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幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第4章 ホープへの道
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第53話 アルトとの別れ

 オレたちは、列車からホームに降り立った。


 今日は、アークティク・ターン号が出発する。

 午前中には出発してしまうから、その前にアルト・フォルテッシモ楽団に別れを告げて、列車に戻らないといけない。


「ライラ、早くしないと出発までに戻れないよ?」


 オレは後ろにいるライラに、そう云った。

 ライラはまだ、アークティク・ターン号のデッキにいて、これから降りようとしていた。

 もちろん今は、舞台衣装ではない、普段使いのドレスに身を包んでいる。


 ライラがホームに降り立つと、オレはライラの手を取った。


「さ、ライラ。急いで――」

「待って!」


 オレの言葉を遮って、ライラが叫んだ。

 ライラは何度か、空気中の匂いを嗅いだ。


「……ビートくん、楽器の匂いがするよ?」

「えっ?」


 ライラの言葉に、オレは疑問符が頭の中に次から次へと現れた。


 楽器の匂い?

 アルトは音楽の街だから、楽器なんてあちこちにある。

 オレには分からないが、ライラには分かるのだろう。なんといっても、狼系の獣人や犬系の獣人は、よく鼻が利く。ライラは銀狼族だから、狼系の獣人に分類される。それは理解できる。

 だけど、今それを云うことなのだろうか?


「ライラ、それがどうかしたの?」

「その楽器の匂い、アルト・フォルテッシモ楽団の楽器みたいなの。それも、すぐ近くから漂ってくるの」

「まさか!」


 オレは驚いた。

 ここは、アルトの駅だ。アマデウスホールからは、かなりとはいわなくても、2ブロックは離れている。しかも楽器は、建物の中に置かれているはずだ。匂いが漂ってくるなんてことは、考えられない。

 しかし、ライラが嘘をつくとも考えられなかった。ライラは、オレの前では噓がつけない。


 そのときだった。


「やぁ、おはよう」


 聞き覚えのある声に、オレは振り返った。


「おはようございます……あっ!!」


 そこに居たのは、ヨハンさんと、アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちだった。




 信じられないことに、アルト・フォルテッシモ楽団が、アルトの駅にいた。

 しかも、オレたちがいるアークティク・ターン号が停まっているホームの、すぐ隣のホームだ。ホームが島式ホームのため、同じ場所にオレたちとアルト・フォルテッシモ楽団は立っている。


「ヨハンさん! それに皆さん!!」

「やぁ、昨日は本当にありがとう」


 ヨハンさんが、オレたちに軽く頭を下げる。

 オレたちも軽く頭を下げると、アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちも、頭を下げた。


「ヨハンさん、どうしてここに居るんですか?」

「これから、東大陸で公演があるんだ」


 ヨハンさんは、嬉しそうに云った。


「公演……まさか、昨日のことで依頼が来たんですか!?」

「ライラ、それはきっと無いよ」


 ライラの言葉に、オレが笑いながら云う。


「きっと前々から、決まっていたことだよ。今日出発しないと、きっと間に合わないんだと思う」

「ビートくん、その通りだよ」


 ヨハンさんが頷いた。


「この東大陸での公演依頼は、ずっと前に依頼が来ていたんだ。東大陸は人口が多いから、公演依頼も多くてね。これから、チャーターした列車が来るから、それに積み込んで出発するんだ」

「そうだったんですね……あの……」


 ライラがそう云いかけた時、マリアさんがやってきた。


「団長! 全員、楽器を持って集まってきました!」

「うむ、わかった。これで後は、列車が来るだけだな。……あっ、ライラちゃん、何か云った?」

「あの……昨日の突然の公演で、準備に遅れが出ちゃったりしたんじゃないかと、思いまして……」


 ライラが、不安そうな表情でそう云った。


「遅れが?」

「昨日の公演は、わたしが提案したようなものです。それなのに、その公演でもしも、皆様のスケジュールに無理ができていたりしていたら……」

「ライラちゃん、心配しなくても大丈夫よ」


 マリアさんが、優しい声で云った。

 その声はどこか、フルートの音色に似ているような気がした。


「気を遣ってくれて、ありがとう。でも、大丈夫。実はお2人がアルトに来る前に、準備はほとんど終わっていたのよ。楽器の準備も、列車の手配も、全てね……。だから後は、指定された日時にアルト駅に楽器を持ってくるだけだったのよ。ちょうど、その間で少し暇を持て余していたの」


 すると、マリアさんがライラの頭に、そっと手を乗せた。


「だから、ライラちゃんの提案は、すごく嬉しかったわ。持て余していた時間を演奏に充てられて、公演のリハーサルも兼ねてできたの。それに、大金貨40枚以上の売り上げという、予想外の嬉しいこともあったわ。お2人には、感謝しなくちゃいけないことしかないのよ」

「うむ、マリアの云う通りだ。ビートくんとライラちゃんには、感謝しかないよ! 本当に、ありがとう!」

「ありがとうございました!!」


 ヨハンさんが頭を下げると、団員たちも頭を下げた。

 いきなりこんなに多くの人から感謝されると、なんだかちょっとだけ、照れてしまう。


「……あ、ありがとうございます!」


 ライラが、尻尾を振りながら、笑顔でそう云った。

 マリアさんが微笑み、ライラの頭に置いていた手を、そっとどけた。



 そのとき、遠方から汽笛が聞こえてきた。



「むっ、どうやら来たようだ」


 ヨハンさんが、懐中時計を手にして、そう云った。

 それから少しして、貨客用の大型蒸気機関車に牽引された列車が、ホームに入ってきた。


 列車には『貸し切り』の行先標が取り付けられ、半分が貨物車で、もう半分が客車の貨客編成になっていた。

 貨物車に楽器を積み、客車に団員たちが載っていくのだろう。


「アルト・フォルテッシモ楽団様で、お間違いございませんね?」


 機関車から降りてきた機関士と、客車から降りてきた車掌が、ヨハンさんに尋ねた。


「はい、間違いありません」


 ヨハンさんが乗車券を見せると、内容を確認した機関士と車掌は、頷いた。


「確認しました。それでは、貨物車に楽器をお乗せ下さい」


 車掌がそう云うと、ヨハンさんは団員たちに指示を出した。

 団員たちは貨物車に楽器を積んでいく。丁寧にケースに入れられ、梱包された楽器を、団員たちは慎重に運び込んでいった。これまでに、何度もこうして各地に公演に行っていたのだろう。まるで鉄道貨物組合の労働者のように、手慣れていた。

 オレが手際の良さに惚れ惚れとしていると、楽器を積み終えて、貨物車の引き戸が閉められた。

 車掌が鍵をかけると、団員たちは列車に乗り込んでいく。


「では、我々はこれから出発するよ」


 ヨハンさんが、オレたちにそう云った。


「アマデウスホールは、どうするんですか?」

「アマデウスホールの管理は、警備員と留守番組になった団員たちに任せてある。心配することはないさ」


 オレの問いに、ヨハンさんが答えた。


「君たちも今日、アルトを旅立つんだったね。道中が安全であることを、祈っているよ。アークティク・ターン号でまたアルトに来た時は、是非アマデウスホールに寄ってもらいたい。うんとサービスするよ!」

「ありがとうございます」


 オレたちは、ヨハンさんとマリアさんと、握手を交わした。


「それでは、元気で」

「また会いましょうね」


 ヨハンさんとマリアさんが、そう云って列車に乗り込む。

 2人が乗り込むと、機関士と車掌が信号を確認し、汽笛を鳴らした。


 機関車が動き出すと、貨客列車もそれに続いて、動き出す。


「さようならーっ!」

「また会う日までーっ!」


 オレたちは列車に向かい、手を振る。

 アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちが、それに応えて手を振り返してくれた。


 オレたちは、列車がアルトの駅を出ていくまで、列車に向かって手を振り続けた。




「……行っちゃったね」


 ライラが東大陸の方角を見ながら、つぶやいた。


「きっと、またどこかで会えるよ。アルト・フォルテッシモ楽団はあちこちに公演に赴いているから」

「そうね……ところでビートくん」


 ライラが、オレに向き直った。


「わたしたちは、いつ出発するの?」

「オレたちは、午前10時だから……」


 オレは懐中時計を取り出して、時間を確認した。

 今の時間は、ちょうど9時だ。


「あと1時間だ!」

「そんなぁ!」


 出発まで、そんなに時間がない。

 そのことに気づいたオレたちは、買い物を諦め、列車の個室に戻ることにした。




 出発の時間が来ると、センチュリーボーイが汽笛を轟かせた。

 汽笛の後に、車輪が動き出し、アークティク・ターン号がアルトの駅を出発する。


 オレたちはアークティク・ターン号の中で揺られながら、アルトを離れていった。




 そして次の停車駅は、西大陸のオトモヒ領オトヤク地方ホープだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、2月14日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!

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