第58話 ホープ出発
ホームに出たオレたちは、身体を伸ばした。
やっぱり狭い部屋にいるよりも、外の方が気持ちがいい。そう感じるのは、まだ身体がアークティク・ターン号の2等車に慣れているからだろう。ブルーホワイト・フライキャッチャー号の2等車が、狭く感じられる。
「さて、駅の中にレストランがあったはずだ。そこに行って、昼食を食べようか」
「ビートくん、わたしはグリルチキンね!」
「本当に、よく飽きないなぁ」
オレとライラはそんな会話を交わして、ホームを歩きだした。
しかし、レストランに行く予定は、その直後に変更になってしまった。
「駅弁ー、お弁当ー!!」
「お茶とお弁当ー! いかがっすかー!?」
ブルーホワイト・フライキャッチャー号の3等車付近。
そこでオレたちは、売り子の叫ぶ声を耳にした。
3等車の各窓を回って、駅弁売りの売り子が弁当を売っていた。
首から下げた大きな木製のトレーに、いくつものお弁当とお茶を乗せ、売り歩いている。
「駅弁? ビートくん、駅弁売ってるよ!」
「珍しいな。レストランがあるというのに」
駅弁を売っているのは、ほとんどがレストランのない駅だ。
その理由は、レストランは駅弁を作っていないためだ。駅弁は駅の近くにある宿屋や惣菜屋といったところが、内職として作っている。もちろんその中には、レストランに勝るとも劣らない味を持つものもある。
「……そうか! そういうことか!」
ふとオレは、あることを思い出した。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号には、食堂車が連結されていない。そのため、必然的に列車での食事は座席か個室で食べることになる。
だから、駅弁をブルーホワイト・フライキャッチャー号の乗客に販売しているんだ!
オレがそのことに気づくと同時に、駅弁の匂いがオレたちのいる場所にまで漂ってきた。
なんて美味しそうな匂いなんだろう……。
駅弁の放つ匂いは、オレたちの鼻孔を刺激し、口の中に唾液を発生させた。
そしてそれは、鼻の良いライラにとって、効果は絶大だった。
オレの隣から、唾液を飲み込むゴクンという音が聞こえ、それがライラのものであるとすぐに分かった。
「ビートくん、すごく美味しそうな匂いがする……」
「オレも、同じことを考えていたよ……」
3等車の窓に売り子は何度も近づいていき、その度に銀貨や銅貨と駅弁を交換していく。
3等車だけでも、もうすでにかなりの数を売りさばいているに違いない。
だとしたら、早くしないと売り切れるかも!!
そう思ったオレは、自然と動き出していた。
駅弁を売る売り子に近づき、オレは口を開いた。
「すいませーん! 駅弁くださーい!」
「まいどありー!」
先ほどまでレストランに行こうと考えていた自分は、もうどこかに消えていた。
オレは大銀貨1枚を差し出し、2人分の駅弁とお茶を購入した。
オレとライラは駅弁とお茶を手に、2等車の個室に戻ってきた。
個室以外で、駅弁を食べる場所を思いつかなかったためだ。
幕の内弁当というものをオレが買い、ライラは焼肉弁当を買った。ライラはグリルチキン弁当を探していたが、残念なことにグリルチキン弁当は取り扱っていなかった。
お茶は陶器製のヤカンに入っていて、小さなコップが付属していた。どうやらこれで、お茶を飲むようだ。コップにお茶を注いでみると、アーリーシュラインで飲んだものと同じ、緑茶が出てきた。
「ビートくん、この駅弁って、フォークもナイフも無いよ。どうやって、食べたらいいんだろう?」
「この箸っていう、木の棒を使うみたいだ」
オレが駅弁に付属してきた、箸というものを手にする。真ん中で2本に割れるようにできていて、これを使って食べるらしい。
これで食事をするというのが、まだ信じられない。おまけにパンは無く、その代わりに西大陸の南部で生産されている、米が敷き詰められていた。グレーザー孤児院でも米を食べたことはあったが、必ずスプーンを使っていた。それなのに、どうやら駅弁では箸で食べるものらしい。
こんな頼りない木の棒で、本当に食事なんてできるのだろうか?
こんなことなら、カトラリーのセットを買っておくべきだったかもしれないな。
だけど、もうお腹が空いてたまらない。
カトラリーのセットを買いに行っている時間は無い。
オレは箸を2つに割った。
思いの外、綺麗に2つに割れた。なぜか分からないが、それが気持ちよくて、少し懐かしい。
「いただきます!」
オレは箸で米をつまみ上げると、それを口に運んだ。そしてさらに、小さなハンバーグを口に入れる。
何度か噛んでから、緑茶で口の中のものを飲み下した。
「……美味しい!!」
駅弁って、こんなに美味しいものだったのか。
それに米も、おかずとよく調和している。米をこんなにも美味しく感じたのは、初めてかもしれない。
「ライラ、これすごく美味しいよ!」
「本当!? 食べづらくない?」
「少しコツがいるけど、それを差し引いても美味しいよ!」
「じゃ、じゃあ……!」
ライラも箸を2つに割り、焼肉弁当を食べ始めた。
たどたどしく米を口に運び、そして焼肉を口に入れる。
その瞬間、ライラの表情が一気に変わった。
次から次へと箸を進め、駅弁を食べ進めては、緑茶で流し込んでいく。
「美味しい! すっごく美味しい!!」
「これは、レストランよりも美味しいかもしれないな!」
「ビートくん、わたし気に入った!」
「オレもだ!」
オレたちはすっかり、駅弁が気に入った。
中に入っているおかずを交換しながら、駅弁を食べ進めた。気がつく頃には、駅弁も緑茶も無くなり、オレたちはお腹も心もすっかり満たされた。
もちろん、ゴミはちゃんとホームにあるゴミ箱に持って行った。
「美味しかったなぁ」
「美味しかったね!」
オレとライラはセミツインサイズのベッドに寝転がり、駅弁についての感想を交換した。
オレの幕の内弁当は、いくつものおかずが入っていて、どれもが美味しかった。ライラの焼肉弁当は味が濃い目で、米が進む味になっていた。
結論としては、どちらの駅弁も美味しかった。
「ビートくん、また駅弁が売っていたら買おうよ!」
「うん。レストランが無い場所や開いてなくても、駅弁があればこの個室がいつでもレストランになる。それでいて、価格も弁当2つとお茶がついて大銀貨1枚なら、安いもんだ!」
そう云った直後、オレはあくびをした。
お腹がいっぱいになったためか、眠気が襲ってきた。
「あー……なんだか眠くなってきた」
「わたしも……」
ライラもあくびをして、オレに身体を寄せてきた。
「ビートくん、ちょっとだけお昼寝しようよ」
「そうだな。やることも無いし、ちょっと休憩だな」
「いつでも、わたしを抱き枕にしていいからね……」
「それなら……」
オレはライラの言葉に甘えて、ライラの身体に手をまわした。
ライラと密着すると、ライラのいい匂いと温もりが、オレに伝わってきた。
「あん……ビートくぅん」
「ライラ……」
オレはライラの匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。
そのままオレたちは、ブルーホワイト・フライキャッチャー号の出発時刻となる夕方6時まで、個室で眠り続けた。
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次回更新は、3月3日の21時更新予定です!
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やりたかった駅弁回です!!
駅弁は新幹線で遠出したときなんかに時々買ったりしています。
各地に色々な駅弁があるので、見ているだけでも楽しいですね。
みなさんは好きな駅弁はありますでしょうか?
早く以前のように、あちこちに旅行できるような世の中に戻ってほしいですね!





