第69話 オリザ山の白狐族たち
オレとライラは、シロの後に続いて通りを進んでいった。
そして辿り着いたのは、オリザ山へ入るための道だった。
「ねぇ、シロ。本当に、この道を進むのか?」
「はい!」
シロは笑顔で答えたが、オレとライラは目の前の光景が信じられなかった。
道は確かにオリザ山の奥へと続いていたが『立ち入り禁止』と書かれた標識が立てられていた。
バリケードが築かれていて、辺りにはゴミが散乱している。とても人が来るような場所とは、思えない。
物理的なバリケードだけじゃなく、お札のような紙がついた荒縄まで張り巡らされている。正直、あまりこの場に居たくなかった。負の空気が流れているようで、一刻も早く立ち去りたくなってきた。
「シロちゃん、この先に本当に行くの?」
「もちろんです! このバリケードは、気にしなくていいんですよ!」
シロはそう云うと、ヒョイヒョイとバリケードを昇り、立ち入り禁止の標識を無視していった。
バリケードの向こう側に、あっという間に入ってしまう。
「これは来た人に不穏なイメージを与えて、自然にお引き取りいただくために、私たちがワザと設置したんです! ゴミもわざと撒いています。安心して、こっちに来てください!」
シロが促す。
オレとライラは視線を交わして頷くと、バリケードを超えた。
そしてさらに、シロに続いて進んでいった。
しばらく進んでいくと、目の前に朱色に塗られた門のようなものが見えてきた。
白い紙を挿した荒縄も張られている。
オレたちは、それと同じものを見たことがあった。
アーリーシュラインの入り口に立っていたものと、全く同じだった。
「シロちゃん、あれは何?」
ライラが問うと、シロは歩きながら答えた。
「あれは、鳥居と呼ばれるものです」
「とりい?」
「はい! オリザ山には、あちこちに立っています。鳥居は、ここが神聖な場所であることを示すものなんですよ」
シロの説明を聞きながら、オレたちは鳥居の間をくぐり抜けた。
山道は石段と石畳で舗装されていて、シロの云うとおりいくつも鳥居が立っていた。
鳥居が立ち並ぶ山道を進んでいくと、視界が開けてきた。
そしてオレたちの先には、村があった。
シロが振り返り、オレたちを見上げて微笑んだ。
「ようこそ! 白狐族の村へ!!」
シロに案内されながら、オレたちは白狐族の村に足を踏み入れた。
「シロ!」
「あっ、お父さま!」
数歩と歩かないうちに、シロを呼ぶ男の声がして、シロとオレたちは立ち止まった。
白狐族の男が1人、シロに向かって走ってきた。上が白い服で、下は薄青い色をした大きなズボンのような服だ。他の白狐族たちも、似たような衣服を着ている。オレはその衣服が、アーリーシュラインにいたリュートとナズナが着ていたものと、よく似ていることに気づいた。いや、よく似ているというよりも、同じものだ。
アーリーシュラインと、何か関係があるのだろうか?
「なかなか帰ってこないから、心配したぞ!」
「遅くなりました」
「ところで、後ろにいる方々は……?」
「お父さま、実は……」
シロが、これまでの経緯を説明してくれた。
どうやらシロは、街に買い物に出ていたらしい。そこで先ほどの2人組の男に出会い、白狐族ということで奴隷として狙われたらしい。逃げている途中でオレたちと出会い、なんとか助かったのだとか。
あの男たちは、奴隷狩りだったのか。
そのことを知ると、リボルバーを向けたのは正解だったのかもしれない。
「そうだったのか……。娘を助けていただき、ありがとうございました!」
白狐族の男は、オレたちに頭を下げた。
「申し遅れましたが、私はシロの父親のテンと申します。見ての通り、白狐族です」
「僕は、ビートといいます」
「わたしはビートくんの奥さんの、ライラです!」
オレたちも挨拶をすると、シロがテンに小袋を差し出した。
「お父さま、これ……」
「これは……!?」
「ビートさんとライラさんが、持っていたの」
テンは小袋を受け取ると、目を見開いてオレたちを見た。
「これは、どちらから……!?」
「カリオストロ伯爵という貴族に貰いました。あの、それは何ですか……?」
「そうでしたか、カリオストロ伯爵から……」
テンはそう云うと、深呼吸をしてから再び口を開いた。
「これは、神の米を詰めたお守りです。私たち白狐族が作ったお米を、そのまま入れてあります。そしてこれを持っている相手は、必ず手助けするというのが、私たち白狐族の掟なのです。そのため、白狐族以外では、ほんの一握りの限られた人しか、持っていません」
「そんな貴重なものを、どうしてカリオストロ伯爵が……?」
「かつて、カリオストロ伯爵に助けられたことがあるんです。その時に、お礼としていくつかのお守りを渡しました。そのうちの2つが、ビートさんとライラさんの手に渡ったのでしょう」
オレとライラは、顔を見合わせた。
カリオストロ伯爵が、オリザ山へ行けと云っていた意味は、このことだったのか。だけど、どうしてカリオストロ伯爵はオレたちに、白狐族しか持っていないお守りを渡したのだろう? カリオストロ伯爵の命を助けたりしたのなら分かるが、そんなことはもちろんない。むしろオレたちの方が、カリオストロ伯爵には色々と助けられた。
カリオストロ伯爵の行動原理が、ますます分からなくなってきた。
「カリオストロ伯爵、どうしてそんな大切なものを……」
オレが首をかしげていると、テンが口を開いた。
「分かりませんが、きっと気に入られたのだと思います。カリオストロ伯爵は不思議なお方でございましたから、心の中でどう思っていたのかまでは分かりませんが……そうだ!!」
テンが突然、何かを思い出したように云う。
「立ち話もあれです。私の家でゆっくりとお話しませんか? 娘のシロを助けていただいたお礼も、是非させていただきたいのです」
「それは、ありがとうございます」
「お世話になりまーす!」
オレとライラが云うと、テンは頷いた。
「それでは、案内します。どうぞ!」
シロとテンの跡に続いて、オレたちは歩き出した。
テンが案内してくれたのは、白狐族の村の中でも、かなり大きな家だった。
門の代わりに、鳥居が家の前に建てられている。鳥居をくぐって敷地内に入り、そのまま家の中へと通された。
「ささ、どうぞお上がりください。履き物は、ここで脱いでくださいね」
テンの言葉に、オレたちは従った。
どうやらここは、アーリーシュラインと同じような作法が必要とされるらしい。
靴を脱いで、オレたちは家の中に上がった。
居間に通されてその場で待っていると、テンがお茶を持って来てくれた。テンがお茶を淹れている間に、シロがオレたちの前にお茶菓子を置いてくれる。
「いつもは妻も居るんですが、今は外出中なんです」
オレたちにお茶を差し出して、テンが云った。
「そうなんですね。お仕事ですか?」
「お祭りの準備なんです。妻は神官でもあるんです」
テンの言葉に、オレたちは驚いた。
オリザ国では最上位の存在である、神官。テンの妻がどういう人なのか知らないが、きっと偉い人なのだろう。だとすると、テンも相当な人物なのかもしれない。
気になったオレは、テンに訊いてみた。
「テンさんは、どんなお仕事をされているんですか?」
「私は、白狐族の村の村長であり、同時に白狐族の族長でもあるんです」
「えっ!?」
予想外の答えに、オレは驚いた。
村長であり、同時に族長!?
つまりは、白狐族たちのリーダーということか!?
とんでもない人物の娘を、オレたちは助けてしまったようだ。
「いえ、そんなに驚かないでください。村長や族長といっても、大したものじゃないんですよ」
いや、どう考えても大したものじゃないのか!?
信じられないオレたちに、テンは詳しく説明してくれた。
どうやら、白狐族はオリザ国で最も位が高いと云われているのは、本当のことらしい。いや、正確には『本当だった』と云った方が正しいだろうか。
かつてオリザ国では、大規模な農業が行われ、米や麦などの穀物を中心に生産していた。そしてそれを、周辺国や各地に売ることで収入を得ていた。白狐族その農業を取り仕切り、時には神官として様々な儀式を執り行い、政治的な決定権を持っていた。しかし時代が移り変わっていくことで、農業以外の産業も発達していった。分業が行われるようになり、それにより白狐族に変わって儀式を行う神官たちが台頭していくようになった。政治も王族が行うようになっていき、白狐族の出番は少なくなってしまった。
そして決定的な出来事が起こり、白狐族は表舞台から姿を消すことになってしまった。
今となっては、白狐族はオリザ山で暮らし、農業に必要な水源地の管理だけを任されるようになってしまった。かつてのような絶大な権力はなく、隠居のような暮らしをしていた。
時代の流れとはいえ、そんな過去があったことを、オレたちは初めて知った。
「穀物を売ることで、オリザ国は成り立っていたんですね」
「今でも、農業はこの国の一大産業です。あちこちに穀物を買ってもらうことで、私たちも生活ができました。その中で一番のお得意様だったのは、トキオ国だったんです」
テンの言葉に、オレたちは驚いた。
トキオ国。
その単語は、オレたちにとってとても重要な単語だ!
「トキオ国ですか……!?」
「はい。トキオ国と我々白狐族は、同盟関係にありました。我々白狐族が農業を取り仕切ったり、儀式や政治を動かしていた時は、強い同盟関係にあったんです。トキオ国がお得意様になることで、我々白狐族の後ろ盾になってくれていました。おかげで私たちは安心して、国を運営することができました。しかし、トキオ国が滅びてしまったことで、全てが変わってしまいました」
テンの声が、少しだけトーンを落とした。
「トキオ国が滅びてしまうと、ミーケッド国王の後ろ盾も無くなり、我々白狐族は力が弱くなってしまいました。それから儀式も行えなくなり、政治的な決定権も失いました。実は元々オリザ国は、白狐族が作り上げた国です。私たちが切り開いた土地に、あちこちから獣人族が集まってきてオリザ国となりました。白狐族が政治や儀式を行うことに、反発していた人々はほとんどいなかったのです。できることなら、昔のようにまた農業を取り仕切り、神官として儀式も行っていきたいですね……」
テンはそう云って、お茶を飲み干した。
テンの話を聞いていくうちに、オレは責任を感じてしまった。
トキオ国と白狐族に繋がりがあったことは、知らなかった。そしてトキオ国が滅びたことで、白狐族たちの境遇を大きく変えてしまった。
昔のままに元に戻すことは、不可能なことは分かっている。オレは神様じゃないし、そんなことができるだけの力は無い。
気の毒というしかないが、白狐族はトキオ国に食料を供給してくれていた。このまま見過ごすのが、本当に正しいのだろうか……?
そんなオレの様子に気づいたのか、テンとシロが口を開いた。
「あの、ビートさん……?」
「ビートさん、どうかされましたか?」
テンとシロの声に、オレは顔を上げた。
「はいっ!?」
「何だか、悲しそうな顔をしていましたが……?」
「すみません。私が湿っぽい話をしてしまったばっかりに――!」
「いえ、違います」
謝りかけたテンに、オレは云った。
「その、信じてもらえるか分かりませんが……僕は、ミーケッド国王の息子なんです!」
オレがそう云うと、テンとシロは目を見開いた。
「い……今、なんと……!?」
「僕は、トキオ国の国王、ミーケッド国王の息子です!」
もう一度云うと、テンが口を右手で覆った。
目は驚きに満ちていて、シロは小刻みに震えている。
オレはゆっくりと、自分の出自と、旅をしている理由を話していった。
話を終える頃には、テンとシロはかなり落ち着いていた。
最初はオレの話す出来事全てに驚いていたが、途中から少しずつ落ち着きを取り戻していった。最後には軽く頷くだけになり、オレはかなり話しやすかった。
途中でライラも補足説明をしてくれて、オレの話に真実味を持たせてくれた。
「……そうだったんですか」
オレたちの話が終わると、テンがゆっくりと息を吐いて、そう云った。
「君たちに、是非とも見てもらいたいものが、この村にはあるんだ」
すると、テンが立ち上がった。
「ついてきてください」
テンの言葉に、オレたちは頷いて立ち上がった。
テンに案内されて、オレたちは白狐族の村にある宗教施設にやってきた。
アーリーシュラインとよく似ている建物の前で、テンとシロは歩みを止めた。
「ここは……?」
「ここは、オリザ国で信仰されている神様を祀っている場所です。古の時代に栄えていた宗教が、オリザ国では今でも信仰されています」
シロの説明に、オレはどうりでアーリーシュラインと似ているわけだと、合点がいった。
するちテンが建物の扉を開け、オレたちに向き直った。
「どうぞ、中をご覧ください」
オレたちは、建物の中に目を向けた。
「あっ!」
「あれは……!」
オレとライラは、そこにあったものに目が釘付けになった。
鏡が置かれた場所の後ろの壁に、トキオ国の国旗が掲げられていた。
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次回更新は、3月14日の21時更新予定です!
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