第65話 山賊たちとの別れ
「ビートくん、ありがとう!」
「わあっ!?」
ライラが、オレの右頬に軽くキスした。
一瞬のことだったが、キスされたという事実が、オレの体温を一気に上げていく。
「ビートくんのおかげで、満足のいくポムパンができたわ!」
「お、オレは別になにも……」
「ううん、ビートくんのおかげよ! ビートくんがメープルシロップを見つけてくれなかったら、ポムパンはできなかったわ! ビートくん、ありがとう!」
ライラは何度もオレに、お礼の言葉を云ってくれた。
嬉しかったが、ライラの背後では山賊が、羨ましそうな目でオレを見つめていた。その時のオレは、後で山賊から制裁を受けるのではないかと、少しだけ気が気でなかった。
ライラは自らの手帳に、ポムパンの作り方をメモとして残した。
オレたちはアジトを出て、山賊たちと別れ、エルヒに戻ることになった。
エルヒに戻るまでの間は、アルトムと数人の山賊が付き添ってくれた。この辺りは道に迷いやすく、山に慣れた者でも道に迷うことがあるとアルトムから教えられた。アルトムたち山賊は、すでに何度も行き来しているため、道は頭の中に全て入っているため、迷うことは無いらしい。
さらに山賊の特徴として、一度通った道は絶対に忘れないのだとか。
正直、そんな能力があるのが少しうらやましく思えた。
そしてオレたちは、暗くなる前にエルヒまで戻って来れた。
「本当に、ありがとうございました」
アルトムが、オレたちに頭を下げた。
「ライラさんのおかげで、彼のケガが直るまでの間は、ポムパンの交易も滞りなく行えます。それに味見しましたが、あんなに美味しいものを作ってもらえるなんて、正直予想外でした。増益が見込まれます。本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ、お世話になりました」
「ポムパンの作り方を教えていただき、ありがとうございました!」
オレとライラも、アルトムにお礼を述べる。
「また何かありましたら、どんなことでもお力になりましょう!」
「よろしくお願いします」
オレとアルトムは、そう云って握手を交わした。
そしてアルトムたちはアジトへと戻っていき、オレとライラはブルーホワイト・フライキャッチャー号へ戻っていった。
個室に戻ってきてベッドに座ると、オレは目を見張った。
ライラが服の中から、パラフィン紙に包まれたポムパンを2つ取り出した。それは間違いなく、アルトムたちに全て引き渡したはずの、ライラお手製のポムパンだった。
それにしても、胸元から取り出すとは……。
「はい、ビートくん」
ライラは取り出したポムパンを1つ、オレに手渡してくれた。
さっきまでライラの胸元にあったためか、ほんのりと温かい。
「ライラ……これってさっきのポムパンだよね?」
「うん!」
「全部、アルトムさんたちに引き渡したはずじゃあ……?」
「こっそりと2つだけ、余分に作っておいたの」
ライラが、口元に右手の人差し指を当ててそう云う。
「どうしても、ビートくんには味見じゃなくて、ちゃんと食べてほしくて……。だからビートくん、これは内緒よ?」
「わ……わかった」
今さら返しに行ったところで、何の得にもならない。
これはライラとオレだけの、秘密にしておいたほうがいい。それに食べてしまえば、証拠は残らない。
「それじゃあ、さっそくだけど……いただきます」
ライラにそう云うと、オレはパラフィン紙の包みを解き、ポムパンにかじりついた。
「……うん、美味しい!」
山賊のアジトで食べたものと同じで、美味しい。
ベリー類が豊富に入っていて、ベリー類の甘酸っぱさと、メープルシロップ由来の香りと甘さが調和している。時折、ジャーキーも顔をのぞかせるが、ほどよい塩気を提供してくれた。おかげで途中で味に飽きることもなく、最後まで美味しく食べられた。
そして1本丸々食べてしまうと、十分な満足感も得られた。
「ごちそうさまでした!」
オレが食べ終えると、ライラは尻尾をブンブンと振って、喜びを露わにしていた。
「それにしても、どうして砂糖を最後まで使わなかったの?」
食べ終えてから、オレはライラに尋ねた。
ライラが作ったポムパンに足りなかったものは、なんといっても甘味だ。砂糖を使えば、甘味は簡単に出せる。それは数々の料理が証明していることだ。
だが、ライラは砂糖を使うのを避けていた。
カロリーが上がってしまうためだろうか? 分からなくはないが、甘味はポムパンにとっては重要な要素だ。ポムパンは非常食としても重宝されるため、高カロリーであることが重要になってくる。砂糖を使えば、甘味も出せてカロリーも上げられる。使わない手は無い。
「ビートくん、わたしはただ単にポムパンの作り方を知りたくて、ポムパンを作ったわけじゃないの」
「えっ、そうだったの!?」
オレは驚いた。
ライラがポムパン作りを志願したのは、ポムパンの作り方を覚えるためだとばかり思っていた。
「わたしね、ポムパンを銀狼族の村の特産品にしたいなって、思ったの」
「特産品に……?」
オレの言葉に、ライラは頷いた。
「村の人たちって、時々鉱山に出かけたり、狩猟に出たりするでしょ? そのときに長期保存ができて、普段から食べてもいいし、非常食にもなるものがあったら便利だと思わない?」
「それはあったら確かに便利だ」
「ポムパンが、それにピッタリじゃないかなって、思ったの」
ライラはポムパンを手に、そう云った。
「だからわたし、材料は全て銀狼族の村で自給自足できるもので作りたかったの。でも甘味を出すためには、砂糖を使わないといけない。だけど砂糖は、連絡員が買いつけてくるから高いでしょ? 行き詰っていたときに、ビートくんがメープルシロップを見つけてくれたおかげで、自給自足できる理想的なポムパンが作れたの!」
その言葉で、オレはようやく理解できた。
ライラが材料をベリー類やジャーキーといった、銀狼族の村で調達できるものばかりで作っていたことを。そしてメープルシロップも、銀狼族の村で作られている。砂糖に比べると、圧倒的に安くて手に入りやすい。
銀狼族の村で作られるポムパン。
珍しい銀狼族が作ったとして売り出せば、確かに高値がつきそうだ。
「これできっと、お父さんやお母さん、それに村の人たちも喜んでくれる。村の外で売ったら、外貨も稼げるかもしれないの」
「そうか……ライラは色々と考えて、ポムパンを作っていたんだね。オレ、そこまで深く考えていなかったよ。ライラは、すごいなぁ」
「えへへ……ありがとう、ビートくん!」
尻尾を振りながら、ライラは顔を赤らめた。
夜、オレは目を覚ました。
オレの隣では、ライラがすやすやと眠っている。ポムパン作りと、山賊のアジトとの間を往復して疲れたのだろう。耳や尻尾に触れても、起きそうにない。
オレは寝息を立てるライラの横で、天井を見上げながら考え事を始めた。
ライラは、銀狼族の村という自分が暮らしていく場所に対して、何かしたいと思っていたのかもしれない。
それが今回、ポムパンを作るという形で、表に現れたのだろう。
思えばオレは、そんなことを考えたことが、一度も無かった。
これからオレも、ライラと共に銀狼族の村で暮らしていくことになる。
そうなったら、オレも何か銀狼族の村に対して、できることがあるのだろうか?
今のままなら、はっきり云ってしまうと、何もない。
ノワールグラード決戦で銀狼族を守り抜いたから、銀狼族から慕われてはいるが、だからといって何もしないのも違うような気がする。
きっとオレにも、何かできることはあるはずだ!!
しかし、何をすればいいのだろう……?
オレは頭の中で、あーでもないこーでもないと、考えを巡らせていく。いつまで経ってもいい考えが出てこずに、オレは少しイライラしてきた。
そのとき、ライラが寝返りを打った。
オレのすぐ横に、ライラの顔が来る。
「ビートくぅん……トキオ国……もう……ちょ……っとだよぉ……」
ライラが寝言で、そんなことを呟く。
トキオ国までは、まだまだ道のりがあるというのに……。
ふとオレは、何のために旅をしているのか思い出した。
オレたちはトキオ国の跡地がどうなっているのかを確かめるために、旅をしているんだった!
色々あって、忘れかけていた!
そうだ、今は銀狼族の村で自分ができることを考えている場合じゃない。
トキオ国の跡地がどうなっているのか、確かめるのが先だ!
そして父さんと母さんが、本当に死んでしまったのかどうかもだ。
もしかしたら、どこかで生き延びているのかもしれないのだから!
今は、目の前にあるやるべきことに、集中しよう。
先のことなんて、今考えてどうにかなることじゃない!
まずは、今の目的を果たさなくては!
オレはそっと、はだけた毛布を掛けた。
大きめの毛布だから、ライラと共有しても問題は無い。
ライラに寄り添うように身体を寄せると、オレはそっと目を閉じた。
ライラの体温のおかげか、オレはぐっすりと眠ることができた。
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