第68話 白狐族の少女
オレたちがモント駅を出発してから1日後の朝。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号は、オリザ国に到着した。
オリザ国は、獣人族が多く暮らしている国だ。
人族もいないわけではないが、少数派だ。そしてオリザ国の特徴として、身分制度があり、国民は身分制度のどれかに必ず所属している。身分は4つある。下から庶民、富裕層、王族、神官の4つだ。神官とは宗教者のことだ。神官が王族よりも立場が上ということに、オレたちは驚いた。王族が上で宗教者が下は聞いたことがあるが、宗教者が王族よりも上というのは初めてだ。どこの国でも、王族が頂点に立っていると信じて疑わなかったオレたちは、カルチャーショックを受ける。
そんな中、オレたちはオリザ国へと降り立った。
「わぁ、獣人族がいっぱいだ!」
駅を出たオレは、通りを見て思わずそう云った。
これまで見てきたどの領地や地方の町や村よりも、圧倒的に獣人族が多い。トップクラスと表現しても、過言ではない。獣人族しかいないのではないかと思うほど、獣人族だらけだ。
獣人族への差別も、人族への差別も今は無いと知っていても、オレは足を踏み出すのに少し躊躇してしまった。こんな獣人族だらけの中に、人族のオレが紛れ込んだら、目立つことは間違いない。それは火を見るよりも明らかだ。
オレが躊躇していると、ライラがオレの右手を握った。
「ビートくん、わたしがいるから大丈夫よ!」
ライラが、赤いケープについたフードの下で、笑う。
「わたしたちは夫婦なんだから。一緒に居て、おかしいなんてことはないよ!」
「……うん、そうだな!」
オレは、ライラの手を握り返した。
「行こうか! ここには48時間停車するし、オリザ国を見物していこう!」
「うん!」
オレたちは歩き出し、まず酒場へと向かった。
「いらっしゃい」
店主の声が、オレたちを出迎えてくれた。
そして酒場の中も、獣人族で溢れかえっていた。
オリザ国では、米を原料として作られたお酒が主流だ。他の地域で飲まれているような、ウィスキーやワイン、ラムなどの酒はあまり多くない。オレたちはカウンターに座ると、酒ではなくサイダーを注文した。さすがに昼間から酒を飲んで、酔っ払う気にはなれない。
「はいよ、サイダー2つお待ち!」
「ありがとうございます!」
オレとライラは、サイダーをひと口飲んだ。疲れが、サイダーの甘味で緩和されたように感じられた。やっぱり疲れを感じた時には、甘いものが一番だ。
「兄ちゃん、人族とは珍しいね」
サイダーを運んできた店主が、オレに声をかけてきた。
「見ない顔だけど、旅人かい?」
「はい。パイラタウンに向かっている途中なんです」
「そうか。それじゃあ、今日到着したブルーホワイト・フライキャッチャー号に乗っているんだな?」
オレが頷くと、店主も納得したように頷く。
「どうだい? オリザ国の感想はあるかい?」
「獣人族が多いのにも驚きましたが、人々が4つの身分に分かれていることには、もっと驚きました」
「わたしもです! これまで身分が分かれているところにはあまり行かなかったので、ちょっとビックリしています」
オレとライラがそう云うと、店主はコップを拭きながら答えた。
「そうだろう? 俺たちのような庶民が一番多いんだ。トキオ国の60パーセントを占めているのが、庶民なんだ。そして残りの20パーセントが、富裕層。残った王族と神官は、それぞれ王族が10パーセントと神官が5パーセントという少数派だ。だけど、富と権力の多くは、王族と神官が持っているんだよ」
「そうなんですか。やっぱり、庶民が一番多いんですね」
ライラが店主の話に納得して、サイダーを飲む。
店主の話に、間違いはなさそうだ。オレも納得した。どこに行っても、一番多いのが庶民で、そこに富裕層と王族が続いていく。そしてそれらは、数が少ないことと対照的に、富や権力は大量に持っている。オリザ国でも、そうした傾向は変わらないものだな。
オレはサイダーをひと口飲んだ。
そして、コップをそっとカウンターに置いた。
カランと、サイダーの中の氷が音を立てる。その音に気づいたらしく、店主が振り向いた。
「おかわりですか?」
「いえ、さっきの話なんですが、残りの5パーセントは何ですか?」
オレが尋ねると、店主は一瞬だけ首をかしげた。
「はい……?」
「庶民が60パーセントで、20パーセントが富裕層。そして王族が10パーセントで、神官が5パーセント。これだと全て合わせたら95パーセントです。残りの5パーセントは、何ですか?」
「……あぁ! そうでしたね!」
店主は思い出したように云い、拭き終えたコップをそっと置いた。
「これは失礼しました! 実はオリザ国には、王族や神官よりも位が高い人々が居るんです。それが、残りの5パーセントになるんですよ」
「それは、どんな人々なんですか?」
「白狐族と呼ばれる人々です」
オレは初めて聞く単語に、目を丸くした。
白狐族。きっと、獣人族に分類される種族だろうとオレは考えた。
「びゃっこぞく?」
「どんな人々なんですか?」
「それはですね――」
店主が云いかけた時、他の客が店主を呼んだ。
「はい、ただいま……お客さん、すみません。後でお話しますので……!」
店主はそう云って、注文を取りに走っていく。
肝心な情報が訊けず、オレはため息をついた。
まぁ、こういうことはよくあることだ。
大人しく、店主が戻ってくるのを待つとするか。
その時、オレの隣に1人の男がやってきた。
「なぁ、兄ちゃん。さっき、店主と白狐族について話していたか?」
「えぇ、話していましたが……あなたは?」
少し警戒しながら、男に尋ねた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。俺は獣人族黒猫族のナックルといって、オリザ国で生まれ育ったんだ。白狐族についても、もちろん知っているぜ」
ナックルと名乗った男は、手にビールが入ったグラスを持っていた。
グラスのビールは、半分ほどに減っている。
「白狐族について、知っているんですか?」
「あぁ、もちろん。教えてもいいぜ?」
「お願いします! 教えてください!」
オレの言葉に、ナックルは頷いた。
「わかった」
ナックルによると、白狐族とは獣人族に含まれる種族の1つだった。
その名の通り、白い髪を持つ狐族らしい。オリザ国の国名にもなっている、オリザ山という場所にしかおらず、しかも人前に滅多に姿を現さないという。オリザ国にいる者でも、その姿を見た人はほんの一握りであり、王族であっても見れない人は一生見ることが叶わないこともあるという。
人によっては、その存在自体を信じていない人もいる。
「……俺が知っているのは、これくらいだな」
ナックルは話し終えると、ビールを飲み干した。
「あの、オリザ国で白狐族が最もえらいと云われているのは、なぜですか?」
「さぁ……? それは俺にも分からないんだ。滅多にお目に掛かれないから、神官よりも貴重ってことで、誰かが云い出した根拠のない噂かもしれないな。滅多にお目に掛かれないなんて、まるで銀狼族みたいだよな」
ナックルは笑いながらそう云うと、オレの背後に目を向けた。
オレの背後には、ライラがいる。どうやら、ライラを見ているようだ。
「そういえば、あんたの連れはずいぶんと美しい女みたいだが……白狐族ではなさそうだな。もしかして……銀狼族か?」
「!?」
ライラがオレの背後で緊張しているのが、オレに伝わってきた。
もしもナックルが奴隷商人だったら、ライラを奪われるかもしれない。
オレは生唾を飲み下した。
「いや、銀狼族ではないよ」
「そうかぁ……いや、そうだよな。白狐族と同じかそれ以上に、滅多に人前に姿を現さないといわれる銀狼族だ。北大陸の奥地にしかいないから、こんな場所に居るわけないよな。白狼族もオリザ国にはいないしから、だとしたら……白犬族か!」
手をポンと叩いて、ナックルが叫んだ。
その直後、オレの背後から漂ってくる気配が、変わった。怒りの感情を含んだ気配が、ひしひしと伝わってきた。
マズい!
ライラに対して犬と呼ぶのは、禁句だ!
「い、いえ、彼女は犬ではなくて――」
「白犬族なら、珍しくもなんともないな。オリザ国にもいっぱい白犬族はいるぜ。そういえば、白犬族に限らず、犬系の獣人は人族と相性が良い人が多いんだ。従順になる奴も多いから、あんたも色々と楽しんでいそうだな。なんといっても、わんわん遊びができるもんな! 美人の白犬族の女とイイコトできるなんて、羨ましいぜ!」
「え、えーと……」
マシンガントークを繰り出すナックルに対し、オレは答えに困った。
色々と楽しんでいるのは間違っていないが、ライラとわんわん遊びなんて、したことがない。ライラは犬扱いされるのが、好きじゃないからだ。
下手に肯定してしまうと、ライラを怒らせてしまう。
ライラが怒りに震えているのにも気がつかず、ナックルは一通り喋ってから、フラフラとした足取りで酒場を出ていった。
そしてそれから少しして、オレたちも酒場を後にした。
「あんな失礼な人、生まれて初めて!!」
酒場を出てから、ライラは怒りの感情を露わにしていた。
無理もない。犬呼ばわりされることに、ライラは敏感だ。犬系の獣人という事実を指摘されるだけでも嫌がるのに、あそこまで色々云われてしまった。抑えようとしても、抑えられないのだろう。
時折、すれ違う人が若干引いた様子で、オレたちに道を開けていく。ライラが放っている怒りのオーラは、他の人にも伝わっているようだ。
「わたしは犬じゃなくて狼なのに! あぁ、もう本当にイライラする!」
「ライラ、落ち着いて!」
オレは刺激しないように気を配りながら、ライラに云った。
今のままじゃ、頭を撫でても効果は望めない。それに人通りが多い中で、ライラの頭を撫でるようなことは、恥ずかしくてできなかった。
これはもう、ライラが暴走しないように注意しながら、怒りが収まるのを待つしかない。
ライラとずっと一緒に過ごしてきたオレでも、ライラがここまで怒ったのを見るのは、初めてだ。
オレの前で他の男から犬呼ばわりされたことで、堪忍袋の緒が切れた……というより、引きちぎられてしまったのだろう。ライラにとっては、きっと公開処刑されたようなものだ。
「まるで大勢の人の前で、裸にされて尻尾を集中攻撃されて辱められたみたい!! レディに向かって、なんてデリカシーが無いの!? あのネコは!!」
「ライラ、声が大きいよ……!」
「ビートくん、今度あんな失礼なこと云ってきたら、噛みついてやるわ! わたしをビートくんの前で侮辱することがどういうことか、絶対に思い知らせてやるんだから!!」
「ダメだよライラ! 正当防衛にならないよ! 騎士団に捕まっちゃう!!」
今のライラなら、本当に噛みつきそうだ。
誰か、オレの妻の気持ちを鎮めてください!!
大金貨を望むだけ、支払いますから!!
オレは天に祈りたくなる気持ちを抱きながら、ライラと共に歩いていった。
「た、助けて!!」
歩いていたオレたちの背後から、誰かが助けを求めてきた。
振り返ると、フードを被った獣人族の少女が、2人組の男から逃げていた。
少女は、そのままオレたちの背後に隠れ、オレたちは2人組の男と少女に挟まれてしまった。
「なっ、何!?」
先ほどまで怒っていたライラも、突然の出来事に驚いたらしい。
「おいそこの人族! その少女をこっちに渡せ!」
「ちょっと待ってください! 突然なんですか!?」
オレは何が何だか、分からなかった。
突然現れて、オレたちの後ろに隠れた少女を渡せと云われても、素直に応じられない。
「こんな小さな女の子を、大の大人2人で追いかけまわすなんて、どういうことですか!?」
「やかましい!」
すると、1人の男がナイフを取り出した。
「こっちは急いでいるんだよ! さっさとその犬っ娘の後ろにいる――」
あっ、ヤバイ。
オレがそう思った直後だった。
バキュン!!
1発の銃声が、轟いた。
「ギャアッ!」
ナイフを持っていた男が、ナイフを落として右肩を抑える。
どうやら弾丸は右肩を掠ったらしい。
銃を撃ったのは、もちろんライラだ。
「誰が犬っ娘よ! わたしは狼なのに……!」
ライラが手にしたリボルバーの銃口から、硝煙が立ち上っている。
背後に隠れている少女は、突然ライラが発砲したことに驚いたらしく、フードから微かに見える口元が引きつっていた。
オレもリボルバーを抜くと、2人組の男に銃口を向けた。
「オレの妻を愚弄するとは、いい度胸だ! まだ抵抗するというなら、このリボルバーを相手にしてもらう!」
「く……くそう!!」
撃たれた男を、もう1人の男が介抱した。
「覚えてやがれ!!」
典型的な捨て台詞を吐き捨てて、男たちは立ち去っていく。
リボルバー2挺は、相手が悪いと判断したのだろう。それは賢い判断だ。
だけど、あの捨て台詞だけはないだろう。昔の映画じゃないんだから……。
オレがリボルバーをホルスターに戻すと、ライラも慌ててリボルバーをホルスターに戻した。
「び……ビートくん、わたし……撃っちゃった……!」
ライラが、顔を青ざめていく。
強盗ではない相手を撃ったことに、今更ながら恐怖を感じたようだ。
「ライラ、心配することは無いよ。今のは正当防衛だ。相手はナイフを持っていたし、侮辱されたから銃を手にしたから、ちゃんとした正当防衛だよ」
オレがそう云うと、ライラの表情が柔らかくなった。
「あ……あの……!」
ライラの後ろにいた少女が、オレたちの前に出てきた。
「たっ、助けていただき、ありがとうございますっ!」
少女はフードを取り、オレたちにお辞儀をした。
小さいのに、かなりしっかりしているみたいだ。
少女は白い髪の毛を持ち、同じく白い獣耳と尻尾を持っていた。
白狼族か? それとも白犬族だろうか?
オレはそう思ったが、どちらも違うような気がした。
少女の尻尾は、ライラのものよりも細い。それに9本もある。
これは狼系の獣人ではない。
だとしたら、九尾族だろうか?
「私は、シロっていいます」
「シロちゃんね。わたしはライラ。隣に居るのは、ビートくんよ!」
ライラが、シロにオレのことまで紹介する。
気が早いが、いずれすることだ。
「シロちゃんは、どうして追われていたの?」
「私が、白狐族だからです」
「……えっ!?」
オレとライラは目を丸くして、顔を見合わせてから、同時にシロを見た。
この少女が、あの白狐族だって!?
しばしの間、オレたちは信じられず、その場に立ち尽くした。
「……そうだ!」
オレはポケットをまさぐり、小袋を取り出した。
それは、米が入った小袋だった。
ホープで、カリオストロ伯爵から貰った、米入りの小袋。
『オリザ山で、その小袋を渡すんだ。すぐに通してもらえる。そしてきっと、力になってくれるはずだ』
カリオストロ伯爵が、そう云っていた。
そしてオリザ山といえば、白狐族が暮らしていると云われる場所だ。
もしかしたら、白狐族とこの小袋は、何か関係があるのかもしれない。
オレはそれを、シロに見せた。
「シロちゃん。これに見覚えはある?」
「これは……!」
シロに小袋を見せると、シロは目を見開いた。
とても信じられないというような目で、オレと小袋を何度か見る。
「ある貴族から、これを持ってオリザ山に行くように云われてきたんだけど、何か知ってる?」
オレの問いに、シロは何度もコクコクと頷いた。
「それ、もらってもいいですか……?」
「あぁ、いいよ」
「実は、わたしも持っているの」
オレが小袋をシロに手渡すと、ライラも小袋を取り出した。
ライラもシロに小袋を手渡すと、シロは何度も見てから、頷いて小袋を服の中に入れた。
そして、オレたちを真剣な眼差しで見た。
「……助けていただいたお礼もしたいので、ついてきてくれますか?」
「いいけど、どこへ行くんだ?」
「オリザ山です」
シロの答えに、オレたちは息を飲んだ。
オリザ国で最もえらいと云われる白狐族と出会い、オリザ山に向かうことになるとは……!
オレたちの身体に、緊張が走るのを感じた。
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