第55話 アークティク・ターン号との別れ
オレとライラは夕方、ホープの駅に来ていた。
「はい、ではこちらが入場券です」
窓口でオレたちは、入場券を購入した。
入場券とは、駅に入ることだけが許されるものだ。入れる時間は2時間ほどで、料金は銀貨2枚。入場券では、列車に乗ることはできない。主に、見送りに来る人がホームで見送るために、購入することがほとんどだ。
オレたちが入場券を購入したのは、アークティク・ターン号を見送るためであった。
これまでお世話になってきたアークティク・ターン号にも、別れを告げておきたい。
そんなオレの考えをライラに話すと、ライラもすぐに同意してくれた。
こうして出発予定時間の少し前に、オレたちは入場券を購入したのだ。
オレとライラは、アークティク・ターン号を牽引する超大型蒸気機関車、センチュリーボーイの前に立っていた。
センチュリーボーイは、いつ見ても迫力がある。
先頭に取り付けられたヘッドマーク。闇を切り裂くヘッドライト。8つの大きな車輪と、その上に載った巨大なボイラー。そしてその後ろにつなげられた、炭水車。
全ての大陸を走破できる唯一の機関車だ。
今まで、オレたちをここまで運んでくれて、ありがとう。
またしばらくお別れだけど、きっとまた、お世話になるときが来るはずだから……。
オレがそう思いながら見つめていると、ライラがセンチュリーボーイに手を伸ばしていた。
その先にあるのは、ボイラーで作られた高熱の蒸気を送るための、パイプだ!
マズい!!
「ライラ、ストップ!!」
オレはライラの腕を掴み、伸び掛かっていた腕を引っ込めた。
「びっ、ビートくん!?」
「ライラ、何してるの!?」
「ちょっとだけ、撫でてあげようかと……」
「ダメだって!!」
ライラの気持ちはよく分かった。オレも手を添えて、一言お礼の言葉を掛けたい。
だが、そこは触れてはいけない場所だ。
「ライラ、そこは触っちゃダメ。めちゃくちゃ熱いから、素手で触れたら、大火傷するよ!」
鉄道貨物組合で働いていたオレは、よく軽い火傷をした。
疲れなどから、うっかりボイラーやパイプに触ってしまったことが、何度もあった。
オレが火傷するのなら、まだいい。
だが、ライラが火傷してしまうことは、絶対に避けないといけない。
真っ白な美しい手に、火傷の跡が残ったりしたら、大変だ。
オレの言葉に、ライラは驚いた。
「そうだったの!?」
「知らなくても無理は無いけど、機関車は危ないから見るだけにしてね」
「うん! ありがとう、ビートくん!!」
ライラはそう云うと、センチュリーボーイに伸ばしていた手を、オレの身体に回した。
オレとライラは、センチュリーボーイの前でこれまでの出来事を思い出していた。
初めて、アークティク・ターン号に乗った時。
広く感じられた車内と、たくさんの乗客。
そしてオレたちが過ごした、2等車の個室。セミツインのベッドは、ライラと2人で過ごすには少し狭いが、それでも十分な広さだった。
毎日のように、ライラに搾り取られて大変だった。あえて何がとは云わないが。
食堂車では、よくライラからのリクエストで、グリルチキンを食べた。
時にはサーロインステーキのような、ちょっとお高いものを食べたりもした。そして夜になると、夜のお茶会でフルーツサンドなんかも食べることがあったっけ。
値段が張るものからリーズナブルなものまで、色々なものを食べた。
ミッシェル・クラウド家の人々や、ハッターさんといった人たちとも出会った。
ミッシェル・クラウド家のナッツ氏やココ夫人は、オレたちをよくお茶会に招待してくれた。それに困った時には、力を貸してくれた。メイヤとラーニャさんも雇ってくれて、レイラの就職先にもなってくれた。ナッツ氏とココ夫人を始めとした、ミッシェル・クラウド家の人々には、感謝してもしきれない。
ハッターさんからは、とにかくいろいろなものを購入した。弾薬から日用品まで、多くのものを購入した。間違いなく、オレたちの旅を強くサポートしてくれた行商人だ。銀狼族の危機にも、AK47を大量に仕入れて、駆けつけてくれた。
これ以外にも、本当に多くの人たちとアークティク・ターン号で出会った。
オレたちは、人に恵まれていたと思える。
ライラは、どんな出来事を思い出しているんだろう?
後で、聞いてみようかな。
そのとき、センチュリーボーイが汽笛を鳴らした。
「ビートくん!」
「間違いない、出発時刻だ!」
オレは懐中時計を取り出し、時刻を確認した。
現在の時刻は、16時ちょうど。
アークティク・ターン号の出発予定時刻だ。
「ライラ、少し離れよう!」
「うん!」
オレはライラの身体をそっと手で引き、ライラもそれに続くように後ずさった。
機関車の近くに居ると、排煙を被ることがある。排煙を被ると、せっかくの美しいライラが台無しだ。
センチュリーボーイが、巨大な車輪を回して、ゆっくりと前に進み出した。
すぐにスピードを上げていき、オレたちの前を走り去っていく。センチュリーボーイがオレたちの前を通り過ぎると、次々に客車が現れた。
「「さようならーっ!」」
オレとライラは、走り去っていくアークティク・ターン号に向かって、手を振る。
それを見たらしい乗客の何人かが、手を振り返してくれた。
アークティク・ターン号から、さようならの返事を、オレはもらえたように感じた。
やがて貨物車になり、それも走り去ると、ホームは静かになった。
遠くから聞こえてきたセンチュリーボーイの汽笛が、オレには少しだけもの悲しく感じられた。
「行っちゃったね……ビートくん」
「うん。だけど、またきっと、アークティク・ターン号に乗る日がやってくる。そんな気がするよ」
オレはそう云って、アークティク・ターン号が走り去っていった線路の先を見つめた。
それから駅を出て、オレたちはホテルへと戻った。
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