第67話 ながい夜
朝が、訪れた。
オレとライラが目を覚ましたのは、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の個室ではない。
一軒家の、ベッドの中だ。
窓から明かりが注いでいるのを感じて、オレは目を覚ました。
枕元に置いた懐中時計を見ると、朝の7時より少し前だ。起きるには、ちょうどいい時間だろう。
オレが起き上がると、ライラも目を覚ました。
なぜライラは寝ていても、オレが目を覚ますことに気づけるのだろう?
「ビートくん、おはよう」
「おはよう……ライラ、オレが目を覚ましたこと、分かるの?」
「うん!」
オレの問いに、ライラは頷いた。
「どうやって?」
「気配で分かるの。だからビートくんが目を覚ましたら、わたしも目を覚ませるの。それに……」
ライラは少しだけ、顔を紅くした。
「いつもどんなときも、ビートくんと一緒に居たいの。だから、ビートくんと一緒に起きて、ビートくんと一緒に寝るの」
「でも、それってオレが起きたら、ライラも起きるってことだよね? 熟睡できるの……?」
「大丈夫よ、よく眠れたわ」
その言葉に嘘は無いらしい。
ライラの目はくっきりとしていて、オレよりもよく眠っていたのかもしれない。
「さ、そろそろ起きようよ!」
ライラの言葉に、オレは頷いた。
身支度を整えてから、部屋を出て居間に入ると、カルロスが朝食の準備をしていた。
オレたちは準備を手伝い、カルロスと共に朝食を食べた。自家製バターを乗せただけのパンケーキは、甘さ控えめなのにとても美味しく感じられた。
そしてついに、オレたちとカルロスが別れる時が、やってきた。
「「本当に、ありがとうございました!」」
オレとライラは、カルロスに頭を下げた。
「いやいや、礼には及ばん。私も久しぶりに客人と話せて、楽しかったよ」
「あの、1つ訊いてもいいですか?」
オレが尋ねると、カルロスは頷く。
「どんなことかね?」
「カルロスさんは、人と話すのが嫌いじゃないのに……どうしてこんな周りに何もない環境で、1人で暮らしているんですか?」
昨日からずっと、オレはそのことが疑問だった。カルロスの家がある場所は、地平線まで何も見えない、平野のような場所だ。歩いていける距離にモントの町があるとはいえ、こんな場所で暮らす理由があるのだろうか?
世捨て人か、人嫌いなら、こんな場所で暮らしているのも理解できる。周りに人がいない環境は、世捨て人や人嫌いには理想的だ。
だけど、カルロスは世捨て人でもなければ、人嫌いでもない。そうでなければ、オレたちをこうして泊めて、食事を振舞ったり、ギターを演奏してくれたりはしない。そもそも、モントの町で声をかけてくることさえ、しなかったはずだ。
「それが、好きなのさ」
カルロスは、そう答えた。
「孤独で居たいだけなのさ。孤独でいると、人に対して優しくなれる。それに静かに過ごせるからね」
カルロスの言葉に、オレは頷いた。
少しだけ、カルロスの気持ちが理解できたような、気がしたためだ。
オレたちはカルロスに見送られて、モントの町へと歩み始める。
モントの町に戻ると、そのままモント駅に停車しているブルーホワイト・フライキャッチャー号の個室へとオレたちは戻った。
そして昼過ぎに、ブルーホワイト・フライキャッチャー号はモント駅を出発した。
夜になっても、次の停車駅に向かってブルーホワイト・フライキャッチャー号は、走り続けていた。
次の停車駅であるオリザ国への到着まで、まだまだ時間があった。
夕食を食べてから、オレたちは早めに床に就こうと考えていたが、一向に眠くならなかった。
「ビートくん、眠くならないね」
そのことを先に指摘したのは、ライラだった。
「そうだね。オレもなぜか、眠くならないよ」
「不思議ね。ビートくんとわたし、2人とも眠くならないなんて……」
「もしかしたら、これも運命なのかもしれないな」
オレの言葉に、ライラは顔を紅くする。
「もうっ、ビートくんったら!!」
尻尾を左右に振り、ライラは喜びをあらわにする。
そんな分かりやすい仕草をするライラは、可愛らしい。
「コーヒーでも、飲もうか?」
オレは、ライラに訊いた。夕食を買いに売店へ行ったとき、オレはビン入りの水出しコーヒーを2本、買っておいた。濃いコーヒーだから、朝の眠気覚ましに使おうと考えていた。だけど、眠れない夜になったのなら、いっそのこと今飲んでしまってもいいだろう。
「ううん、それはいいわ」
ライラは首を横に振ると、自分の隣をポンポンと叩いた。
「ビートくん、ここに寝転がってみて」
「そこって……いつもオレが寝ている場所だよね?」
オレが指摘すると、ライラは微笑んだ。
「いいから、いいから」
「それじゃあ……」
ライラに促されたオレは、云われるままにライラの隣で横になった。
仰向けになって上を見ると、淡い光に照らされた天井と、ライラの顔が見えた。しかし、ライラの顔は半分ほどしか見えない。ライラの大きな胸が、顔を隠してしまっているためだ。
「ビートくん、今夜は特別な夜にしようね……」
「特別な……夜……?」
オレの顔を覗き込んで、ライラがそう云う。
ライラが何を考えているのか、オレにはほとんど分かった。
あえて何がとは云わないが、どうやら今夜も、オレはライラに搾り取られてしまうらしい。
昨日はカルロスの家に居たから、当然そんなことはされなかった。だけど、今いるこの場所は別だ。ここは今、オレとライラのプライベートルームになっている。
多少の揺れはあっても、ライラはそんなことは気にしない。
ライラが相手なら大歓迎だが、正直オレは自分の身体がどこまで持つか、不安だ。
うう、せめて身体が持ちますように……!
オレは心の中で、そう祈った。
ライラが、灯りを消した。
ついに、始まるのか――!
オレがそう思っていると、ライラは立ち上がって、天井の辺りを手探りし始めた。
何を始めると、いうのだろう?
すると、天井の一部が開いた。
正確には、窓があって、その前に掛かっていたブラインドが取り除かれた。
ライラがブラインドを取り除いていくと、窓の外に満天の星空と満月が現れる。満月は太陽のように光を放っていて、夜空には天の川も見えた。
全てのブラインドが消えると、まるで夜空の中に浮かんでいるような感じがした。
「すごいや……!」
「でしょ!?」
ライラはベッドに座り、そのままオレの隣に寝転がった。
「ライラ、どこでこれを知ったの!?」
「少し前に、天井に手を掛けた時よ。その時に、天井だと思っていたところが、ブラインドに覆われていることに気づいたの。それでブラインドを動かしてみたら、そこに窓があったの」
ライラの答えに、オレは寝転がったまま頷いた。
こんなすごい仕掛けがあったなんて、ちっとも気がつかなかった。ここから見える景色は、まさに絶景だ。
仕掛けを見つけてくれたライラに、オレは感謝の気持ちが沸き上がってきた。
「ライラ、素晴らしいものを見せてくれて、ありがとう」
「えへへ……どういたしまして!」
オレとライラは、しばらくの間寝転がって、夜空を見上げていた。
どれくらい時間が経っただろうか。
時間が経つのも忘れて、オレたちは夜空を見上げ続けた。そのおかげか、まるで夜空に浮かんでいるような感覚に、オレたちは包まれていた。
天の川がオレたちの真上まで着た頃、ライラが口を開いた。
「ねぇビートくん、天の川のお話って、覚えてる?」
「天の川のお話?」
「ほら、星祭りが近づくと、よく読んでいたあの絵本!」
「……あぁ、あれかぁ」
ライラの言葉で、オレは思い出した。
グレーザー孤児院に居た頃、グレーザーでは夏前になると星祭りが行われていた。そしてその星祭りに関する、ある絵本が、グレーザー孤児院にはあった。
オレもその絵本は、何度か読んだことがあった。
昔、一組の男女が出会って恋に落ちた。
しかし、いつも一緒にいるのを快く思わなかった地主によって、2人は川によって引き離されてしまった。さらに1年に1回しか、会うことを許されなかった。それを悲しみ、2人は川に身を投げて死んでしまった。
それを知った神様が可哀そうに思い、2人を星たちの世界に迎え入れ、1年に1回だけ天の川で会うことを許してくれた。星たちの世界での1年は、今いる世界の1日に当たるため、男女はとても喜んで幸せに暮らした。
この絵本を、星祭りが近づいてくると、ライラはよく読んでいた。
もちろんオレも、一緒になって読んだことは何度もある。
オレは、ライラに顔を向けた。
「ねぇライラ。もしもライラが1年に1回しかオレと会うことが許されなかったら、どうする?」
「もちろん、決まっているわよ!」
ライラはオレに顔を向けた。
オレたちは星空の下で、寝転がりながら向き合う形になった。
「そんな決まりを作った人をやっつけて、ビートくんに会いに行くの! わたしのビートくんへの気持ちは、誰よりも強いのよ! たとえ相手が地主でも誰であっても、絶対にやっつけてビートくんの所に行く。わたしの帰る場所は、ビートくんの腕の中だけだから!」
「そう云うと、思ったよ」
ライラの答えに、オレはそう返す。
やっぱりライラは、ブレない。オレに対する気持ちは、一途そのものだ。それがオレにとっては、すごく嬉しい。こんなオレのことを、どこまでも一途に慕ってくれる唯一の女性なのだから。
ライラがそう云うなら、オレはこれで答えるべきだろう。
「それじゃあ、こうしようか」
オレはそっと、ライラに手を回す。
何が始まるのか、ライラも分かっているらしく、そっとオレの腕に身体を預けてきた。
オレはライラを、優しく抱きしめた。
ライラから体温が伝わってきて、さらにいい匂いも漂ってくる。
柔らかいライラの肌に触れていると、癒されていくのを感じた。
「おかえり、ライラ」
「ビートくぅん……」
ライラはオレに身体を預けながら、尻尾を振った。
「なんだかわたし、グレーザー孤児院の夜を思い出してきちゃった」
「それって、ライラが自分の夢を話してくれた、あの夜……?」
「うん……!」
ライラが頷き、オレもその夜のことを思い出す。
今日のように満月が出ていて、眠れない夜だった。散歩に出たオレとライラがばったり出くわし、そこでライラがオレに自分の夢を話してくれた。両親に会いたいという、誰にも話したことが無かった夢を。
思えば、あの夜からオレは、少しずつライラを意識するようになっていった。
2人だけの秘密が、できたためだろうか?
「懐かしいなぁ……あの夜から、全てが始まったのかもしれないな」
「きっと、そうだよ。わたし、あの夜からビートくんのことを考えると、尻尾がブンブンと揺れるようになったの。ビートくんのことが好きになった夜に、間違いないの!」
「そうか……。実はオレも、あの夜からライラのことを少しずつ意識するようになったんだ」
オレがそう云うと、ライラの顔が明るくなった。
満月が放つ光で、それはよく分かった。
「嬉しい……!」
「夜は長い。ライラ、今夜は寝かせないからね……?」
「きゃんっ!」
オレは少しだけ手を緩めてから、再びライラを抱きしめた。
その後、オレたちは夜が明ける頃まで、お互いの想いを打ち明けた。
月明かりの下で喜ぶライラは、魅力的な笑顔を何度も見せてくれた。
そして東の空が白くなり始めた頃、オレたちはブラインドを閉めて、眠りについた。
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