付けた。これで、いつでも持ち歩ける。
「ビートくんとお揃いのものが、もう1つ増えて嬉しい!」
ライラがそう云いながら、オレと同じように自分のカバンにお守りを取り付けた。
もう1つ増えた?
「お揃いのもの……もう1つということは……?」
「ビートくんってば!」
ライラがころころと笑いながら、オレに近づいてきた。
「ビートくんとお揃いのものといったら、婚姻のネックレス以外にないでしょ!」
「わあっ!?」
ライラに抱き着かれ、オレはベッドに押し倒された。
オレに抱き着いてきたライラは、オレの身体に頬ずりする。まるで、自分の匂いをこすりつけているようだ。
「ライラって……本当にオレに抱き着くのが好きだよなぁ……グレーザー孤児院に居た頃から、全然変わらないな」
「いいじゃない、好きなんだもん。それに、今は夫婦になったんだから。ビートくんだって、わたしに抱き着かれるのは、嫌じゃないでしょ?」
その言葉に、オレは頷いた。
ライラの云っていることに、何も間違いは無かった。夫婦なんだから、誰にも気兼ねすることはない。それに、オレもライラから抱き着かれるのは、望むところだ。
獣耳巨乳美少女のライラから抱き着かれるのは、全ての男にとって夢だろう。
だが、それを独り占めできるのは、オレだけだ。
「もちろん、ライラなら大歓迎だけど……」
「嬉しい……!」
ライラが尻尾をブンブンと振る。
これじゃあ、狼というよりも犬だ。
「それじゃあ、ご褒美!」
「えっ……わあっ!?」
そう云ったライラに、オレは唇を塞がれてしまった。
夕方になると、ブルーホワイト・フライキャッチャー号は最終目的地である、パイラタウンに向かって走り出した。
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