第54話 西大陸オトモヒ領オトヤク地方ホープ
アルトを出発してから、数時間後。
「見えてきた! ホープだ!!」
「本当!?」
オレが窓の外を見て叫ぶと、ライラもすぐにオレの隣に駆け寄ってきた。
前方に、街が見えてくる。
オトモヒ領オトヤク地方の街、ホープだ。
アークティク・ターン号の停車駅であり、そしてオレたちが下車する街。それがホープだ。
ここから、南へ向かう列車が出ている。
乗換駅まで、オレたちはやってきたんだ。
「あそこが、ホープね……」
「ライラ、これから荷物をまとめるよ」
オレはそう云うと、窓から離れて、ロッカーを開けた。
中に入っている旅行カバンを手にすると、開けて中身を確認していく。
「ビートくん、どうしたの!?」
驚くライラに、オレは顔を向けた。
「忘れたの? ホープでアークティク・ターン号から降りて、乗り換えることになっていたじゃないか」
「――!!」
オレの言葉に、ライラは思い出したように目を見開き、尻尾をピンと立てた。
オレたちは、サンタグラードからホープまでの乗車券しか、持っていない。
つまり、ホープより先へは、オレたちはアークティク・ターン号に乗ることはできない。
そんなことをしてしまったら、鉄道騎士団によって連行され、無賃乗車扱いになってしまう。無賃乗車で捕まったら、トキオ国へ行くどころか、銀狼族の村に戻ることさえままならなくなる。
「すっかり忘れてた!」
ライラは慌てて、旅行カバンを手にして、ベッドの上に置いた。
旅行カバンを開けると、大慌てで中身を点検していく。衣服や下着の他に、ピンク色の液体が入ったビンがいくつか入っているのを、オレは見逃さなかった。
オレたちは持って行くものと、不要になるものを分け、不要になるものはゴミ袋に入れた。
ゴミ袋に入れたものは、後でゴミ箱に入れておけば、大丈夫だ。
食料や武器に弾薬、衣類に貴重品などが全て揃っていることを確認して、オレは旅行カバンを閉じた。
そうこうしている間に、アークティク・ターン号はホープへと近づいていった。
ホームに入ってきたアークティク・ターン号は、センチュリーボーイのブレーキによって速度を落としていく。
最後には、指定された位置で停車し、停車すると次々に乗客たちが列車から降りていく。停車時間は、24時間だ。
だけど、今回ばかりは停車時間を気にする必要はない。
なぜなら、オレたちはもうアークティク・ターン号に戻ってくることは無いためだ。
オレとライラは、共に旅行カバンを含めた荷物を全て持ち、アークティク・ターン号から降りた。
元々、そんなに荷物を持っていなかったオレたちは、ほとんどの持ち物は旅行カバン1つに収まった。
貨物車に預けていたAK47も下したが、念のために布を巻いて、銃だと分からないようにしておいた。もしも奪われたりしたら、厄介なことになる可能性が非常に高いからだ。
「ライラ、忘れ物は?」
「ないよ! ビートくんは?」
「オレも、これで全部だ」
オレたちがホームで話していると、すぐに清掃員が2等車に入っていった。すぐにオレたちが使っていた個室の窓が開けられ、清掃が始まる。
どうやら、次に使う人がこのホープから乗車するようだ。すぐに使われることが決まっている場合は、前の使用者が退室後に、すぐ清掃員が入る。そして短時間で清掃を終わらせ、次の乗客を待たせないようにしている。
これも、鉄道貨物組合で知ったことだ。
「さて、行こうか」
「うん!」
オレとライラは、長い時間を過ごした2等車にそっとお辞儀をしてから、ホームを進み始めた。
ホームを進んでいくと、3等車から次々に降りていく人たちの中に入った。
3等車は、短距離を移動する乗客が主に使う客車だ。1つの駅と駅の間を移動するためだけに。使われることも多い。そのため、アークティク・ターン号の客車の中で、最も乗客の出入りが激しい。
列車から降りた乗客たちの間を進んでいると、オレたちの目の前に白猫族の少女が1人、降り立った。
ベルナだった。
「ベルナちゃん!」
「あら、ライラさんに、ビートさん!」
ベルナがオレたちに気づき、近づいてくる。
ベルナはオレたちと同じように、旅行カバンを手にしていた。
「レイラちゃん! もしかして、ここで降りるの?」
「そうなんです。その様子ですと……お2人も、ホープで降りたんですね」
レイラの言葉に、オレたちは頷いた。
まさか、レイラもホープで下車するとは、思ってもみなかったな……。
「奇遇ね。まさか、同じ場所で降りるなんて……」
「実は、私の故郷はここ、ホープなんですよ」
レイラがそう云った。
「そうだったの!?」
「はい。なのでメラさんから、ホープにいい男性がいると云われたときは、驚いちゃいました。まさか私の生まれ故郷に、そんな人が居たなんて、考えたことも無かったので……」
ベルナがそう云い、オレはメラさんと別れる直前の、メラさんとベルナの行動を思い出す。確かベルナが、メラさんに耳元で何かを話していた。そしてメラさんが驚き、喜んでいたはずだ。
なるほど、メラさんが驚いたのは、これのことだったのか。
オレが納得している横で、ライラはベルナと話していた。
「レイラちゃんは、これからどうするの?」
「私はこれから、以前暮らしていたアパートに戻ります。大家さんには、手紙を送ってありますので、すぐに鍵を渡してくれるはずです。落ち着いたら、メラさんから紹介された人に、会いに行ってみます。今朝の占いでも、いい結果が出ていました!」
「それならきっと、大丈夫よ!」
「ありがとうございます! そういえば、ライラさんたちはこれからどうするんですか?」
レイラがライラに訊いた。
「わたしたちはこれから、南へ向かうの。列車が出ているから、それに乗ってパイラタウンに向かうわ」
「もしお時間がありましたら、私の家に来ますか? もし出発まで時間がありましたら、私の家に泊まっていっても構いませんよ?」
レイラの言葉に、オレとライラは驚いた。
「あ、ありがとうレイラちゃん。でも、わたしはビートくんと一緒に、パイラタウンに行かなくちゃいけないから……ごめんね」
ライラが、そう云って断った。
本当は、パイラタウンに行く列車が出るのは2日後だ。その間、レイラの家に厄介になれば、2日分の宿代は浮く計算になる。
だが、やっぱりライラと共にレイラの家に厄介になるのは、気が引けた。
「そうですか……。お2人には、色々とお世話になりました」
レイラはそう云うと、オレたちに頭を下げた。
「また、どこかでお会いすることがありましたら、よろしくお願いいたします」
「レイラちゃん、元気でね。きっとまた、会えるから」
「ありがとうございます。それでは、さようなら!」
レイラはオレたちに一礼して、旅行カバンを手にホームを歩いていった。
去っていく後ろ姿は、私娼とは思えない、レディーそのものだった。
「ここが、ホープの街か……!」
オレとライラは、改札でアークティク・ターン号の乗車券を駅員に手渡し、ホープの駅を出た。
ホープの街は、駅前が最も栄えていて、街の外側に向かうほどに建物が少なくなっていく。
街の外側には住宅街と田畑が広がっていて、中心部にはオフィスやホテルが多い。
これから、なるべく設備が充実していて安いホテルを探さないと……!
「ビートくん、建物も綺麗で、まるでドーンブリカみたいね!」
「あぁ、貴族はあまりいないみたいだけど、そんな感じだな……そうだ!」
オレは思い出したように、ホープの駅を見る。
「今のうちに、次の列車を手配しておかないと! 2日後の列車を逃したら、次に出発するのは1週間後だ。その間、ホープで足止めになる!」
「それじゃあ、早くしよう! ビートくん、次に乗る列車って、どんな列車なの?」
「ブルーホワイト・フライキャッチャー号という貨客列車らしい。アークティク・ターン号ほどじゃないけど、ちゃんと寝台列車もあるって!」
オレはライラと共に、駅事務室へと向かった。
急いでブルーホワイト・フライキャッチャー号の切符を手配し、2日後の個室を確保できた。
オレたちは、駅の近くにある格安ホテルに入り、そこで荷物を下ろした。
「ビートくん、これからどうする?」
ライラが、1つしかないベッドに腰掛けて問う。
「そうだなぁ……とりあえず、少しここで休憩してからお昼にしようか」
オレは旅行カバンとAK47を置いて、ライラの隣に座った。
ブルーホワイト・フライキャッチャー号の切符も手配して、ホテルの料金も支払った。今のオレたちにできることといえば、2日後に出発するブルーホワイト・フライキャッチャー号の出発まで、待つことだけだ。
ということは、出発までは自由時間ということになる。
これまで、アークティク・ターン号の揺れるベッドで眠ってきた。久しぶりに今夜は、動かないベッドで眠ることができる。
しばしの休息だな。
「じゃ……じゃあ、ビートくん」
「ん?」
オレが横を見ると、ライラが顔を紅くしてモジモジしていた。
「その……えいっ!!」
「わあっ!?」
オレは突然ライラに抱き着かれ、そのまま唇を塞がれてしまった。
そして抱き着かれた勢いで、ベッドの上にそのまま寝転がる。
「ビートくん……」
ライラがトロンとした目で、オレを見つめてくる。
これはもう、逃れられない。
いや、逃れるなんて考えられなかった。
オレはライラを、そのまま抱き寄せた。
「きゃんっ!」
昼のやわらかな日差しの中、オレたちは2人だけの時間を過ごした。
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次回更新は、2月15日の21時更新予定です!
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(2021年2月14日追記)
話数がおかしくなっていたので、訂正しました。
そして第4章として区切るのを忘れていたので、区切りをつけました。
驚かれた方、申し訳ございませんでした!
今回で、第4章も終わりとなり、次からは新章となります!
ビートとライラの活躍を、どうか見守ってくださいませ。





