第62話 山賊たちとの再会
エルヒに向かいながら、ベーゲル山の山中を走っていくブルーホワイト・フライキャッチャー号。
その個室で、オレとライラはセミツインサイズのベッドの上で、景色を眺めていた。
「ビートくん、山の中に来るなんて、久しぶりじゃない?」
「うん。これまでは平野を走っていくことが多かったからね」
オレはライラの問いに、そう答えた。
鉄道はあまり、山中に敷かれることはない。急勾配に強く無い鉄道特有の弱点と、山中に線路を敷くコストを考えると、割に合わないからだ。さらに、山賊に列車が狙われる危険性もある。そのため線路のほとんどは平野に敷かれ、山を経由する場合は迂回するか、トンネルを掘ることのほうが圧倒的に多い。
ベーゲル山のように、山中に線路を敷くこと自体が、あまりないことだ。
ベーゲル山は、固い岩盤が多いために、トンネルを作ることができなかった。そしてベーゲル山に連なる山々が山脈として横たわっているため、迂回した線路を敷くのにも、莫大な費用がかかった。
そのため、例外的に山中に線路を敷くことになったのだ。
しかし、山中に線路を敷くことは、山賊にとって列車を襲うために好都合でもある。
オレは常に手に取れる場所に、ソードオフとリボルバーを置いていた。
何かあれば、すぐに手に取って、相手に向けられる。
ライラに手を出すようなら、問答無用で発砲する心構えもできていた。
だけどもちろん、何事も無いのが一番だ。
できることなら撃ちたくないし、殺傷は避けたい。
「ビートくん、お腹痛いの?」
「えっ?」
「なんだか、表情が険しいよ?」
ライラに指摘されて、オレは考えていることが、表に出ていると知った。
このままでは、いけない!
「い、いや、なんでもないよ!」
オレはそう云った。
「そう? お腹が痛いとかじゃないなら、いいけど……」
ライラはそう云って、再び窓の外に目を向けた。
そんな俺たちを乗せたまま、列車はエルヒに向かって、線路を進んでいった。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号は、道中何事もなくエルヒの駅に到着した。
エルヒは、ベーゲル山の中腹ほどの位置にある、小さな町だ。
町というよりも、その規模は村に近い。
山の中の町とだけあって、人口はさほど多くは無い。
しかし、山の中でしか採れない貴重な山菜やきのこ類、そして獣の肉を加工した保存食が売られている。
「ビートくん、珍しいものがあるよ!」
駅を出た直後に、ライラは大きな切り株の前にまで走っていく。
切り株はテーブルくらい大きく、パーティーで使えそうだった。
「わたし、こんなに大きな切り株を見たの、初めて! グレーザーにも銀狼族の村にも、こんなに大きな切り株なんて無かったよ!」
「オレも初めて見たよ。この切り株を囲んで、パーティーとかできそうだな」
「楽しそう! おとぎ話みたい!」
ライラは無邪気に笑う。
確かに町はのどかだし、これだけを見れば、平和な山の中の村だ。
だけど、山の中の町は、山賊が襲ってくる確率も高い。一見平和に見えても、それが仮初めのものである可能性もある。
用心するに、越したことは無い。
オレは常に、ライラの手を取りながら、行動することに決めた。
「山賊? いるって聞いたことはあるけど、見たことは無いね」
「山賊なんて、本当にいるのかい?」
「行商人が襲われたって話は聞いたことあるけど、ここ最近は聞かないなぁ……」
「山賊なら、たまに交易で来ることもあるよ。でも、よく来るのは山賊と名乗ってはいるけども、どちらかというとマウンテンマンのような連中だね」
出会う人々に山賊のことを尋ねると、そんな答えが返ってきた。
物騒な話は、まず出てこなかった。
オレがボケンホー村で耳にした話は、何だったのだろう?
作り話だったのか?
いや、作り話にしてはリアルだ。行商人が襲われたのは、本当にあったことで間違いない。
だけど、ベーゲル山にはいないのだろうか?
「ビートくん」
エルヒの町を回っていると、ライラが声をかけてきた。
「どうしてさっきから、山賊について聞いて回っているの?」
ライラにはまだ話していなかった。
不安にさせてしまうかもしれないが、このまま黙っておくのは得策ではないな。
オレはライラに、考えていることを話した。
「ボケンホー村で、山賊の話を少し耳にしたんだ」
「山賊の話?」
「エルヒに向かう途中で、行商人が襲われたと聞いて、不安になったんだ。もしも……もしもだけど、さ……」
少し恥ずかしくなってきた。
だけど、今さら恥ずかしくなっても、後戻りなんかできない。
それに、これまでライラに云ってきたことと、内容は変わらないじゃないか!
「ライラが山賊に攫われたりしたら、大変なことになるだろ? もし集団で突然襲われたら、いくらオレたちでも対処しきれない。もしライラに何かあったりしたら、オレはシャインさんとシルヴィさんに合わせる顔が無いよ。だから、山賊の情報を少しでも多く、知っておきたいんだ」
「ビートくん……!」
ライラは尻尾を振りながら、オレの手を握った。
「わたしのために、ありがとう!」
「わあっ!?」
ライラから頬にキスを貰い、オレは驚いた。
思っていたほど山賊の情報を得られないまま、オレたちは一度ブルーホワイト・フライキャッチャー号に戻ることにした。
このまま闇雲に情報を集めようとしても、足が棒になるだけだ。
駅に戻ってくると、駅の前に人だかりができていた。
人々は、看板の前に集まっている。
「ビートくん、何かあったみたい」
「行ってみよう」
オレたちは、人だかりへと近づいていく。
人だかりに近づくと、集まっている人々の声も聞こえてきた。
「どういうことなんだ」
「出発がこんなに遅れるなんて……!」
「急ぎの人は、どうすればいいのかね……?」
出発が遅れる?
急ぎの人はどうすればいい?
列車に何か、問題でもあったのだろうか?
オレたちは人だかりをかき分けながら、看板の前に出た。
そこの看板には、次の内容が書かれたお知らせが張り出されていた。
【緊急のご案内】
先ほど、次の停車駅モント駅との間で倒木があり、線路が塞がれてしまいました。
エルヒ駅とモント駅の職員が、倒木の撤去並びに線路と周辺への安全確認を行っております。
作業完了までお時間を頂くこと、そしてこの先の勾配を登るために、機関車を重連する作業を行います。
そのため、ブルーホワイト・フライキャッチャー号はエルヒ駅にて72時間停車いたします。
お急ぎのところご迷惑をお掛けいたします。
復旧まで今しばらくお待ちください。
「……なんてことだ」
オレは愕然とした。
「オレたちは72時間、エルヒ駅で過ごさなくちゃならない」
「そんなあ!!」
ライラが叫んだ。
無理もない。エルヒは山の中腹にある、ちょっとした休憩地点のような場所だ。宿屋はあっても、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の乗客全員が宿泊できるような宿は無い。
アークティク・ターン号では、ほとんど起こらなかったトラブルだ。小さな駅に臨時停車することはあっても、それは数時間のことだ。72時間のような長時間の停車は、よほど大きな駅でないとあり得なかった。
ここに来て、こんなトラブルに見舞われるなんて……!
「ビートくん、どうしよう?」
「オレたちにできることは、ないなぁ……」
線路の倒木をどけたり、安全確認を行うのは、駅員の仕事だ。
強盗を相手に戦うことはできても、自然だけはどうしようもない。
できることといえば、駅員が一刻も早く倒木の撤去と、線路の安全確認を行うことだけだ。
そして、機関車を重連にする作業も。
「……ライラ、何か食べに行こうか」
「うん……」
オレたちは、看板の前から離れていった。
「あれっ、ビートさんにライラさんでは!?」
エルヒの街を歩いていた時、聞き覚えのある声がオレたちを呼んだ。
「だっ、誰!?」
「あぁっ、やっぱりビートさんだ!」
声がした方を、オレは見た。
そこにいたのは、なんとかつて助けた山賊のアルトムたちだった。
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