表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染みと大陸横断鉄道~トキオ国への道~  作者: ルト
第4章 ホープへの道
52/140

第52話 ライラの歌

 オレはまだ日が昇る前に、アマデウスホールにやってきた。


 こんなに朝早くに起きて仕事をするなんて、本当に久しぶりだ。

 おかげでまだ眠い。

 だが、かといって眠っていることはできない。


 オレがアマデウスホールの裏口から中に入ると、すでにヨハンさんが出ていた。


「おはよう、ビートくん」

「おはようございます!」


 挨拶をすると、ヨハンさんによって事務室へと案内された。

 そこでオレは、ガリ版刷りのチラシを手渡された。


「これが、昨日非番だった団員たちに頼んで作ってもらったチラシだ。頼んだよ」

「はい、任せてください!」


 オレはチラシの束を抱えると、東の空が白くなりつつあるアルトの街へと、駆け出した。




 次から次へとポストを見つけては、チラシを投かんしていく。


 まさか鉄道貨物組合で請け負った、ポスティング活動の経験が、こんなところで役に立つなんて……。

 人生、何がどこでどう役立つかなんて、分からないものだな。


 そんなことを考えながら、オレはチラシを投かんしていく。

 夜が明け始めたアルトの街の通りに、人はまばらだった。新聞配達員か、牛乳配り、早朝ランニングをする人くらいしか見受けられない。


「……よし、と」


 オレは最後の1枚を、ポストに投かんした。

 これでオレが担当していた枚数は、全て配り終えたことになる。


 気がつくと、太陽はすっかり昇っていて、仕事に行く様子の人も通りに出てきた。

 道理で、辺りが見やすくなったわけだ。

 とりあえず、これでひと区切りついた。


 だが、オレの仕事はまだ終わったわけではない。

 いやむしろ、ちょうどいいウォーミングアップを終えて、これからが本番といったところだ。


 オレは駆け足で、アマデウスホールに戻ると、団員たちと共にホールの掃除を始めた。

 なんとしても、今日の午後からの公演に間に合わせないと、いけなかった。




 9時頃になると、ライラがやってきた。


「ビートくん!」


 事務室で休憩していたオレに、ライラが駆け寄ってくる。


「おはよう、ライラ! 朝ご飯は済ませた?」

「うん! ちゃんと食べてきたよ!」


 その言葉に、嘘は無いようだ。

 証拠に、ライラの口元にはパンケーキのシロップらしきものがついている。

 オレが指摘すると、ライラは顔を真っ赤にして、慌ててハンカチで拭き取った。


「ビートくん、少しでいいから、フガ――」

「ライラさん」


 ライラが云いかけた時、声をかけられた。

 アルト・フォルテッシモ楽団お抱えのスタイリストが、ライラの後ろに立っていた。


「これから、打ち合わせと衣装合わせを行いますので、控室に来てください」

「でも、その前に少しだけ、ビートくんのにお――」

「間に合わなくなっちゃいますから、来てください」


 スタイリストがそう云うと、ライラは少しだけ耳を垂らした。

 諦めたらしく、オレに背を向けて、歩き出す。


「ライラ――」


 オレは控室に向かい出したライラに向かって、云った。


「帰ったら、思いっきりフガフガしていいぞ!」

「――!!」


 ライラの垂れていた耳が立ち上がり、尻尾もピクンと上を向いた。


「うん! 楽しみにしているね!!」


 ライラは笑顔でそう云うと、控室に向かって行った。




 正午が近づいてきた頃。

 控室から出てきたライラを見て、オレは目を奪われた。


 舞台衣装となるイブニングドレスに身を包み、両手はイブニンググローブで包まれている。

 そして首に光るのは、オレが贈った婚姻のネックレス。

 それ以外には何もつけていないが、それだけで十分だった。


 必要以上に着飾る必要はない。

 素材そのものが、美しいのだから。


「ビートくん、どう?」

「すごく美しいよ!」

「本当!?」


 ライラが尻尾を振ると、イブニングドレスのスカートがバサバサと音を立てる。


「今回のテーマは、貴婦人の決意ですよ」


 スタイリストが、そう云った。


「プログラムにもあるように、貴婦人が旦那さんと共に訪れた夜会で、ある誓いを立てるというストーリーになっています。なので、歌の内容もそれに沿ったものになっています」

「わかりました!」


 そして、ついに正午が訪れた。




 アマデウスホールの中では、アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちが楽器の最終調整を行っている。そして観客席には、すでにたくさんのお客さんが来ていた。

 朝にガリ版刷りのチラシをポストに入れていっただけなのに、こんなに来るなんて……。

 オレは自分の目が信じられなかった。

 予想以上の満員御礼に、オレは息を飲んだ。


 ふと隣を見ると、ライラも驚いていた。


「ビートくん、いっぱいいるよぉ……」


 ライラもここまで集まるとは思っていなかったらしく、緊張しているようだった。

 無理もない。ここにいる全員の前で歌うとなると、オレだって緊張するだろう。


 だけど、ここで「無理しなくていいよ」という声をかけるのは、ダメだろう。

 主役になるのは、ライラなのだから。

 ここでオレが掛けるべき言葉は、ライラをなだめる言葉ではない。


 ライラを、やる気にさせる言葉なんだ。


「ライラ、心配することは無い」

「どうして? すごく緊張するよぉ……」

「観客を全員、オレだと思って歌ってみてよ。あそこに座っているのは、オレなんだ」


 オレがそう云うと、ライラの表情が変わった。


「いい? あそこに座っているのは、全員オレだ。全員が、オレなんだ……」


 呪文を唱えるように、オレはライラに繰り返し伝える。

 ライラの目をじっと見ると、ライラの目にオレの顔が鏡のように映って見えた。


「ライラ、舞台の上で、オレに向かって打たんだ。いいね?」

「うん!」


 ライラが、元気よく答える。

 そこに先ほどまでの、緊張した様子のライラはいなかった。


「ビートくん、頑張るから、終わったらいっぱい撫でてね!!」

「もちろん、列車に戻ったら、嫌というほど撫でるよ!」


 オレはそう約束した。

 そして開演となる13時までに、予想していたよりもはるかに多くの観客が、アマデウスホールに集まった。




 13時になると、公演が始まった。

 オレは舞台のそでから、公演を見守ることとなった。


「レディースアンドジェントルメン! 突然の公演にもかかわらず、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます!」


 燕尾服に身を包んだヨハンさんが、舞台に立って挨拶した。

 ヨハンさんの挨拶に、観客たちが盛大な拍手で応える。


「本日は『貴婦人の決意』をテーマに、スペシャルゲストの歌姫ミス・ライラが歌声を披露いたします! どうぞ皆様、素敵なひと時を是非お過ごしくださいませ!」


 ヨハンさんは一礼すると、指揮棒を手にした。

 すぐに団員たちが楽器を手にして、すぐにでも演奏できるように待機する。


「それでは、歌姫ミス・ライラのご登場です!」


 その言葉の後に、ライラが舞台の中心へと歩み出る。

 観客席からは拍手が送られると同時に、男たちのざわつきが聞こえてきた。


「あの少女が、歌姫だって!?」

「なんて美しいんだ……!」

「以前にも見たぞ! あの少女、すごく上手だった!」


 ありがとう。オレの妻を、そんなに褒めてくれて。

 観客席に向けて、オレは軽く頭を下げた。


 さぁ、これからライラが歌声を披露するぞ!

 以前と違って、今はディアブロたちはいない。何かあったとしても、オレが走り出すことは絶対にない。


 ここで、ライラの歌声を最後まで楽しんでいこう!


 アルト・フォルテッシモ楽団による演奏が始まると、少ししてから、ライラが歌い出した。

 アマデウスホールの中に、アルト・フォルテッシモ楽団の演奏に乗せて、ライラの歌が隅々まで響き渡っていくようだ。

 オレは、ライラの歌に耳を傾けながら、舞台のそでからライラを見守る。


 歌の内容と、舞台衣装に身を包んだライラの姿が、予想以上にマッチしていた。

 テーマは貴婦人の決意。そしてライラは、誓いを立てようとする貴婦人になり切っていた。


 白いイブニングドレス姿で誓いの歌をうたうライラと、結婚式でのウェディングドレス姿のライラが、オレには重なって見えた。

 ライラが……美しすぎる……。


 その後、5曲演奏され、ライラは最後まで歌い上げた。

 もちろん最後は、観客からの惜しみない拍手が、いつまでも送られた。

 終わった後の、ライラの晴れ晴れとした表情も、きっと忘れないだろう……。


 そしてなんと、ヨハンさんから大金貨40枚以上の売り上げが出たことを、オレたちは後から知ることとなった。




 その日の夜。


「さぁさぁ、遠慮しないでどんどん食べておくれ」


 ヨハンさんが、オレのグラスにワインを注ぎながら、そう云ってくる。


 オレとライラは、アルト・フォルテッシモ楽団の団員たちと一緒に、テーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には、数々の高級そうな料理が、所狭しと並んでいる。

 肉料理が多いためか、ライラは目をキラキラさせていた。


「2人のおかげで、最高のステージになったんだ。遠慮することは無い。好きなだけ食べて、好きなだけ飲んでおくれ」

「今日は本当に、ありがとう」


 ライラのグラスには、マリアさんがワインを注いだ。

 マリアさんとライラが並んで立つと、まるで年の離れた姉妹のようだ。


「お肉もたくさんあるから、どんどん食べてね」

「はいっ! ありがとうございます!」


 明るい表情で、次々に肉料理に手を出していくライラ。

 幸せそうな表情で、肉料理を食べているのを見ると、オレも嬉しくなってきた。


 オレも今宵は、ヨハンさんの好意に甘えて、思いっきり食べておこう。


「……いただきます!」


 そう云って、オレも数々の料理に手を伸ばした。




 夜遅くまで、夕食会は続き、お開きになったのは1時を過ぎてからだった。

 列車に戻ったオレとライラは、翌日は少し遅めに目を覚ますこととなった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!

次回更新は、2月13日の21時更新予定です!

そして面白いと思いましたら、ページの下の星をクリックして、評価をしていただけますと幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ