第64話 ライラのポムパン作り
「わたしが、ポムパンを作ります!!」
「!!?」
ライラの言葉に、オレとアルトムたち山賊が、耳を疑った。
ライラが、ポムパンを作る?
ポムパンの作り方を習ったことなど、ライラはない。ハズク先生からも、ポムパンの作り方は教わらなかった。シルヴィさんからも、オレが知る限りではポムパンの作り方など学んでいる様子は無かった。
作り方も分からないのに、どうやってポムパンを作るというのだろう?
オレには、分からなかった。
「ライラ、本気!?」
「うん、もちろんよビートくん」
ライラはそう云って頷いた。
その目は真剣そのもので、とても面白半分に云っているようには思えない。
「ポムパンの作り方、知らないのに、どうやって作るの!?」
「作り方は、作り方を知っている山賊さんから、教えてもらおうと思うの。その代わりに、わたしが作ったポムパンは全て、アルトムさんたち山賊に渡す。それなら、ポムパンも十分な量が作れると思うの。どうかな……?」
なるほど、確かにポムパンを作れる山賊から教われば、ライラはポムパンを作れるようになる。そして作ったポムパンを全て山賊に引き渡せば、山賊としては十分な量のポムパンを確保できる。これはお互いにとって、悪くない取引に思えてきた。
問題は、ポムパンを作れる者が、その条件を飲むか否かだ。ポムパンは作るのは簡単だが、簡単ゆえに技量や材料の良し悪しが味にダイレクトに出てしまう。だから美味しいポムパンを作るのは、熟練した料理人でも難しい。だからポムパンを作れる者は、その作り方を教えるのを渋る傾向にあるという。特定のレシピも無いため、美味しいポムパンのレシピは、門外不出のこともある。
すると、アルトムが立ち上がった。
「少し待っていただけますか? 相談してきます」
アルトムはそう云って、奥へと姿を消した。
しばらくして、アルトムが戻ってきた。
「ライラさん、どうかお願いいたします!」
アルトムがそう云って、ライラに頭を下げる。
それでオレは、山賊たちが出した答えを悟った。
そして、ライラの表情は明るくなった。
明るい表情になったライラは、オレにはとても美しく見えた。
ベリー類に、荒野牛の肉とバター。各種の豆類に香辛料、そして凝固剤……。
目の前のテーブルに用意された、ポムパンの材料。
ライラはポムパンの材料を目の前にして、意気込んでいた。
そしてテーブルを挟んだ向かい側には、1人の山賊がいる。山賊は右手を三角巾で吊っていた。どうやら、手が折れているらしい。アルトムから聞いたところだと、彼こそがポムパンを作れる山賊らしかった。
「ではライラさん、これからポムパンの作り方を教えます。私の指示通りに作っていただければ、美味しいものができるはずです」
「よろしくお願いします!」
ライラが山賊に一礼すると、早速ポムパン作りが始まった。
いくつもの材料を混ぜ合わせ、山賊の指導を受けながら、ライラはポムパンを作っていく。
その様子をオレは、ライラの邪魔にならないよう、少し離れた位置に置かれたイスから見ていた。
オレは、試食係としての役目を担うことになった。
ライラが作ったポムパンが美味しいものなのかどうか、味見することになっている。
どんなものが出来上がるのか、オレはライラを見守りながら、待ち続けた。
30分後。
いくつものポムパンが出来上がり、オレはそのうちの1本を、口の中に入れた。
何度か嚙み砕いて味わった後、飲み込む。
そしてオレは、感想を述べた。
「……美味しくない」
「!?」
オレの感想に、ライラは悲しそうな表情になった。そんなライラを見ていると、オレは心が痛んだ。
正直、ライラの作る料理は、どれも美味しかった。だが、ポムパンは初めて作ったとはいえ、なぜか美味しくなかった。
甘みが、足りていなかった。
「どうして……? ちゃんと教えてもらった通りに作ったのに……?」
ライラは信じられないらしく、自分で作ったポムパンを口に入れる。
何度か噛みしめて飲み込むと、ライラの頬を一筋の涙が伝っていった。やっぱり、ライラに涙は似合わない。
「ライラさん、落ち込まないでください」
ライラにポムパン作りを教えた山賊が、優しく云った。
「きっと作る途中で、何か見落としていたものがあったのかもしれません。それに、材料はまだたくさんあります。気を取り直して、作り直しましょう」
「はい……」
「ライラ、きっと甘味が足りていないんだと思う」
オレがそう云うと、ライラは頷いた。
「うん。わたしも少し食べて、甘さが弱いと思ったの。ビートくん、ありがとう」
「砂糖を使ったら、なんとかなるんじゃないでしょうか?」
山賊のアドバイスに、ライラは首を横に振る。
「その通りだと思います。でも、できれば砂糖を使いたくないんです」
「うーん……何か考えがあるんだと思いますが、砂糖を使わないとなると、難しいですね……」
山賊はやれやれといった様子で、手を振った。
「ライラ、オレも考えるよ。きっと何か、手段はあるはずだ!」
「うん、ビートくん、ありがとう」
ライラは無理して作った笑顔でそう云うと、再びポムパン作りに取り掛かった。
それから、2度3度とポムパン作りを行ったが、納得する味付けのものはなかなかできなかった。甘みを補うために、糖分を含んだ材料も使ったが、納得のいく味付けにはならなかった。
ポムパン作りは難しいとはいえ、ここまで難しいものなのだろうか?
それともライラが、材料にこだわっているためだろうか?
ライラは最初から、ベリー類や木の実を中心にして、ポムパン作りをしていた。他にも材料はあるのに、ライラはどういうわけか、ベリー類や木の実を多く使ったポムパンを、作ろうとしている。
ライラがどう考えているのか分からないが、甘みが足りないことは確かだ。オレの舌に間違いが無ければ、足りないのは甘みだ。
だけど、今のままでは同じことの繰り返しになるかもしれない。
何か、違うことをしてみないことには……!
しかし、何をすればいいのだろう?
少しでも先に進み、ライラも納得がいく美味しいポムパンを作るために、できることは……?
オレはライラのポムパン作りを見守りながら、辺りに目を向けた。
その時、オレの視界の隅で、何かが光った。
「……!」
オレはイスから立ち上がり、光ったものを見失わないように注意しながら、戸棚を探った。
そこから、そっと1つのビンを取り出した。
ビンの中に入っているのは、琥珀色をした少しとろみのある液体だった。フタを開けて、手で仰いでそっと匂いを確かめる。独特な、甘みを感じる匂いがした。アルコールの臭いは一切しない。つまりこれは、ウイスキーやダークラムではない。
メープルシロップだと、オレは確信した。
メープルシロップは、サトウカエデという木の樹液を採集して濃縮して作られる。銀狼族の村では昔から砂糖が作れないため、砂糖は貴重品だった。しかし、森に入ればサトウカエデがあったため、古くからメープルシロップを作り、それを砂糖の代用品として使ってきた。そのため今でも、砂糖は限定的にしか使われていない。
そしてメープルシロップは銀狼族の村では特産品の1つでもあり、外貨を得るためにお酒などと共に連絡員によってサンタグラードなどで売り出されてもいる。
銀狼族の村にいた時に、グレイシアからそう教えてもらった。
「……これだ!」
オレはメープルシロップを手に、ライラへと駆け寄った。
「ライラ、これを使ってみるのはどうだろう?」
オレはそう云って、メープルシロップを差し出した。
「ビートくん、これは?」
「メープルシロップだよ。さっき、そこで見つけたんだ」
オレがそう云うと、山賊が驚いた表情になった。
「あっ! それは最近になってやっと手に入れた、貴重なメープルシロップです!!」
「貴重なメープルシロップ……?」
「そうなんですよ! メープルシロップは、基本的に寒い地域でしか作られていません。そのメープルシロップは交易に交易を重ねてようやく手に入れたメープルシロップなんです。西大陸や南大陸では、メープルシロップは高値で売れます。なので、それはどうか……」
山賊がおろそろしながら云う。
確かに、メープルシロップは北大陸と東大陸の南部以外では、流通量が少ない。それは鉄道貨物組合で働いていたオレも、よく知っている。メープルシロップが運ばれてくると、時には鉄道騎士団が立ち会うほど慎重な取り扱いがされたこともあった。
主な買い手は貴族や王族といった上流階級で、オレたちのような庶民は産地以外ではたまにしか使えない。
山賊が戸惑う気持ちも、オレにはよく分かった。
だけど、ライラの悩みを解決するためには、もうこれしかない!
砂糖を使わずに、ライラは甘みを出せないか悩んでいる。砂糖がダメなら、メープルシロップに頼る以外の道は無い!
「どうか、お願いします! これでダメなら、メープルシロップの代金を支払います! お願いします! どうか、この通り!!」
オレは山賊に、頭を下げた。
なんとかして、ライラにメープルシロップを使わせて欲しかった。メープルシロップなら、きっと足りない甘みを引き出せるはずだ。
「ビートくん……」
「……わかりました」
山賊が、そう云って頷く。
「1回だけ、使っていいですよ」
「あっ、ありがとうございます!!」
オレは再度、山賊に頭を下げた。
「できた!」
ライラが、再びポムパンを作った。
今度は、メープルシロップを混ぜ合わせてある。それまでのものと、味は変わっているはずだ。
オレはできあがったポムパンの1つを手に取り、そっと口に運んだ。
「!」
何度か嚙みしめてから、飲み込む。
その様子を、ライラと山賊がじっと見守っていた。
「……美味い!!」
オレが叫ぶと、ライラと山賊の顔が明るくなった。
「メープルシロップの甘味と香りが、ベリー類の味を引き立てている! すごく美味しい! さっきのものとは、まるで別物だ!!」
「ほっ、本当!?」
「わ、私もひとつ……!」
驚くライラの横で、山賊がポムパンを手に取り、かじった。
すると、山賊の表情がみるみるうちに変わっていった。
「こ……これはなんと美味しい……!」
山賊は続いて2回、3回とポムパンを口に運んでいく。
そして最後には、まるまる1本全て食べてしまった。
「負けました。私が作ったものよりも、ライラさんが作ったものの方が味は上です」
「ほっ、本当ですか!?」
「はい……」
すると、山賊はライラに向かって頭を下げた。
「お願いします! もっと作ってください! メープルシロップを全て使い果たしても構いません!!」
先ほどまでとは、全く違った言葉だった。
メープルシロップを高いものだからと、1回しか使うのを許してくれなかった山賊が、今度はメープルシロップを使い果たしてでもポムパンを作ってほしいとお願いしている。
ライラがオレを見る。オレが目を向けると、ライラは頷いてから山賊に向き直った。
「わかりました。もっともっと、作ります!」
ライラは再び、ポムパンづくりに取り掛かった。
材料が無くなる頃には、ライラが1人で作ったとは思えないほど、大量のポムパンができあがった。
そしてできあがったポムパンは、約束通り全て山賊たちに引き渡した。
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