第60話 アケド村の決闘
夜が明けた。
オレが目を覚まして隣を見ると、ライラはオレを抱き枕替わりにして、まだ眠っていた。
どこからか、ライラのものではない、いい匂いが漂ってくる。ゲンとドウが、朝食を用意してくれているに違いない。
旅の話をしただけで、朝食まで用意してもらえるなんて、なんだか悪いなぁ……。
懐中時計を取り出してみると、もう7時を過ぎている。
そろそろ起きて、身支度を済ませないと!
「ライラ、ライラ」
抱き着いて眠っているライラに、オレは声をかけて、軽く揺さぶる。
しかしライラは、獣耳をピクピクと動かしただけで、起きなかった。
どうやら熟睡しているらしい。いつもなら、オレが名前を呼ぶと、間違いなく目を覚ますのに。
何度か名前を呼んだが、結果は変わらなかった。
「困ったな……」
早く起きないと、ゲンとドウが起こしに来るかもしれない。
そしてこんな姿を見られたら、恥ずかしいなんてレベルじゃない!
だが、オレはこんなときでも慌てたりはしない。
「しかし、こんなときは……!」
オレはそっと布団の中に手を入れ、手を動かす。
すると、モフモフしたものが指に当たった。
間違いない、ライラの尻尾だ。
オレはそれに、そっと触れた。
「それっ!」
そして少しだけ力を入れて、尻尾を掴んだ。
「ひゃうんっ!!」
ライラが変な声を出して、オレの手を振り払う。
オレはすぐに手をどけた。
「も……もう、ビートくん!! 尻尾を強く掴むのはダメだって、前にも云ったじゃない!!」
ライラが、少しだけ怒りを込めてオレに抗議する。
「ごめんごめん。ライラがなかなか起きなかったから、つい……」
「もう……!」
少し呆れた声で、ライラが起き上がった。
やっとこれで、身支度ができる。
オレたちは、ベッドから抜け出した。
「「おはようございます!!」」
オレたちが挨拶しながら、居間に入る。
昨夜夕食を食べたテーブルには、すでに朝食が準備されて、並んでいた。
「ビート王子にライラ王女! おはようございます!」
「おはようございます!」
ゲンとドウが、オレたちに向かって云う。
王子じゃないんだけど……まぁ、いっか。
「ずいぶんとお早いお目覚めで……朝食の準備は整っております。どうぞ、お召し上がりください」
「紅茶になされますか? それともコーヒーにされますか?」
いったい、どこまで至れり尽くせりなんだ……。
過剰ともいえる接待に恐縮しながら、オレとライラはドウが作った朝食をいただいた。
その後、オレたちはこれまでのお礼として、家の掃除を手伝った。
お昼より少し前に、オレたちはゲンとドウの家から、ブルーホワイト・フライキャッチャー号に戻ることにした。
「もう行ってしまわれますか、王子」
「出発までお時間が、かなりございますが……」
ゲンとドウがそう云うが、オレたちはブルーホワイト・フライキャッチャー号に戻ることにした。
「お気持ちはありがたいのですが、出発前に準備をしないといけないので……」
オレはそう云ったが、準備とは建前だった。
これ以上世話になってしまうのは、悪い気がしたからだ。旅の話を聞かせるだけで、ここまでもてなしてくれた。さらにオレがミーケッド国王とコーゴー女王の息子だと知ると、余計に気を使わせてしまったような気がした。
このまま滞在して、昼食までご馳走になってしまうと、老夫婦にかなりの負担をかけてしまうだろう。
それはできれば、避けたいと思った。
こうしてオレたちは、ブルーホワイト・フライキャッチャー号に戻ることを決めた。
最後に家の掃除を手伝ったのは、せめてもの恩返しだ。
「そうですか……心残りですが、王子がそう決めたのでしたら……」
「またアケド村にお越しの際は、是非ともトキオ国の跡地がどうなっていたのか、お聞かせください!」
ゲンの言葉に、オレは頷いた。
「わかりました。帰りにアケド村に立ち寄った折には、是非そのことをお話いたします」
「おぉ! ビート王子……その優しさ、やはりあのミーケッド国王とコーゴー女王の子でございます……!」
ゲンとドウはオレの手を握り、深々と頭を下げた。
「どうか道中、ご無事で……!」
「お世話になりました。ありがとうございました」
「美味しい料理、ありがとうございました!」
オレたちはゲンとドウに別れを告げ、駅に向かって歩き出した。
「ビートくん、まさかあんなに親切にされるなんて、思わなかったね」
「うん。なんだかちょっと、悪い気がするな」
ライラと共に歩きながら、オレはそう答える。
「ビートくん、トキオ国からの帰りに、絶対に立ち寄ろうね。わたし、またドウさんの料理食べたい!」
「うん。トキオ国がどうなっているのか見て、それを伝える約束もしたからな。必ず立ち寄らないとな」
話しながら歩いていくと、オレたちの前に1人の男が現れた。
屈強な体格を持った、単発の男。
昨日ライラを家に呼ぼうとしていた、男だった。
「どうも、おはようございます」
男はオレたちに向けて、軽く頭を下げた。
「出発のお時間まで、まだ時間があります。どうか俺にも、旅の話を聞かせてくれませんか?」
「あの、僕たちは……」
またコイツか。
列車に戻ってから、ゆっくりしたいのに……!
断ろうとしたとき、オレの耳に聞き覚えのある声が届いた。
「ビート王子、そいつから離れてください!!」
「ふぁ?」
振り返ると、ゲンとドウがこちらに向かっていた。
今の声は、ゲンのものだろうか?
「そいつはブルータスといって、ならず者です! 旅行者から金品を奪っています!!」
ゲンの叫びに、オレは目を丸くした。
「なんだって!?」
「バレちゃあ、しょうがないな……」
オレの背後から、そんな声がした。
嫌な予感が、オレの全身を駆け巡った。
「危ない!」
「フンッ!!」
オレがライラを抱きかかえて距離を取ると同時に、オレたちが少し前まで居た場所に、ナイフが振り下ろされた。
危なかった。あと一歩でも遅かったら、切られていただろう。
「クソッ、ジジイとババアのせいで……!!」
忌々しく、ブルータスが云う。
その手には、刀身の長いナイフが握られていた。オレが持っているボウイナイフよりも、明らかに長い。まるでナタのようだ。かつてジャングルで暮らす部族が使っていたという、ククリナイフをオレは思い出す。
オレはライラを、駆け付けてきたゲンとドウに任せた。
「ブルータス! どうしてこんなことをするんだ!?」
「決まっているだろ。その獣人族の女をいただこうと、思ったまでよ!」
ライラのことを指していることは、云われなくても分かった。
「その獣人族の女を、渡してもらおうか!」
「ふざけるな!!」
オレは怒鳴った。
ライラを渡すよう要求してきた者は、これまでに何人もいた。だが、オレは全て拒否してきた。力づくで奪おうとしてきた奴もいたが、全員返り討ちにしてきた。
「ライラは渡したりしない!」
「いいや、渡してもらう! そして俺の妻になってもらうのだ!」
「わたしがあんたの妻なんかになるわけないじゃない!!」
ライラが、ブルータスに向けて怒鳴った。
「わたしは身も心も、ビートくんだけのものなのよ! あんたの妻なんかになるくらいなら、死んだほうがマシよ!!」
「そういうことだ! 諦めろ!!」
「く……くそう……!!」
これで諦めてくれたら、いいんだけどな……。
オレは心の中で、そう思った。これで済んでくれるなら、これほどありがたいことはない。
できることなら、争いたくは無いんだ。
しかし、オレのそんな希望は、虚しく打ち砕かれた。
「決闘だ!! 決闘で決めるぞ!!」
あぁ、なんてこったい。
オレは自分の背丈の何倍もある、ブルータスと決闘することになってしまった。
ブルータスとの間で、決闘のルールが決められていった。
具体的には、次のように決まった。
・使う武器はナイフだけ。それ以外の武器は使わない。
・相手を傷つけるまでが許されるが、殺すことは許されない。
・助っ人を雇うのは禁止。
・どちらかが銭湯不能になるか、負けを認めた時点で勝敗が決まる。
・どちらが勝ったとしても、最終的に相手を選ぶのはライラ次第。
こうして、決闘を行うことになってしまった。
「ダメです王子! おやめくださいませ!!」
ドウがオレに云った。
「ブルータスは、この村で1番のナイフ使いです! それにブルータスには、王子でも関係ありません! どうか、どうかお考え直しを……!」
「それはできません」
ドウにオレは、キッパリと云った。
「ここで決闘を放棄したら、僕の負けになります。大切なライラを失うくらいなら、死んだほうがマシです」
オレはそう云って、ガンベルトを取り外した。そしてそこから、一緒に取り付けてあった、ボウイナイフを取り外す。ケースに入ったボウイナイフは、ケースごと革製のベルトで固定してあっただけだから、すぐに取り外すことができた。使う武器は、ナイフだけ。ブルータスがどれほどの実力者かは分からないが、このナイフは野良仕事にも日常の家事にも、戦闘にも使える汎用性の高い一品だ。相手にするには、十分だろう。
そして残ったガンベルトを、オレはライラに手渡した。
少し重たかったようで、ライラが受け取ると、一瞬だけライラが驚いた表情をした。
「ビートくん、終わったら列車に戻ろうね!」
「ああ、待っててね」
オレたちがそう言葉を交わすと、ブルータスだけでなく、ゲンとドウも驚いた表情を見せる。
普通なら、もっと心配するものじゃないの?
そんな考えが、表情に現れていた。
だが、オレもライラも、心配などしていなかった。
「決闘だ、決闘だ!!」
「決闘が始まるってよ!」
辺りに人が集まってきた。そのほとんどが村人と、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の乗客たちだ。
「さぁさぁ、村1番のナイフ使いブルータスと、あの少年のどちらが勝つか!? 予想しないかい? さぁ、張った張った!」
「俺はあの少年に賭ける!」
「なら俺はブルータスだ!」
「それにしてもあの獣人族の美少女、めっちゃ可愛いな……」
ギャラリーの中から、オレとブルータスの勝敗を予測して、賭けをする連中まででてきた。
そこのあんた、ライラに手を出したら、許さねぇからな。
オレはブルータスと、向かい合った。
ブルータスがナイフを手にすると、オレもナイフをケースから取り出した。
お互いの手にナイフが握られると、辺りに緊張が走った。
このピリピリした空気は、オレはあまり好きじゃない。
「――行くぞっ!」
最初に動き出したのは、ブルータスだった。
オレはナイフを構え、ブルータスの動きを注視する。
そして、避けた。
「上手く避けられたな」
ブルータスが、オレに目を向けてそう云う。
「だが、次は外さないぞ!」
「それは、どうだろうね?」
オレはナイフを構え直すと、ブルータスが再び向かってくる。
あの男を攻略するためには、真正面から立ち向かってもダメだ。対格差がありすぎるから、戦闘不能にするためには、他の手を考えないと!
ブルータスの攻撃を避けながら、オレは時折ナイフでブルータスの手や足を攻撃する。
しかし、ブルータスは少し切られた程度では、全くひるんだりしなかった。
これは予想以上に、手強い相手かもしれない。
ブルータスとオレの一進一退の攻防が続き、ギャラリーはそれを注意深く見守っていた。
「おりゃあっ!」
「わっ!!」
ブルータスのナイフを避けた時、オレはつまづいた。
そしてそのまま、オレはナイフを落としてしまった。
「しまっ――!」
すぐにナイフを拾おうとしたが、その手をブルータスが押さえつけてきた。
「いでで……!」
「どうだ? 動けないだろう?」
オレの腕に痛みが走り、ブルータスがオレを見下ろして云った。腕だけじゃない。足をバタつかせても、起き上がることさえできない。
そしてオレの喉元に、ナイフが突きつけられた。
「勝負あったか!?」
「こりゃあ、ブルータスの勝ちだな!?」
「いいや、まだ分からない!」
ギャラリーが騒がしくなる。
だが、オレはまだ負けを認めていない。
「これでお前はもう戦えない。あの獣人族の女は、いただいていくぜ。あれほど美人で美しい銀髪は、そうそう滅多にいないからな。それにいい身体してるから、楽しめそうだぜ……!」
ライラを見て、ブルータスは舌なめずりをした。
こうなったら、あの手を使うしかない!
「……悪いけど、まだ勝負は終わっていないぞ?」
「あぁん?」
オレがそう云うと、ブルータスは首をかしげた。
「どうしてだ? お前はもう動けないぞ?」
「ライラを自由にしたいのなら、知っておかなくちゃいけないことがある。そしてそれを知っているのは、オレだけなんだ。これを知れば、ライラを思いのままにできるんだぜ?」
「なに!? 本当か!?」
ブルータスは目の色を変えて、オレに顔を近づける。
しかし、ちゃんとオレの腕を抑えていた。
そういうところは、抜かりないな。
「お、教えろ!!」
「なら、もっと顔を近づけろ。周りがうるさいから、聞こえないだろ?」
「それもそうだな」
ブルータスはさらに、オレに顔を近づけてきた。
もうオレとブルータスの間に、10センチもないだろう。
よし、これであの手が使える!
「教えろ、どうすればあの女を自由にできるんだ?」
「――かかったな」
「えっ?」
ブルータスがそう云った直後。
オレは自分の額を、ブルータスの額に思いっきり打ち付けた。
「んがっ――!」
ブルータスが脳震盪を起こしたらしく、抑えていたオレの腕から、手を離した。
その一瞬で、オレは立ち上がると、足払いでブルータスを地面に横たわらせた。
そして、ナイフを拾い上げて、ブルータスの右腕を切った。
「ぎゃあっ!!」
叫び声が上がり、ブルータスはナイフを落とす。
そのまま、ブルータスは動かなくなった。
「ま……負けだ……」
力なく吐いたその言葉で、オレの勝利が決まった。
「あの少年が、ブルータスに勝ったぞ!?」
「あの大男をやっつけるなんて!!」
「やった、大儲けだ!!」
「ちくしょう、大損だぜ!!」
ギャラリーが湧き上がる中、オレはナイフをケースに戻すと、ライラの所へ向かった。
「ビートくん、お疲れ様!」
「ありがとう、ライラ!」
オレはライラからガンベルトを受け取ると、腰に巻きなおした。
そしてブルータスは、村人数人掛かりで、運ばれていった。
後になって知ったが、ブルータスは自分勝手な行動でアケド村の評判を落としたため、村から着の身着のまま追放されたという。
夕方になると、オレとライラはブルーホワイト・フライキャッチャー号でアケド村を出発した。
「ビートくん、どうやってあの時、逆転できたの?」
ライラが、決闘のときのことを、オレに訊いた。
「石頭でノックアウトしたのは分かるけど、普通ならあそこまで相手を近づけるなんて、無理でしょ?」
「普通なら、無理だろうね」
オレは頷いた。
「だけど、オレがブルータスに『ライラを自由にするために、知っておかなくちゃいけないことを教える』って云ったら、興味津々で顔を近づけてくれたよ」
「わ……わたしを自由にするために、知っておくこと!?」
ライラが目を丸くして、叫んだ。
「そ、それって、どんなことなの!?」
「それはもちろん……」
オレはそこまで云いかけてから、ライラをそっと抱きしめた。
そしてオレは、優しくライラの頭を撫でる。
「オレがこうやって、スキンシップを取る事!」
「ビートくぅん……!」
ライラが尻尾を振りながら、オレを呼ぶ。
「嬉しい……わたしのこと、ちゃんとわかってくれてる……!」
「そりゃあ、分かるよ。ずっと一緒に過ごしてきたんだから……」
南へ向かうブルーホワイト・フライキャッチャー号の個室で、オレはライラの頭を撫で続けた。
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