第71話 秘祭
夕方になると、大きな焚き火が焚かれ、炎が辺りを照らし始めた。
それを合図とするかの如く、白狐族の村にいる白狐族たちが、次々に広場へと集まってくる。
白狐族が集まってくると、お祭りが始まりを告げた。
大きな焚き火は、昼間にオレたちが訪れた、トキオ国の国旗が収められた宗教施設の前で焚かれている。この宗教施設は、シロ曰く『シュライン』というらしい。どうやら、アーリーシュラインと同じ宗教施設のようだ。
シュラインの前には、木のテーブルで簡易的な祭壇が作られ、木のトレーのようなものに載せたお供え物がいくつも用意されていた。
お米の他に、魚に野菜、それに肉にお菓子と多種多様なお供え物が並んでいる。
その中には、お酒が入っている壺もあった。さらに丸い小さな壺には、水も入っているらしい。
「色々なお供え物があるんだな……」
シュラインの前に次から次へと運ばれていく、お供え物となる料理の数々。それらを見ていると、オレたちはお腹が空いていることを嫌でも認識させられた。空腹の中で、このお祭りに立ち会わなくちゃいけなくなったら、生殺しもいいところだろう。
「ビートくん、あれ!」
ライラが指し示した先を見て、オレは納得した。
巨大なグリルチキンが、白狐族の手によって、シュラインの前に運ばれていく。そしてそれを見つめるライラは、目をキラキラさせながら、生唾を飲み下した。
鼻をヒクヒクとさせているところから、ライラには匂いも分かるのだろう。
「わたし……食べたい……!」
「ライラ、座って!!」
動き出そうとしたライラを、オレは慌ててイスに座らせた。
お供え物を食べてはいけない。シロから聞いた話だと、あの料理が食べられるのは、お祭りが終わった後だ。お祭りがどれくらいの時間続くのか分からないが、それまでは待つしかない。
「ビートさん、ライラさん!」
シロが、オレたちの座っている場所までやってきた。
シロは服を着替えていて、上が白い古風な衣服で、下が緋色のズボンのような衣服だ。アーリーシュラインでリュートとナズナが着ていた衣服と同じものだ。シロはそれを、巫女装束と呼んでいた。巫女装束の特徴は、上が白くて下が緋色の袴ということだと、シロは話していた。袴の色が違うだけで、巫女だったり神官だったりと呼び方が変わってくるらしい。
古の時代の衣服だからか、オレたちが着ているものとは、かなり違う。
「シロちゃん!」
「ライラさん、さっきからすごくグリルチキンを見ていましたね」
「えっ!? そ、そう……!?」
ライラは顔を紅くしながら、慌てふためく。
その反応が、思いっきり図星であることを証明していた。
「シロちゃん、これからお祭りが始まるって聞いたけど、どんなことが行われるんだ?」
「神様にお供え物を捧げて祈り、それから歌と踊りを捧げます」
オレの質問に、シロはそう答えた。
お供え物を捧げて祈ったり、歌を歌うのは分かるが、そこに踊りも加わるなんて初めて聞いた。白狐族が信仰している宗教は、オレたちが見聞きしてきたものとは、少し異なるようだ。しかし、オレはそこに親近感も抱いていた。きっと、銀狼族の村で信仰されている自然信仰に近いものが、あるためだろう。
「じゃあ、あのたくさんの料理は全て、お供え物として神様に捧げるの?」
オレはとても信じられなかった。
捧げられた料理は、どれもすぐに食べられそうなものばかりだ。オレとしては、今すぐにでも食べてしまいたいほど、美味しそうに見える料理ばかりだ。普段はなかなか食べられないような、高級なものもある。それを全て神様に捧げて、後で処分するとしたら、なんてもったいないのだろう。
捨ててしまうくらいなら、オレが食べたい。
「お祭りの間は、お供え物として神様に捧げます。ですが、その後でここにいる全員で分け合って食べます。神様に捧げたものを、お祭りに参加した人全員で分け合うんです。これを私たちは、ナオライと呼んでいます」
「そうか。それじゃあ、最後には食べられるんだな」
シロの言葉に、オレは安心した。
ナオライという初めて聞く言葉に、不思議な印象を受けた。きっとこれは、宴会のようなものになるかもしれない。そう思うと、オレはワクワクしてきた。普段はライラと2人で食事をすることが多いためか、大人数での食事はいつもと違う楽しさがあって、オレは好きだ。それに普段は食べられないような珍しい料理や、高級な料理を食べられるのも、宴会での楽しみの1つだ。
「このお祭りは、余所の人が見物したり参加したりすることは、滅多にないんです。私たち白狐族だけが行ってきたお祭りを外部の人に見せるのは、本当に久しぶりのことです」
シロはそう云うと、オレとライラの手を取った。
「ですので、最後まで楽しんでいっていただけると、嬉しいです!」
「ありがとう、シロちゃん。わたしは最後のナオライが終わるまでは、ずっといるわ」
ライラの言葉に、シロは嬉しそうに尻尾を振る。
白狐族も犬系の獣人と同じように、嬉しいと尻尾を振るのか。
「私もお祭りの中盤で、踊りを披露します! 是非観てくださいね!」
シロは尻尾を振りながら、巫女たちが集まっているところへと駆けて行った。
9本の尻尾は、まるで扇のように広がっている。走るときに邪魔にならないのか、それだけが気になった。
すると、太鼓がドンドンと何度か、叩かれた。
「ビートくん、いよいよ始まるみたい……!」
「うん。なんだかちょっと、緊張してきたな……!」
お祭り会場となっているシュラインの敷地内が、一気に静まり返る。
そして巫女と、古風な神官の衣服に身を包んだ白い尻尾を持つ九尾族の女性が現れた。
カリオストロ伯爵なら、きっと大喜びでお祭りに参加したかもしれないな。
そんなことを、オレは考えていた。
神官が呪文のような言葉を、炎の前で読み上げ始め、白狐族たちが神妙な顔つきになっていく。
呪文のような言葉の内容は分からなかったが、オレたちは周りの白狐族に合わせておくことにした。
その方が、少しでも目立たないと考えたからだった。
呪文のような言葉は長く、さらにお祭りの中でいくつも読まれていった。
全てが読み上げられてナオライが始まる頃には、1時間近い時が経過していた。
それからさらに歌が捧げられたり、巫女による踊りも行われた。
巫女の踊りを見たオレは、ライラが巫女装束に身を包んで踊ったら、さぞかし賑わうだろうなと思った。
ナオライが始まると、シュラインの前にお供えされていた料理が、次から次へと運ばれてきた。
ライラは待ってましたと云わんばかりに、オレの隣でブンブンと尻尾を振りながら、目を輝かせている。尻尾があまりにも激しく振ったせいか、オレに何度か尻尾が当たった。痛くはないが、少し気になる。
「グリルチキンです」
切り分けられたグリルチキンが、オレたちの前に置かれた。
「このグリルチキンなんですが、香草を使っておりまして……おや? ライラさん……?」
グリルチキンを運んできた白狐族の表情が、少しだけ引き気味になる。
ライラが今にも、グリルチキンに飛び掛かりそうな目をしているからだ。まるで、獲物を前にした狼そのものなライラの表情に、白狐族の男性は恐怖を感じているに違いない。
「すみません、気にしないでください。僕の妻は、グリルチキンが大好物なんです」
「そ……そうですか。それはさぞかしお喜びでしょうね。で、では……」
白狐族の男性はそそくさと、次のテーブルにグリルチキンを運んでいった。
「ライラ、まだ食べちゃダメだよ。待て」
「わっ、分かっているよぉ!! それに待ては止めて! 犬じゃないんだから! そんなこと云われなくても、ちゃんと待てるよ!」
待て、というオレの言葉に、ライラは顔を紅くする。
犬扱いされるのが嫌いなライラだが、こういう時には役に立つ。
全てのテーブルに料理が行きわたると、食事が始まった。
食事が始まったと同時に、ライラはグリルチキンにかぶりついた。
「んーっ! おいひい!!」
グリルチキンを口に入れたライラが、再び尻尾をブンブンと振りながら云った。
「すごく香りが良くて……なんだろう、ハーブをいっぱい使ってるみたい!」
「香草を使っているらしいから、その通りだな」
オレはグリルチキンを食べた後に、カズノコという黄色い魚の卵を食べた。コリコリとした食感と塩味が、オレの口によく合った。
食事が佳境に差し掛かったころ、オレたちの前にお祭りで神官をしていた九尾族の女性が、オレたちの前にやってきた。
巫女装束とはまた違った、古風な衣服に身を包んでいて、手にはお酒が入った壺を手にしている。
白狐族のような白い髪と尻尾を持った、九尾族の女性。
その見た目はどことなく、シロに似ているような気がした。
九尾族の女性を見て、オレは前に見た夢の内容を思い出してしまう。身体が硬くなり、恐怖心が沸き上がってくる。
「あっ、神官さん……」
「私はクウといいます。シロの母親です」
透き通るような声で、シロと名乗った九尾族の女性はいう。
そして、オレたちの前に置かれた盃に、壺からお酒を注いだ。
「ビートさんとライラさんですね? お2人のことは娘から聞きました。娘を助けて下さって、本当にありがとうございます」
お酒を注ぎ終えると、クウはオレたちに対して頭を下げた。
「さらにビートさんは、あのミーケッド国王とコーゴー女王のご子息と伺いました。ミーケッド国王とコーゴー女王のご子息に、生きているうちにお会いできるなんて、光栄です。お父上様とお母上様のことは、私もよく知っています。とても心の優しい王様と女王様でした。ビートさんは、まさにミーケッド国王の生き写しです」
「あ……ありがとうございます」
いきなり手放しで褒められたことから、少し警戒したが、シロから聞いたのなら辻褄が合う。
オレの父さんと母さんについても、知っているなんて……。
「それにライラさんという、銀狼族のお嫁さんまでいらっしゃるとは……。銀狼族とだけあって、本当に美人ね。うらやましいくらいの、美人だわ」
「えっ、銀狼族だって、分かるんですか!?」
ライラが驚いていると、クウは頷いた。
「はい。ミーケッド国王とコーゴー女王には、男女の銀狼族の従者が居ました。私も、見たことがあります」
「そっ、それは、私のお父さんとお母さんです!」
「まあ!」
クウは目を見開いて驚いていた。
「なんという偶然! ミーケッド国王とコーゴー女王のご子息と、銀狼族の従者のご息女に一度にお会いできるなんて……!」
とても嬉しそうに、クウは云う。
「ビートさんにライラさん、今夜という特別な夜を、思いっきり楽しんでいってくださいね」
「はい!」
「ありがとうございます!」
オレたちがお礼を述べると、クウは他のテーブルにお酒を注ぎに向かっていった。
それからオレたちは、美食という美食を楽しみ、クウから何度もお酌を受けた。
クウのおかげで、オレの中にあった九尾族の女性に対する恐怖心は、完全に消え去った。ライラが半分ほど取り除いてくれて、残った半分をクウが取り除いてくれた。
おかげで食事が終わる頃には、オレはすっかりいい気持ちになっていた。
その日の夜、オレとライラはシロの家に宿泊していくこととなった。
空いている布団を借りて、オレとライラは就寝した。
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